成人成長ホルモン分泌不全症(aGHD)(adult growth hormone deficiency)とは、大人の身体で成長ホルモンの生成が減ったり、止まってしまったりする状態のことです。
脳の奥にある下垂体や、その上にある視床下部に問題が生じることで起こることが多く、体や心にさまざまな影響を与えます。
体がだるくなったり、体力が落ちたり、筋肉が減って脂肪が増えたりするなど、体の変化があり、また、気分が落ち込んだり、物事に集中できなくなったりもします。
成人成長ホルモン分泌不全症(aGHD)の症状
成人成長ホルモン分泌不全症(aGHD)は、身体と心に多様な症状を起こす内分泌疾患です。
身体に現れる変化
成人成長ホルモン分泌不全症(aGHD)では、身体のさまざまな部分に症状が現れます。
身体の変化 | 症状 |
体組成の変化 | 体脂肪の増加、筋肉量の減少 |
骨密度の低下 | 骨折リスクの上昇 |
心血管系への影響 | コレステロール値の上昇、心臓病リスクの増加 |
患者さんは疲労感や体力の低下を感じ、また、皮膚の乾燥や薄化、体毛の減少なども見られます。
精神面と認知機能への影響
この病気は、心の状態や脳の働きにも影響を及ぼします。
精神面・認知面の変化 | 症状 |
気分の変調 | うつ症状や不安感の増加 |
認知機能の低下 | 集中力や記憶力の減退 |
意欲の減退 | やる気の低下 |
社会性の変化 | 人間関係の構築・維持の困難 |
代謝機能への影響
成人成長ホルモン分泌不全症は、体内の代謝機能にも影響があります。
- インスリン感受性の低下:糖尿病のリスクが高まる
- 脂質代謝の変化:血中脂質の異常値が見られやすくなる
- 基礎代謝率の低下:エネルギー消費が減少し、体重が増加しやすくなる
代謝機能の変化は、長期的な健康リスクを高める要因です。
成人成長ホルモン分泌不全症(aGHD)の原因
成人成長ホルモン分泌不全症(aGHD)は、下垂体や視床下部といった脳の一部に問題が生じることで起きます。
下垂体に関する問題点
下垂体は脳の奥深くにある小さな器官で、成長ホルモンを含む多くの大切なホルモンを作り出していて、下垂体に障害が起きると、aGHDを発症します。
下垂体の問題 | 起こること |
腫瘍の発生 | 良性や悪性の腫瘍ができて、成長ホルモンを作る細胞を押しつぶしてしまう |
事故などによる損傷 | 頭を強く打ったり、手術をしたりして下垂体が傷つく |
放射線治療の影響 | 頭の病気の治療で放射線を当てた後、副作用として下垂体の働きが弱くなる |
下垂体に腫瘍ができて取り除く手術をした後に成長ホルモンの分泌が減ってしまうことがあり、また、交通事故などで頭を強く打って、下垂体につながる部分が傷ついてしまうと、aGHDの原因になることも。
視床下部の働きに関する問題
視床下部は下垂体のすぐ上にある脳の一部で成長ホルモン放出ホルモン(GHRH)を出し、下垂体からの成長ホルモン分泌を指令する役割がありますが、働きがおかしくなると、間接的にaGHDを起こす要因になります。
視床下部の問題
- 生まれつきの形の異常
- 炎症を起こす病気
- 血管に関する障害
- 遺伝子の影響
他の内分泌系の病気との関係
aGHDは、他の内分泌系の病気が原因で起こることもあります。
病気の名前 | aGHDとの関係 |
クッシング症候群 | 副腎皮質ホルモンが多すぎて、成長ホルモンの分泌が抑えられてしまう |
甲状腺機能低下症 | 甲状腺ホルモンが足りなくなり、成長ホルモンの分泌にも悪影響が出る |
糖尿病 | 血糖値の管理が難しくなり、成長ホルモンの働きにも影響が出ることがある |
肥満 | 脂肪組織が増えすぎて、成長ホルモンの分泌や効果が低下する可能性がある |
原因がはっきりしないaGHD
中には、どんなに調べても原因がはっきりしないaGHDの症例もあり、「特発性aGHD」と呼ばれ、遺伝的な要素や環境の影響が複雑に絡み合っています。
特発性aGHDの特徴 | 症状 |
いつ始まるか | 大人になってから突然症状が出る |
なぜ起こるのか | はっきりとした体の異常が見つからない |
どう分かるのか | 他の原因をひとつひとつ除外していって、最終的に判断 |
症状の程度 | 軽い症状から中くらいの症状まで |
特発性aGHDの人は、成長ホルモンの分泌が少し足りない程度から、かなり足りない程度までさまざまです。
成人成長ホルモン分泌不全症(aGHD)の検査・チェック方法
成人成長ホルモン分泌不全症(aGHD)を正確に見つけるには、血液検査や刺激試験、画像を使った診断などを組み合わせます。
最初の評価と問診
aGHDの診断は、症状を聞くことから始まります。
確認する項目 | 内容 |
体の変化 | 疲れやすさ、体型の変化、気分の上下 |
過去の病歴 | 頭のケガ、脳の腫瘍、放射線治療を受けたことがあるか |
家族の病歴 | 家族にホルモンの病気がある人がいるか |
患者さんの普段の生活や仕事についても詳しく聞き、全体的に状態を把握します。
血液検査
血液検査は、aGHDを見つけるのに必要な検査です。
検査項目 | 内容 |
IGF-1(アイジーエフワン) | 成長ホルモンの働きを反映する物質の量 |
他の下垂体ホルモン | 下垂体全体の働きを確認 |
血糖値とコレステロール | 体の代謝状態を把握 |
にIGF-1は成長ホルモンの働きを表すため、この値が低いとaGHDの可能性が高いです。
刺激試験
成長ホルモンがどれくらい出ているかを直接調べるために、刺激試験を行うことがあります。
- インスリン負荷試験:インスリンを注射して、成長ホルモンの反応を見る
- GHRH-アルギニン試験:GHRHとアルギニンという物質を使って、成長ホルモンの分泌能力を確認
刺激試験は、体の中で成長ホルモンがどのくらい作られているかを詳しく調べるのに欠かせません。
画像診断
下垂体や視床下部に異常がないかを確認するために、画像検査を行います。
検査方法 | 内容 |
MRI(エムアールアイ) | 下垂体の形や大きさ、腫瘍がないかを確認 |
CT(シーティー) | 頭の中の詳しい状態を観察 |
骨密度測定
aGHDでは骨がもろくなることがあるので、DEXA法という方法で、骨の密度を測定します。
成人成長ホルモン分泌不全症(aGHD)の治療方法と治療薬、治療期間
成人成長ホルモン分泌不全症(aGHD)の主たる治療法は成長ホルモン補充療法で、体内で不足している成長ホルモンを外部から補充することで症状の改善を図ります。
成長ホルモン補充療法
成長ホルモン補充療法では、遺伝子組み換え技術によって製造された合成成長ホルモンを使用します。体内で不足している成長ホルモンを補うことで、代謝異常や体組成の改善をすることが目標です。
治療法の特徴 | 内容 |
投与方法 | 皮下注射 |
投与頻度 | 通常、毎日または隔日 |
投与時間 | 就寝前が一般的 |
使用される治療薬
aGHDの治療に使用される薬剤は、遺伝子組み換えヒト成長ホルモン(rhGH)です。
薬剤名
- ソマトロピン(遺伝子組み換え)
- ヒトソマトロピン(遺伝子組み換え)
- ソマトロピン(遺伝子組み換え)[ソマトロピン後続1]
これらの薬剤は天然の成長ホルモンと同じ構造を持ち、体内で同様の効果を発揮します。
治療の効果と副作用
成長ホルモン補充療法は、多くの患者さんで良好な効果が報告されていますが、効果だけでなく副作用にも注意が必要です。
期待される効果 | 内容 |
体組成の改善 | 体脂肪の減少、筋肉量の増加 |
代謝機能の向上 | 脂質代謝の改善、インスリン感受性の向上 |
QOLの向上 | 体力増進、気分の改善 |
副作用 | 症状 |
関節痛 | 特に手足の関節に痛みが生じる |
筋肉痛 | 全身の筋肉に痛みが出る |
浮腫 | 手足にむくみが現れる |
副作用は投与量の調整により軽減できることが多いです。
治療期間と経過観察
成長ホルモンが体内の様な機能に関与しているため、aGHDの治療は数年から生涯にわたって継続します。
治療開始後は、定期的な経過観察が必要です。
チェックする項目
- 血液検査(IGF-1値など)
- 体組成の評価
- 副作用の確認
- QOLの評価
薬の副作用や治療のデメリットについて
成人成長ホルモン分泌不全症(aGHD)の治療法である成長ホルモン補充療法には、一定の副作用や注意すべき点があります。
成長ホルモン補充療法の副作用
成長ホルモン補充療法では、以下のような副作用が報告されています。
副作用 | 症状 |
浮腫 | 四肢や顔面の腫脹 |
関節痛 | 特に手首や膝関節の疼痛 |
筋肉痛 | 全身の筋肉の痛み |
副作用は治療開始初期に現れ、時間の経過とともに軽減します。
代謝への影響
成長ホルモン補充療法は、体内の代謝にも影響を与えます。
代謝への影響 | 考慮すべき点 |
インスリン感受性の低下 | 糖尿病リスクの上昇に注意 |
甲状腺機能の変化 | 甲状腺ホルモン補充量の調整が必要な場合がある |
体液貯留 | 高血圧リスクの上昇に留意 |
これらの影響を把握するため、定期的な血液検査や身体検査による経過観察が不可欠です。
腫瘍リスク
成長ホルモンには細胞増殖促進作用があるため、腫瘍リスクについて評価をすることが重要です。
- 新規腫瘍の発生:現時点では明確なエビデンスは確立されていない
- 既存腫瘍の再発:過去に腫瘍の既往がある患者では特に注意が必要
長期的な安全性については、現在も継続的な研究が進められています。
投与方法に関連する課題
成長ホルモン補充療法は日々の皮下注射が必要なので、患者さんの治療継続性に影響を与える可能性があります。
投与に関する問題 | 詳細 |
注射部位の反応 | 疼痛や発赤が生じる |
生活様式への影響 | 毎日の投与に伴う生活リズムの調整が必要 |
自己管理の負担 | 注射手技の習得と継続的な管理が求められる |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
保険適用の条件
aGHDの治療に対する保険適用には、基準が設けられています。
- 重症成人成長ホルモン分泌不全症と診断されている
- 成長ホルモン分泌刺激試験で基準値を下回る
- 成長ホルモン治療の開始が必要と判断される
診断基準や治療の必要性の判断は、専門医による評価が必要です。
保険適用外の場合
保険適用の条件を満たさないときは、全額自己負担になることがあります。
- 軽症から中等症のaGHDと診断
- 成長ホルモン分泌刺激試験の結果が基準値を上回る
- 成長ホルモン治療の必要性が低いと判断
このような場合治療費が高額になるため、医療機関と十分に相談してください。
治療費の内訳
aGHDの治療費は、薬剤費と検査費用で構成されます。
項目 | 概算費用(月額) | 備考 |
薬剤費 | 5万円~15万円 | 投与量により変動 |
血液検査 | 5,000円~1万円 | 検査項目により変動 |
画像診断 | 1万円~3万円 | 半年~1年に1回程度 |
※費用は保険適用時の3割負担の場合の概算です。
以上
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