ご自宅で療養生活を送るうえで、訪問看護は心強い味方ですが、利用には医療保険や介護保険のルールがあり、複雑に感じる方も少なくありません。
特に、厚生労働大臣が定める特定の疾病、通称「別表7」に該当する場合、訪問看護の利用方法が大きく変わります。
この制度は、長期にわたる手厚い看護を必要とする方々のために設けられたものです。
この記事では「別表7」とは何か、どのような方が対象になるのか、そして利用することでどのようなメリットがあるのかを、分かりやすく解説します。
はじめに 訪問看護と「別表7」の関係
在宅療養を支える訪問看護サービスを考えるとき、「別表7」という言葉が重要な意味を持つことがあります。これは、特定の病気を持つ方が、より手厚い訪問看護を受けられるようにするための特別な決まりごとです。
訪問看護をもっと身近にする制度
訪問看護は、病気や障害があっても住み慣れた家で安心して暮らせるよう、看護師などが自宅を訪問してケアを提供するサービスです。
通常、利用できる回数や時間には限りがありますが、一部の難病など、特に手厚いケアを必要とする病気の方々のために、「別表7」という特別な区分があります。
この区分に該当すると、保険適用のルールが変わり、より柔軟に訪問看護を利用できるようになります。
なぜ「別表7」が重要なのか
ご自身やご家族の病気が「別表7」の対象である場合、訪問看護の利用計画そのものが変わる可能性があり、通常よりも多くの回数の訪問が利用ができたり、複数の訪問看護ステーションを同時に使えます。
ご本人の状態に合わせたよりきめ細やかなケアを受けられるようになるので、ご家族の介護負担を減らすことにもつながります。
訪問看護の基本と医療保険の役割
「別表7」を理解するためには、まず訪問看護サービスの基本的な仕組みと、利用にかかわる保険制度について知る必要があります。
訪問看護は主に医療保険と介護保険のどちらかを使って利用し、どちらの保険が適用されるかによって、利用条件や内容が異なります。
訪問看護サービスの内容
訪問看護師は、ただ健康状態を確認するだけではありません。療養生活を支えるために、多岐にわたるケアを提供します。医師の指示のもと、ご自宅で安心して過ごせるように専門的な支援を行います。
- 病状の観察
- 医療的処置(点滴、褥瘡ケアなど)
- 身体の清拭や入浴の介助
- リハビリテーション
- ご家族への介護相談・支援
医療保険と介護保険の使い分け
訪問看護を利用する際にどちらの保険が適用されるかは、年齢や要介護認定の有無によって決まります。
原則として、介護保険の認定を受けている場合は介護保険が優先されますが、「別表7」に該当する方など、特定の条件を満たす場合は医療保険が適用されます。
医療保険と介護保険の主な違い
項目 | 医療保険 | 介護保険 |
---|---|---|
対象者 | 年齢を問わず、医師が訪問看護を必要と判断した方 | 要支援・要介護認定を受けた65歳以上の方など |
利用開始のきっかけ | 主治医からの「訪問看護指示書」 | ケアマネジャーが作成する「ケアプラン」 |
利用回数 | 原則週3日まで(別表7該当者などは除く) | ケアプランの範囲内 |
医療保険で訪問看護を利用する条件
介護保険の対象外の方や、介護保険の対象者であっても特定の条件に当てはまる方は、医療保険で訪問看護を利用します。
「別表7」に記載された疾病を持つ方は、年齢にかかわらず医療保険の適用となり、手厚いケアを受けることが可能です。
このほか、病状が急に悪化した際に主治医から発行される特別訪問看護指示書がある場合も、一時的に医療保険での訪問が増えます。
厚生労働大臣が定める疾病等「別表7」とは
それでは、この記事の中心テーマである「別表7」について、さらに詳しく見ていきましょう。「別表7」は、訪問看護を医療保険で利用する際に、特別な配慮が必要な方々を対象とする制度です。
「別表7」の正式名称と目的
「別表7」の正式名称は「厚生労働大臣が定める疾病等」といいます。訪問看護ステーションの人員配置基準などを定めた省令の別表第七に記載されていることから、このように呼ばれています。
制度の目的は、長期にわたる療養生活において、常時頻回な訪問看護を必要とする難病などの方々が、安心して在宅で過ごせる環境を整えることです。
なぜ特別な扱いが設けられているのか
「別表7」の対象となる疾病は症状が複雑で進行性であることが多く、専門的な医療ケアや状態観察を日常的に必要とし、人工呼吸器を装着している方や、頻繁な痰の吸引が必要な方などが含まれます。
このような方々がご自宅で安全に生活するためには、通常のルールを超えた訪問看護の提供が大切です。そのために、利用回数の制限を緩和するなどの特別な扱いが設けられています。
「別表7」と「特定疾病」の違い
介護保険制度にも特定疾病という区分があり、「別表7」と混同されることがあります。
どちらも加齢に伴う病気などが対象ですが、制度の根拠と目的が異なり、特定疾病は、40歳から64歳までの方が介護保険サービスを利用するための条件となる16の疾病です。
一方、「別表7」は医療保険で手厚い訪問看護を受けるための区分であり、対象となる疾病の種類も違います。
「別表7」と介護保険の「特定疾病」の比較
項目 | 別表7(医療保険) | 特定疾病(介護保険) |
---|---|---|
根拠法規 | 健康保険法など | 介護保険法 |
目的 | 手厚い訪問看護の提供 | 40歳~64歳の方の介護保険利用 |
疾病数 | 20項目 | 16項目 |
制度の背景にある考え方
この制度は、病気の種類や重さによって必要なケアが異なるという実情を反映しています。医療の進歩により、かつては入院が必須だったような状態でも、在宅での療養が可能になりました。
住み慣れた地域社会の中で自分らしい生活を続けられるよう、社会全体で支えていくという考え方が、制度の根底にはあります。
「別表7」対象となる具体的な20の疾病
「別表7」に該当するかどうかは、訪問看護の利用計画を立てるうえで非常に重要です。ここでは、厚生労働大臣が定める具体的な20の疾病や状態について解説します。
神経・筋疾患関連
対象となる疾病の多くは、神経や筋肉に影響を及ぼす進行性の難病で、運動機能や呼吸機能に支障をきたすことが多く、専門的なケアを長期にわたり必要とします。
対象となる神経・筋疾患
疾病名 | 簡単な説明 |
---|---|
末期の悪性腫瘍 | 治癒が困難な状態のがん |
多発性硬化症 | 脳や脊髄の神経に炎症が起こる病気 |
重症筋無力症 | 筋肉の力が弱くなる自己免疫疾患 |
筋萎縮性側索硬化症(ALS) | 運動神経が障害され筋肉が痩せていく病気 |
このほかにも、スモン、筋ジストロフィー、脊髄小脳変性症、ハンチントン病、パーキンソン病関連疾患などが含まれます。
その他の対象疾患
神経・筋疾患以外にも、さまざまな分野の疾患が「別表7」の対象に含まれていて、継続的な医療的管理が在宅療養の鍵です。
その他の対象となる疾患群
疾病群 | 代表的な疾患名 |
---|---|
後天性免疫不全症候群(AIDS) | HIV感染によって免疫機能が低下した状態 |
頸髄損傷 | 事故などによる首の脊髄の損傷 |
人工呼吸器使用状態 | 病名によらず、人工呼吸器を装着している状態 |
多系統萎縮症、プリオン病、亜急性硬化性全脳炎、ライソゾーム病、副腎白質ジストロフィー、脊髄性筋萎縮症、球脊髄性筋萎縮症、慢性炎症性脱髄性多発神経炎、後縦靭帯骨化症、肺動脈性肺高血圧症なども対象です。
ご自身の病気が該当するか確認する方法
ご自身の診断名が「別表7」に該当するかどうか、一番確実な確認方法は主治医に尋ねることです。医師は、診断名だけでなく、患者さんの全体的な状態を把握したうえで訪問看護の必要性を判断し、訪問看護指示書にその旨を記載します。
もし、ご自身の病名がリストにある、または似ていると感じた場合は、主治医やケアマネジャーあるいは訪問看護ステーションに相談してみましょう。
「別表7」に該当する場合の訪問看護のメリット
ご自身の病気が「別表7」の対象であると判断された場合、訪問看護の利用においていくつかの重要なメリットがあります。
利用回数の制限緩和
医療保険による訪問看護は、通常、1週間につき3回までという利用回数の制限がありますが、「別表7」に該当する方は、この制限が緩和されます。理論上は、毎日でも訪問看護を利用することが可能です。
実際の訪問回数はご本人の状態や必要性に応じて、主治医や訪問看護ステーションと相談して決定しますが、手厚いケアが必要な時にしっかりと対応できる体制を組めます。
訪問回数の比較
区分 | 1週間の利用回数(原則) |
---|---|
通常の場合 | 最大3回まで |
「別表7」該当者の場合 | 回数制限なし(必要に応じて調整) |
複数の訪問看護ステーションの利用
原則として訪問看護は1か所のステーションから提供を受けますが、「別表7」に該当する方は、2か所以上の訪問看護ステーションを同時に利用することが認められています。
平日はAステーション、休日はBステーションといった利用や、専門性の異なるステーション(リハビリに強い、精神科に強いなど)を組み合わせて利用することも可能です。
経済的負担の軽減につながる可能性
訪問看護の利用には自己負担が発生しますが、「別表7」の対象となる難病の多くは、国の指定難病にも該当します。
指定難病の医療費助成制度を利用することで、医療費の自己負担上限額が設定され、経済的な負担が大きく軽減される場合があります。
訪問看護の費用もこの助成の対象となるため、利用回数が増えても自己負担が青天井になる心配が少なくなります。
医療費助成制度のポイント
制度名 | 内容 | 相談窓口 |
---|---|---|
指定難病医療費助成 | 医療費の自己負担額に上限を設定 | 保健所、市区町村の担当課 |
高額療養費制度 | 1か月の医療費自己負担が高額になった場合に払い戻し | 加入している公的医療保険 |
ご家族の介護負担軽減
頻回な医療的ケアや見守りが必要な方を在宅で介護することは、ご家族にとって身体的にも精神的にも大きな負担となります。訪問看護の利用回数を増やせることは、直接的にご家族の負担軽減につながります。
看護師がケアを行う時間、ご家族は休息を取ったり、自分の時間を持ったりすることができ、介護を長く続けていくうえで非常に重要です。
訪問看護を利用するまでの流れ
実際に「別表7」の制度を活用して訪問看護サービスを受けるためには、いくつかの手順を踏む必要があります。ここでは、相談からサービス開始までの一般的な流れを解説します。
主治医への相談が第一歩
すべての始まりは、主治医への相談です。ご自身の病状や、在宅での生活で困っていること、訪問看護を利用したいという希望を具体的に伝えましょう。
医師が診察の結果、専門的な看護が在宅で必要だと判断することが、次のステップに進むための前提で、「別表7」に該当するかどうかの医学的な判断も、この時に行われます。
訪問看護指示書の交付
主治医が訪問看護の必要性を認めたら訪問看護指示書を作成し、これは、訪問看護ステーションに対して、どのようなケアをどのくらいの頻度で行うべきかを具体的に指示する公的な書類です。
「別表7」の対象者であることも指示書に明記され、指示書がなければ、訪問看護サービスは開始できません。
訪問看護ステーションとの契約
次に、利用する訪問看護ステーションを選び契約を結びます。どのステーションを選べばよいか分からない場合は、主治医や病院の相談員、地域のケアマネジャーなどに相談すると、情報を提供してくれます。
契約時には、サービス内容や料金、緊急時の対応などについて詳しく説明を受け、十分に納得した上で契約することが重要です。
訪問看護計画の作成とサービスの開始
契約後、訪問看護ステーションの看護師や管理者がご自宅を訪問し、ご本人やご家族と面談を行います。
主治医の指示書とご本人の希望を踏まえ、具体的な目標やケア内容を盛り込んだ訪問看護計画書を作成し、内容に同意したら、計画に沿った訪問看護サービスがスタートします。
サービス開始までの手順
手順 | 実施内容 | 関わる人 |
---|---|---|
1. 相談 | 在宅療養の希望や困りごとを伝える | 本人、家族、主治医 |
2. 指示書の交付 | 医師が訪問看護の必要性を判断し、指示書を作成 | 主治医 |
3. 契約・計画 | ステーションと契約し、具体的な訪問計画を立てる | 本人、家族、訪問看護師 |
「別表7」に関するよくある質問(FAQ)
ここでは、「別表7」に関して多くの方が疑問に思う点について、Q&A形式でお答えします。制度の利用を検討する際の参考にしてください。
- 「別表7」の対象かどうかは誰が判断するのですか?
-
最終的な判断は、患者さんを診察している主治医が行います。医師が病名や病状を総合的に評価し、「厚生労働大臣が定める疾病等」に該当すると判断した場合に、訪問看護指示書にその旨を記載します。
ご自身の判断で決めることはできませんので、まずは主治医に相談することが必要です。
- 週に何回まで利用できますか?
-
「別表7」に該当する方は、医療保険での訪問看護の利用回数に上限がありません。週に4日以上の訪問や、1日に複数回の訪問も可能です。
ただし、無制限に利用できるわけではなく、主治医の指示とご本人の心身の状態に基づき、必要な回数を訪問看護計画書で定めます。
- 複数の訪問看護ステーションを同時に利用できますか?
-
「別表7」該当者と、重度の褥瘡などがある方(特別管理加算の対象者)は、最大2か所(特別な場合は3か所)の訪問看護ステーションから同時にサービスを受けられます。
24時間体制でのケアや、専門性の異なるケアを組み合わせることが容易になります。
- 費用はどのくらいかかりますか?
-
費用は、加入している医療保険の自己負担割合(1割~3割)に応じて決まります。ただし、「別表7」の対象疾患の多くは指定難病に含まれるため、医療費助成制度を利用できる場合があります。
この制度を使うと、世帯の所得に応じて月々の自己負担上限額が定められるため、負担が大幅に軽減されることが多いです。詳しい費用については、契約する訪問看護ステーションや、お住まいの自治体の窓口にご確認ください。
以上
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