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多汗症(たかんしょう)

多汗症 たかんしょう

多汗症(たかんしょう hyperhidrosis)とは、通常以上の汗をかく疾患のことです。

単なる「汗をかきやすい体質」とは異なり、過剰に汗をかくことによって、仕事・勉強・対人関係など日常生活に支障を及ぼし、長期的には人生の決断や性格に影響を与える可能性も。

日本では多汗の知名度はあがっているものの、受診率の低さ、治療継続も低くなっています。

ここでは、多汗症について詳しく解説していきましょう。

この記事の執筆者

小林 智子(日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士)

小林 智子(こばやし ともこ)

日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長

2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。

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医療法人社団豊正会大垣中央病院

目次

多汗症の症状・病態

多汗症の症状

多汗症は、手のひらや足の裏、脇などで異常に多くの汗をかくことが特徴です。特定の部位だけでなく、全身に汗をかくこともあります。

このため、日常生活で不快感を感じたり、社会生活に支障を及ぼすことも。

例えば、手がべたついて書類にシミができる、握手した際に相手に不快感を与えてしまう、服が汗で濡れるため着る服が限定される、人前での発汗が恥ずかしいと感じる、といったものです。

多汗症はどのような人種にも認められる疾患ですが、特に日本人はその頻度が高く、発症の平均年齢は手掌で13.8歳、腋窩は19.5歳で、29〜34歳がピークだと言われています。

多汗症の病態

汗を分泌する汗腺には、エクリン汗腺とアポクリン汗腺の2種類があります。このうち、多汗症はエクリン汗腺による発汗が通常より多い状態です。

汗腺 かんせん

エクリン汗腺は、交感神経の支配を受けており、体温調節のために高温多湿の環境下や、運動、緊張などがあると生理的に汗の分泌が増えます。

多汗症では交感神経系の過活動が関与しており、神経終末からアセチルコリンが過剰に放出され、発汗が増えている状態です。

特定の疾患や薬剤によって、アセチルコリンの放出を促す作用のものがあります。

多汗症の分類

多汗症は、発汗原因となる疾患・薬剤の有無や、発汗部位(局所・全身)により分類されます。

引用元:https://www.maruho.co.jp/medical/articles/hyperhidrosis/symptom-1/index.html
  • 原発性多汗症:既往症や服薬など明らかな原因を認めない多汗症。しばしば思春期に始まり、遺伝的な要素が関与することがあり、「全身性」と「局所性」が。
  • 全身性多汗症:からだ全体にわたる過剰な発汗。
  • 局所性多汗症:からだの特定の部分に過剰な発汗。原発性腋窩多汗症、原発性手掌多汗症などが代表で、そのほか頭部・顔面、足底などに大量の発汗。
  • 続発性多汗症:内科的疾患や神経系の疾患、薬剤の副作用などが原因で引き起こされる。全身性と局所性に分類。

多汗症の原因

続発性多汗症の方は、特定の疾患や薬剤が原因です。

続発性多汗症の原因

説明
原因疾患全身性:内分泌疾患(甲状腺機能亢進症、褐色細胞腫、低血糖など)感染症(結核など)悪性腫瘍、循環器疾患、呼吸不全、神経疾患など局所性:脳梗塞、末梢神経障害、Frey症候群、味覚性発汗、エクリン母斑
原因薬剤ドーパミン作動薬、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、抗精神病薬、インスリン

また、外傷で脊髄損傷が起こると、自律神経障害が原因で異常発汗が起こることがあります。

ホルモンの変化も多汗症の原因の一つで、思春期や妊娠、更年期は、発汗に影響を及ぼすこともありますが、自然な生理的変化であり、一時的なことが多いです。

一方、原発性多汗症の原因はまだ完全には解明されていないものの、汗腺の数や組織的な異常はなく、機能亢進によるものと考えられています。

原発性多汗症の原因

原因の種類説明
遺伝的要因家族歴がある場合、遺伝的な要素が影響している可能性
交感神経節が大きく、神経節細胞が多い交感神経系の活動亢進を伴う自律神経障害が多汗症の原因と考えられており、交感神経節の構造的・組織学的変化が原因
交感神経節受容体の変化交感神経節において、アセチルコリンとα‐7ニコチン性アセチルコリン受容体サブユニットが高発現

多汗症の診断・検査

多汗症の診断基準

まずは問診や検査で基礎疾患の有無を確かめます。基礎疾患あるいは使用される薬剤が原因と考えられれば続発性多汗症で、基礎疾患に基づいた治療に。基礎疾患がない場合は、原発性多汗症です。

引用元:https://www.maruho.co.jp/medical/articles/hyperhidrosis/diagnose/index.html

原発性局所性多汗症の診療ガイドラインでは、「頭部・顔面、手掌、足底、腋窩に、温熱や精神的負荷の有無いかんにかかわらず、日常生活に支障をきたすほどの大量の発汗を生じる状態」を原発性局所多汗症と定義。

診断基準としてHornbergerらの診断基準が用いられています。

<Hornbergerらの診断基準>

局所的に過剰な発汗が明らかな原因がないまま6ヵ月以上認められ、以下の2項目以上があてはまる場合を多汗症と診断。

  1. 発症が25歳以下
  2. 左右対称性に発汗
  3. 睡眠中は発汗が止まっていて、週1回以上の多汗のエピソード
  4. 家族歴がある
  5. 日常生活に支障をきたす

重症度の判定

原発性局所性多汗症の重症度判定は、Struttonらが自覚症状により以下の4段階に分類したHDSS(Hyperhidrosis Disease Severity Scale) を用います。

<HDSS(Hyperhidrosis Disease Severity Scale)>

  1. まったく気付かない、邪魔にならない
  2. 我慢できる、たまに邪魔になる
  3. どうにか耐えられる、しばしば邪魔になる
  4. 耐えがたい、いつも邪魔になる

このうち3.と4.が重症とされています。

その他、発汗量を測定する方法として、ヨード澱粉を用いたヨード紙法や、換気カプセル法などがあり、重症度判定に使用されることも。

多汗症の治療方法

続発性多汗症では基礎疾患に基づいた治療が優先されます。

一方、原発性多汗症では外用薬、内服薬、注入薬、手術などいくつかの治療法があり、外用薬を最初に試し、効果を見ながら内服薬や注入薬などを検討することが一般的です。

保険適用となる治療法は、部位によっても異なります。

原発性腋窩多汗症の治療法

わき汗に対しては、まずは外用薬が推奨されます。

ガイドラインで推奨されている外用薬(推奨度B)

  • 抗コリン外用薬:アセチルコリンの働きを阻害し発汗を抑える。日本ではエクロックゲルとラピフォートワイプが保険適用。
  • 塩化アルミニウム製剤:汗腺の出口を一時的に塞ぎ、発汗を抑制。通常10〜20%程度の塩化アルミニウム製剤が処方(保険適用外)。

外用薬で効果が不十分である場合は、ボツリヌス毒素製剤の局所注射を検討(推奨度B)。

ボツリヌス菌はクロストジウム・ボツリヌスが産生する神経毒素で、神経接合部からアセチルコリンの放出を抑制する作用があります。効果は高い一方、持続期間は4〜6ヶ月程度です。

さらに、緊張やストレスによって発汗が過剰になる場合には、神経ブロック、抗コリン内服薬(プロバンサイン)が処方されることがあります(推奨度C1)。

抗コリン薬以外の薬

  • カタプレス(クロニジン):降圧薬として使用されている薬で保険適用はない(一部多汗症に有効)。
  • グランダキシン(トキソファム):多汗症への保険適用はありませんが、自律神経症状に対して保険適用。
  • 漢方:ガイドラインにはありませんが、漢方を使用することも。

以上の治療でも効果が不十分であるときは、機器を用いた治療(ミラドライ、保険適用外)を検討することがあります。

保存的な治療が効果なく、さらに患者さん本人の希望が強いことを条件に、重度の原発性腋窩多汗症に対して交感神経遮断術(手術)が適応となるケースも。

遮断術に伴う副作用がありますので、専門医としっかり話し合ったうえで治療方針を決めることが大切です。

原発性手掌多汗症の治療法

手汗の治療も、外用治療など侵襲性の低い治療から始めるのが一般的です。

  • 水道水イオントフォレーシス:主に手掌多汗症に有効とされている治療法(推奨度B)。電流を液体中で通電することで発汗を抑制する作用によって効果を発揮。簡易な治療で保険も適用されますが、定期的な通院が必要。
  • 抗コリン外用薬:原発性手掌多汗症に対して、2023年にアポハイドローションという抗コリン外用薬が保険適用に。
  • 塩化アルミニウム製剤:わき汗と同様、手汗にも塩化アルミニウム製剤は有効で(推奨度B)、ODT(密封療法)も。

これらの治療で効果が不十分であるときは抗コリン内服薬(推奨度C1)、神経ブロック(推奨度C1)、ボツリヌス毒素製剤の局注(推奨度C1、保険適用外)などが検討されます。

それでも効果が見られない方には、交感神経遮断術が適用されることも。

多汗症の治療期間

多汗症の治療期間は、選択される治療方法にもよりますが個人差が大きいです。ここでは一般的な治療期間を解説します。

  • 外用薬:使用を開始してから効果が現れるまで、通常数日~数週間。治療効果を維持するためには、継続的な使用が必要。
  • ボトックス治療:治療開始~1、2週間後に治療効果が現れる。治療効果は数ヶ月~半年、1年以上と施行部位によってばらつきはありますが、繰り返し施行しても効果があり安全。
  • 水道水イオントフォレーシス:日本では家庭用イオントフォレーシスの購入が保険適応外なので、週1回の通院が必要。6~12回で効果。
  • 内服治療:服用後、数日~数週間で効果が現れ始め、定期的な服用によって効果が維持。治療効果は、薬剤の種類や服用量によって異なる。
  • 機器による治療(ミラドライ):通常、一回の施術で効果を認められますが、改善の程度には個人差。効果が不十分であるときは他の治療との併用も可能。
  • 外科的治療:交感神経ブロックでは、約半年間の効果。交感神経遮断術は手術直後から効果は見られ、恒久的に続きますますが、患者さんの状況によって結果は異なる。

多汗症の治療期間は、治療方法や多汗症の部位、症状の重症度により大きく異なります。患者さんが自分自身の治療について十分に理解し、医師と相談しながら納得して治療を受けられるように進めていくことが大切です。

多汗症に用いられる主な治療薬と副作用・デメリット

多汗症の治療には、それぞれ副作用やデメリットもあります。

  • 外用薬

    塩化アルミニウム製剤:濃度によっては刺激性接触皮膚炎を認めることが。

    抗コリン外用薬(エクロックゲル、ラピフォートワイプ、アポハイドローション):ドライアイ、排尿困難、頻尿、口の渇きといった抗コリン作用を認めることも。
  • 内服薬

    プロバンサイン(プロパンテリン臭化物):唯一多汗症に対して保険適用のある抗コリン内服薬で、視覚障害、ドライアイ、口の渇き、排尿困難、頻尿、便秘といった抗コリン作用が出ることが。
  • その他

    ボトックス注射(ボツリヌストキシン毒素A型):手掌や足底の筋力低下が現れることがありますが、ほとんどは一過性で、数日で軽快。その他、重篤な副作用としてショックやアナフィラキシーが報告。
  • 外科的治療

    交感神経ブロックや交感神経遮断術の重大な合併症は、手術に伴う感染や出血、痛み以外に、代償性発汗も。施術後に体幹に起こる異常発汗のことで、現時点では完全に予防することができない。

保険適用の有無と治療費の目安について

多汗症の治療では、健康保険が適用されるものと、適用されないものがあります。

保険適用あり保険適用なし
・抗コリン外用薬(エクロックゲル、ラピフォートワイプ、アポハイドローション)・ボツリヌス毒素製剤(原発性腋窩多汗症のみ)・プロバンサイン・神経ブロック・交感神経遮断術・塩化アルミニウム製剤・イオントフォレーシス療法・機器による治療(ミラドライ)

治療費は3割負担の場合、

  • イオントフォレーシス:1回660円
  • エクロックゲル(20g):1本約148円
  • ラピフォートワイプ:1枚約79円
  • アポハイドローション:1本約707円
  • プロバンサイン(1日3錠):1ヶ月約1915円

となります。詳しくはお問い合わせください。

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