インスリノーマとは、膵臓にあるランゲルハンス島のβ細胞から発生する腫瘍の一種で、通常よりも過剰なインスリン分泌が起こることで低血糖症状を生じやすくなる病気です。
低血糖が持続すると脳や身体の機能に影響を及ぼし、めまいや集中力低下、さらには意識障害を起こすリスクが高まります。
この腫瘍は良性のケースが多いといわれていますが、悪性の可能性も否定できませんし、腫瘍の大きさや場所によっては合併症が生じる場合もあります。
インスリノーマの病型
インスリノーマはいくつかの特徴的なパターンがあり、腫瘍の性質や発生のしかたによって分類されます。
単発性インスリノーマ
多くの場合、インスリノーマは膵臓内の特定の部位に限定して1つだけ発生し、これを単発性インスリノーマと呼びます。
腫瘍の大きさは1~2cm程度の良性腫瘍であることが多く、早期に発見できれば手術で切除して症状を改善しやすいとものの、腫瘍が小さいため発見しづらいことがあり、治療のタイミングが遅れることもあるので注意が必要です。
単発性インスリノーマと関連して気をつけたいポイント
ポイント | 内容 |
---|---|
腫瘍の大きさ | 1~2cm程度が多い |
良性か悪性か | 良性の割合が高いが、悪性化を完全に否定できるわけではない |
症状の現れ方 | 軽度な低血糖症状が徐々に強まっていく場合が多い |
診断時の注意 | 腫瘍が小さいと画像検査で見つけにくい場合があり、複数の検査を組み合わせる |
多発性インスリノーマ
単発ではなく、膵臓内に複数のインスリノーマが同時に生じるケースもあり、これを多発性インスリノーマと呼びます。
多発性の場合、腫瘍の性質によっては良性のものが複数存在することもありますし、なかには悪性化に至った腫瘍が含まれることもあるため、慎重な検査と見極めが重要です。
また、腫瘍の個数が多いことで手術のアプローチが難しくなる場合があります。
悪性インスリノーマ
インスリノーマの多くは良性とされるケースが多いですが、一部は悪性化のリスクを含むので、腫瘍が悪性化した場合、周囲組織への浸潤や他の臓器への転移が見られる可能性があり、治療はさらに複雑です。
もし悪性腫瘍であると診断されたら、手術による切除だけでなく、抗がん剤などの薬物療法を組み合わせることが検討されます。
悪性インスリノーマにおける主なチェックポイント
チェックポイント | 具体的内容 |
---|---|
腫瘍の急速な拡大 | 短期間で著しく大きくなる腫瘍には注意が必要 |
周囲組織への浸潤 | 血管や胆管などが圧迫される、または侵食される |
転移の有無 | 肝臓やリンパ節への転移が見られるケースがある |
生検・マーカー検査 | 病理検査や腫瘍マーカーを用いて悪性度を評価 |
インスリノーマの症状
インスリノーマによって起こされる主なトラブルは、過剰なインスリン分泌による低血糖です。
低血糖はさまざまな症状の原因になるため、普段の生活の中で意識を失いかけたり、手足が震えたりする状況が続くと、仕事や日常動作がままならなくなる恐れがあります。
低血糖発作と神経症状
インスリノーマの特徴といえば、低血糖による不調が最も顕著で、低血糖が進むと脳へのエネルギー供給が滞り、手足の震えや冷や汗、動悸、強い倦怠感などの交感神経症状が現れます。
重度の低血糖になると集中力が大幅に低下し、意識障害に至る危険性もあるため軽視できません。
低血糖状態でよくみられる症状
- 手指や全身の震え
- 強い空腹感や吐き気
- 急な冷や汗と動悸
- 意識がもうろうとする
- 言語障害や判断力の低下
低血糖発作は食事が不規則だったり、長時間の絶食状態が続いた際に起こりやすいですが、インスリノーマがあるとわずかな空腹時間でも深刻なレベルまで血糖が下がることがあります。
仕事中や外出先で発作が起こると大きな危険を伴うため、自己管理と医療的サポートが重要です。
低血糖の進行度合いに伴う主な症状
低血糖の程度 | 主な症状 |
---|---|
軽度 | 手の震え、空腹感、軽いめまい |
中等度 | 動悸、冷や汗、集中力低下、言語のもつれ |
重度 | 意識障害、痙攣、昏睡状態 |
自律神経系の乱れ
インスリノーマによる頻回の低血糖は、交感神経と副交感神経のバランスを崩す可能性が高いです。
その結果、体温調節がうまくいかなくなったり、気分の変動が激しくなったり、心拍数や血圧が急激に上下するような自律神経失調症状を伴う例もあります。
このような症状は本人にも周囲にも気づきにくい場合があるため、頭痛やめまいが続く背景にインスリノーマが隠れている可能性を考慮することが必要です。
自律神経が乱れると起こる症状
- 夜間の不眠や早朝覚醒
- 日中の異常な眠気
- 温度変化に対する過敏反応
- 胃腸の不快感が続く
情緒不安定や精神症状
低血糖状態は感情のコントロールを難しくすることがあり、苛立ちや不安感が急に高まったり、意欲が湧かなくなったりする場合もあります。
とくに長期間にわたって低血糖を繰り返すと、うつ状態やパニック発作を誘発するリスクが上がり、精神的な負担が大きいです。
インスリノーマによる精神面の変化
心理的・精神的症状 | 背景 |
---|---|
抑うつ感 | 脳へのエネルギー不足により神経伝達物質のバランスが乱れる |
急な不安感や焦燥感 | 低血糖への身体反応と相まって心理的緊張が持続 |
イライラや攻撃的になる | 交感神経の過剰反応や血糖値の急降下による精神面の不安定 |
気分の波が大きくなったときは、精神科や心療内科だけでなく、内科的な観点で血糖値の変動を調べるアプローチも視野に入れることが大切です。
体重変化と栄養状態の問題
インスリノーマはインスリン分泌が過剰になる疾患であり、インスリンの作用で糖質が細胞内に取り込まれやすくなる一方、低血糖を予防しようと患者さんが頻繁に食事を摂ることで体重が増加する場合もあります。
逆に、低血糖による身体の不調で食欲が低下してしまうと、栄養不足による体力低下を招きます。
インスリノーマと関連して注意を要する栄養面の変化
- 常に空腹感を感じて炭水化物を過剰摂取しがち
- 低血糖を避けるため甘い飲み物やお菓子に頼りやすい
- 反対に食欲低下や嘔気が続いて痩せてしまう
- ビタミンやミネラルが不足し、疲労回復力が落ちる
過度な体重変動は他の生活習慣病リスクを上げることにもつながるため、インスリノーマと診断された場合は管理栄養士や医師と相談して食事内容を調整することが効果的です。
原因
インスリノーマは膵臓のランゲルハンス島β細胞から発生する腫瘍であり、インスリンを必要以上に分泌することが本質的な問題です。
腫瘍はさまざまな要因によって起こされる可能性があり、特に遺伝的背景や細胞増殖に関わる遺伝子異常が注目されています。
細胞増殖の異常
膵臓のβ細胞が何らかのきっかけで無秩序に増殖すると、インスリンを過剰分泌する腫瘍が形成されることがあります。
通常、体内の細胞はアポトーシスなどの仕組みで増殖バランスが維持されていますが、これが崩れると腫瘍化に進みやすいです。
インスリノーマの場合、増殖に関わる特定の遺伝子が変異を起こしているケースが報告されており、良性・悪性を問わず同様の機序が働く可能性があります。
細胞増殖と腫瘍形成に関与すると考えられる主な遺伝子
遺伝子名 | 役割 | インスリノーマへの関連 |
---|---|---|
MEN1遺伝子 | 内分泌腫瘍の抑制に関わる | 変異すると膵臓を含む複数の内分泌腫瘍が生じやすい |
p53 | 細胞増殖の制御・アポトーシス誘導 | 変異によって腫瘍抑制が弱まり、腫瘍形成を促進 |
遺伝子変異は常に親から子へ受け継がれるとは限りませんが、家族性症候群を疑う場合は遺伝子検査を行うことで原因特定や再発リスクの予測に役立つことがあります。
遺伝性腫瘍症候群との関連
インスリノーマのなかには、MEN1(Multiple Endocrine Neoplasia Type 1)と呼ばれる内分泌腫瘍症候群の一部として発症する場合があります。
この症候群を有する人は副甲状腺、下垂体、膵臓など複数の内分泌臓器に腫瘍が生じるリスクが高く、インスリノーマはその一つに数えられます。
遺伝性の症候群は家系内で同様の疾患が多発することがあるため、近親者に内分泌系の腫瘍歴がある場合は注意が必要です。
MEN1症候群と関連してみられる特徴的な腫瘍の種類
- 副甲状腺腫瘍(高カルシウム血症を引き起こしやすい)
- 下垂体腺腫(成長ホルモンやプロラクチン過剰分泌など)
- 膵内分泌腫瘍(インスリノーマやガストリノーマなど)
こうした腫瘍が同一家系内で繰り返し確認される場合は、遺伝子検査や血液検査を通じて早期に診断をつけることが重要です。
悪性化に繋がる要因
インスリノーマは比較的良性が多いとされていますが、遺伝子の異常が重複したり、長期間にわたって腫瘍が放置されたりすると悪性化に繋がる可能性があります。
悪性度が高くなると血管やリンパを介して他臓器への転移を引き起こすリスクが増えるため、早期発見と早期治療が望ましいです。
悪性化を高める要因としては、腫瘍の大きさ(2cm以上)や急激な増大傾向、腫瘍細胞の高い増殖能などが挙げられます。
悪性インスリノーマでは手術だけでなく、化学療法や放射線療法を組み合わせる必要性が生じる場合もあるので、定期的な検査で腫瘍の変化をチェックすることが大切です。
インスリノーマの悪性化について考えられる指標
指標 | 意味 |
---|---|
腫瘍サイズ | 2cmを超えると悪性リスクが高まる傾向がある |
細胞増殖能 | Ki-67などの指標が高い場合、急速な成長が疑われる |
血管浸潤やリンパ節転移 | 周囲組織へ広がるサインであり悪性度が高い可能性 |
環境因子と生活習慣
インスリノーマに直接結びつくはっきりとした生活習慣病の原因は明確ではありませんが、慢性的な膵臓への負担や細胞ストレスとの関連が指摘されています。
肥満や糖尿病などで膵臓が恒常的にインスリンを大量分泌し続ける状況では、細胞の増殖異常を起こす下地が作られやすいという見解もあり、食生活や運動不足などが間接的にリスクを高める可能性もあります。
ただし、インスリノーマの発症率自体は非常に低いため、特定の生活習慣が直接インスリノーマを引き起こす決定的な要因ではありません。
インスリノーマの検査・チェック方法
インスリノーマの診断には、過剰なインスリン分泌の実態を把握し、腫瘍の正確な位置や大きさ、悪性度を評価するための様々な検査が行われます。低血糖を起こす他の疾患と区別するためにも、詳細な検査と総合的な判断が大切です。
血液検査とホルモン測定
インスリノーマを疑うときは、まず空腹時や低血糖状態の血糖値を測定し、そのタイミングで血中のインスリン濃度やCペプチド濃度を同時に調べることが基本です。
インスリノーマでは血糖値が低いにもかかわらず、インスリンやCペプチドが不自然に高くなっているケースが多いため、これが大きな手がかりになります。
インスリノーマ診断を補助する代表的な血液検査の項目
検査項目 | 異常値の特徴 |
---|---|
血糖値 | 空腹時でも低値(50mg/dL以下になることも) |
インスリン濃度 | 低血糖にもかかわらず相対的に高値を示しやすい |
Cペプチド | インスリンと同時に分泌されるため高値を示す |
βヒドロキシ酪酸 | 低血糖時に上昇しにくい(通常の飢餓反応が起こりにくい) |
画像検査と腫瘍の定位診断
インスリノーマの存在を確定するには、画像検査で腫瘍をとらえることが欠かせません。
一般的に行われるのはCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)で、膵臓内の小さな病変でもコントラストを使用して見つけ出す工夫が行われます。
さらに、超音波内視鏡(EUS)を使えば、膵臓を近接から詳細に観察できるため、わずか数mmのインスリノーマでも発見しやすいです。
インスリノーマを見つける際によく利用される画像検査
- 造影CT:血管走行を確認しながら腫瘍の血流パターンを把握する
- MRI:軟組織のコントラスト分解能が高く、小さな腫瘍でも見つけやすい
- 超音波内視鏡(EUS):胃や十二指腸から超音波を当て、膵臓内部を詳細に観察
腫瘍が小さい場合は、一度の検査だけでははっきりしないこともあるため、複数の画像診断を組み合わせたり、時間をおいて再検査することも少なくありません。
画像検査ごとの特徴
検査方法 | 特徴 | メリット |
---|---|---|
造影CT | 膵臓の構造と血管の走行を描出 | 腫瘍の血流動態も把握可能 |
MRI | 軟組織のコントラストに優れる | 腫瘍と周囲組織を区別しやすい |
超音波内視鏡(EUS) | 内視鏡下で膵臓を近くから観察できる | 数mmの腫瘍でも発見しやすい |
術中超音波検査と術中迅速病理検査
手術でインスリノーマを摘出する際、術中超音波検査を行って腫瘍の正確な位置を確認することがあり、術前の画像検査だけでは腫瘍が見つけにくい場合、または多発性の疑いがある場合は特にこの術中検査が有効です。
また、摘出した組織を迅速病理検査にかけることで、腫瘍がインスリノーマかどうかを手術中に判断し、取り残しを防ぐ目的で追加切除を検討することもあります。
術中検査を活用する利点として、手術回数の削減や確実な腫瘍除去が挙げられますが、検査のために手術時間が延びる可能性もある点を踏まえ、事前に担当医と治療計画を入念にすり合わせることが大切です。
ホルモン負荷試験
血液検査や画像検査でインスリノーマが疑われるものの、確定には至らない場合に、ホルモン負荷試験が行われることがあります。
インスリン分泌を刺激するための薬剤を使用して血糖値とインスリン濃度の変化を観察し、インスリノーマが存在する場合と健常者の場合での反応の違いを比較します。
ただし、この試験は低血糖リスクが高まるため、入院下で慎重に進めることが大事です。
治療方法と治療薬について
インスリノーマの治療は、腫瘍によるインスリン過剰分泌を制御し、低血糖のリスクを低減することが主眼になります。
腫瘍の摘出手術が一般的なアプローチとされていますが、腫瘍の性質や患者の状態によっては薬物療法を組み合わせたり、経過観察の期間を設けたりと柔軟な対応が必要です。
手術療法
インスリノーマの治療で中心的な役割を担うのは手術療法で、膵部分切除術や膵体尾部切除術など、腫瘍の位置や大きさによって切除範囲が変わります。
良性で単発性の場合は、できるだけ正常な膵組織を温存しながら腫瘍のみを摘出する「腫瘍核出術」も選択肢です。
手術療法の利点と課題
- 利点:腫瘍を直接取り除くことで完治を期待しやすい
- 利点:低血糖症状の原因を根本的に解消できる
- 課題:術後に膵臓機能(消化酵素やインスリン分泌)が低下するリスク
- 課題:多発性や悪性の場合、再発や追加治療の可能性が残る
膵臓手術の種類
手術名 | 対象となる部位 | 特徴 |
---|---|---|
腫瘍核出術 | 小さくて限局した腫瘍 | 周辺組織を最小限に残しながら腫瘍を摘出する |
膵体尾部切除術 | 膵臓の体部・尾部にある腫瘍 | 膵臓の尾側部分をまとめて切除する |
膵頭十二指腸切除術 | 膵頭部にある腫瘍 | 膵頭部だけでなく十二指腸や胆管の再建が必要な場合が多い |
薬物療法
腫瘍が悪性であったり、手術が難しかったりするケースでは、薬物療法が重要です。
インスリン分泌を抑える目的で使われる薬剤や、腫瘍の増殖を抑える抗がん剤などが選択肢に挙げられ、特に悪性インスリノーマでは、以下のような治療薬が検討されます。
- ストレプトゾトシンなどの抗がん剤
- エベロリムスのような分子標的薬
- オクトレオチドなどのソマトスタチン誘導体
腫瘍の性質や患者の体力、他臓器の状態を考慮しながら、これらを単独または併用して使うことで、腫瘍負荷を軽減し、低血糖発作の頻度や重症度を抑えることを目指します。
薬物療法と作用の概要
薬剤名 | 主な作用 | 使用目的 |
---|---|---|
ストレプトゾトシン | 膵β細胞に対する細胞毒性 | 悪性腫瘍への抗がん剤治療 |
エベロリムス | mTOR経路を阻害し細胞増殖を抑制 | 分子レベルで腫瘍の増殖を阻害 |
オクトレオチド | ソマトスタチン様作用 | インスリンなどホルモン分泌の抑制 |
術前・術後の補助療法
手術前に低血糖状態を安定させるため、ブドウ糖投与や薬剤を使って血糖値をコントロールする措置をとる場合があります。
また、手術で腫瘍を摘出した後も、再発予防や残存腫瘍への対応として補助的に薬物療法や放射線療法を検討することがあります。悪性度が高いケースや転移が確認された場合は、術後の早い段階で追加治療の計画を立てることが多いです。
術前・術後の補助療法で意識されるポイント
- 低血糖管理(術前は血糖安定を優先し、安全に手術を行う)
- 痛みの管理(術後の痛みを抑え、回復をスムーズにする)
- 栄養管理(膵機能低下を補うための消化酵素剤や食事指導)
- 再発の早期発見(定期的な画像検査や血液検査でフォローアップ)
経過観察と生活習慣の見直し
インスリノーマの治療で大切なのは、治療後の再発リスクを最小限に抑えるため、定期的な検査や診察を継続することです。
特に腫瘍が複数あった場合や遺伝性の要因を抱えている場合は、定期的に血液検査や画像検査を実施して、腫瘍の再出現を早期に発見することが重要になります。
さらに、血糖値を安定させるための栄養バランスや適度な運動など、生活習慣の見直しを継続すると、術後の健康を維持しやすいです。
フォローアップに関連する主な検査や習慣
フォローアップ項目 | 目的 |
---|---|
血液検査 | インスリン値、血糖値、Cペプチドの確認 |
画像検査 | 再発や転移の有無、膵臓の状態を定期的に確認 |
栄養・食事指導 | 低血糖予防と膵機能の安定を図る |
運動療法 | 血行促進、体力向上、血糖コントロールに貢献 |
治療期間
インスリノーマの治療期間は、手術を行えば短期間で改善が見込まれるケースもあれば、悪性で多発性の場合は長期にわたって治療と経過観察を続ける必要が出てきます。
手術に要する期間
良性の単発性インスリノーマで、腫瘍が比較的見つけやすい位置にある場合、手術とその後の入院期間は1~2週間程度で終わるケースが多く、術後の経過が順調であれば、血糖コントロールも早期に安定するでしょう。
腫瘍核出術だけで済むような軽度の症例では、さらに入院期間が短縮できる可能性があります。
ただし、膵頭部に腫瘍がある場合や多発性で再手術が必要な場合は、手術の範囲が大きくなり、入院期間が長引くか、段階的に複数回の手術を行う選択をするケースもあります。
インスリノーマ手術における平均的な入院期間
手術内容 | 入院期間の目安 | 備考 |
---|---|---|
腫瘍核出術 | 1~2週間程度 | 腫瘍が小型で膵機能への影響が少ない場合 |
膵体尾部切除術 | 2~3週間程度 | 術後の消化酵素補充が必要な場合もある |
膵頭十二指腸切除術 | 3~4週間以上 | 消化管再建を伴うため時間がかかる |
長期的な薬物療法
悪性インスリノーマや多発性の場合は、手術後も長期にわたって薬物療法を続けることが必要です。
抗がん剤や分子標的薬を用いる場合、治療期間は数か月から数年単位で計画されることがあるため、定期的に通院しながら治療効果や副作用をモニタリングします。
効果が十分でない場合は薬剤の変更や追加療法を検討するため、治療計画は状況に応じて柔軟に変化します。
薬物療法期間中に意識しておきたいポイント
- 定期的な血液検査や画像検査で効果判定を行う
- 肝機能や腎機能、血球数など副作用の有無を常に監視する
- 食事や運動で体調維持を心がけ、副作用に対する耐性を高める
- 精神的ストレスを軽減する工夫を続け、治療へのモチベーションを保つ
経過観察期間
手術や薬物療法を終えた後も、一定期間は定期的に検査を行って再発や転移をチェックします。
特に悪性度が高い例や、多発性だった例は再発のリスクが高くなる傾向があるため、短期間で症状が落ち着いたとしてもこまめなフォローアップが望ましいです。
経過観察でよく行われる検査内容
検査内容 | 実施頻度 | 目的 |
---|---|---|
血液検査 | 数か月に1回程度 | 血糖値、インスリン値、肝腎機能のチェック |
画像検査 | 半年~1年に1回程度 | 腫瘍の再発や転移の早期発見 |
症状の問診 | 定期通院時 | 倦怠感や低血糖兆候、消化不良などの有無を確認 |
インスリノーマ薬の副作用や治療のデメリットについて
インスリノーマは腫瘍の切除によって根治を目指すことが多いですが、薬物療法を行うケースでは副作用や治療に伴うデメリットを理解しておく必要があります。
薬物療法に伴う副作用
抗がん剤や分子標的薬を使った場合、一般的に下痢、吐き気、脱毛、骨髄抑制(白血球や血小板数の減少)などが副作用として知られています。
身体への負担が大きい薬剤を使用する場合は、入院管理や厳密な通院管理のもとで副作用をモニタリングすることが大切です。
代表的なインスリノーマ治療薬にみられる副作用
薬剤名 | 主な副作用例 | 副作用対策 |
---|---|---|
ストレプトゾトシン | 吐き気、腎機能低下、骨髄抑制 | 定期的な血液検査、腎機能モニタリング |
エベロリムス | 口内炎、下痢、皮膚障害 | 口腔ケアの徹底、皮膚保護 |
オクトレオチド | 胃腸障害、胆石形成リスク | 投与量調整や定期的な腹部エコー検査 |
手術のリスクと術後合併症
インスリノーマ手術には、麻酔や術中出血、感染などの一般的な外科手術リスクがあります。
さらに、膵臓は消化酵素やホルモン分泌に深く関わる臓器なので、切除範囲が大きい場合は消化吸収不良や糖代謝の乱れが生じることもあります。
膵切除に伴う術後リスクとして考えられる合併症
- 膵液瘻(膵液が漏れ出して腹腔内に溜まる)
- 腹部内出血
- 胆汁漏(胆管の再建が必要な場合)
- 糖尿病発症や悪化(インスリン分泌能が低下する)
術後はこれらの合併症を防ぐためにドレーン管理や点滴治療を行い、血液データや体調をこまめに観察しながら回復を促す流れです。
インスリノーマの保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
手術費用の目安
インスリノーマの手術費用は、良性の単発性腫瘍で腫瘍核出術のみの場合であっても、保険適用後の自己負担額が10万円~30万円です。
膵頭十二指腸切除術のように大掛かりな手術になると、手術時間や入院期間が長くなるため、自己負担額はさらに大きくなって50万円程度になる可能性があります。
手術費用を左右する要素
要素 | 内容 |
---|---|
手術方法 | 腫瘍核出術、膵体尾部切除術など |
入院期間 | 短期入院か長期入院か |
合併症への対応 | 膵液瘻や感染症などの追加治療が必要か |
施設ごとの差 | 病院の規模や地域、個室利用など |
薬物療法の費用
分子標的薬や抗がん剤は高額になる可能性があり、1か月あたり数万円から数十万円の自己負担が生じることもある一方で、古くから使われている比較的安価な薬剤を中心に治療する場合は、もう少し自己負担額が抑えられます。
検査費用
インスリノーマの診断や再発チェックのために、血液検査、CTやMRI、超音波内視鏡などの画像検査を行います。
検査内容 | 1回あたりの目安 | 備考 |
---|---|---|
血液検査 | 数百円~数千円 | インスリン値やCペプチド、肝腎機能など |
造影CT | 数千円~1万円以上 | 造影剤や部位、装置によって変動 |
MRI | 数千円~1万円程度 | 造影剤使用や撮影範囲で費用が変化 |
超音波内視鏡(EUS) | 1万円~数万円程度 | 高度な技術と装置が必要 |
以上
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