AGA治療薬を調べると、通販や個人輸入代行サイトで安価に販売されているのを見かけます。
「クリニックは高そうだし、手軽に買えるなら…」と心が動くかもしれません。しかし、その手軽さの裏には、偽造薬や健康被害といった深刻なリスクが潜んでいます。
この記事では、医師の立場から通販・個人輸入の危険性と、クリニックで受ける安全なAGA治療との違いを詳しく解説します。
当サイトの執筆・運営者

小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
こばとも皮膚科関連医療機関
AGA治療薬の通販・個人輸入が気になる理由
AGA治療薬の通販や個人輸入が魅力的に見える背景には、主に「価格」と「手軽さ」への期待があります。
多くの方がクリニックでの治療に踏み切る前に、まずインターネットで情報を検索し、これらの選択肢にたどり着くようです。
クリニック処方より安価に手に入る?
通販サイトや個人輸入代行業者を覗くと、国内のクリニックで処方されるよりも大幅に安い価格でAGA治療薬が販売されていることがあります。
AGA治療は継続が必要なため、月々のコストを抑えたいと考えるのは自然なことです。
しかし、この「安さ」には大きな落とし穴があります。
表面的な価格比較(例)
| 比較項目 | 通販・個人輸入(とされるもの) | 国内クリニック処方 |
|---|---|---|
| 価格(月額目安) | 安い(例: 3,000円~) | やや高め(例: 6,000円~) |
| 含まれるもの | 薬代のみ(とされる) | 薬代 + 診察料・検査料・安全性管理 |
| 品質・安全性 | 不明・保証なし | 保証あり(国内正規流通品) |
通院の手間が省けると考えるから
仕事や私生活で忙しい方にとって、定期的にクリニックへ通う時間を確保するのは負担に感じることがあります。その点、インターネットで注文すれば自宅に薬が届く通販・個人輸入は、非常に手軽で魅力的な方法に映るでしょう。
医師の診察を受ける必要がない(と誤解されている)ことも、この手軽さに拍車をかけています。
ネット上の情報や口コミを見て
インターネット上には、「個人輸入で安くAGA治療できた」「問題なく効果が出た」といった体験談や口コミが溢れています。
こうした肯定的な情報だけを目にすると、「自分も大丈夫だろう」という心理が働きやすくなります。
しかし、これらの情報が本当に正しいのか、書いた人がどのような結果になったのかを正確に知る術はありません。
通販・個人輸入でAGA治療薬を入手する5つの危険性
安さや手軽さの裏側には、ご自身の健康を脅かす重大な危険性が潜んでいます。
AGA治療薬の通販・個人輸入には、主に5つの大きなリスクが存在します。
偽造薬・粗悪品を入手してしまう危険
個人輸入で入手できる薬の約4割〜6割が偽造薬であるという調査報告もあります。
見た目が精巧に作られていても、中身が全く異なる、あるいは有害な物質が含まれている可能性を常に見極めることは不可能です。
有効成分が不明・含有量が不正確な場合
本物と称していても、有効成分が全く含まれていない、あるいは逆に過剰に含まれているケースがあります。
成分が含まれていなければ効果は出ませんし、過剰であれば重篤な副作用を引き起こす原因となります。表示通りの成分・含有量である保証はどこにもありません。
健康被害・重篤な副作用のリスク
AGA治療薬には、フィナステリドやミノキシジルなど、医療用医薬品として医師の管理下で使用すべき成分が含まれます。
体質や持病によっては使用できない場合もありますし、副作用(初期脱毛、性機能障害、肝機能障害、低血圧、動悸など)が起こる可能性もあります。
医師の診察なしに服用を始めることは、これらのリスクを増大させます。
個人輸入の主なリスクまとめ
| リスクの種類 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 偽造薬・粗悪品 | 有効成分ゼロ、不純物混入、有害物質混入 |
| 成分量不正確 | 効果なし、または副作用リスク増大 |
| 健康被害 | 医師の診断なく服用することによる予期せぬ副作用 |
| 救済制度対象外 | 重篤な副作用が出ても公的な補償が受けられない |
| 法的問題 | 転売・譲渡は薬機法違反(処罰対象) |
副作用が出た場合の救済制度が使えない
国内で正規に処方された医薬品によって重篤な健康被害が生じた場合、「医薬品副作用被害救済制度」という公的な補償制度が適用される可能性があります。
しかし、個人輸入した薬による健康被害は、この制度の対象外です。
つまり、万が一の事態が起きてもすべて自己責任となり、医療費や障害年金などの給付は一切受けられません。
そもそも法律的にグレー?
医師の処方箋が必要な薬を個人で使用する目的に限り、一定量の輸入を認める制度は存在します。しかし、これはあくまで「自己責任」の範囲内での話です。
また、輸入した薬を他人に譲渡したり販売したりする行為は、医薬品医療機器等法(薬機法)違反となり、厳しく罰せられます。
偽造薬・粗悪品がもたらす深刻な問題
通販・個人輸入で最も警戒すべきは、偽造薬や粗悪品の問題です。
単に「効果がない」だけでは済まされない、深刻な健康被害を引き起こす可能性があります。
全く効果が出ない、または症状が悪化する
有効成分が全く含まれていない偽造薬を服用し続けても、当然ながらAGAの進行は止まりません。治療のタイミングを逃し、取り返しのつかない状態まで症状が進行してしまう可能性があります。
また、不衛生な環境で製造された粗悪品が原因で、頭皮環境が悪化することも考えられます。
予期せぬ健康被害(アレルギー反応など)
本来含まれるはずのない成分や不純物、有害物質が混入している場合、予期せぬアレルギー反応や中毒症状を引き起こす危険があります。
偽造薬に混入していた有害物質の例
| 報告された有害物質(例) | 考えられる健康被害 |
|---|---|
| 重金属(鉛、水銀など) | 神経障害、内臓障害 |
| ペンキ、インク | アレルギー反応、発がん性 |
| 基準値超の他薬剤 | 予期せぬ副作用、中毒 |
不純物や有害物質が含まれている可能性
偽造薬は、安全管理が徹底されていない違法な工場で製造されていることがほとんどです。そのため、製造過程でどのような不純物や有害物質が混入しているか分かりません。
中には、健康な人が服用することを全く想定していない成分が含まれていることすらあります。
偽造薬の見分けは専門家でも困難
「パッケージが精巧だから本物」とは限りません。近年、偽造薬の製造技術は巧妙化しており、見た目だけで本物と偽物を区別することは、医師や薬剤師といった専門家でも非常に困難です。
成分鑑定を行わない限り、その薬が本当に安全かどうかは誰にも分かりません。
偽造薬によく見られる特徴(ただし、これだけで判断は不可)
- パッケージの印刷が不鮮明、誤字がある
- 錠剤の色や形、刻印が正規品と微妙に異なる
- 価格が相場より極端に安い
- 正規の販売ルート(医療機関)以外で販売されている
通販薬とクリニック処方薬の決定的な違い
通販・個人輸入で入手する薬と、クリニックで医師が処方する薬とでは、安全性と信頼性において決定的な違いがあります。
それは「医師による医学的管理」の有無です。
医師による診断の有無
クリニックでは、まず医師が診察を行い、あなたの薄毛が本当にAGAなのか、他の脱毛症(円形脱毛症、脂漏性脱毛症など)ではないかを診断します。
AGAであった場合も、その進行度や体質、持病、他に服用中の薬などを総合的に判断し、治療薬の適否を決定します。
個人輸入では、この最も重要な「診断」が欠落しています。
薬剤の品質と安全性の保証
クリニックで処方されるAGA治療薬は、国内の正規流通ルートを通じて供給された「正規品」です。厚生労働省によって品質・有効性・安全性が確認されています。
一方、通販・個人輸入の薬には、前述の通り偽造薬のリスクが常につきまといます。
通販・個人輸入薬とクリニック処方薬の比較
| 項目 | 通販・個人輸入薬 | クリニック処方薬 |
|---|---|---|
| 医師の診断 | なし | あり(必須) |
| 品質・安全性 | 保証なし(偽造薬リスク) | 保証あり(国内正規品) |
| 副作用対応 | 自己責任(救済制度対象外) | 医師による迅速な対応(救済制度対象) |
副作用発生時の対応とサポート体制
万が一、治療中に副作用が疑われる症状が出た場合、クリニックであればすぐに医師に相談し、適切な処置(減薬、休薬、薬剤変更など)を受けることができます。
個人輸入薬で副作用が出た場合、原因が薬にあるのか、別の病気なのかの判断も難しく、対応が遅れがちになります。
治療経過のモニタリング
AGA治療は効果が出るまでに時間がかかります。クリニックでは、定期的に通院してもらい、医師が頭皮の状態や髪の変化を客観的に確認(写真撮影など)します。
治療効果が出ているか、副作用はないかを継続的にモニタリングし、必要に応じて治療方針を調整します。
クリニックでのAGA治療が推奨される理由
AGA治療を安全かつ効果的に進めるためには、自己判断による個人輸入ではなく、医療機関であるクリニックでの治療を強く推奨します。
自分の症状や体質に合った薬が処方される
AGA治療薬にはいくつかの種類があり、それぞれ作用の仕方や特徴、副作用のリスクが異なります。
医師はAGAの進行度、年齢、健康状態、ライフスタイルなどを考慮し、最も適していると考えられる薬と用量を判断して処方します。
主なAGA治療薬の種類(クリニック処方)
| 薬剤の種類 | 主な作用 | 形状 |
|---|---|---|
| フィナステリド | 抜け毛の抑制(DHT産生を阻害) | 内服薬 |
| デュタステリド | 抜け毛の抑制(フィナステリドより強力) | 内服薬 |
| ミノキシジル(外用) | 発毛促進(血流改善など) | 外用薬 |
※ミノキシジル内服薬は国内未承認ですが、医師の管理下で処方される場合があります。
定期的な診察による健康状態のチェック
治療薬を安全に継続するため、クリニックでは定期的に血液検査などを行い、肝機能などに異常が出ていないかをチェックします。
この検査によって、副作用の早期発見と対策が可能になります。個人輸入では、こうした健康管理は一切行われません。
医師の診察で確認する主な項目
- AGAの進行度の評価
- 頭皮の状態(炎症、皮脂など)
- 全身の健康状態、持病の有無
- 副作用の兆候の有無
治療効果の客観的な評価
自分では気づきにくい細かな変化も、医師が専門的な視点で、また過去の写真と比較することで客観的に評価します。「効果が出ない」と感じていても、実は産毛が増えているなど、治療が順調に進んでいることもあります。
逆に、効果が見られない場合は、薬の変更や追加治療を検討します。
専門家によるアドバイスと精神的サポート
AGA治療は、薬を飲むだけでなく、生活習慣(食事、睡眠、ストレス管理)の見直しも重要です。クリニックでは、薬物治療と並行して、これらの生活指導も行います。
また、治療に関する不安や悩みを医師や専門スタッフに直接相談できることは、治療を継続する上で大きな精神的支えとなります。
AGA治療薬の個人輸入に関する法的側面
AGA治療薬の個人輸入は、健康リスクだけでなく、法的な側面も理解しておく必要があります。知らなかったでは済まされない問題に発展する可能性もあります。
個人輸入代行サービスの仕組み
多くの人が利用している「通販サイト」は、実際には海外の医薬品を個人輸入する手続きを代行する「個人輸入代行サービス」です。
彼らは注文者と海外の販売業者を仲介しているだけで、薬の品質や配送を保証しているわけではありません。
トラブルが起きても、代行業者は責任を負わないケースがほとんどです。
医薬品医療機器等法(薬機法)との関係
日本の薬機法では、医薬品の販売・譲渡には国の承認と許可が必要です。個人輸入は、あくまで「個人が自己の責任で使用する場合」に限り、特例的に認められているに過ぎません。
この「自己責任」には、偽造薬による健康被害のリスクも含まれています。
個人輸入とクリニック処方の法的・制度的違い
| 項目 | 個人輸入 | クリニック処方 |
|---|---|---|
| 根拠法 | 薬機法(特例的な位置づけ) | 医師法、薬機法 |
| 安全性 | 自己責任(国は未確認) | 国が確認(国内正規品) |
| 救済制度 | 対象外 | 対象 |
転売・譲渡は法律違反
個人輸入した医薬品を、たとえ家族や友人であっても無償・有償問わず譲渡する(分ける)ことは、薬機法違反(医薬品の無許可販売・授与)にあたります。
これは犯罪行為であり、発覚すれば処罰の対象となります。
軽い気持ちで行ったことが、重大な結果を招くことを理解してください。
通販・個人輸入に関するよくある質問
AGA治療は、専門知識を持った医師の管理下で、安全かつ適切に行うことが最も重要です。目先の価格や手軽さだけで通販・個人輸入を選ぶと、効果が出ないばかりか、取り返しのつかない健康被害を被る可能性があります。
薄毛にお悩みの方は、まずは一度、専門のクリニックにご相談ください。
参考文献
BLACKSTONE, Erwin A.; FUHR JR, Joseph P.; POCIASK, Steve. The health and economic effects of counterfeit drugs. American health & drug benefits, 2014, 7.4: 216.
BATE, Roger. Personal medicine importation: What are the risks, and how can they be mitigated?. AEI Paper & Studies, 2019, COV1-COV1.
BRO, William P. Importation of prescription drugs and risks to patient safety. Cal. W. Int’l LJ, 2005, 36: 105.
KAISER, Michael, et al. Treatment of androgenetic alopecia: current guidance and unmet needs. Clinical, cosmetic and investigational dermatology, 2023, 1387-1406.
HILL, Rachel C.; ZELDIN, Steven D.; LIPNER, Shari R. Drug-induced hair loss: analysis of the food and drug administration’s adverse events reporting system database. Skin Appendage Disorders, 2025, 11.1: 63-69.
SCHWARTZMAN, Gabrielle H., et al. Dermatologic consequences of substandard, spurious, falsely labeled, falsified, and counterfeit medications. Dermatologic clinics, 2022, 40.2: 227-236.
