訪問看護は、病気や障害を持つ方が住み慣れた地域で安心して療養生活を送るために重要なサービスです。
しかし、療養の場がご自宅から有料老人ホームなどの施設に移った場合、「これまで通り訪問看護を受けられるのだろうか」と不安に思う方も少なくありません。
この記事では、訪問看護の提供場所に関する基本的なルールから、どのような施設であれば利用が可能なのか、また利用が難しいのはどのような場合か、そして特例的に利用できる条件まで分かりやすく解説します。
訪問看護の提供場所に関する基本的な考え方
訪問看護サービスがどこで提供されるかについては、介護保険法や健康保険法によって基本的な考え方が定められています。まずは原則を理解することが、施設での利用可否を判断する上での出発点です。
原則は利用者の居宅
訪問看護は、看護師が利用者の生活の場を訪問してケアを提供するサービスです。法律上、この生活の場は居宅と定義されていて、訪問看護の提供場所は、原則として利用者が日常生活を送る居宅に限られます。
なぜ居宅が基本なのか
訪問看護制度が居宅での療養を支援するために作られたという背景があります。病院から退院した後も、住み慣れた環境で医療的ケアを受けながら生活を続けられるようにすることが大きな目的です。
また、日本の公的な保険制度は、サービスが重複して提供されることを避けるように設計されています。
例えば、看護職員の配置が義務付けられている施設では、その施設の看護師がケアを提供することが基本となり、外部の訪問看護サービスは原則として利用できない、という考え方に基づいています。
居宅と見なされる場所の定義
法律上の居宅とは、現在住んでいる場所を指し、必ずしも住民票のある住所や持ち家である必要はありません。
一般の戸建てやマンションだけでなく、特定の条件を満たす高齢者施設なども含まれます。
居宅として扱われる場所
分類 | 具体的な場所の例 |
---|---|
一般的な住居 | 戸建て住宅、分譲マンション、賃貸アパート |
高齢者向け住居 | 有料老人ホーム(一部)、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住) |
その他の施設 | 軽費老人ホーム(ケアハウス)、グループホーム(一部) |
訪問看護が利用できる主な施設の種類
それでは、具体的にどのような施設が居宅と見なされ、訪問看護の利用が可能なのでしょうか。ここでは、代表的な施設の種類と、それぞれの特徴について解説します。
有料老人ホーム
有料老人ホームは、介護付、住宅型、健康型の3種類に大別され、このうち、訪問看護の利用が主に可能なのは住宅型有料老人ホームです。住宅型は生活支援サービスが中心であり、介護サービスは外部の事業者と個別に契約する形態をとります。
このため、入居者は一人の在宅療養者として、訪問看護や訪問介護を自由に選択して利用できます。
一方で、介護付有料老人ホームは、施設自身が特定施設入居者生活介護の指定を受けており、施設の看護師や介護職員がケアを提供するため、原則として外部の訪問看護は利用できません。
有料老人ホームの種類と訪問看護利用の可否
種類 | 特徴 | 訪問看護の利用 |
---|---|---|
住宅型有料老人ホーム | 生活支援が主。介護は外部サービスを利用。 | 原則として利用可能。 |
介護付有料老人ホーム | 施設が介護サービスを一体的に提供する。 | 原則として利用不可(特例あり)。 |
健康型有料老人ホーム | 自立した高齢者が対象。介護が必要になると退去。 | 対象外となることが多い。 |
サービス付き高齢者向け住宅
サービス付き高齢者向け住宅は高齢者向けの賃貸住宅であり、安否確認や生活相談サービスが提供されます。有料老人ホームとは異なり、あくまで一般の住宅としての側面が強く、介護サービスは併設の事業所や外部の事業者と個別に契約します。
そのため、サービス付き高齢者向け住宅の居室は居宅とみなされ、医療保険・介護保険のどちらの訪問看護も利用することが可能です。
軽費老人ホーム(ケアハウス)
ケアハウスは身寄りがなかったり、家庭環境や経済状況から自宅での生活が困難であったりする高齢者が、比較的低い費用で入居できる施設です。
提供されるサービス内容によって一般型と介護型に分かれますが、サービス付き高齢者向け住宅などと同様に外部の介護サービスを利用する形態が多いため、訪問看護の利用が可能な場合があります。
ただし、施設の体制によって異なるため、入居前に必ず確認が必要です。
認知症対応型共同生活介護(グループホーム)
グループホームは、認知症の高齢者が少人数で共同生活を送る施設です。
介護保険法上、グループホームの入居者は在宅サービスの対象外とされていますが、医療的なニーズが高い場合に限り、医療保険での訪問看護であれば利用が認められるケースがあります。
看取り期など、施設の職員だけでは対応が難しい医療的ケアが必要な場合に、主治医の指示のもとで訪問看護が導入されます。
訪問看護の利用が原則できない施設
施設の性質上、外部からの訪問看護の利用が原則として認められていない場所もあり、必要な看護ケアは施設内に配置された看護職員が提供するというのが基本ルールです。
特別養護老人ホーム
特別養護老人ホームは、常に介護が必要で自宅での生活が困難な高齢者が入居する、介護保険施設の一つです。
法律で定められた基準に基づき、医師や看護職員、介護職員などが配置されており、施設内で包括的なケアが提供されるため、入居者は介護保険を使った外部の訪問看護サービスを利用できません。
ただし、特例条件に該当する場合のみ、医療保険での訪問看護が利用できることがあります。
介護老人保健施設
介護老人保健施設は、病状が安定した方が在宅復帰を目指すためのリハビリテーションを中心に行う施設です。医師が常勤し、看護・介護職員も手厚く配置されています。
あくまで病院と自宅の中間的な位置づけであり、リハビリや医療的ケアも施設内で完結するため、外部の訪問看護を利用することは想定されていません。
介護医療院・療養病床のある病院
介護医療院や療養病床は、長期的な医療と介護を一体的に提供する施設です。
医療施設としての性格が強く、常時医師や看護師による医療管理が行われていて、入院している方が外部の訪問看護を利用することはありません。
訪問看護の利用可否まとめ
施設分類 | 施設名 | 訪問看護の利用 |
---|---|---|
利用できる施設 | 住宅型有料老人ホーム、サ高住 | 原則、可能。 |
グループホーム、ケアハウス | 条件付きで可能。 | |
利用できない施設 | 介護付有料老人ホーム、特養、老健、介護医療院 | 原則、不可(特例あり)。 |
施設入居中でも訪問看護が利用できる条件
これまで原則として利用できないと説明してきた施設でも、特定の条件を満たす場合には、例外的に医療保険を使った訪問看護が利用できることがあります。
医療保険が適用される特別なケース
通常、介護保険の認定を受けている方は、訪問看護も介護保険が優先して適用されます。
ただし、特定の状態にある利用者に対しては、介護保険の認定の有無にかかわらず、医療保険による訪問看護が提供され、施設に入居している方にも適用されます。
厚生労働大臣が定める疾病等(別表第七)
医療保険での訪問看護の対象となる代表的なケースが、厚生労働大臣が定める特定の疾病等に該当する場合です。これには、末期のがん、多発性硬化症、パーキンソン病関連疾患など、専門的で頻回の看護が必要となる病気が含まれます。
このような疾病を持つ方は、特養や介護付有料老人ホームに入居していても、主治医が必要と認めれば医療保険で訪問看護を受けられます。
厚生労働大臣が定める疾病等(別表第七)
疾病カテゴリー | 具体的な疾病名(一部抜粋) |
---|---|
がん | 末期の悪性腫瘍 |
神経難病 | パーキンソン病関連疾患、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症(ALS) |
その他 | 後天性免疫不全症候群(AIDS)、人工呼吸器を使用している状態 |
急性増悪期や退院直後の利用
上記の疾病に該当しない場合でも、利用者の病状が急激に悪化し、主治医が一時的に頻回な訪問看護が必要であると判断した場合(特別訪問看護指示書が交付された場合)、その期間中は医療保険での訪問看護が可能です。
また、病院から退院・退所した直後も、在宅・施設での療養生活をスムーズに始めるために、同様の指示書によって医療保険の訪問看護を利用できます。このルールも、特養などの施設入居者に適用されます。
- 厚生労働大臣が定める疾病等に該当する方
- 病状の急性増悪により特別訪問看護指示書が出された方
- 退院・退所直後で特別訪問看護指示書が出された方
精神科訪問看護の特例
認知症を除く精神疾患を持つ方への訪問看護(精神科訪問看護)は、医療保険が適用されます。グループホームに入居している認知症の方が、精神疾患を合併している場合など、精神科訪問看護であれば利用できるケースがあります。
この場合も、精神科の専門医による指示書が必要です。
施設で訪問看護を利用するための手続きと流れ
施設で訪問看護の利用を開始するには、いくつかの関係者との連携が重要になります。ご本人やご家族だけで進めるのではなく、専門家のサポートを受けながら進めるのが一般的です。
まずは主治医とケアマネジャーに相談
訪問看護の利用にはいずれの保険を使う場合でも、医師が発行する訪問看護指示書が絶対に必要です。まずは、ご本人の病状を最もよく把握している主治医に、施設での生活において訪問看護を受けたい旨を相談しましょう。
また、介護保険を利用している場合は、担当のケアマネジャーへの相談も同時に行います。
施設側との連携と同意の重要性
外部の訪問看護ステーションが施設内に入ってサービスを提供することになるため、必ず事前に施設側の管理者や看護職員に相談し、同意を得る必要があります。
訪問看護師と施設職員の役割分担や、情報共有の方法、緊急時の連絡体制などを明確にしておくことが、円滑な連携のために大切です。施設によっては、提携している訪問看護ステーションがある場合もあります。
関係者との調整事項
相談相手 | 主な相談・調整内容 |
---|---|
主治医 | 訪問看護の必要性の判断、訪問看護指示書の発行依頼。 |
ケアマネジャー | ケアプランへの訪問看護の位置づけ、サービス事業者間の調整。 |
施設管理者・職員 | 施設内でのサービス提供の許可、役割分担、情報共有方法の確認。 |
訪問看護ステーションの選定と契約
関係各所との調整が済んだら、実際にサービスを提供してもらう訪問看護ステーションを選びます。主治医やケアマネジャー、施設から紹介してもらうことが多いですが、ご自身で探すことも可能です。
選んだステーションの管理者や担当看護師と面談を行い、サービス内容や目標、利用料金などについて説明を受け、納得した上で契約を結びます。
施設で訪問看護を利用するメリット
施設の職員だけでなく外部の訪問看護師がかかわることには、多くのメリットがあり、ご本人のQOL(生活の質)の向上だけでなく、ご家族や施設職員の安心にもつながります。
医療ニーズへの迅速で専門的な対応
訪問看護師は、医療処置や病状管理の専門家です。褥瘡(床ずれ)の処置、在宅酸素療法や人工呼吸器の管理、経管栄養、点滴など、施設職員だけでは対応が難しい専門的な医療的ケアを、主治医の指示のもとで受けられます。
また、日々のバイタルサインや全身状態の変化を医療的な視点で観察し、異常の早期発見と迅速な対応につなげます。
施設職員と医療機関との連携強化
訪問看護師は、主治医やケアマネジャー、そして施設の看護・介護職員との間の橋渡し役となります。
ご本人の日々の小さな変化や、施設での生活の様子を主治医に正確に伝えたり、逆に主治医からの指示を施設職員に分かりやすく説明したりすることで、多職種間の情報共有を円滑にします。
ご家族の安心と看取りへの備え
ご家族が施設に頻繁に面会に行けない場合でも、定期的に訪問看護師が関わり、客観的な視点で健康状態を報告してくれることは大きな安心材料となります。
また、人生の最終段階を施設で穏やかに過ごしたいと希望される場合、訪問看護は苦痛緩和のケアや精神的なサポートを提供し、ご本人とご家族、施設職員が協力して安らかな看取りを実現するための重要な役割を担います。
訪問看護の施設利用に関するよくある質問
最後に、施設での訪問看護利用に関して、多くの方が抱く疑問についてQ&A形式で回答します。
- 介護保険と医療保険のどちらが適用されますか?
-
どちらの保険が適用されるかは、利用者の年齢や病状によって決まり、原則として、65歳以上で要介護認定を受けている方は介護保険が優先されます。
ただし、この記事で解説した「厚生労働大臣が定める疾病等」に該当する場合や、主治医から特別訪問看護指示書が交付された場合は、医療保険が適用されます。
どちらになるか不明な場合は、ケアマネジャーや訪問看護ステーションに確認してください。
- 施設の看護師との役割分担はどうなりますか?
-
施設職員と訪問看護師の役割分担は、事前にケアプランや訪問看護計画書の中で明確にします。
日常的な健康管理や内服薬の管理は施設看護師が行い、褥瘡の専門的な処置や医療機器の管理は訪問看護師が行う、といった形です。
互いの専門性を尊重し、情報を密に共有しながら協力することで、より質の高いケアを提供できます。
- ショートステイ先で訪問看護は利用できますか?
-
ショートステイ(短期入所生活介護)の利用中は、その施設で包括的なサービスが提供されるため、原則として外部の訪問看護(介護保険)を利用できません。
ただし、どうしても訪問看護師による処置が必要な場合など、やむを得ない事情がある場合は、自費での利用となる可能性があります。ショートステイを利用する前に、ケアマネジャーや施設相談員に確認することが大切です。
- 施設から退去して自宅に戻る場合、同じ訪問看護を継続できますか?
-
訪問看護ステーションの訪問エリア内であれば、療養場所が施設からご自宅に変わっても、同じステーション、同じ担当看護師が引き続きケアを提供できます。
顔なじみの看護師が関わり続けることは、環境の変化が大きい退院直後の利用者にとって大きな安心につながるので、事前に退院の予定を訪問看護ステーションに伝えておくと、スムーズな移行ができます。
以上
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