尿崩症(にょうほうしょう)

尿崩症(にょうほうしょう)

尿崩症(diabetes insipidus)とは、体内の水分調節機能に支障をきたす病態です。

この疾患では、抗利尿ホルモン(ADH:体内の水分量を調整するホルモン)の分泌や機能に異常が発生、体が水分を効率的に保持できず、多量の尿を排出します。

尿崩症には中枢性(脳の異常が原因)と腎性(腎臓の異常が原因)の2種類があり、それぞれ発症メカニズムが異なります。

目次

尿崩症(にょうほうしょう)の病型

内分泌性疾患の一種である尿崩症には、中枢性尿崩症と腎性尿崩症の2つの病型があります。

中枢性尿崩症

中枢性尿崩症は、下垂体後葉(脳の一部で、ホルモンを分泌する器官)からのADH分泌が不十分であることが特徴です。

この病型では、視床下部-下垂体系(脳内でホルモンの分泌を制御する系統)の障害によりADHの産生や分泌が妨げられ、体内の水分バランスを維持する能力が低下してしまいます。

腎性尿崩症

腎性尿崩症は、腎臓のADHに対する反応性が低下している状態です。

この病型では、ADHの分泌量は正常であっても、腎臓の集合管(尿を濃縮する部分)がADHに反応できておらず、尿の濃縮機能に障害が生じ、大量の薄い尿が排出されます。

尿崩症(にょうほうしょう)の症状

尿崩症の代表的な症状は、多尿と口渇です。

多尿

尿崩症の方は1日の尿量が増加しm成人の1日の尿量は1.5〜2リットル程度ですが、尿崩症では5〜20リットルに達することもあります。

この症状は24時間続くため、夜間の頻繁な排尿で睡眠が中断されることも珍しくありません。

状態1日の尿量
通常1.5〜2L
尿崩症5〜20L

口渇

多尿に伴い、患者さんはひどい喉の渇きに悩まされ、この症状は、体内の水分が急速に失われることが原因です。

患者さんは水分補給への強い欲求を感じ、1日に10リットルを超える水分を摂取することもあります。

脱水の兆候

多尿と口渇が持続すると、体内の水分バランスが乱れ、脱水の兆候が現れます。

  • 肌の乾燥感
  • 目の疲労や乾き
  • 頭痛
  • めまい
  • 全身的な倦怠感

電解質バランスの乱れ

尿崩症では、大量の水分損失に伴い体内の電解質バランスが崩れることがあります。

電解質正常範囲尿崩症時の変化
ナトリウム135-145 mEq/L上昇傾向
カリウム3.5-5.0 mEq/L変動あり

急激な体重変化

多尿と脱水により、短期間で急激な体重減少が起こります。

症状日常生活への影響
多尿トイレ回数の増加、外出時の不安
口渇頻繁な水分補給、会議や作業の中断
睡眠の質低下日中の疲労感増加、集中力の低下

尿崩症(にょうほうしょう)の原因

尿崩症は、抗利尿ホルモン(ADH:体内の水分バランスを調整するホルモン)の分泌不足や作用異常によって起こる疾患です。

尿崩症の主な原因

尿崩症の原因は、中枢性と腎性の2つに大きく分けられます。

中枢性尿崩症は、視床下部(脳の一部で、ホルモンの分泌を制御する器官)や下垂体後葉(ADHを分泌する器官)におけるADHの産生や分泌の障害によって生じます。

一方、腎性尿崩症は、腎臓におけるADHの働きが十分でないことが原因です。

尿崩症の種類原因
中枢性尿崩症ADHの産生・分泌障害
腎性尿崩症ADHの作用不全

中枢性尿崩症の原因

中枢性尿崩症の原因で最も多いのは、特発性(原因不明)のケースです。

次に頻度が高いのは、頭部外傷や脳腫瘍、下垂体手術後の合併症で、また、自己免疫疾患(体の免疫系が自分の組織を攻撃する病気)や遺伝子の異常も原因になります。

中枢性尿崩症の原因

  • 特発性(原因不明)
  • 頭部外傷
  • 脳腫瘍(頭蓋咽頭腫など)
  • 下垂体手術後の合併症
  • 自己免疫疾患
  • 遺伝子異常

腎性尿崩症の原因

腎性尿崩症はADHの効果が十分に発揮されないことで、先天性と後天性に分類されます。

先天性の場合、ADH受容体(ADHが作用する部位)の遺伝子異常が主な原因です。

後天性では、薬の副作用や電解質(体内のミネラルバランス)の乱れ、腎臓の病気などが要因として考えられます。

腎性尿崩症の種類原因
先天性ADH受容体の遺伝子異常
後天性薬の副作用、電解質異常、腎疾患

その他の原因

珍しいケースですが、妊娠中に一時的に尿崩症によく似た症状が現れる妊娠性尿崩症という状態もあります。

これは、胎盤から分泌されるバソプレシナーゼ(ADHを分解する酵素)によってADHが壊されることが原因です。

また、多飲症(過剰な水分摂取)による心因性多尿も、尿崩症と似たような症状を起こすことがあります。

状態特徴
妊娠性尿崩症一時的、胎盤由来の酵素が関与
心因性多尿過剰な水分摂取が原因

尿崩症(にょうほうしょう)の検査・チェック方法

尿崩症の診断は、患者さんの症状評価、血液検査、尿検査、水制限試験などを組み合わせて総合的に行われます。

症状の聞き取り

問診では患者さんから症状を丁寧に聞き取り、尿崩症の可能性を探ります。

多尿と口渇の程度、いつ頃から始まったか、どのくらい続いているかなどを確認し、また、ご家族の病歴や過去の病気、現在服用中の薬も重要な情報です。

血液検査

血液検査では、次の項目をチェックします。

  • 血清ナトリウム濃度(血液中のナトリウムの量)
  • 血漿浸透圧(血液の濃さを示す指標)
  • 抗利尿ホルモン(ADH:体内の水分量を調整するホルモン)濃度
検査項目基準値尿崩症での変化
血清ナトリウム135-145 mEq/L増加
血漿浸透圧275-290 mOsm/kg増加
ADH濃度0.3-4.2 pg/mL低下または不適切な増加

尿検査

尿検査では1日の尿の量、尿の濃さ(尿比重)、尿浸透圧などを測定し、尿崩症の患者さんでは通常、尿の量が増え、尿の濃さと尿浸透圧が下がります。

水制限試験

水制限試験は尿崩症の診断に欠かせない検査です。

水制限検査では、患者さんに一定時間(通常12-16時間)水分を取らないでいただき、体重、尿の量、尿浸透圧、血清ナトリウム、血漿浸透圧を定期的に測定します。

水制限試験の流れ

  • 検査開始前に体重を計測
  • 1-2時間ごとに尿の量と尿浸透圧を測定
  • 4-6時間ごとに血清ナトリウムと血漿浸透圧を測定
  • 体重が3%減少するか、血漿浸透圧が300 mOsm/kg以上になったら検査終了
測定項目測定間隔注意点
体重検査開始時と終了時3%の減少で終了
尿量・尿浸透圧1-2時間ごと
血清Na・血漿浸透圧4-6時間ごと血漿浸透圧300 mOsm/kg以上で終了

AVP負荷試験

水制限試験の後、合成抗利尿ホルモン(DDAVP)を投与し、尿の量と濃さの変化を観察し、尿崩症のタイプを見極めます。

尿崩症のタイプDDAVP投与後の反応
中枢性尿量減少、尿の濃さ上昇
腎性ほとんど反応なし or わずかな反応

画像検査

頭部MRIやCTスキャンは、中枢性尿崩症の原因となる脳の異常(腫瘍や炎症など)を見つけるのに重要です。

特に下垂体後葉の明るい点(ブライトスポット)の有無は、診断の手がかりとなります。

尿崩症(にょうほうしょう)の治療方法と治療薬、治療期間

尿崩症の治療は、抗利尿ホルモン(ADH:体内の水分バランスを調整するホルモン)の補充療法や水分管理が中心となり、治療薬としてはデスモプレシンが主に使用されます。

尿崩症の治療アプローチ

中枢性尿崩症では、不足しているADHを補う方法が主な治療で、腎性尿崩症では、水分バランスを整えることが治療の中心です。

病型治療アプローチ
中枢性尿崩症ADH補充療法
腎性尿崩症水分バランス管理

主な治療薬

尿崩症の治療で最もよく使われるデスモプレシンは、ADHと似た働きをする人工的なホルモンで、体内でADHと同じような効果を発揮し中枢性尿崩症の患者さんに効果的です。

デスモプレシンの特徴

  • 鼻から吸入するスプレー、飲み薬、または皮下注射の形で使える
  • 効果が長く続くため、1日1〜2回の使用で十分
  • 副作用が比較的少ない
  • 妊娠中でも使用できる

その他の治療法と薬剤

腎性尿崩症の場合、デスモプレシンの効き目はあまり期待できません。

そのため、水分摂取の調整や体内の電解質(ミネラルのバランス)を整えることが中心です。

症状によっては、次のような薬が併せて使われます。

  • チアジド系利尿薬:尿の量を減らす効果
  • 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs):腎臓でADHが効きやすくなる働き
治療法使われる場合効果
デスモプレシン中枢性尿崩症ADHの働きを補います
チアジド系利尿薬腎性尿崩症尿の量を減らします
NSAIDs腎性尿崩症ADHの効きを良くします

治療期間と経過観察

尿崩症の治療は、多くの患者さんで生涯続ける必要があり、中枢性尿崩症では、ADHを補う治療を長期的に続けることが欠かせません。

定期的に病院を受診し、薬の量を調整したり、副作用がないかを調べます。

薬の副作用や治療のデメリットについて

尿崩症の治療で使用されるデスモプレシン(合成抗利尿ホルモン)には、水中毒や電解質異常などの副作用があります。

デスモプレシンによる副作用

デスモプレシンは、以下のような副作用が報告されています。

  • 水中毒:過剰な水分貯留により血中ナトリウム濃度が低下する状態
  • 頭痛
  • 悪心・嘔吐
  • めまい
  • 鼻腔粘膜刺激(点鼻薬使用時)
副作用発現頻度対処法
水中毒比較的稀水分摂取制限、投与量調整
頭痛中程度対症療法、投与量調整
鼻腔粘膜刺激点鼻薬で頻発投与経路変更の検討

電解質バランスの乱れ

デスモプレシンの使用により、体内の水分バランスが変化し、電解質異常を起こすことがあります。

  • 低ナトリウム血症:過剰な水分貯留により血中ナトリウム濃度が低下
  • 高ナトリウム血症:薬効消失時に急激な脱水が生じる場合
電解質異常症状注意点
低ナトリウム血症頭痛、嘔吐、痙攣水分摂取量の厳密な管理
高ナトリウム血症口渇、めまい、意識障害投薬スケジュールの厳守

薬物耐性の発現

長期間にデスモプレシンを使用すると、薬物耐性が発現する可能性があります。

使用期間耐性発現のリスク
1年未満
1-5年
5年以上

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

診断に関わる検査費用

尿崩症の診断には、さまざまな検査が必要です。

検査項目保険点数患者負担(3割)
血液検査110点330円
尿検査60点180円
水制限試験600点1,800円
MRI検査1,330点3,990円

治療薬の費用

尿崩症の治療薬であるデスモプレシンは保険が適用されます。

  • デスモプレシン点鼻液(2.5μg/回):1,344.60円/回
  • デスモプレシン錠(60μg):141.10円/錠
  • デスモプレシン口腔内崩壊錠(60μg):141.10円/錠
項目月額費用患者負担(3割)
外来診療7,200円2,160円
デスモプレシン80,676円24,203円
定期検査1,667円500円
合計89,543円26,863円

以上

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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