無痛性甲状腺炎とは、甲状腺に炎症が生じているにもかかわらず痛みを感じにくい点が特徴の疾患です。甲状腺は首の前面にある小さな臓器ですが、体の代謝やエネルギー量の調節を担い、多くのホルモンを分泌しています。
この病気は、甲状腺ホルモンの分泌バランスが崩れたり、自己免疫反応との関連が示唆されたりする場合が多く、時期によって甲状腺機能が高まったり低下したりするケースもみられます。
体の不調の原因が分からないまま放置すると、甲状腺ホルモンの異常に伴うさまざまな症状に悩まされることがあるため、早めに正しい知識を得て、必要に応じた受診や治療を検討することが大切です。
病型
無痛性甲状腺炎に関する基本的な区分や特徴を理解すると、病気の状態や進行の仕方に対する不安を和らげやすくなります。
甲状腺炎には複数の種類がありますが、その中でも無痛性甲状腺炎は比較的珍しいとされ、気づきにくい分、受診の時期が遅れてしまうこともあるため注意が必要です。
甲状腺機能の移り変わり
甲状腺の炎症が起こると、まず甲状腺ホルモンが過剰に放出される時期があり、その後いったん正常域に戻り、さらに機能が低下していく時期を迎えるケースもみられます。
このように短期間のうちに甲状腺ホルモンの値が大きく変化する点が特徴的です。
- 一過性に甲状腺ホルモンが高まる時期がある
- 正常な甲状腺ホルモン値に戻ることがある
- 機能低下が起き、甲状腺ホルモン量が不足する場合もある
- 時期が経過すると再び正常機能へ移行する例もある
短期間に機能が変化するため、人によってはこれらの各段階で異なる症状を感じる可能性があります。
無痛性甲状腺炎でみられる代表的な甲状腺機能の変動
時期 | 機能状態 | 主な特徴 |
---|---|---|
亢進期 | ホルモン過剰 | 動悸や発汗などの甲状腺機能亢進症状が出やすい |
正常期 | 正常範囲 | 倦怠感や軽度の異変に気づきにくい |
低下期 | ホルモン不足 | だるさ、むくみ、体重増加など |
回復期 | 正常機能へ回復の可能性 | 時間経過とともに自然回復する場合がある |
出産後と無痛性甲状腺炎
無痛性甲状腺炎は産後女性にも比較的高い頻度でみられることが報告されていて、出産後はホルモンバランスの変化や自己免疫状態の変動が起こりやすく、これらが引き金となって甲状腺に炎症が及ぶ可能性があります。
出産後に疲れやすさや動悸、体重変動などが続く場合は単なる産後の体調変化と決めつけず、甲状腺機能の検査を考慮すると安心です。
亜急性甲状腺炎との違い
甲状腺炎にはほかに亜急性甲状腺炎という病型があり、こちらは強い痛みや腫れを伴うのが一般的で、無痛性甲状腺炎は痛みがほとんど感じられないため、同じ甲状腺炎でも患者の自覚が乏しく、判断が遅れやすい点に留意する必要があります。
痛みがないからといって軽度と断定するのは危険で、きちんと検査して区別をつけることが重要です。
自己免疫性疾患との関連性
甲状腺炎の多くは自己免疫機序が深く関わるとされ、無痛性甲状腺炎にも自己免疫性の要素がみられ、自己免疫性甲状腺炎(橋本病)などと共存する可能性があり、他の自己免疫性疾患を併発する例も否定できません。
体の中で過剰な免疫反応が続くと、複数の臓器やホルモン分泌に影響が及ぶ場合があるため、総合的なチェックが求められる場合があります。
無痛性甲状腺炎の病型に関連する主なポイント
- 痛みの有無にかかわらず甲状腺炎が進行する可能性
- 出産後に発症しやすい例が報告されている
- 一過性の甲状腺機能変動が特徴的
- 自己免疫性疾患の一種と推定されるケースが多い
病型を理解しておくと、体の変化に気づきやすくなり、医療機関を受診できる可能性が高まります。
無痛性甲状腺炎と他の甲状腺疾患の比較
疾患名 | 痛み | 甲状腺機能変化 | 主な原因 |
---|---|---|---|
無痛性甲状腺炎 | ほとんどない | 亢進・正常・低下の変化をたどることが多い | 自己免疫、産後など |
亜急性甲状腺炎 | 強い痛みがある | 亢進・正常・低下の変化をたどる | ウイルス感染などが関与 |
橋本病 | 痛みはほぼなし | 主に機能低下へ向かう | 自己免疫反応 |
バセドウ病 | 痛みは伴わない | 機能亢進が持続する | 自己免疫機序(TSH受容体刺激) |
無痛性甲状腺炎の症状
無痛性甲状腺炎では、典型的な腫れや痛みが生じないことが多いため、自覚症状が曖昧なまま時間が経過する場合もあります。
ホルモン異常にともなう全身症状やメンタル面への影響など、多方面にわたる変化が生じる可能性があるため、体の声を注意深く聞いていくことが大切です。
甲状腺機能亢進期の症状
最初に甲状腺ホルモンが過剰に放出される時期には、動悸、息切れ、発汗過多、手の震え、体重減少といった甲状腺機能亢進症(いわゆるバセドウ病などでみられる症状)と類似した兆候が表れることがあります。
無痛性甲状腺炎の場合は亢進状態が続く時間はあまり長くないことも多いですが、強い動悸などに戸惑う方も少なくありません。
亢進期によくみられる症状
症状 | 内容 |
---|---|
動悸 | 心拍数が増え、胸がドキドキする |
手の震え | 細かい振戦が手指に見られることがある |
発汗過多 | 体温調節が乱れ、汗をかきやすくなる |
体重減少 | 食欲があっても体重が減る |
不眠 | 夜に落ち着かず、睡眠の質が低下 |
甲状腺機能低下期の症状
亢進期が過ぎると、甲状腺ホルモンが十分につくられなくなる時期が訪れることがあり、この段階では倦怠感、むくみ、寒がり、体重増加、皮膚や髪の乾燥など、甲状腺機能低下症(橋本病など)の症状に似た変化が起こる可能性があります。
無痛性甲状腺炎では、この低下状態が一時的なもので再び正常に戻る例が多いですが、しばらくの間、生活に支障をきたす不調が続くことも考えられます。
精神面への影響
甲状腺ホルモンは脳や自律神経の働きにも影響を及ぼすため、気分の落ち込みやイライラ感、不安感の増大など精神面への症状が出ることもあります。
特にホルモンの分泌状態が急激に変動するときには、神経が高ぶりやすかったり、不眠が強くなったりして日常生活に支障をきたすケースがあります。
無痛性甲状腺炎の主な症状
- 動悸や発汗などの亢進症状
- 疲労感やむくみなどの低下症状
- イライラや気分の落ち込みなどの精神面変化
- 首の腫れや痛みを自覚しにくい
症状が軽い場合
痛みがないだけでなく、全身症状や自覚できる異変がごく軽度のまま経過するケースもあり、体のほてりや、わずかな疲労感だけが続くという程度の場合もあり、一見すると甲状腺のトラブルとは思いにくいかもしれません。
しかし、ごく軽い症状が長期間持続するケースも想定されるため、検査で初めて異常が見つかることもあります。
時期別の無痛性甲状腺炎の症状
時期 | 主な症状 | 期間のめやす |
---|---|---|
亢進期 | 動悸、発汗、体重減少、手の震え | 数週間から2カ月程度 |
正常期 | 自覚症状が減り、安定した状態 | 短期間から数カ月程度 |
低下期 | 倦怠感、むくみ、体重増加、寒がり | 1~2カ月程度 |
回復期 | 正常状態へ戻り、症状の軽減・消失がみられる | 数週間から数カ月 |
無痛性甲状腺炎の原因
無痛性甲状腺炎の原因は、一部まだ明確に解明されていない要素がありますが、自己免疫やホルモンバランスの急激な変化などが関与していると考えられています。
炎症が起きても痛みがない理由については、亜急性甲状腺炎のように明確なウイルス感染や顕著な組織破壊が少ないのではないかとも推測されています。
自己免疫の影響
無痛性甲状腺炎の多くは自己免疫疾患の範疇に入るとみなされており、免疫システムが誤って甲状腺組織を攻撃し、炎症が生じる可能性があります。
自己免疫性甲状腺炎(橋本病)を併発している例もあることから、甲状腺に対する自己抗体の存在が大きく関与しています。
無痛性甲状腺炎の原因として考えられる要素
- 自己抗体による甲状腺への過剰な免疫反応
- 周産期や産後のホルモン環境の急変
- 遺伝的素因や環境因子
- 軽微なウイルス感染の関与の可能性
ホルモンバランスの変動
特に産後女性においては、出産後のホルモン変化が激しく、免疫系のコントロールが崩れやすい環境になりやすく、一時的に甲状腺への攻撃が強まり、無痛性甲状腺炎が発症するケースがあります。
加えて、ストレスや睡眠不足などが重なるとさらにホルモンバランスが乱れやすくなるため注意が必要です。
無痛性甲状腺炎の発症要因
要因 | 具体例 |
---|---|
自己免疫反応 | 甲状腺に対する自己抗体の存在 |
産後ホルモン変化 | 産褥期における急激なエストロゲン変動 |
遺伝的背景 | 家族に甲状腺疾患をもつ人がいる場合など |
軽度なウイルス感染 | 自覚なく感染しているケース |
痛みがない理由
無痛性甲状腺炎は“無痛性”という名称のとおり痛みを伴わないのが特徴ですが、そもそも亜急性甲状腺炎のように強い炎症が甲状腺を急速に腫らすわけではないため、痛覚を刺激する度合いが低いと推測されています。
また、組織破壊のスピードや免疫反応の仕方が比較的緩やかなため、腫れ自体も顕著にならない場合が多いと考えられます。
他疾患からの波及
別の自己免疫疾患(たとえば1型糖尿病や関節リウマチなど)を既にもっている方の場合、甲状腺にも自己免疫反応が波及しやすくなることがあり、無痛性甲状腺炎を併発する可能性があります。
複数の自己免疫疾患を抱える場合は、それぞれの病態が相互に影響を与え合うため、症状が複雑化することも念頭に置いた診察が大切です。
他疾患と無痛性甲状腺炎の関連が疑われるケース
- 既に橋本病やバセドウ病がある
- 1型糖尿病を発症している
- 全身性エリテマトーデス(SLE)など自己免疫疾患がある
- 関節リウマチと診断されている
検査・チェック方法
痛みが少ないため、無痛性甲状腺炎は発見が遅れがちで、甲状腺機能のバランスが崩れると全身への影響は決して小さくありません。さまざまな検査を組み合わせて甲状腺の状態を正確に把握することが重要です。
血液検査
甲状腺機能の評価には血液検査が欠かせませず、TSH(甲状腺刺激ホルモン)、FT4(遊離サイロキシン)、FT3(遊離トリヨードサイロニン)などのホルモン値を測定します。
無痛性甲状腺炎では、病期によってこれらの値が亢進状態を示したり、低下状態を示したり変化が激しいため、定期的なチェックが大切です。
甲状腺ホルモン検査の項目と特徴
検査項目 | 主な役割 | 正常値のめやす |
---|---|---|
TSH | 甲状腺を刺激するホルモンの量 | 約0.5~5.0μIU/mLほど |
FT4 (Free T4) | 甲状腺ホルモンの主要成分サイロキシン | 約0.9~1.7ng/dLほど |
FT3 (Free T3) | 代謝を活性化するホルモンの活性形態 | 約2.3~4.0pg/mLほど |
サイログロブリン | 甲状腺組織でつくられるタンパクの一種 | 無痛性甲状腺炎では変動あり |
超音波(エコー)検査
甲状腺が腫れているかどうか、結節や腫瘍が疑われる所見がないかなどを確認するために、超音波検査を行うことがあります。
無痛性甲状腺炎では、大きく腫れ上がるケースが少ないとされますが、軽度の腫大が見られる場合もあり、痛みがない分、視覚的に変化が確認できるエコー検査は診断に役立ちます。
超音波検査の特徴
- 甲状腺内部の血流や腫瘤の有無を確認しやすい
- 痛みや放射線被曝の心配がない
- 短時間で結果が得やすい
抗甲状腺抗体の測定
自己免疫性の要因を探るために、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)や抗サイログロブリン抗体(TgAb)などを調べる場合があり、高値を示す場合は、自己免疫性の甲状腺疾患の可能性が高まります。
無痛性甲状腺炎でも同様の抗体が検出されるケースがあり、原因解明に役立ちます。
自己抗体と甲状腺疾患の関連
抗体名 | 意味 | 主に高値を示す疾患 |
---|---|---|
抗TPO抗体 (TPOAb) | 甲状腺ペルオキシダーゼを標的とする | 橋本病、無痛性甲状腺炎など |
抗サイログロブリン抗体 (TgAb) | サイログロブリンに対する自己抗体 | 橋本病、無痛性甲状腺炎など |
TRAb | TSH受容体に対する刺激的自己抗体 | バセドウ病 |
病状を把握する頻度
無痛性甲状腺炎は短期間でホルモンの状態が変わることが多いため、初期に頻繁に検査を行うことが推奨される場合があり、例えば2~4週間おきに血液検査をして、機能亢進か低下かを見極め、必要な対応を検討することが大切です。
病状が落ち着いてきたら検査の間隔を広げる場合もあります。
無痛性甲状腺炎の治療方法と治療薬について
無痛性甲状腺炎では、甲状腺機能の状態や症状の程度に応じて治療の方針が異なります。炎症そのものが原因で急激に状態が悪化する例は比較的少なく、一過性に機能が異常をきたしても自然回復する可能性が高いのも特徴です。
しかし、症状が強い場合や甲状腺ホルモンの数値が大きく乱れるときには、薬物療法が必要になります。
亢進期の治療
甲状腺ホルモンが過剰になっている期間は、動悸や不整脈などがつらい場合にβ遮断薬(インデラルなど)が用いられることがあり、これは甲状腺ホルモンを直接抑える薬ではなく、症状を和らげる目的の治療です。
炎症に起因すると考えられる場合には、ステロイド薬を短期間使うことも稀にありますが、痛みを伴わない無痛性甲状腺炎では使用が慎重に検討されるケースが多いです。
亢進期に使われる主な治療薬
薬剤名 | 作用 | 使用目的 |
---|---|---|
β遮断薬 (例:プロプラノロール) | 心拍数を抑え、動悸などを軽減 | 甲状腺ホルモン過剰の症状緩和 |
ステロイド (例:プレドニゾロン) | 炎症反応を抑える | 痛みや腫れが強い場合など |
亢進期の治療ポイント
- β遮断薬を用いて動悸などを抑え、日常生活を楽にする
- ステロイドは無痛性では少ないが、状況次第で検討される
- 甲状腺ホルモンを直接抑えるチアマゾールなどは通常使用しない
低下期の治療
甲状腺機能低下期に入った場合、強い倦怠感やむくみなどが生じるときには、甲状腺ホルモン製剤(レボチロキシンなど)による補充療法を行うことがあります。
この治療薬は不足したホルモンを補い、体の代謝機能が正常に近づくようサポートする働きがあり、無痛性甲状腺炎の低下期は一時的なことが多いため、甲状腺ホルモン製剤を使う期間は比較的短期間になることがあります。
抗炎症薬や鎮痛薬
痛みが伴わない無痛性甲状腺炎では、強い鎮痛薬を使う必要性は低いですが、軽度の炎症が進むと倦怠感や不調が増す場合があり、状況に応じて非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を使うことも検討されます。
症状を丁寧に評価しながら、必要最小限の薬剤を利用する姿勢が大切です。
無痛性甲状腺炎の治療全般における注意点
- 症状が比較的軽い場合は経過観察で様子を見ることが多い
- ホルモン亢進期・低下期ごとに症状への対処が異なる
- 薬物の使い過ぎに注意し、定期的に血液検査を行う
- 自然回復を期待できる場合もあるが、症状が強ければ早めに対処する
日常生活の工夫
薬物療法と並行して、無痛性甲状腺炎の亢進期や低下期に応じた生活習慣の調整が必要になり、亢進期には交感神経が刺激されやすいため、カフェインやアルコールを控えたり、睡眠を十分に取るなどの工夫が役立ちます。
一方、低下期には体が重く感じやすいので、無理な運動や過度なダイエットを控え、栄養バランスの良い食事を心がけながらゆっくりと体調回復に専念することがポイントです。
亢進期・低下期での生活上の留意点
期間 | 生活習慣のヒント | 目的 |
---|---|---|
亢進期 | カフェイン・アルコール控えめ、十分な睡眠 | 自律神経の乱れを抑え、心拍数管理 |
低下期 | 無理な運動や過度な仕事を避け、疲れをためない | 倦怠感を軽減し体調回復を促す |
無痛性甲状腺炎の治療期間
無痛性甲状腺炎は、その名のとおり痛みが目立たないことから長期化しても気づかれにくい面があり、多くの場合、数カ月~1年程度で自然に回復する例がある一方で、甲状腺機能の乱れが続いてしまう人もいます。
急性期から回復期までの経過
亢進期は数週間から2カ月ほど続くことが多く、やがて正常期を経由して低下期へ移行します。
低下期も1~2カ月ほどで改善に向かう場合が大半ですが、さらに長期化する例や、完全に機能が戻らないまま橋本病へ移行するケースも報告されています。
無痛性甲状腺炎の一般的な経過期間
時期 | 継続期間 |
---|---|
亢進期 | 2~8週間ほど |
正常期 | 数週間~数カ月 |
低下期 | 4~8週間程度 |
回復期 | 数週間~数カ月 |
治療期間に影響する要因
- 自己免疫の強さと遺伝的素因
- 病院受診のタイミングと初期対応
- 出産直後などホルモン変化が大きい時期かどうか
- ストレスや疲労の蓄積度合い
再発の可能性
一度無痛性甲状腺炎を経験した人が、しばらくして再度同じような症状を起こす可能性は否定できませんが、完全に回復した後であれば再発はまれです。
産後に発症した人は、次の妊娠や出産後に再発リスクが上がることがあるため、こまめに甲状腺機能を検査することが安心につながります。
長引く場合の対応
通常の治療期間を超えても、なかなか甲状腺機能が安定しない場合や、低下状態が慢性化してしまう場合は、医師と相談して甲状腺ホルモン製剤を継続的に使用する必要があるかもしれません。
また、ほかの甲状腺疾患や自己免疫疾患を合併していないか詳しく調べることも重要です。
治療期間が長引く場合のポイント
- 継続的な血液検査とエコーで状態を把握する
- 必要に応じて甲状腺ホルモン製剤の投与量を調整する
- 他の免疫疾患の有無を含めて総合的に診断する
- ストレスコントロールや睡眠改善を重視する
日常生活への影響
治療期間中、亢進期には動悸やイライラ感が強まり、低下期には強い疲労感やむくみ、体重増加などが生じます。
仕事や育児との両立が難しくなるケースもあるため、家族や職場と相談しながら無理のないペースで過ごすことが大切で、日頃の生活リズムを見直し、甲状腺機能が安定するまでしっかり体を休める姿勢が必要です。
治療期間中の生活調整例
体調状況 | 具体的な調整法 |
---|---|
亢進期(動悸や不眠) | 早めに就寝、カフェイン控えめ、リラックス方法の実践 |
低下期(疲労感やむくみ) | 十分な栄養と休息、軽めのストレッチ、過度な残業の回避 |
回復期(症状の軽減傾向) | 徐々に運動量を増やし、体力・筋力を取り戻す |
副作用や治療のデメリットについて
無痛性甲状腺炎の治療では、状況に応じて薬物療法が選択されるものの、薬には副作用があります。副作用と上手に付き合いながら治療を行うためには、薬の特徴をよく理解し、医師とコミュニケーションを取り続けることが重要です。
β遮断薬の副作用
亢進期の症状が強い場合、動悸や頻脈を軽減するためにβ遮断薬が使われることがありますが、以下のような副作用に留意する必要があります。
- 血圧が低くなりすぎる
- めまいや倦怠感が増す
- 気管支ぜんそくなど呼吸器疾患がある場合に発作を誘発する可能性がある
β遮断薬に関する主な副作用と対策
副作用 | 内容 | 対策 |
---|---|---|
血圧低下 | 立ちくらみや頭痛 | 服用量やタイミングを調整 |
めまい、倦怠感 | 日常生活に支障が出る場合もある | 過度な運動や長時間の立ち仕事を避ける |
気管支収縮 | ぜんそく傾向がある人は注意が必要 | 担当医に事前に申告して対応する |
β遮断薬の注意点
- ぜんそくや慢性閉塞性肺疾患(COPD)のある方は特に慎重に使用する
- 血圧が極端に低くなったり心拍数が下がりすぎたりしないようモニタリングが必要
- めまいやふらつきで事故につながらないよう、車の運転などに注意を払う
甲状腺ホルモン製剤の副作用
甲状腺機能低下期にレボチロキシンなどを補充する場合、用量が過剰になると甲状腺機能を逆に亢進させてしまい、動悸や手の震え、不眠などを引き起こす可能性があります。
一方、用量が足りないと倦怠感やむくみなどが改善しにくいという問題が出てくるので、定期的な血液検査を行い、適切な量を維持することが大切です。
甲状腺ホルモン製剤(レボチロキシンなど)の過不足例
状態 | 過剰時の可能性 | 不足時の可能性 |
---|---|---|
症状 | 動悸、発汗、イライラ | 倦怠感、寒がり、むくみ |
原因 | 投与量が多い、服用方法が誤っている | 投与量が少ない、吸収不良 |
対処 | 医師へ相談し、服用量を減らすか調整する | 投与量を少し増やすなど処方を見直す |
ステロイド薬のデメリット
痛みをともなわない無痛性甲状腺炎ではステロイドが使用される頻度は低いですが、もし用いた場合には、体重増加、高血糖、骨量減少、胃腸障害などの副作用リスクを考慮しなければなりません。
ステロイドは長期間の服用で副作用が強く出やすいため、短期的に限った投与方針をとることが多いです。
ステロイド服用時の主な注意点
- 長期使用で骨粗しょう症や糖代謝異常が進む可能性
- 定期的に血糖値や骨密度のチェックが必要
- 急な中断はリバウンドや副腎不全などを引き起こす可能性がある
治療のデメリットと注意事項
無痛性甲状腺炎では自然に機能が回復するケースもあるため、必ずしも強い薬を使うわけではありませんが、症状や検査結果によっては薬を使わざるを得ない状況も出てきます。
デメリットを最小限に抑え、メリットを享受するためには医師の指示に従い、自己判断での服用量の変更や中断をしないことが重要です。
無痛性甲状腺炎の保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
血液検査・エコー検査の費用
無痛性甲状腺炎を疑って病院を受診すると、まず血液検査でホルモン値や自己抗体、一般的な採血項目をチェックすることが多いです。さらに、甲状腺の状態をみるための超音波検査も合わせて行います。
甲状腺関連検査の概算費用(保険適用時・3割負担の場合)
検査名 | 費用目安 |
---|---|
血液検査(甲状腺ホルモン+自己抗体など) | 約2,000~4,000円程度 |
甲状腺エコー検査 | 約1,500~2,500円程度 |
検査費用のポイント
- 検査項目が増えるほど総額がやや高くなる
- 専門医を受診する場合でも保険診療であれば負担は一定の範囲内
- 血液検査とエコーを同日に行う場合が多い
薬物療法にかかる費用
亢進期にβ遮断薬を使う場合、1カ月分の処方でおよそ1,000円から2,000円程度の自己負担となり、甲状腺ホルモン製剤(レボチロキシンなど)はジェネリックも含めて比較的安価で、1カ月の自己負担は1,000円前後にとどまるケースが多いです。
無痛性甲状腺炎で使用される主な薬剤と保険適用時の費用目安
薬剤名 | 1カ月分の自己負担目安 |
---|---|
β遮断薬(プロプラノロール等) | 約1,000~2,000円程度 |
甲状腺ホルモン製剤 | 約1,000円前後 |
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) | 500~1,500円程度 |
再診や継続的な検査
無痛性甲状腺炎はホルモン値の変動が激しいため、一定期間ごとに診察と採血を行うことが一般的です。
再診料や検査費用などは、回数に応じて蓄積されますが、特別に高額になる治療法はあまり選択されにくいため、総額としては数千円から数万円単位にとどまる場合が多いでしょう。
治療費に関する留意点
- ホルモン値の変化に応じて検査頻度が増えると費用も増す
- 入院の必要がある治療はまれである
- 短期間の薬物療法で済む例では大きな負担になりにくい
高額な治療が発生するケース
無痛性甲状腺炎そのものの治療で手術が必要になるケースはほぼありませんが、万が一腫瘍がみつかったり、ほかの甲状腺疾患と重なって外科的処置が必要になったりすると、治療費が高額化する可能性があります。
通常の無痛性甲状腺炎治療における主な費用項目と目安
費用項目 | 目安 |
---|---|
初回の検査一式 | 3,000~6,000円程度(保険3割負担時) |
薬代(1カ月分) | 1,000~2,000円程度(症状により変動) |
再診・定期検査 | 1回あたり1,000~2,000円程度 |
以上
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