汗の量が異常に多い「多汗症」にお悩みの方は多く、生命を脅かすような重篤な疾患ではないものの、不安や恥ずかしさを感じて日常生活に影響を与えているケースも少なくありません。
塗り薬や飲み薬で十分な効果が得られないときに検討されるのが、ボトックス(汗止め注射)です。
この記事では、多汗症治療について、ボトックス(汗止め注射)の効果、保険適用の有無や料金を皮膚科専門医が解説しました。
副作用やデメリットについても触れていますので、多汗症治療のボトックスが気になっている方は、ぜひ参考にしてください。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
こばとも皮膚科関連医療機関
ボトックス(汗止め注射)による多汗症治療の効果
ボトックス(汗止め注射)には、汗の分泌を抑える効果があります。
注射する深さは部位にもよりますが、脇の場合は、肌の表面から約2㎜のところに注入します。
汗の分泌を抑える
ボトックスによる多汗症治療は、ボツリヌス菌が産生する「A型ボツリヌス毒素」を局所注射する治療方法です。
毒素と聞くと怖いイメージや身体に悪いのではないかと不安を抱く方もいるかと思いますが、さまざまな研究で「安全で有効性がある」と証明されています1)2)3)。
ボトックス(A型ボツリヌス毒素)は、交感神経から汗腺へ情報伝達する「アセチルコリン」の分泌を抑制する働きがあります。
汗が出る際には、自律神経の一つである交感神経から、汗を出すように促す物質である「アセチルコリン」が分泌され、それを受け取った汗腺が働いて発汗します。
多汗症の原因は現在のところ明確になっていませんが、汗腺の数に異常は認められず、汗を出す機能が他の人よりも過剰であるとされています4)。
ボトックス(汗止め注射)の適応部位
汗を止める効果のあるボトックスは、脇はもちろん、顔や手の平、足の裏や頭などの多汗症にも適応となります。
- 脇(腋窩多汗症)
- 顔(顔面多汗症)
- 手(手掌多汗症)
- 足(足底多汗症)
- 頭(頭部多汗症)
脇の多汗症に注射するボトックスは「脇ボトックス」とも呼ばれています。
多量の汗の分泌が気になる部位に注射でき、背中やデリケートゾーンに対応したクリニックもあります。
効果はいつからいつまで?
ボトックスの効果は一般的に2~3日後くらいから徐々に現れ、長い人でも1~2週間程度で汗の量がグッと減ったのを実感できます。
効果の持続期間は、注射をしてから4~6カ月程度です。
夏になる前の5月頃に一度ボトックスを行い、年間を通して効果を得たい方は年2回を目安に施術を受けると良いでしょう。
脇汗の治療方法を動画(YouTube)で解説
ボトックス(汗止め注射)の保険適用と料金
多汗症治療であるボトックス(汗止め注射)は、重度の脇の多汗症では保険が適用されます。手・足・顔・頭への施術は保険適用外です。
- 重度原発性腋窩多汗症
- アラガン社の「ボトックスⓇ」を使用
重度の脇の多汗症には保険が適用される
重度の脇多汗症(重度原発性腋窩多汗症)へのボトックス治療に関しては、2012年から保険適用となりました。
ただし、保険を適用するためには、多汗症の判断基準と保険の適用基準の2つを満たしている必要があります。
「多汗症の判断基準」
- 最初に症状が出たのが25歳以下
- 左右対称に発汗がみられる
- 睡眠中は発汗が止まっている
- 1週間に1回以上多汗のエピソードがある
- 家族歴がみられる
- それらによって日常生活に支障をきたすこと
※6項目のうち2つ以上が当てはまれば「多汗症」と診断される。
保険の適用基準
- 基礎疾患が原因でなく、体質的な多汗(原発性多汗症)である
- 原因不明の過剰な発汗が6カ月以上持続している
- 発汗がほとんど我慢できず、日常生活に頻繁または常に支障がある
保険適用で施術を受けるためには、「重度の症状であり日常生活に支障をきたしている」という条件をクリアしている必要があり、基準に当てはまらない脇の多汗症は保険適用外となります。
ご自身の症状がどの程度の重症度なのかを確認するためにも、脇の多汗症でお悩みの方はいちど皮膚科を受診されてみてください。
保険が適用される薬剤
脇の多汗症に保険が適用できる薬剤は、米国アラガン社のボツリヌストキシン製剤「ボトックスⓇ」のみです。
日本では、グラクソ・スミスクライン株式会社が「ボトックスⓇ」を輸入販売しています。
アラガン社「ボトックスⓇ」の薬剤価格
種類 | 薬価 | 3割負担の場合 |
---|---|---|
ボトックス注用50単位 | 3万4408円/瓶 | 1万322円 |
ボトックス注用100単位 | 6万1433円/瓶 | 1万8430円 |
同じく米国アラガン社が製造販売している薬剤である「ボトックスビスタⓇ」がありますが、こちらは保険適用外です。
手・足・顔・頭の多汗症は保険適用外
一方、手や足、顔や頭の多汗症へのボトックス治療は、保険が適用されません。
ただし、手の多汗症(原発性手掌多汗症)に関しては、2023年に塗り薬「アポハイドⓇローション」が保険適用となりました。
ボトックスは保険適用となりませんが、手の多汗症を保険適用内で治療したい方は塗り薬を検討してみるのも一つの方法です。
ボトックス(汗止め注射)の値段相場
脇の多汗症の値段相場は、保険適用(3割負担)で3万円弱です。
一方、保険適用外の場合はクリニックや使用する薬剤、部位によって価格差が大きく、4~15万円が値段相場となります。
部位 | 値段相場 |
---|---|
脇 | 3~7万円 |
手 | 7~9万円 |
足 | 8~9万円 |
顔 | 4~6万円 |
頭 | 8~15万円 |
範囲が広い、症状が重いなどの理由で、注入量が多くなればなるほどかかる費用も高くなる傾向があります。
使う薬剤によっても価格が左右され、イノトックスやリジェノックス、ボツラックスやコアトックスなどの韓国製のボツリヌス製剤が比較的安いです。
痛み・ダウンタイムについて
ボトックス(汗止め注射)は、施術後に痛みがずっと続くようなケースはほぼなく、ダウンタイムも短い治療方法です。
ボトックスは痛い?
ボトックスには、注射をする際のチクッとした痛みと、薬剤を注入する際の圧迫されるような痛みがあります。
とはいえ、ボトックスで使用する針は採血や予防接種で用いられるものよりも細いため、注射をする際の痛みは比較的少ないです。
ただ、20~50箇所と複数回に分けて注射するので、人によっては痛いと感じる人もいます。
そのため、痛みを最小限に抑えるために麻酔クリームを使用してボトックスを行うクリニックも多いです。
皮膚の表面に塗るタイプの麻酔です。クリーム状の麻酔を塗り、皮膚の神経を麻痺させて痛みを軽減します。
代表的な麻酔クリームとしては、医療脱毛などでも使用される「エムラクリーム」が挙げられます。
さらに、痛み対策として注射する部位をクーリングしてからボトックスを注入するクリニックもあります。
麻酔やクーリングで痛みを軽減できますが、心配な方は事前にクリニックに相談すると良いでしょう。
ダウンタイムは短い
ボトックスは、手術やミラドライなどの多汗症治療に比べてダウンタイムが短いのが特徴です。
ボトックスを行った直後は5mm程度の膨らみが複数できて不安に思う方もいますが、1時間程度で薬剤が身体に吸収されて目立たなくなります。
ダウンタイムはほとんどなく、施術当日からふだんと同じような生活を送っていただいてかまいません。
ただし、効果が減ったり副作用が強くなってしまわないように、3日程度は注射部位をマッサージする、強くこするといった行為は避けましょう。
ボトックス(汗止め注射)の副作用・デメリットは?
安全性や有効性が確認されているボトックス(汗止め注射)ですが、ある程度の副作用やデメリットも存在します。
ここでは「ボトックスに副作用やデメリットはある?」「ボトックスを打ち続けるとどうなる?」「ボトックスが効かないケースもある?」といった疑問についてお答えします。
主な副作用
ボトックスは比較的副作用が少ないですが、腫れや赤み、内出血や筋肉痛などが起こる方もいます。
ボトックスの副作用
- 腫れや赤み
- 肌のつっぱり感や熱感
- 内出血
- 筋肉痛
- 硬結(こうけつ)
- 握力低下
ボトックス後の副作用として、注射による内出血が起こる可能性があります。
内出血直後は肌の表面から赤い色が透けて見えるような状態で、時間が経つにつれて黒や青に変化します。皮下の出血が身体に吸収されていくと黄色っぽくなり、1~2週間程度で治るのが一般的です。
手や足への注射ではごく稀に筋力低下が認められますが、ボトックスの注入量が多いほどこの副作用が起こる可能性が高いと報告されています4)。
ただし、筋力の低下が重症化するケースはなく、時間の経過とともに軽快していきます。
ボトックスを打ち続けるとどうなる?
ボトックスを長期間にわたって打ち続けると、ごく稀に抗体ができて効果が少なくなる可能性があります。ただし、ほとんどのケースでは問題となりません。
海外の論文では、ボトックスを受けた2240人のうち11人に抗体が形成されたとの報告があります5)。さらに、抗体形成された人のなかでボトックスの効果が出にくくなった人は3人のみでした。
この報告からも分かるように、ボトックスを打ち続けて抗体ができるのは非常に稀であり、抗体ができても効果を実感している人もいます。
ボトックスの抗体形成を心配される方も多いですが、思うような効果が出ない場合は、抗体が出来てしまったというよりも適切な場所に必要な量を注入できていないケースが多いです。
ボトックスが効かないことはある?
多汗症へのボトックスは有効性が示されているものです。全く効かない人はがいるとは考えにくいですが、場合によっては効果が減ってしまうケースもあります。
ボトックス(汗止め注射)が効かない理由
- 注入量が少なすぎる
- 施術後に身体を温めすぎた
- 効果を急ぎすぎている場合も
注入量が少なすぎる
ボトックスの注入量は「単位」や「U(ユニット)」で表され、目安量は部位によって異なります。
ボトックスの目安量
部位 | 目安量 |
---|---|
脇 | 100単位 |
手 | 150単位 |
足 | 200単位 |
顔 | 100単位 |
頭 | 150単位 |
多汗症の重症度によって注入量を調整しますので、目安量よりも少ないからといって必ずしも効果がないわけではありません。
ただ、症状に対して量が少なすぎると効果を実感できないときもあります。
施術後に身体を温めすぎた
ボトックスを注射したあとに、身体を温めすぎると効果が減ってしまうケースがあります。
ボトックス(ボツリヌス毒素)は、タンパク質で構成されているため熱に弱いです。高温にさらされてタンパク質が変化してしまうと、本来の効果が発揮できなくなってしまいます。
また、体温を上げるような行為は、ボトックスが効かない可能性があるだけでなく、赤みや腫れなどのリスクが高まる原因にもなります。
そのため、ボトックスを打ってから3日~1週間程度は熱いお風呂やサウナを控えましょう。
効果を急ぎすぎている場合も
「多汗症治療のボトックスが効かない」という人の中には、効果を急ぎすぎている場合もあります。
ボトックスは手術やミラドライのように即効性のある治療法ではないので、効果を実感するまでにある程度の時間がかかります。
効果を実感できるまでには、長い人で1~2週間ほど必要です。
ただし、もしも2週間を過ぎても汗の量が減らないときはクリニックに相談するようにしましょう。
まとめ
ボトックス(汗止め注射)は、多汗症に対する効果や安全性が認められた治療方法です。
多汗症治療 – ボトックス(汗止め注射)のまとめ
- ボトックスは汗の分泌を抑える効果がある
- 年間を通して効果を持続させたい場合は、年2回程度の施術を受ける
- 重度の脇多汗症には保険が適用される
- 痛みが少なく、ダウンタイムが短いのが特徴
- 内出血が起こる可能性があるが、重篤な副作用はない
毎日汗止めの薬剤を塗ったり、飲み薬を飲んだりする必要がないのもメリットの一つです。
年に2回程度の通院が必要ではありますが、汗の量が減るため生活の質が上がったと満足される方も多いです。
自分の意思では減らせない汗の量を抑えたいとお考えの方は、ぜひいちど皮膚科の受診を検討してみましょう。
多汗症治療・ボトックス(汗止め注射)についてよくある質問
参考文献
1) M Naumann , N J Lowe, C R Kumar, H Hamm; Botulinum toxin type a is a safe and effective treatment for axillary hyperhidrosis over 16 months: a prospective study. 2003 Jun;139(6):731-6.
2) B A Solomon , R Hayman; Botulinum toxin type A therapy for palmar and digital hyperhidrosis. 2000 Jun;42(6):1026-9.
3) R Rashaan , P T Arkoumanis ; The Efficacy of Botulinum Toxin A in Treating Palmar Hyperhidrosis – a Literature Review. 2023 Dec;18(4):712-717.
4) 原発性局所多汗症治療のガイドライン2023/日本皮膚科学会
5) Markus Naumann , Alastair Carruthers, et al.Meta-analysis of neutralizing antibody conversion with onabotulinumtoxinA (BOTOX®) across multiple indications.2010 Oct 15;25(13):2211-8.