男性型脱毛症に悩む方々の間で、ノコギリヤシが注目を集めています。この成分は発毛効果があるとされ、多くのサプリメントに使用されていますが、その効果の真偽については議論が分かれています。
本記事では、ノコギリヤシについて、基本的な情報から発毛との関連性、さらには使用時の注意点まで、医師の観点から科学的な根拠に基づいて詳しく解説します。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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発毛に効果がある?ノコギリヤシの基本情報を理解しよう
ノコギリヤシは、男性型脱毛症や前立腺肥大症の症状緩和に期待が寄せられている植物由来の成分です。その特徴や来歴、様々な形態、そして見込まれる効果について、科学的な視点から詳細に解説いたします。
ノコギリヤシとは?その特徴と成分
北米南東部に自生するヤシ科の低木、ノコギリヤシ(学名Serenoa repens)。その果実には、脂肪酸やフィトステロール、フラボノイドといった生理活性物質が豊富に含まれています。
特に注目を集めているのが、ノコギリヤシに含まれる脂肪酸です。これらの脂肪酸には、5α-リダクターゼという酵素の働きを抑える作用があると考えられています。
5α-リダクターゼは、テストステロンをジヒドロテストステロン(DHT)に変換する役割を担っており、DHTの過剰生成が男性型脱毛症を引き起こす一因とされています。
成分 | 主な作用 |
脂肪酸 | 5α-リダクターゼ阻害 |
フィトステロール | 抗炎症作用 |
フラボノイド | 抗酸化作用 |
ノコギリヤシの果実は、直径約2cmの楕円形で、熟すと黒紫色に変化します。その外観がノコギリの歯に似ていることから、英語では「Saw Palmetto」という名で呼ばれています。
ノコギリヤシの歴史と伝統的な利用法
ノコギリヤシは、古来より北米先住民族によって食用や医療目的で活用されてきました。彼らは果実を生のまま食べたり、乾燥させて保存食としたりしていました。
伝統的な利用法としては、以下のようなものが挙げられます。
- 滋養強壮剤
- 利尿剤
- 生殖器系の不調改善
19世紀後半に入ると、ヨーロッパからの植民者たちもノコギリヤシの効能に目を向け始めました。1879年には、アメリカの薬学者H.W. Bergerによって初めて医療用途での使用が提唱されるに至りました。
その後、20世紀に突入してからは、とりわけ前立腺肥大症や男性型脱毛症の治療に関心が集中するようになりました。
時代 | 主な用途 |
先住民族時代 | 食用、伝統医療 |
19世紀後半 | 医療用途の提唱 |
20世紀以降 | 前立腺、脱毛への応用 |
ノコギリヤシサプリメントの種類と形態
現代では、ノコギリヤシは多様な形態のサプリメントとして市場に流通しています。主な種類には次のようなものがあります。
- カプセル剤
- 錠剤
- 液体エキス
- ティーバッグ
中でも最も普及しているのは、脂溶性エキスを含むソフトカプセル剤です。これは、ノコギリヤシの有効成分の多くが脂溶性であることに起因しています。
製品によっては、ノコギリヤシ単体ではなく、他の成分と組み合わせたものも存在します。例えばノコギリヤシとセレン、亜鉛、ビタミンEなどを配合した複合サプリメントも見られます。
形態 | 特徴 |
ソフトカプセル | 脂溶性成分の吸収に適している |
錠剤 | 携帯に便利 |
液体エキス | 速やかな吸収が見込める |
購入する際は、製品の品質や原料の純度、製造工程などを確認することが望ましいでしょう。信頼できるメーカーの製品を選ぶことが肝要です。
ノコギリヤシの一般的な効能と期待される作用
ノコギリヤシには、いくつかの効能が期待されています。ただし、その効果については科学的な評価が分かれているものもあり、さらなる研究が求められている部分もあります。
主に期待される効能としては、以下のようなものが挙げられます。
- 前立腺肥大症の症状改善
- 男性型脱毛症(AGA)の進行抑制
- 排尿障害の軽減
- 性機能の向上
前立腺肥大症に関しては、複数の臨床試験でその効果が示唆されています。ノコギリヤシは、前立腺の肥大を抑制し、頻尿や排尿困難などの症状を軽減します。
男性型脱毛症については、DHT(ジヒドロテストステロン)の産生を抑制することで、髪の毛の脱落を防ぐ効果が期待されています。ただし、この効果に関しては、さらなる研究が必要とされています。
期待される効果 | 作用機序 |
前立腺肥大抑制 | 5α-リダクターゼ阻害 |
脱毛予防 | DHT産生抑制 |
排尿改善 | 前立腺への抗炎症作用 |
なお、ノコギリヤシの効果が現れるまでには通常数か月程度の継続的な摂取が必要とされています。
ノコギリヤシは天然由来の成分ですが、だからといって副作用が皆無というわけではありません。使用する際は、医師や薬剤師に相談し、適切な用法・用量を守ることが重要です。
科学的根拠に基づくノコギリヤシと発毛の関係性
ノコギリヤシと発毛の関連性については、数多くの研究が進められてきました。
本章では、男性型脱毛症のメカニズムとノコギリヤシの働き、臨床試験の成果、そして他の発毛成分との比較を通じて、科学的見地からノコギリヤシの効果を検証していきます。
ノコギリヤシと男性型脱毛症(AGA)のメカニズム
男性型脱毛症(AGA)は、遺伝的背景とホルモンバランスの変化によって発症する脱毛症です。その主たる要因は、男性ホルモンの一種であるジヒドロテストステロン(DHT)の過剰生成にあります。
DHTは、テストステロンが5α-リダクターゼという酵素の作用を受けて変換されることで生み出されます。このDHTが毛包に影響を与えると、毛髪の成長周期が短くなり、次第に細く短い毛へと変化していきます。
ノコギリヤシに含有される脂肪酸やステロールには、5α-リダクターゼの活動を抑える効果があると考えられています。この作用によってDHTの産生を抑制し、結果として脱毛の進行を遅らせる可能性が示唆されています。
要因 | AGAへの影響 |
遺伝的素因 | DHT感受性の増加 |
ホルモンバランス | DHT産生の促進 |
栄養状態 | 毛髪の成長サイクルへの影響 |
さらに、ノコギリヤシには炎症を抑える作用や酸化を防ぐ効果も認められており、これらの働きが総合的に毛髪の健康維持に貢献する可能性が指摘されています。
臨床研究から見るノコギリヤシの発毛効果
ノコギリヤシの発毛効果に関しては、複数の臨床研究が実施されてきました。しかし、その結果は必ずしも一致しておらず、効果の程度や信頼性について議論が続いているのが現状です。
一例を挙げると、2002年に公表された研究では、ノコギリヤシエキスを含む製品を半年間使用した群において、プラセボ群と比較して顕著な改善が見られたという報告がなされています。この研究では、以下のような効果が観察されました。
- 頭頂部の毛髪密度の増加
- 毛髪の太さの改善
- 脱毛の進行抑制
一方で、2012年に発表されたより規模の大きな研究では、ノコギリヤシ単独での使用では有意な効果が認められなかったという結果も報告されています。
研究年 | 被験者数 | 結果 |
2002年 | 60名 | 有意な改善あり |
2012年 | 369名 | 有意な効果なし |
これらの相反する結果から、ノコギリヤシの効果には、食生活、ストレス、他の治療法との併用など、様々な要因が影響している可能性が考えられます。
ノコギリヤシとDHT(ジヒドロテストステロン)の関係
ノコギリヤシの発毛効果において最も注目を集めているのが、DHT(ジヒドロテストステロン)との関連性です。先述の通り、DHTは男性型脱毛症を引き起こす主要な原因物質の一つとされています。
ノコギリヤシに含まれる成分、特に脂肪酸とフィトステロールは、次のようなメカニズムでDHTの産生や作用を抑制すると考えられています。
- 5α-リダクターゼの阻害作用
- DHTと男性ホルモン受容体の結合を妨げる働き
- 性ホルモン結合グロブリン(SHBG)の増加を促す効果
これらの作用により、毛包周辺のDHT濃度が低下し、毛髪の成長サイクルが正常化される可能性が指摘されています。
作用機序 | 効果 |
5α-リダクターゼ阻害 | DHT産生抑制 |
受容体結合阻害 | DHT作用の低減 |
SHBG増加 | 遊離テストステロン減少 |
ただし、これらの効果はin vitro(試験管内)やin vivo(生体内)の実験で観察されたものであり、人体での効果については更なる研究が求められています。
他の発毛成分との比較:ノコギリヤシの位置づけ
発毛や育毛を目的とした成分は多岐にわたります。ノコギリヤシの効果を正確に理解するためには、他の代表的な成分と比較することが有効です。
- ミノキシジル:毛乳頭細胞を直接刺激し、毛髪の成長を促進します。
- フィナステリド:5α-リダクターゼを強力に阻害し、DHT産生を抑制します。
- アデノシン:毛乳頭細胞に作用し、毛髪の成長因子の産生を促進します。
これらと比較すると、ノコギリヤシは以下のような特徴を持っています。
- 天然由来の成分であり、副作用が比較的少ない点
- 経口摂取が可能で、使用方法が簡便である点
- 前立腺肥大症にも効果が期待できる点
成分 | 主な作用機序 | 使用方法 |
ノコギリヤシ | 5α-リダクターゼ阻害 | 経口摂取 |
ミノキシジル | 毛乳頭細胞刺激 | 外用 |
フィナステリド | 5α-リダクターゼ阻害 | 経口摂取 |
アデノシン | 成長因子産生促進 | 外用 |
ノコギリヤシは、即効性は期待できないものの、長期的な使用で緩やかな効果が見込める成分として位置づけられています。また、他の成分と組み合わせることで、相乗効果が得られる可能性も指摘されています。
しかしながら、ノコギリヤシ単独での使用では、進行した脱毛を劇的に改善することは困難だと考えられています。そのため、早期からの予防的な使用や、他の治療法との併用が推奨されることもあります。
医師が考えるノコギリヤシを使用する際の注意点とポイント
ノコギリヤシは発毛や育毛に期待が高まっている成分ですが、その活用には正しい理解と慎重な対応が欠かせません。
ノコギリヤシの適切な摂取量と使用期間
ノコギリヤシの適切な摂取量は、製品の種類や濃度によって変わります。一般的には、ノコギリヤシ果実エキスとして1日あたり320mgから360mgが推奨されていますが、これは絶対的な数値ではありません。
効果の発現までには、通常2〜3か月程度の時間を要すると言われています。しかし、状況によって差異が生じるため、最低でも半年間は継続して使用することが望ましいでしょう。
形態 | 推奨摂取量(1日あたり) |
カプセル | 320mg〜360mg |
液体エキス | 1〜2ml |
乾燥果実 | 1〜2g |
ただし、摂取量を増やしたからといって、効果が比例して高まるわけではありません。むしろ、過剰摂取によって副作用のリスクが上昇する危険性があります。医師や薬剤師の指示に従い、適量を守ることが肝要です。
ノコギリヤシの副作用と注意すべき症状
ノコギリヤシは概して安全性が高いとされていますが、稀に副反応が生じることがあります。主な副作用として、以下のような症状が報告されています。
- 胃腸障害(吐き気、腹痛、下痢など)
- 頭痛
- めまい
- 肝機能障害
これらの症状が現れた場合、直ちに使用を中止し、医療機関での診察を受けることを強くお勧めします。特に、激しい腹痛や黄疸などの症状が見られた際は、緊急の対応が求められます。
副作用 | 頻度 |
胃腸障害 | 比較的多い |
頭痛 | まれ |
めまい | まれ |
肝機能障害 | 非常にまれ |
さらに、ノコギリヤシには抗凝固作用が認められているため、出血傾向が増す可能性を秘めています。手術を控えている方や出血性疾患を抱える方は、使用前に必ず医師への相談を行ってください。
ノコギリヤシと薬物相互作用:併用に注意が必要な薬
ノコギリヤシは、一部の薬剤と相互作用を起こす危険性があります。特に警戒を要するのは、以下のような薬剤です。
- 抗凝固薬(ワーファリンなど)
- 血小板凝集抑制薬(アスピリンなど)
- ホルモン療法薬(エストロゲン、テストステロンなど)
- 前立腺肥大症治療薬(フィナステリドなど)
これらの薬剤とノコギリヤシを同時に服用すると、薬の効果が増強されたり、逆に減弱されたりする可能性を孕んでいます。例えば、抗凝固薬との併用では出血リスクが高まる恐れが指摘されています。
薬剤の種類 | 相互作用の可能性 |
抗凝固薬 | 出血リスク増加 |
ホルモン療法薬 | 効果減弱 |
前立腺肥大症治療薬 | 効果増強 |
ノコギリヤシの使用を検討する際は、現在服用中の薬剤について必ず医師や薬剤師に相談し、安全性の確認を怠らないようにします。
効果を最大化するためのノコギリヤシの選び方と使用法
ノコギリヤシの効果を最大限に引き出すためには、適切な製品選びと使用方法が鍵となります。以下のポイントに注意を払いながら選択してください。
- 原料の品質:高品質のノコギリヤシ果実から抽出されたものを優先する
- 標準化:有効成分の含有量が明記されている製品を選択する
- 製造元の信頼性:GMP(Good Manufacturing Practice)認証を受けた製造元の製品を重視する
使用法としては、規則正しい摂取が大切です。食事と共に摂取することで吸収率が向上するとされています。また、朝晩に分けて摂取するのも一つの方法でしょう。
選び方のポイント | 重要度 |
原料の品質 | 高 |
標準化 | 中 |
製造元の信頼性 | 高 |
加えて、ノコギリヤシの効果を補完するために、亜鉛やビタミンBなどの栄養素を十分に摂取することも効果的とされています。バランスの取れた食事と併せて、総合的なアプローチを心がけることが望ましいでしょう。
ノコギリヤシ単独使用の限界と総合的なヘアケアの重要性
ノコギリヤシは発毛や育毛に一定の効果が期待できる成分ですが、単独での使用には限界があることも事実です。特に、進行した脱毛症状に対しては、ノコギリヤシだけでは十分な効果が得られないケースも少なくありません。
効果的な育毛・発毛のためには、以下のような総合的なアプローチが必要不可欠です。
- 適切な頭皮ケア(シャンプー、マッサージなど)
- バランスの取れた栄養摂取
- ストレス管理
- 十分な睡眠
さらに、状況に応じて他の育毛成分や治療法を組み合わせることも視野に入れましょう。ミノキシジルやフィナステリドなどの医薬品、あるいは低出力レーザー療法などとの併用で、より高い効果を実現できる場合があります。
アプローチ | 効果 |
ノコギリヤシ単独 | 限定的 |
総合的ケア | 相乗効果あり |
医薬品との併用 | 高い効果が期待できる |
ただし、これらの併用療法を検討する際は、必ず医師の指導下で行うようにします。個々の状況に応じた適切な治療法を選択することが、最も効果的な結果につながる道筋となります。
以上
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