下垂体腺腫(pituitary gland)とは、下垂体に発生する良性の腫瘍です。
下垂体腺腫は、腫瘍の種類によって過剰なホルモン分泌を引き起こしたり、逆にホルモン分泌が低下したり、腫瘍の大きさによっては、周囲の組織を圧迫し、視野障害などの症状を引き起こすこともあります。
ここでは、下垂体腺腫の種類、症状、診断方法などについて詳しく解説していきます。
下垂体腺腫の病型
下垂体腺腫(かすいたいせんしゅ)は、ホルモンを分泌するかどうか、腫瘍の大きさ、そして腫瘍の組織の種類によって分類されます。
機能性下垂体腺腫と非機能性下垂体腺腫
下垂体腺腫は大きく二つに分けられます。一つはホルモンを過剰に分泌する機能性腺腫で、もう一つはホルモンを分泌しない非機能性腺腫です。
機能性腺腫は、分泌されるホルモンの種類に応じてさらに細かく分類されます。
- プロラクチノーマはプロラクチンを過剰に分泌。
- GH産生腺腫は成長ホルモンを過剰に分泌し、先端巨大症や巨人症を引き起こす。
- ACTH産生腺腫はクッシング病の原因。
- TSH産生腺腫は中枢性甲状腺機能亢進症を引き起こす。
非機能性腺腫はホルモンを分泌しませんが、大きくなると周囲の組織を圧迫し、ホルモン分泌不全を引き起こすことがあります。
下垂体腺腫の大きさによる分類
下垂体腺腫は大きさによっても分類されます。
分類 | 大きさ |
微小腺腫 | 10mm未満 |
巨大腺腫 | 10mm以上 |
巨大侵襲性腺腫 | 周囲組織への浸潤を伴う |
微小腺腫は通常、症状を引き起こさないことが多いですが、巨大腺腫や巨大侵襲性腺腫は、大きさによって視野障害などの症状を引き起こすことがあります。
下垂体腺腫の組織型による分類
下垂体腺腫は組織の種類によっても分類されます。
組織型 | 特徴 |
嫌色素性腺腫 | 最も一般的に見られる |
好酸性腺腫 | GH産生腺腫やTSH産生腺腫に多く見られる |
好塩基性腺腫 | ACTH産生腺腫に多く見られる |
混合型腺腫 | 複数の細胞型が混在 |
多ホルモン産生腺腫 | 複数のホルモンを産生 |
下垂体腺腫の症状
下垂体腺腫によって、ホルモンのバランスが乱れたり、腫瘍が大きくなって周囲の組織を圧迫したりすることで、さまざまな症状が引き起こされます。
ホルモン分泌過剰による症状
下垂体腺腫がホルモンを過剰に分泌する場合、現れる症状がいくつかあります。
ホルモンの種類 | 主な症状 |
成長ホルモン | 手足が異常に大きくなる先端巨大症や、顔の特徴が変わる |
ACTH | 体の中心部が太くなるクッシング病や、顔が丸くなる |
プロラクチン | 乳汁が出る、生理不順、性欲が減退する |
TSH | 心拍数の増加、過度の発汗、体重の減少 |
これらの症状は個人差があり、場合によっては複数のホルモンが関係していることもあります。
ホルモン分泌低下による症状
下垂体腺腫がホルモン分泌を抑えたときの症状
- 成長ホルモン不足による子どもの成長遅延や、大人の疲れやすさ、筋力の低下
- 性ホルモンの不足による性機能の低下や不妊
- ACTH不足による疲労感、体重減少、低血圧
- TSH不足による甲状腺機能低下症の症状
これらは下垂体機能低下症と呼ばれ、深刻な場合は命に関わることもあります。
腫瘍の圧迫による症状
下垂体腺腫が大きくなると、以下のような圧迫症状が現れることがあります。
圧迫される組織 | 主な症状 |
視交叉 | 視野の一部が見えなくなる |
海綿静脈洞 | 目の動きが悪くなり、二重視やまぶたの下垂が起こる |
下垂体茎 | 下垂体機能低下症 |
これらの症状は、腫瘍の位置や大きさによって異なりますが、特に視野障害は早期発見が大切です。症状に気づいたら、すぐに専門医を受診してください。
下垂体腺腫の原因
多くの下垂体腺腫は、特定の遺伝子の変異が引き金になるとされていますが、実際にはその遺伝的背景はまだ完全には解明されていません。
下垂体腺腫の発症に関与する遺伝子異常
最近の研究では、下垂体腺腫の発生に関わる遺伝子異常が次第に明らかになってきています。
下垂体腺腫のタイプごとに関連する遺伝子異常
腺腫の種類 | 関連する遺伝子異常 |
GH産生腺腫 | GNAS、AIP、MEN1 |
プロラクチノーマ | MEN1、AIP |
ACTH産生腺腫 | USP8、MEN1、AIP |
非機能性腺腫 | MEN1、AIP |
これらの遺伝子は、細胞の成長や腫瘍の抑制に関わる重要な役割を持っており、その機能不全が腺腫の発生につながると考えられています。
ホルモン分泌の調節異常と下垂体腺腫
下垂体の細胞は、視床下部からのシグナルによってホルモンの分泌がコントロールされていて、このバランスが崩れると、特定の細胞が過剰に活動し始め、腺腫が形成されることがあります。
GH産生腺腫において関与するメカニズム
- 視床下部からのGHRHの過剰分泌
- GH分泌を抑えるソマトスタチンの機能不全
- GH分泌細胞の異常増殖
環境因子と下垂体腺腫
下垂体腺腫の発生には、遺伝的要因だけでなく、環境因子の影響も考えられています。
下垂体腺腫の発生に関連する可能性のある環境因子
環境因子 | 関連する腺腫の種類 |
エストロゲン | プロラクチノーマ |
放射線被曝 | 非機能性腺腫 |
頭部外傷 | 非機能性腺腫 |
これらの因子と下垂体腺腫との直接的な関連はまだ明確ではありませんが、影響を与える可能性が指摘されています。
下垂体腺腫の検査・チェック方法
下垂体腺腫を診断するためにはいくつかの検査が必要です。
ホルモン検査の種類と目的
下垂体腺腫を特定するためには、体内のホルモンレベルを調べるホルモン検査が行われます。
ホルモンの種類 | 検査方法 |
成長ホルモン | 血液検査で基本的なレベルを測定し、必要に応じて糖負荷試験を行う |
ACTH | 基本的なレベルを血液検査で測定し、デキサメタゾン抑制試験で反応を見る |
プロラクチン | 血液検査で基本的なレベルを測定 |
TSH | 基本的なレベルを血液検査で測定し、TRH負荷試験で反応を見る |
これらの検査を通じて、ホルモンの過剰分泌や不足を確認し、腺腫のタイプを判断します。
画像検査の役割と種類
下垂体腺腫の有無や大きさ、周囲への影響を確認するためには、画像検査が欠かせません。
- MRI検査は、下垂体腺腫を詳細に映し出し、腫瘍のサイズや位置、周囲の組織への影響を確認できます。
- CT検査は、骨の変化や腫瘍の石灰化を見るのに適しています。
これらの検査は、腺腫の診断や治療の進行状況を把握するために非常に大切です。
視野検査の重要性と方法
下垂体腺腫が視神経に影響を与えている場合、視野検査で異常を検出できます。
検査方法 | 概要 |
ゴールドマン視野計 | 視野の中心と周辺を詳しく調べられる |
ハンフリー視野計 | コンピュータを使って自動的に視野を測定 |
コンフロンテーション法 | 簡単な方法で視野の概略を把握することができる |
その他の検査と評価項目
下垂体腺腫の診断には、他にもいくつかの検査があります。
- 下垂体負荷試験は、ホルモンの分泌能力を詳しく調べるために行われます。
- 下垂体生検は、腫瘍の組織を直接調べるために必要な場合があります。
- 眼科的検査では、視神経への影響を評価するために眼底検査や眼球突出度の測定が行われます。
検査は、患者さんの症状や他の検査結果に基づいて選ばれます。
下垂体腺腫の治療方法と治療薬
下垂体腺腫の治療法は、腺腫のタイプやサイズ、そしてホルモンの分泌状態によって変わります。
治療の主な目的は、ホルモンの過剰分泌を正常化すること、腫瘍を小さくすること、そして正常な下垂体機能を取り戻すことです。
薬物療法
薬物療法は、特に機能性下垂体腺腫に対して最初に選ばれる治療法で、ホルモンの過剰分泌を抑えることを目的としています。
下垂体腺腫のタイプに応じた主な治療薬
腺腫の種類 | 主な治療薬 |
プロラクチノーマ | ドパミン作動薬(カベルゴリン、ブロモクリプチン) |
GH産生腺腫 | ソマトスタチンアナログ(オクトレオチド、ランレオチド)、GH受容体拮抗薬(ペグビソマント) |
ACTH産生腺腫 | ステロイド合成阻害薬(メチラポン、ケトコナゾール)、グルココルチコイド受容体拮抗薬(ミフェプリストン) |
TSH産生腺腫 | ソマトスタチンアナログ(オクトレオチド、ランレオチド) |
これらの薬剤は、ホルモンの過剰分泌を抑制し、腺腫の成長を遅らせる効果があります。
手術療法
手術療法は、薬物療法が効かない場合や腫瘍が大きくなって周囲の組織を圧迫しているときに選択されます。
下垂体腺腫の手術は、経鼻的経蝶形骨洞下垂体腺腫摘出術(TSS)が一般的で、鼻の穴を通して腫瘍を取り除く低侵襲な方法です。
放射線療法
放射線療法は、手術で腫瘍が完全に取り除けなかったり、手術が困難なときに適用。
定位放射線治療(ガンマナイフ、サイバーナイフ)や分割外照射があり、腫瘍に直接放射線を当てて縮小させることを目指します。
下垂体選手の治療期間と予後
ここでは、下垂体腺腫の治療にかかる期間と、治療後の見通しについて説明します。
治療方法と期間
下垂体腺腫の治療法は、腫瘍の性質や大きさ、ホルモンの分泌状態によって異なり、治療期間もさまざまです。
- 薬物療法:ホルモンの過剰分泌を抑える薬を使用します。治療期間は数ヶ月から数年に及ぶことがあります。
- 手術療法:腫瘍を取り除く手術を行います。手術後は1〜2週間の入院が必要で、その後もホルモン補充療法が必要な場合があります。
- 放射線療法:手術で取り除けなかった腫瘍に対して行われることがあります。治療期間は数週間から数ヶ月です。
予後と長期的な経過観察
下垂体腺腫の治療後の予後は、早期発見と治療によって大きく改善されますが、再発の可能性があるため、長期的なフォローアップが必要です。
腫瘍の種類 | 再発率 | 経過観察期間 |
非機能性腺腫 | 10〜20% | 生涯 |
プロラクチノーマ | 10〜30% | 生涯 |
先端巨大症 | 10〜20% | 生涯 |
クッシング病 | 10〜30% | 生涯 |
ホルモン補充療法の必要性
治療後、下垂体機能が低下することがあり、ホルモン補充療法が必要になることがあります。補充するホルモンは、副腎皮質ホルモン、甲状腺ホルモン、性ホルモン、成長ホルモンなどです。
これらのホルモン補充は、患者さんの状態に応じて調整され、場合によっては生涯にわたる治療が必要になってきます。
薬の副作用や治療のデメリット
下垂体腺腫の治療法には、薬を使う方法、手術、放射線療法などがありますが、どの方法にも一定の副作用やデメリットがあります。
患者さんは、医療チームとよく相談したうえで、自分に合った治療法を選ぶことが大切です。
薬物療法の副作用
薬物療法では、ドパミンアゴニストやソマトスタチンアナログなどの薬が使われ、以下のような副作用が報告されています。
- 吐き気、嘔吐、便秘、お腹の痛みなどの消化器の症状
- めまい、頭痛、だるさなどの全身の症状
- 血糖値が下がったり、変動したりすること
- うつ症状、不安、イライラ感
- 男性における性機能の問題
副作用が強いときは、薬を変えたり、量を調整したりする必要がります。
手術療法のデメリット
経蝶形骨洞手術は、下垂体腺腫に対する効果的な治療法ですが、デメリットもあります。
デメリット | 内容 |
侵襲性 | 全身麻酔下での手術が必要 |
合併症リスク | 髄液漏、感染、視力障害など |
ホルモン分泌低下 | 下垂体機能低下による |
再発の可能性 | 完全摘出が困難な場合 |
手術後は定期的な検査を受け、必要に応じてホルモンを補う治療を行います。
放射線療法の副作用
放射線療法は、手術で取りきれなかった腫瘍に対して行われますが、副作用が生じることがあります。
- 疲れやすさ、だるさ
- 頭痛、吐き気
- 照射部位の脱毛
- 皮膚の赤み、かゆみ
- 口内炎、味覚の変化 ・下垂体機能の低下
副作用 | 発生時期 | 対処法 |
急性期 | 照射中〜照射後数週間 | 対症療法 |
晩発性 | 照射後数か月〜数年 | ホルモン補充療法 |
放射線療法の副作用は、照射する線量や範囲、個人差によって異なります。
長期的な影響と QOL
下垂体腺腫の治療は、長期的な影響と生活の質の低下を引き起こす可能性があります。
- ホルモンの分泌が低下することによる症状(疲れやすさ、集中力の低下、性機能の問題など)
- 治療に伴う心理的なストレス
- 再発に対する不安
- 社会生活や仕事への影響
これらの影響を最小限に抑えるためには、医療チームによる継続的なサポートと、患者さん自身のセルフケア能力を高めることが大切です。
下垂体腺腫の保険適用と一般的な治療費
下垂体腺腫の治療は、腺腫の種類や症状に合わせて、健康保険が適用されますが、中には保険が適用されない治療法や薬もあります。
下垂体腺腫の治療に用いられる主な薬剤の保険適用
下垂体腺腫の治療に使われる主な薬は、健康保険の対象です。
腺腫の種類 | 主な治療薬 | 保険適用 |
プロラクチノーマ | ドパミン作動薬(カベルゴリン、ブロモクリプチン) | 適用あり |
GH産生腺腫 | ソマトスタチンアナログ(オクトレオチド、ランレオチド) | 適用あり |
GH受容体拮抗薬(ペグビソマント) | 適用あり(条件付き) | |
ACTH産生腺腫 | ステロイド合成阻害薬(メチラポン、ケトコナゾール) | 適用あり |
グルココルチコイド受容体拮抗薬(ミフェプリストン) | 適用なし | |
TSH産生腺腫 | ソマトスタチンアナログ(オクトレオチド、ランレオチド) | 適用あり |
ただし、保険が適用される条件や自己負担額は薬によって異なります。詳しくは、担当の先生に確認してください。
下垂体腺腫の手術療法と放射線療法の保険適用
下垂体腺腫の手術と放射線治療は、原則として健康保険が適用されます。
- 経蝶形骨洞的下垂体腺腫摘出術(TSS):保険適用あり
- 定位放射線治療(ガンマナイフ、サイバーナイフなど):保険適用あり(条件付き)
- 分割外照射:保険適用あり
ただし、定位放射線治療ができる施設は限られており、保険が適用される条件が決められていることがあります。
下垂体腺腫の治療費の目安
一般的な治療費の目安
治療法 | 費用(自己負担額) |
薬物療法(月額) | 数千円〜数万円 |
手術療法 | 数十万円〜数百万円 |
放射線療法 | 数十万円〜数百万円 |
これらの費用は、健康保険が適用された後の自己負担額です。患者さんの収入や生活環境によって、負担額が変わることもあります。
下垂体腺腫の治療費助成制度
下垂体腺腫の治療費負担を軽くするために、以下のような助成制度があります。
- 高額療養費制度:医療費の自己負担額が一定の上限を超えた場合に適用
- 難病医療費助成制度:下垂体機能低下症が対象疾患に指定されている場合に適用
- 小児慢性特定疾病医療費助成制度:18歳未満の患者さんが対象
適用条件や助成内容は、住んでいる地域によって異なります。
上に書いた治療費よりも高くなる場合もあるので、あらかじめご了承ください。また、保険が適用されるかどうかは、診察時に担当の先生に直接質問してください。
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