SIADH(バソプレシン分泌過剰症)

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)(syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone)とは、下垂体後葉から分泌されるバソプレシン(抗利尿ホルモン)が必要以上に作られる疾患です。

体内の水分バランスが崩れ、血液中のナトリウム濃度が正常値を下回り、頭痛や吐き気、倦怠感といった不快な症状が現れます。

重篤な場合意識がもうろうとしたり、体がけいれんするまで症状が進行し、発症の背景には、肺がんなどの悪性腫瘍や脳の疾患、薬の副作用などがあります。

目次

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)の症状

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)の症状は、体内の水分過剰と低ナトリウム血症に起因する多彩な症状として現れます。

水分過剰がもたらす身体への影響

SIADHでは、体内の水分量が増加することで様々な症状が起ります。これは、バソプレシン(抗利尿ホルモン)の過剰分泌により腎臓での水分再吸収が促進されるためです。

  • 体重の増加
  • むくみ(特に顔面や四肢)
  • 頭部痛
  • 嘔気

症状は、体内の水分バランスが崩れることで生じ、体重増加とむくみは、水分貯留の直接的な結果として現れる重要な兆候です。

低ナトリウム血症が起こす神経系への影響

SIADHにおける水分過剰は体内のナトリウム濃度の低下を招き、低ナトリウム血症が進行すると、神経系に影響を及ぼします。

症状詳細
倦怠感全身のだるさや疲労感が強くなる
食欲不振食事への興味が薄れる
嘔吐胃内容物を排出してしまう
筋肉の痙攣突発的な筋肉の収縮が起こる

症状は、脳細胞の浮腫(むくみ)によって起き、低ナトリウム血症が進行すると、より深刻な神経症状が現れる可能性が高まります。

症状の重症化と危険信号

SIADHの症状が進行し低ナトリウム血症が重度になると、より危険な症状が生じます。

重症症状特徴
意識障害軽度の混乱から昏睡状態まで幅広い
けいれん全身または一部の筋肉の不随意運動
呼吸抑制呼吸が浅くなったり、遅くなったりする

症状は脳浮腫が進行した結果として現れ、意識障害は、低ナトリウム血症の重症度を判断する上で欠かせない指標です。

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)の原因

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)の原因は、腫瘍、中枢神経系疾患、薬剤の影響、肺の病気などです。

腫瘍による発症

腫瘍はSIADHを起こす要因の一つです。肺小細胞癌が多く見られますが、他の種類の肺がんや頭頸部のがん、消化器系のがんでも起こります。

腫瘍細胞が直接バソプレシン(抗利尿ホルモン)を作り出すことが原因です。

腫瘍の種類SIADH発症リスク
肺小細胞癌非常に高い
その他の肺がんやや高い
頭頸部がん中程度
消化器系がん比較的低い

脳や神経の疾患

脳や神経系の様々な疾患もSIADHの要因で、バソプレシンの分泌をコントロールする脳の部分に影響を与え、ホルモンのバランスを乱します。

  • くも膜下出血(脳の表面の血管が破れる病気)
  • 脳腫瘍(脳にできるできもの)
  • 髄膜炎(脳や脊髄を包む膜の炎症)
  • 脳炎(脳の炎症)
  • 多発性硬化症(神経系の慢性炎症性疾患)

薬の副作用

特的の薬を使用するとSIADHが起こることがあり、直接バソプレシンの分泌を増やしたり、腎臓でのバソプレシンの働きを強めます。

薬の種類
精神疾患の薬SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、三環系抗うつ薬
てんかんの薬カルバマゼピン、バルプロ酸
がん治療薬シクロホスファミド、ビンクリスチン
尿の量を増やす薬チアジド系利尿薬

肺の疾患

肺に異常があると、胸の中の圧力が変わったり体内の酸素が不足したりし、バソプレシンの分泌に影響を与えます。

肺疾患の種類SIADHとの関連性
肺炎高い
結核中程度
慢性閉塞性肺疾患(COPD)やや低い

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)の検査・チェック方法

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)の診断には、血液検査や尿検査、画像検査などを用います。

血液検査

血液検査は、SIADHを見つけるために最も大切な方法です。

調べる項目

  • 血清ナトリウム濃度:血液中の塩分(ナトリウム)が少なくなっていないか
  • 血漿浸透圧:血液の濃さが通常より薄くなっていないか
  • 血漿バソプレシン濃度:水分を調整するホルモン(バソプレシン)が多すぎないか
  • 血清尿酸値:尿酸という物質が少なくなっていないか
検査項目SIADHの特徴
血清ナトリウム濃度135mEq/L未満
血漿浸透圧275mOsm/kg未満
血漿バソプレシン必要以上に高い値

尿検査

尿の検査も、SIADHを診断する上で欠かせません。

確認する項目

  1. 尿中のナトリウム濃度
  2. 尿の濃さ(尿浸透圧)
  3. 尿の量

SIADHでは尿中のナトリウム濃度と尿の濃さが高く、尿の量が減っていることが多いです。

画像検査

SIADHを起こす原因を見つけるため、画像検査を行います。

検査方法目的
胸部のレントゲン肺疾患や肺がんの検出
頭部のCTやMRI脳腫瘍や中枢神経系疾患の確認
腹部のCTその他の腫瘍性疾患

水負荷試験

水負荷試験は、SIADHの診断を確実にするために必要な検査法です。

一定量の水を飲んでもらい、その後の尿の量や尿に含まれる成分の変化を観察し、SIADHの患者さんは、普通の人より水分を体に貯めこむ傾向があります。

水負荷試験の流れSIADHの特徴
水を飲む前尿量が少ない
水を飲んだ後尿量があまり増えない
尿の濃さ水を飲んでも濃いまま

鑑別診断

SIADHと症状が似ている他の疾患もあり、副腎不全や甲状腺機能低下症でも、血液中のナトリウムが少なくなることがあるので、鑑別が重要です。

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)の治療方法と治療薬、治療期間

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)の治療は、水分摂取の調整と薬物療法を中心に、原因疾患の対応を並行して進めます。

水分制限療法

水分制限療法は、SIADHに対する基本的な治療アプローチです。

体内の過剰な水分を減らすことで、低ナトリウム血症の改善を図ります。

  • 1日の水分摂取量を800-1000mL程度に制限
  • 食事からの水分摂取も計算に入れる
  • 症状や血液検査の結果を見ながら調整

薬物療法

水分摂取の調整だけでは十分な効果が得られなかったり、迅速な改善が必要な場合は、薬物療法を選びます。

主な治療薬

薬剤名働き使用目的
トルバプタンバソプレシン(抗利尿ホルモン)の受容体をブロック水分の排泄を促進
デメクロサイクリン腎臓の水分を濃縮する機能を抑える尿量を増やす
ウレア浸透圧の差を利用して水分を引き出す水分の排泄を促す

緊急時の高張食塩水投与

重度の低ナトリウム血症では、緊急措置として高張食塩水(通常の生理食塩水よりもナトリウム濃度が高い溶液)の投与が行われます。

治療法の特徴

  1. 血液中のナトリウム濃度を素早く上昇させる
  2. 脳の浮腫(むくみ)を改善
  3. 神経症状を和らげる

ただし、血清ナトリウム濃度の上昇速度には浸透圧性脱髄症候群(神経の髄鞘が壊れる病態)のリスクがあるため、細心の注意が必要です。

原因疾患の治療

SIADHはさまざまな要因で発症するため、根本的な治療には原因となる疾患の特定と治療が重要です。

原因治療のアプローチ
悪性腫瘍腫瘍の外科的な切除や化学療法による治療
中枢神経系の疾患原因となる疾患の治療(手術、薬物療法など)
薬剤が原因の場合原因となっている薬剤の中止または別の薬への変更

原因となっている疾患の治療によりSIADHの症状が改善しますが、原因が特定できない特発性SIADHの場合は、症状のコントロールが中心となります。

治療期間と継続的な観察

SIADHの治療期間は原因となる疾患や症状の改善度により、一般的な治療の流れは以下のとおりです。

  • 急性期:数日から数週間の集中的な治療を行う
  • 慢性期:数か月から数年にわたる長期的な管理が必要
  • 寛解期:症状が改善した後も定期的な経過観察を続ける
治療段階焦点期間の目安
急性期症状の急速な改善数日〜数週間
慢性期長期的な症状管理数か月〜数年
寛解期再発防止と経過観察個別に設定

治療中は、血清ナトリウム濃度や尿中の電解質(ナトリウムやカリウムなどのミネラル)の定期的な検査が大切です。

薬の副作用や治療のデメリットについて

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)の治療薬には、体内の電解質バランスの乱れや腎機能への悪影響など、様々な副作用やデメリットがあります。

水分制限のリスク

水分摂取制限はSIADHの基本的な治療法ですが、いくつかの問題点があります。

  • 口渇感の増強
  • 脱水のリスク上昇
  • 日常生活の質の低下

利尿薬の副作用

ループ利尿薬や浸透圧利尿薬はSIADHの治療に用いられ、副作用に注意が必要です。

利尿薬の種類副作用
ループ利尿薬低カリウム血症、脱水
浸透圧利尿薬高ナトリウム血症、腎機能障害

利尿薬は電解質バランスを崩すことがあるため、定期的なモニタリングが重要です。

バソプレシン受容体拮抗薬の注意点

トルバプタンなどのバソプレシン受容体拮抗薬はSIADHの治療に効果的ですが、副作用があります。

  • 口渇
  • 多尿
  • 肝機能障害
副作用発生頻度
口渇高頻度
多尿中程度
肝機能障害低頻度(重篤)

デメコシクリンの副作用

デメコシクリンは腎臓での水の再吸収を阻害することでSIADHの治療に用いられ、次のような副作用があります。

  • 光線過敏症
  • 歯の着色(特に小児)
  • 消化器症状

長期使用には注意が必要で、定期的な副作用のチェックが大切です

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

診断時の検査

SIADH(バソプレシン分泌過剰症)の診断には、複数の検査が必要です。

検査項目費用(3割負担の場合)
血清ナトリウム濃度測定約100円
血漿浸透圧測定約400円
尿中ナトリウム濃度測定約100円
抗利尿ホルモン(ADH)測定約2,000円

入院治療の費用

SIADHの重症度によっては入院治療が必要となり、費用は約10,000円~30,000/日です

外来治療と薬物療法の費用

SIADHの治療では、水分制限療法や薬物療法が行われます。

項目実際の金額(3割負担の場合)
血液検査(電解質)約1,000円
尿検査約300円
トルバプタン(サムスカ)15mg約2,500円/日
トルバプタン(サムスカ)30mg約4,500円/日
デメクロサイクリン 150mg約400円/日
ウレア(尿素) 30g約300円/日

以上

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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