粘液性嚢胞腫瘍(Mucinous Cystic Neoplasm:MCN)とは、膵臓に発生する比較的まれな腫瘍で、粘液を分泌する細胞で覆われた袋状の構造を特徴とします。
女性に多く見られる傾向があり、初期段階では無症状のことが多いため、健康診断や他の目的で行われた画像検査で偶然発見されるケースがよく見られます。
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の病型
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)は、細胞の異型性の程度により3つに分類されます。
病型 | 特徴 | 臨床的意義 |
粘液性嚢胞腺腫(MCA) | 良性の腫瘍で、悪性化リスクは低い | 経過観察が主体 |
非浸潤性粘液性嚢胞腺癌(MCC) | 悪性だが、周囲組織への浸潤はない | 早期の外科的介入が望ましい |
浸潤性粘液性嚢胞腺癌(MCC) | 悪性で、周囲組織への浸潤がある | 集学的治療が必要 |
粘液を産生するという特性から、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)と類似した面もありますが、発生部位や好発年齢に違いがあります。
粘液性嚢胞腺腫(MCA)
粘液性嚢胞腺腫は良性度の高いタイプであり、嚢胞を内側から覆う上皮細胞に軽度の異型性が見られますが、悪性化のリスクは比較的低いとされています。
MCAの特徴
- 嚢胞内に粘稠度の高い粘液が充満している
- 上皮細胞の異型性は軽度にとどまる
- 悪性転化のリスクは低いが、完全には否定できない
- 定期的な画像検査による経過観察が主な管理方法となる
非浸潤性粘液性嚢胞腺癌(MCC)
非浸潤性MCCは、細胞に明らかな悪性所見が認められますが、周囲組織への浸潤は見られない状態です。
早期の悪性腫瘍と考えられるため、迅速な治療介入が必要となります。
特徴 | 非浸潤性MCC | 臨床的意義 |
細胞異型 | 高度 | 悪性度の指標 |
浸潤性 | なし | 早期発見の重要性を示す |
予後 | 比較的良好 | 適切な治療で長期生存が期待できる |
治療 | 外科的切除が原則 | 根治を目指す標準治療 |
この段階で発見できれば、完全切除により治癒の可能性が高まります。
浸潤性粘液性嚢胞腺癌(MCC)
浸潤性MCCは、MCNの中で最も進行した状態であり、悪性細胞が嚢胞壁を超えて周囲の膵組織に浸潤しているのが特徴です。
迅速かつ積極的な治療介入が必要ですが、早期発見が困難なことも多く、診断時にはすでに進行している場合があります。
治療法 | 適応 | 目的 |
外科的切除 | 局所進行例 | 腫瘍の完全除去 |
化学療法 | 転移例や切除不能例 | 腫瘍の縮小と進行抑制 |
放射線療法 | 局所コントロール | 腫瘍の増殖抑制 |
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の症状
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の主な症状には、腹部の違和感や痛み、背部痛、嘔気、体重減少などがありますが、初期段階では無症状であることが多いのが特徴です。
MCNの症状の特徴
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)は、進行度や大きさによって症状が異なります。
初期段階では、ほとんどの患者さんが無症状であることが多く、健康診断や他の目的で実施された画像検査で偶然発見されるケースが多いです。
腫瘍が拡大するにつれて、さまざまな症状が顕在化してきます。
症状 | 特徴 |
腹部違和感 | 軽度から中等度の不快感 |
腹痛 | 上腹部や左上腹部に多い |
背部痛 | 腫瘍の圧迫による痛み |
嘔気・嘔吐 | 消化管への圧迫が原因 |
MCNがさらに進行すると、腫瘍の増大による周囲の臓器への圧迫や膵臓機能の低下が原因となり、体重減少や食欲不振といった全身症状が現れる場合もあります。
経過段階 | 特徴的な症状 |
初期 | 無症状が多い |
中期 | 軽度の腹部症状 |
後期 | 顕著な症状出現 |
MCNの症状と他の膵臓疾患との類似点
- 腹痛(上腹部や左上腹部)
- 背部痛
- 嘔気・嘔吐
- 体重減少
- 黄疸(進行例)
MCNの症状は、他の膵臓疾患と似ている点があります。そのため、正確な診断には専門医による詳細な検査が必要となります。
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の原因
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の主な原因は、膵臓の上皮細胞における遺伝子変異と、それに伴う異常な細胞増殖であることが分かっています。
MCNが発生するしくみ
膵臓の上皮細胞(臓器の表面や内腔を覆う細胞)に特定の遺伝子変異が生じると、細胞の成長と分裂を制御する遺伝子に影響を与え、正常な細胞の働きを妨げることがあります。
その結果、異常な細胞増殖が起こり、膵臓内に嚢胞が形成されていくと考えられています。
遺伝子 | 役割 | MCNとの関連 |
KRAS | 細胞増殖の制御 | 変異により過剰な細胞増殖を引き起こす |
TP53 | 細胞周期の調節 | 機能低下により異常細胞の除去が困難になる |
ホルモンの影響
MCNの発生には体内のホルモンバランスも関与していて、特にエストロゲンやプロゲステロンなど、女性ホルモンが腫瘍の成長を促進する可能性が高いことが研究により分かってきています。
実際、MCNは圧倒的に女性(40〜60歳代)に多く見られます。
年齢 | 性別 | 発生リスク |
40-60歳 | 女性 | 非常に高い |
40-60歳 | 男性 | 比較的低い |
その他の年齢 | 両性 | さらに低い |
MCNのリスクを高める可能性がある要因
- 喫煙
- 過度の飲酒
- 肥満
- 慢性膵炎の既往
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の検査・チェック方法
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の診断では、画像検査、血液検査のほか、病理学的検査を実施します。
画像診断
CT・MRI検査では、腫瘍の大きさ、正確な位置、内部構造の詳細を調べます。
また、超音波検査では、嚢胞内部の微細な隔壁構造や結節の有無を確認していきます。
主な血液検査の項目
検査項目 | 臨床的意義 |
腫瘍マーカー(CA19-9など) | 悪性度の推定と経過観察 |
膵酵素(アミラーゼ、リパーゼ) | 膵機能障害の評価 |
炎症マーカー(CRP、白血球数) | 随伴性膵炎の検出 |
肝機能検査(AST、ALT、ビリルビン) | 胆道閉塞の有無の確認 |
病理学的検査による確定診断
MCNの最終的な確定診断には病理学的検査が必要です。細胞診や組織診を通じ、腫瘍の本質的な性質を評価します。
病理学的診断の進め方
- 超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA)による細胞・組織採取
- 採取した検体を高倍率顕微鏡で観察する
- 特殊免疫組織化学染色技術を用いた細胞の特性分析
- 分子生物学的手法による遺伝子変異の検出と解析
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の治療方法と治療薬について
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の治療では、外科的切除を中心とする手術療法と、薬物療法を組み合わせて進めていきます。
MCNの治療方針
MCNの治療方針は、腫瘍の大きさや悪性度に応じて個別に決定します。
小さな良性腫瘍の場合は経過観察となる場合もありますが、多くのケースでは外科的切除を推奨します。悪性化のリスクが高い腫瘍や、悪性化が疑われる場合には、迅速な外科的介入が必要です。
外科的切除の方法
手術方法 | 適応 | 特徴 |
膵体尾部切除 | 膵体部や尾部のMCN | 膵臓の一部を切除 |
膵頭十二指腸切除 | 膵頭部のMCN | 膵頭部と周囲の臓器を切除 |
腹腔鏡下手術 | 小型のMCN | 低侵襲で回復が早い |
膵温存手術 | 良性のMCN | 膵機能を維持できる |
薬物療法
薬物療法は術前や術後の補助療法として、または手術が困難な患者さんの症状緩和のために行っていきます。
主に使用される薬剤
- 抗がん剤(例:ゲムシタビン、5-FU):がん細胞の増殖を抑制
- 分子標的薬(例:エルロチニブ):特定の分子を標的にがん細胞の成長を阻害
- 免疫チェックポイント阻害薬(例:ペムブロリズマブ):免疫システムを活性化してがん細胞を攻撃
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の治療期間
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の治療期間は、個々の状態や治療法によって大きく変わります。外科的処置が必要となる症例では、通常1〜2週間程度の入院が想定されます。
手術以外の方法で治療を進める際は、定期的な検査や経過観察を含む全体の治療期間が、より長期化する傾向にあります。
治療法別の期間の目安
治療法 | 概算期間 | 備考 |
手術 | 3〜6か月 | 入院期間を含む |
経過観察 | 6か月〜数年 | 定期検査を継続 |
長期的な経過観察が必要
MCNの治療後は、再発や他の膵臓疾患の発症リスクを考慮し、継続して経過観察を行っていきます。
フォローアップ内容 | 頻度 | 目的 |
血液検査 | 3〜6か月ごと | 腫瘍マーカーの確認 |
画像検査(CT/MRI) | 6か月〜1年ごと | 再発や新規病変の早期発見 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の治療には、手術や薬物療法に伴う副作用やリスクがあります。
外科的治療に伴うリスク
主な合併症 | 発生頻度 | 対処法 |
出血 | 中程度 | 輸血、再手術 |
感染 | 低〜中程度 | 抗生物質投与 |
膵液漏 | 中程度 | ドレナージ、保存的治療 |
消化管運動障害 | 低〜中程度 | 食事指導、薬物療法 |
糖尿病の発症または悪化 | 低〜中程度 | 血糖管理、インスリン療法 |
特に、膵液漏は重篤な合併症につながる恐れがあるため、慎重な管理が必要です。膵液漏が発生した場合、ドレナージや栄養管理、感染予防対策などを行い、早期の回復を目指します。
化学療法に伴う副作用
副作用 | 発現頻度 |
吐き気・嘔吐 | 高い |
倦怠感 | 高い |
脱毛 | 中程度 |
骨髄抑制 | 中程度 |
長期的なリスク
MCNの治療後、治療の影響による二次的な健康問題が生じる可能性があるほか、病気が再発するリスクもあります。
長期的リスク | 対策 | 観察頻度 |
再発 | 定期的な画像検査 | 6-12ヶ月ごと |
膵内分泌機能障害 | 血糖値モニタリング | 3-6ヶ月ごと |
膵外分泌機能障害 | 消化酵素補充療法 | 症状に応じて調整 |
栄養障害 | 栄養指導、サプリメント | 定期的に評価 |
特に、膵臓の一部を切除した患者さんでは、膵機能の低下により糖尿病や消化吸収障害が生じることがあります。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
粘液性嚢胞腫瘍(MCN)の治療費は、主に手術療法にかかる費用が中心となります。健康保険が適用されるため、自己負担額は通常3割程度となります。
手術の概算費用
術式 | 概算費用(3割負担の場合) |
腹腔鏡下膵体尾部切除術 | 35万円〜55万円 |
開腹膵体尾部切除術 | 45万円〜65万円 |
入院期間・追加費用
手術後の入院期間は通常1〜2週間程度となりますが、合併症の有無や回復状況によって変動します。入院費用は1日あたり1万2千円〜2万5千円程度が目安で、これに食事代や個室使用料が加算されます。
その他の追加費用
- 術後の経過観察に必要な検査費用(CT検査1回につき1万5千円〜2万5千円)
- リハビリテーション費用(1回あたり3千円〜5千円)
- 退院後の外来診療費用(1回あたり5千円〜1万円)
保険適用外の費用
一部の先進医療や自由診療項目は保険適用外となり、全額自己負担となります。例えば、特殊な画像診断や遺伝子検査などが該当します。
以上
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