血液疾患や進行した病気と向き合う中で、通院による輸血が身体的な大きな負担となっている患者さんやご家族は少なくありません。
最期まで自宅で過ごしたいと願う一方で、輸血が必要なために退院できない、あるいは頻繁な通院を余儀なくされるという現実に直面しています。
しかし、医療提供体制の整備に伴い、医師と訪問看護師が密に連携することで、住み慣れた自宅でも安全に輸血療法を受けられるケースが増えてきました。
本記事では、在宅での輸血が可能となる条件や、訪問看護師が担う具体的な役割、そして安全に実施するための管理体制について詳しく解説します。
在宅医療における輸血療法の現状と適応疾患
在宅医療の現場では、患者さんのQOL(生活の質)を維持するために、高度な医療処置へのニーズが高まっています。輸血もその一つであり、以前は病院でしか行えないと考えられていましたが、現在は一定の条件下で自宅での実施が進んでいます。
通院困難な患者と在宅輸血の必要性
高齢化や疾患の進行により、病院への通院自体が患者さんの体力を奪う原因となることがあり、血液疾患を持つ患者さんにとって、定期的な輸血は生命維持に直結する重要な治療です。
しかし、移動に伴う疲労や感染症のリスク、待ち時間の負担は計り知れません。天候の悪い日や体調が優れない日の移動は、本人だけでなく付き添う家族にとっても大きなストレスとなります。
在宅輸血は、こうした通院に伴うあらゆる障壁を取り除き、患者さんがリラックスできる環境で治療を継続する手段です。
訪問看護師や在宅医が自宅へ出向くことで、患者さんは移動の苦痛から解放され、食事や睡眠といった日常生活のリズムを崩すことなく治療を受けられます。
主な適応となる疾患と症状
在宅輸血の対象となるのは、主に慢性の貧血症状があり、輸血によって症状の改善が見込めるものの、通院が困難な方です。骨髄異形成症候群(MDS)や再生不良性貧血といった血液疾患、あるいは進行がんによる貧血などが挙げられます。
このような疾患では、赤血球が十分に作られず、少し動くだけでも激しい息切れや動悸、極度の倦怠感といった症状が現れ、日常生活に大きな支障をきたします。
輸血を行うことで一時的に酸素供給能力が回復し、体を動かすことが楽になったり、食欲が戻ったりする効果が期待でき、また、終末期ケア(ターミナルケア)の一環として、苦痛緩和を目的に行われることもあります。
最期の時間を穏やかに過ごすために、身体的な苦痛を取り除くことは非常に重要であり、在宅輸血はそのための有効な選択肢の一つです。
病院での輸血と在宅での輸血の違い
病院での輸血は設備やスタッフが揃った環境で行われますが、在宅での輸血は限られた医療資源の中で安全を確保する必要があります。病院では急変時に即座に集中治療室へ移動できますが、在宅では事前の予測と準備がより重要です。
在宅には他の患者さんを気にする必要がないプライベートな空間があるため、精神的な安らぎを得やすいという大きな利点があります。
不特定多数の人との接触を避けられるため、免疫力が低下している患者さんにとっては、感染症予防の観点からもメリットが多いです。
医療者は、病院と同じレベルの安全管理基準を自宅という環境に落とし込み、個別の事情に合わせたマニュアルを作成して対応します。
在宅輸血と病院輸血の環境比較
| 比較項目 | 在宅での輸血 | 病院での輸血 |
|---|---|---|
| 患者の移動負担 | なし(自宅で待機) | あり(移動・待ち時間) |
| 緊急時の対応 | 医師・看護師の訪問と連携 | 院内スタッフが即座に対応 |
| 精神的環境 | リラックスできる日常空間 | 緊張感を伴う医療空間 |
訪問看護師が担う輸血管理の役割
在宅輸血を安全に行うためには、実際に患者さんのそばでケアを行う訪問看護師の働きが重要です。医師が常にその場に居続けることが難しい場合もあるため、訪問看護師は医師の指示のもと、細心の注意を払って観察と処置を行います。
バイタルサインのモニタリングと全身状態の観察
輸血前、輸血中、輸血後のバイタルサイン(血圧、脈拍、体温、呼吸状態、酸素飽和度)の測定は、訪問看護師の基本かつ重要な業務です。特に輸血開始直後は副作用が出やすいため、片時も目を離さずに観察します。
ベースラインとなる普段の数値を把握している訪問看護師だからこそ、わずかな顔色の変化や呼吸音の違和感、患者さんが訴えるなんとなく気分が悪いといった主観的な症状を敏感に察知できます。
顔の紅潮や冷や汗、口唇の色調変化なども見逃しません。情報は即座に医師へ報告し、輸血速度の調整や中止の判断材料とします。
また、患者さんが不安を感じないよう、声掛けを行いながらリラックスできる雰囲気を作ることも、正確なバイタル測定には重要です。
点滴ラインの管理と滴下速度の調整
輸血製剤は粘度が高いため、通常の点滴よりも太い針を使用することが一般的ですが、患者さんの血管の状態に合わせて適切なルートを確保し維持管理します。
高齢の患者さんの場合、血管が細く脆くなっていることも多いため、確実な穿刺技術と慎重な固定が必要です。
点滴が血管外に漏れていないか、刺入部に発赤や腫れがないかを常に確認し、また、医師の指示に基づき、輸血の滴下速度を厳密に管理します。
高齢者や心機能が低下している患者さんの場合、急速な輸血は心不全を起こすリスクがあるため、時間をかけてゆっくりと投与するよう調整することが大切です。
訪問看護師はタイマーや滴下数を常に確認し、予定通りに安全に投与が進むようコントロールし、体位変換時などにルートが屈曲したり閉塞したりしないよう、チューブの取り回しにも気を配ります。
副作用の早期発見と緊急時対応
輸血に伴う副作用には、発熱、発疹、呼吸困難、血圧低下などがあり、現れた際、訪問看護師は直ちに輸血を中止し、あらかじめ定められた緊急時プロトコルに従って対応します。
医師へ連絡を取り、指示を仰ぎながら、酸素投与や救急搬送の手配など、状況に応じた処置を行います。
在宅という医療機器が限られた環境だからこそ、訪問看護師は予測されるリスクに対して常に準備を整え、冷静かつ迅速に行動する能力を発揮します。
また、家族に対しても、どのような症状が出たらすぐに知らせるべきかを事前に伝えておき、共に観察を行う体制を作ります。副作用の兆候を早期に捉えることが、重篤化を防ぐ最大の防御策です。
訪問看護師による主な観察・実施項目
- 輸血製剤の照合(氏名、血液型、製造番号、有効期限のダブルチェック)
- 輸血開始5分後、15分後の重点的なバイタルサイン測定
- 皮膚の状態(発疹、痒み、蕁麻疹の有無)の継続的な観察
- 患者の自覚症状(胸苦しさ、腰痛、寒気)の聞き取り
- 輸血終了後の抜針および止血確認と廃棄物の適切な処理
在宅輸血を実施するための必須条件と環境整備
自宅で輸血を行うには、単に医師と看護師がいるだけでは不十分です。患者さんの身体状況や家庭環境、バックアップ体制が整っていることが前提です。在宅輸血を安全に導入するためにクリアすべき条件について解説します。
医師の立ち合いおよび常時連絡体制の確保
日本輸血・細胞治療学会の指針などに基づき、原則として輸血開始から一定時間(特に副作用が出やすい開始後15分間程度)は医師が立ち会うことが推奨されています。
医師がすぐに駆けつけられる距離に待機し、訪問看護師と常時電話などで連絡が取れる体制が必要で、医師と訪問看護師の信頼関係と連携フローが確立していなければ、在宅輸血は実施できません。
どのタイミングで医師が訪問し、どの時間帯を看護師が担当するかを明確に計画し、さらに、医師が別の診療で対応できない時間帯を作らないよう、スケジュールの調整も綿密に行います。
通信状況の悪い場所がないか、予備の連絡手段はあるかといった細かな確認も、安全管理上重要です。
家族や介護者の理解と協力体制
在宅輸血は医療者だけでなく、同居する家族の協力が必要不可欠です。輸血中は患者さんが安静を保てるよう環境を整えたり、異変を感じた際にすぐに看護師へ知らせたりする役割を担います。
また、万が一急変した際にどのような対応をとるか、救急搬送を希望するかどうかといった事前の意思決定(アドバンス・ケア・プランニング)を家族を含めて共有しておくことが大事です。
家族が輸血に対して不安を感じている場合は、医療者が丁寧に説明し、心理的な負担を軽減するよう努め、輸血中のトイレ介助の方法や、食事のタイミング、見守りのポイントなどを指導し、家族が自信を持って協力できるようサポートします。
緊急時に対応できる医療機器と薬剤の準備
自宅には病院のような設備がないため、必要な資材を事前に持ち込むことが必要です。
酸素ボンベ、吸引器、血圧計、パルスオキシメーターなどの基本的な機器に加え、アナフィラキシーショックなどの重篤なアレルギー反応に対応するためのアドレナリンやステロイド剤、抗ヒスタミン薬などの救急薬品を常備または持参します。
すぐに使える状態にあるか、訪問看護師と医師が事前に確認し、整理整頓された環境を作り、もしもの時に慌てて探すことがないよう、定位置を決めて配置し、電源が必要な機器についてはコンセントの位置や延長コードの準備も確認します。
在宅輸血導入に必要な環境チェックリスト
| 項目 | 内容 | 確認事項 |
|---|---|---|
| 医療体制 | 医師・看護師の役割分担 | 緊急時の連絡先と動線が確保されているか |
| 居住環境 | 清潔で静かな空間 | 点滴スタンドの設置場所や照明は十分か |
| 家族支援 | 見守りと緊急時の連絡 | 24時間連絡がつくキーパーソンがいるか |
安全な在宅輸血のための具体的な実施フロー
実際に在宅輸血を行う日の流れを具体的にイメージすることは、患者さんと家族の安心につながります。準備から終了後の片付けまで、一つひとつの工程には意味があり、安全を守るためのルールがあります。
事前の血液検査とクロスマッチテスト
輸血を行う数日前、あるいは前日に、医師または訪問看護師が患者さんの自宅を訪問した際に採血し、患者さんの血液型と適合する血液製剤を選ぶための「交差適合試験(クロスマッチテスト)」を行います。
また、現在の貧血の程度を正確に把握し、必要な輸血量を決定するためにも事前の採血は重要です。検査結果に基づき、血液センターへ血液製剤を発注し、検査から発注、納品までのタイムラグを計算に入れ、計画的にスケジュールを組みます。
採血した検体は取り違えがないよう厳重にラベル管理を行い、速やかに検査機関へ搬送する手順も徹底します。
血液製剤の受け取りと厳格な温度管理
発注した血液製剤は、医療機関に届けられます。在宅医療の場合、医師や看護師が医療機関から専用の保冷ボックスを用いて患者宅へ運び、赤血球製剤は2〜6℃という厳格な温度管理が必要です。
温度が高すぎると細菌が増殖するリスクがあり、低すぎて凍結すると赤血球が壊れてしまうので、運搬中は温度計を用いて温度を監視し、振動を与えないよう丁寧に扱います。
患者さんのお宅に到着したら、直ちに製剤の外観を確認し、変色や凝集がないかをチェックします。この受け渡しから投与開始までの時間を最小限にすることも、品質保持のために重要です。
輸血の実施と終了後の経過観察
準備が整ったら、患者さんの本人確認を徹底して行い、氏名と血液型を声に出して読み上げ、製剤のラベルと照合することが重要です。可能であれば、患者さん本人や家族にも一緒に確認してもらい、多重のチェック体制をとります。
ルートを確保し、輸血を開始しますが、開始直後は特にゆっくりとした速度で滴下し、副作用の有無を確認します。問題がなければ徐々に速度を上げますが、全行程を通じて看護師がそばで観察を続けます。
輸血終了後も、遅発性の副作用が出る可能性があるため、しばらくの間は注意深く様子を見ることが大切です。終了後のバイタルサインが安定していることを確認し、家族にその後の注意点を伝達して業務を完了します。
当日の標準的なタイムスケジュール
| 時間経過 | 実施内容 | 担当者 |
|---|---|---|
| 開始前 | バイタル測定・製剤確認・ルート確保 | 医師・看護師 |
| 開始0〜15分 | 低速滴下・密な観察(副作用の好発時間) | 医師・看護師 |
| 15分以降 | 速度調整・定時バイタル測定・全身観察 | 看護師 |
| 終了時 | 抜針・止血・終了後のバイタル確認 | 看護師 |
発生しうるリスクと副作用への対応策
輸血は他人の血液を体内に入れる治療であるため、一定のリスクを伴います。在宅という環境であっても、リスクを正しく理解し、予兆を見逃さないことが安全の鍵です。
アレルギー反応とアナフィラキシー
比較的頻度が高い副作用として、蕁麻疹や痒みといったアレルギー反応があります。抗ヒスタミン薬の投与などで対処可能な場合が多いですが、稀にアナフィラキシーショックと呼ばれる重篤な反応を起こすことがあります。
血圧が急激に低下し、呼吸困難や意識障害を伴う危険な状態です。このような兆候が見られた場合、訪問看護師は即座に輸血を中止し、医師の指示のもと救急救命処置を行います。
迅速な判断が生死を分けるため、常に最悪の事態を想定して動きます。患者さんが「なんとなく喉がイガイガする」「お腹が痛い」といった些細な不調を訴えた場合も、アレルギーの前兆である可能性があるため、決して軽視しないことが大切です。
発熱反応と細菌汚染の可能性
輸血中または輸血後に発熱することがあります。これは白血球に対する抗体反応などが原因であることが多いですが、解熱剤の使用や冷却で対応します。
また、稀ではありますが血液製剤が細菌に汚染されていた場合、敗血症のような重篤な感染症状を起こすリスクもゼロではありません。
急激な高熱や悪寒戦慄(激しい震え)が見られた場合は、細菌感染を疑い、直ちに輸血を中止して抗生物質の投与などの治療が必要です。
訪問看護師は、保温を行いながらバイタルサインを頻回に測定し、ショック状態に陥らないよう全身管理を行います。
循環過負荷(TACO)と呼吸状態の悪化
心臓や腎臓の機能が低下している高齢者の場合、輸血によって循環血液量が急激に増えると、心臓に過度な負担がかかり、心不全(肺水腫)を起こすことがあり、循環過負荷(TACO)と呼びます。
息苦しさや酸素飽和度の低下、頻脈などがサインです。これを防ぐために、在宅輸血では時間をかけてゆっくりと投与を行うことが一般的です。また、利尿剤を予防的に使用することもあります。
訪問看護師は呼吸状態の変化に特に注意を払い、ベッドの背もたれを上げて呼吸を楽にする(ファウラー位)などのケアを行います。咳が増えたり、痰が絡んだりする場合も注意が必要であり、聴診器を使って肺の音を慎重に確認します。
注意すべき主な副作用症状
- 皮膚症状:全身や局所の痒み、発赤、蕁麻疹
- 呼吸器症状:息切れ、咳、呼吸時のヒューヒューという音
- 循環器症状:動悸、胸の痛み、急激な血圧低下または上昇
- その他:発熱、悪寒、震え、腰痛、吐き気、頭痛
- 刺入部:痛み、腫れ、赤み、血液の漏れ
在宅輸血に必要な物品と衛生管理
在宅での輸血をスムーズかつ清潔に行うためには、物品の準備と管理が重要で、感染症を防ぐための衛生操作は、病院内と同等レベルで行わなければなりません。また、使用済みの医療廃棄物の処理についても法的なルールに従う必要があります。
医療廃棄物の適正な処理方法
輸血に使用した血液バッグ、チューブ、針などは感染性廃棄物として扱われ、家庭のゴミとして捨てることは法律で禁止されています。
訪問看護師や医師は、専用の廃棄物ボックス(バイオハザードマークがついた容器など)を持参し、使用済みの器材をすべて持ち帰ります。
患者さんや家族が誤って触れることがないよう、処置終了後は速やかに回収し、医療機関に持ち帰って専門業者に処理を委託し、血液が付着したガーゼやアルコール綿なども同様に厳重に管理することが大切です。
針刺し事故を防ぐため、針専用の廃棄容器を必ず手元に置いて作業を行うなど、医療者自身の安全管理も徹底します。
感染予防のための清潔操作の徹底
自宅は生活の場であるため、無菌的な空間ではなく、血管内に管を入れる輸血操作に中には、菌の侵入を徹底的に防ぐことが必須です。訪問看護師は、処置を行う前に流水と石鹸で十分に手洗いを行い、アルコール消毒を行います。
点滴をつなぐ際や針を刺す際は、滅菌手袋を使用し、清潔操作(不潔なものに触れない操作)を遵守し、また、処置を行う部屋の換気を行ったり、ペットを別室に移動させたりするなど、環境面での感染対策も家族に依頼します。
点滴を行う部位の皮膚消毒も広範囲に行い、常在菌が血管内に入り込まないよう細心の注意が必要です。
血液製剤の保管と温度管理の重要性
血液製剤は温度変化に敏感なので、医療機関から持ち出す際は専用の保冷バッグを使用しますが、患者宅に到着した後も、投与直前まで適切な温度を維持しなければなりません。
家庭用冷蔵庫での保管は、温度管理が不正確であることや、食品からの汚染リスクがあるため、原則として行いません。到着後は速やかに準備を行い、適切なタイミングで輸血を開始します。
もし何らかの理由で開始が遅れる場合は、医療者が持参した保冷容器内で管理を続けます。
在宅輸血で使用する主な器材一覧
- 輸血用血液製剤(赤血球液など)
- 輸血セット(フィルター付きの専用回路)
- 留置針および固定用テープ
- 生理食塩水(ルートのプライミングや洗浄用)
- 感染性廃棄物回収ボックス
他職種連携によるサポート体制の構築
在宅輸血は、一人の医師や看護師だけで完結するものではなく、複数の専門職や機関が情報を共有し、チームとして患者さんを支えることで初めて実現します。
それぞれの役割を理解し連携することで、何かあった時のセーフティーネットを強固なものにします。
在宅医(主治医)と訪問看護ステーションの連携
在宅医は治療方針の決定や輸血の指示を行い、訪問看護師はその指示に基づいてケアを実施します。両者の間で、患者さんの状態変化や輸血のスケジュールに関する情報共有がリアルタイムに行われることが大事です。
SNSや医療用メッセージアプリ、電子カルテの共有システムなどを活用し、離れていても常に繋がっている状態を作り、また、定期的なカンファレンスを行い、輸血の効果判定や今後の方針について話し合います。
看護師が訪問時に感じた患者さんの生活上の困りごとや家族の介護疲れといった情報も医師に共有し、医学的な治療だけでなく生活全体を支える視点を持ちます。
後方支援病院とのバックアップ体制
在宅での対応が困難な重篤な副作用が起きた場合や、急変時には、速やかに病院へ搬送する必要があり、この時、受け入れ先となる後方支援病院があらかじめ決まっていることが重要です。
普段から在宅医と病院が連携し、患者さんの病状や輸血実施の情報を共有しておくことで、緊急時の受け入れ要請がスムーズになります。
患者さんや家族にとっても、「いざという時は入院できる病院がある」という事実は大きな安心感につながります。
搬送手段についても、救急車を呼ぶのか、介護タクシーを利用するのかなど、状況に応じたシミュレーションを事前に行っておくことが大事です。
ケアマネジャーや薬剤師との情報共有
ケアマネジャーは、輸血の日程に合わせてヘルパーの訪問時間を調整したり、介護ベッドの手配を行ったりと、療養環境の調整役を担います。また、調剤薬局の薬剤師は、輸血と併用する薬剤の管理や、副作用対策の薬の準備に関わります。
輸血当日は長時間の拘束となるため、入浴サービスやリハビリの予定を変更する必要が出てきます。スケジュール調整を円滑に行うために、ケアマネジャーを含めた多職種での情報共有が欠かせません。
チーム全体で情報を共有することで、輸血の日程が患者さんの生活リズムを乱さないよう配慮し、無理のない療養生活をサポートします。
在宅輸血を支えるチームと役割
| 職種・機関 | 主な役割 | 連携のポイント |
|---|---|---|
| 在宅医 | 治療判断・指示・緊急対応 | 看護師との常時連絡確保 |
| 訪問看護師 | 観察・実施・家族支援 | 細かな体調変化の報告 |
| 後方支援病院 | 緊急時受入・製剤供給 | 事前の登録と情報共有 |
在宅輸血に関するよくある質問
- 訪問看護師だけで輸血を開始することはできますか?
-
原則として医師の立ち合いが必要です。
ただし、医師がすぐに駆けつけられる体制が整っていること、事前の指示書があること、看護師が十分なトレーニングを受けていることなど、特定の条件を満たした上で、医師の判断により看護師が実施する場合もあります。
基本的には、副作用のリスクが高い開始直後は医師が在宅または近隣で待機し、安全を確認する体制をとります。各医療機関や地域のルールによって運用が異なるため、主治医とよく相談することが大切です。
- 輸血にはどれくらいの時間がかかりますか?
-
輸血する量や患者さんの心臓の機能にもよりますが、一般的に赤血球製剤1単位(約140ml)あたり、2時間から3時間程度かけることが多いです。
在宅では、急激な投与による心不全を防ぐために、病院よりもゆっくりとした速度で滴下することが推奨され、2単位を輸血する場合は、準備や終了後の観察を含めて半日仕事になることもあります。その間、トイレなどはポータブルトイレを使用するか、点滴スタンドを移動させて対応しますが、基本的には安静にしていただく時間です。
- 輸血中に熱が出たらどうすればいいですか?
-
すぐに訪問看護師または医師に伝え、輸血は直ちに中止されます。発熱は輸血による副作用の可能性があるので、看護師がバイタルサインを測定し、医師の指示を仰ぎます。
必要に応じて解熱剤を使用したり、体を冷やしたりする処置を行います。自己判断で様子を見たり我慢したりせず、少しでも違和感があれば早めに伝えることが重症化を防ぐために重要です。
- 一人暮らしでも在宅輸血は受けられますか?
-
不可能ではありませんが、非常に高いハードルがあり、輸血中や輸血後の急変時に、救急車を呼んだり医療者に連絡したりする人がそばにいないことは大きなリスクとなります。
実施するためには、訪問看護師が輸血中ずっと付き添う(長時間滞在)ことや、緊急通報システムの導入、近隣に住む親族の協力など、安全を担保するための強固なサポート体制が必要です。
主治医やケアマネジャーと十分に話し合い、リスクとメリットを検討した上で決定します。
以上
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