ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)(De Quervain’s disease , De Quervain tenosynovitis)とは、手首の母指側にある腱鞘と、第1背側コンパートメントに存在する長母指外転筋腱と短母指伸筋腱に炎症が起こる疾患です。

1895年にスイスの外科医フリッツ・ドケルバンによって初めて報告されました。

手首の母指側に違和感や痛みなどがみられ、特に女性や手を頻繁に使う方に起こりやすい疾患です。

この記事では、ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の症状や原因、治療法について解説します。

この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)

日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師

2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。

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医師プロフィール

目次

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の症状

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)によって引き起こされる症状には、手首の痛みや腫れ、親指の痛みなどがあります。

  • 手首の痛みと腫れ
  • 親指の動きに伴う痛み
  • 握力の低下
  • 手首のこわばり

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の症状の詳細

ドケルバン病の症状には、痛みや腫れ、筋力の低下などが挙げられます。

発症すると、手首を動かす際やビンの蓋を開けるといった日常生活が困難になります。

症状詳細
手首の痛みと腫れ橈骨茎状突起※1上の圧痛を感じる
親指の動きに伴う痛み親指や手首を動かす際に痛みが生じ、ビンの蓋を開けるのが困難になる
握力の低下手首の痛みや腫れによって握力が低下する
手首のこわばり朝や長時間同じ姿勢を取った後に、手首にこわばりを感じる

※1 橈骨茎状突起:前腕の親指側にある細長い骨の下端部の外側にある細くとがった突起

症状は、活動量やストレス、天候などの要因によって日々変わる特徴を持ちます。

最も一般的な症状は、手首の親指側に発生する痛みであり、物を握ったり手を使ったりする動作に不便を感じやすいです。

ドケルバン病は、妊婦さんや子供を何度も抱く授乳中のお母さんの中によくみられます。

また、患者様の中には、親指を曲げる際に腱が引っかかって曲がる「引き金現象」を経験する方もいます。

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の原因

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の正確な原因は不明ですが、線維組織の沈着や、血管の亢進を伴う粘液用変性によるものだと考えられています。

線維組織の沈着により腱鞘が肥厚すると、長母指外転筋腱※2と短母指伸筋腱※3が巻き込まれるため、痛みや腫れといった症状が引き起こされます。

※2 長母指外転筋腱:手首の背側を通り母指の付け根に付着する腱。母指を橈側(親指側)に外転する働きをする。

※3 短母指伸筋腱:手首の背側を通り母指の付け根に付着する腱。母指の第2関節を伸展する働きをする。

具体的には、反復する手首の動きや、物理的なストレスなどがドケルバン病の原因として挙げられます。

  • 反復する手首の動き
  • 物理的なストレス
  • 手首の構造
  • 年齢と性別

反復する手首の動き

仕事や趣味、スポーツなど、反復的な手首の使用がドケルバン病の原因となる場合があります。

特に、母指橈側外転、手関節と母指の同時伸展、手関節橈屈が繰り返されると起こりやすいです。 

具体的には、親指を人差し指から離すように動かす、手首と親指を同時にまっすぐに伸ばす、手首を小指側に曲げるといった動作がこれにあたります。

新生児のお母さんは、親指を橈側に外転させ、手首を尺側から橈側へ偏位させた状態で新生児を抱き上げる機会が多いため、ドケルバン病を患う方が多い傾向にあります。

物理的なストレス

日常生活の中での突然の動作やスポーツ中の不慮の事故などで急激な力が手首や親指に加わった場合、ドケルバン病の発症リスクが高まります。

これは、腱鞘に過剰な圧力がかかり炎症や損傷を引き起こすためです。

手首の構造

手首の構造上の特徴によって、腱鞘炎の発生リスクが高まるケースがあります。

特に、第1背側コンパートメント(親指の手の甲側の腱鞘)の解剖学的変異があると起こりやすいです。

上腕骨内側上顆炎、または外側上顆炎の既往歴のある人にもよくみられます。

年齢と性別

ドケルバン病は40〜50代の女性に多く見られる疾患です。

歳を重ねるにつれて、腱や腱鞘の弾力性が低下し炎症を起こしやすくなるため、発症リスクが高まります。

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の検査・チェック方法

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の検査やチェック方法には、問診や触診、動作テストや画像検査があります。

検査方法内容目的
問診症状や医療歴の聴取症状の把握
触診特定部位に圧を加える痛みの反応を観察
動作テストフィンケルスタインテストEichhoffテスト動作による痛みを調べる
画像テストレントゲン検査超音波検査MRI検査他の疾患を除外する腱や腱鞘の状態をより詳細に観察

問診

診断の第一歩は、患者さんの症状や医療歴の聴取です。手首の痛み方、痛みやすい動作や時間帯などを詳しく聞き取ります。

問診で聞かれること
  • 手首の痛み方
  • 痛みやすい動作
  • 傷みやすい時間帯
  • 症状の持続期間
  • 患者様の職業や日常生活での手の使用習慣

触診

手首の親指側の腫れや赤み、圧痛の有無を確認します。また、腱鞘の周囲を触診して、炎症や腫れがないかもチェックします。

具体的には、手首の親指側の特定の部位(橈骨茎状突起)に圧を加えて、痛みの反応を観察します。

動作テスト

動作テストには、フィンケルスタインテストとEichhoffテストが用いられます。

テスト内容
フィンケルスタインテスト親指を握り、その上から他の指で手首を尺内側に曲げてもらい、痛みの有無をチェックする
Eichhoffテスト手首を尺骨側に偏位させながら、他の指で親指を握ってもらい、痛みの有無をチェックする

フィンケルスタインテストは、ドケルバン病の診断に特に有用な検査方法です。

このテストで手首の親指側に痛みを引き起こす場合、ドケルバン病の可能性が高いと考えられます。

画像テスト

画像テストには、レントゲン検査、超音波検査、MRI検査が用いられます。

テスト内容
レントゲン検査他の疾患の可能性の有無を調べる
超音波検査第1背側コンパートメントの隔壁部位の確認や副腎皮質ステロイド注射の成功率を高めるのに役立つ
MRI検査腱や腱鞘の状態をより詳細に観察できる

ドケルバン病の診断で画像テストを用いる際には、他の疾患(骨折や関節炎など)を除外するためにレントゲン検査が用いられるケースが多いです。

場合によっては、超音波検査やMRIが用いられます。

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の治療方法と治療薬、リハビリテーション

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)は、安静にしておくことで自然に治る場合もありますが、治療薬やリハビリテーション、手術などが主な治療方法として挙げられます。

治療方法説明
安静・物理療法手首の使用を控える
スプリントやサポーターによる固定手首の動きを制限する
治療薬(注射含む)痛みや炎症の軽減に用いる
リハビリテーション手首の機能を改善する
手術重症な場合や長期間改善が見られない場合の選択肢のひとつ

治療は、症状の軽減と機能回復を目的として行われます。

安静・物理療法

手首の使用を控えて安静に過ごします。物理療法ではアイシングや温熱療法が用いられます。

スプリントやサポーターによる固定

手首の動きを制限し、症状の軽減を図ります。一時的な回復は見込めるものの、動作の不自由さなどで継続率が低かったり、失敗したりするケースも多いです。

母指のギプスやスプリントによる厳密な固定は腱の粘液変性が増加する可能性があり、むしろ有害であるとの指摘もあります。

治療薬

ドケルバン病の治療で使用される治療薬には、非ステロイド性抗炎症薬や副腎皮質ステロイド注射があります。

成分名治療薬効果
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)イブプロフェン、ナプロキセン痛みと炎症を軽減する
副腎皮質ステロイド(注射)治療内容による症状の迅速な緩和1、2回の注射で50~92%の人に効果あり

重度の症状やNSAIDsによる治療が効果を示さない場合には、副腎皮質ステロイド注射が検討されます。

リハビリテーション

ドケルバン病のリハビリテーションには、手首のストレッチや強化運動などがあります。

  • 手首のストレッチ:手首と親指の柔軟性を高める
  • 強化運動:手首の筋力を強化する
  • 手首の機能訓練:日常生活での手の使い方を改善する

リハビリテーションは、腱や腱鞘の柔軟性を高め、痛みの軽減を目的としています。

手術

副腎皮質ステロイド注射を2回行っても症状が改善しないか再発する場合は、手術が検討されます。

  • 手術方法:切開、内視鏡的アプローチ、伸筋の部分切除など
  • 使用麻酔:局所麻酔、伝達麻酔、全身麻酔のいずれか
手術の流れ
  1. 第一背側コンパートメントを約2cmの横切開で切開
  2. 鈍的剥離により第一背側コンパートメントを覆う靭帯を露出させる
  3. 鞘の背側縁を鋭く切開
  4. すべてのサブコンパートメントの開放後、早期にモビライゼーションを行う

いずれの手術方法であっても、合併症の発生率は低く、高い症状緩和率が報告されています。

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の治療期間

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の治療期間は、患者様の症状の重さや治療方法によって異なります。

一般的に、軽度の場合は数週間で改善傾向がみられ、重度の場合は数か月以上かかる場合が多いです。

症状治療期間の目安
軽度数週間で改善がみられる
重度治療に数か月以上要するケースが多い

手術療法を選択した場合は抜糸までに1~2週間ほどかかり、抜糸後は通常の活動を再開できるようになります。

手術後も、数ヶ月間は手術部位に軽い腫れや圧痛を感じるケースが多いです。

治療期間に影響する要因

ドケルバン病の治療期間には、症状の重さ以外にも、患者様の年齢や健康状態が影響する場合があります。

治療期間に影響する要因
  • 症状の重さ
  • 治療方法
  • 年齢
  • 健康状態
  • 日常生活での活動
  • リハビリテーションへの参加

健康状態が良好な患者様は回復が早い傾向にあります。リハビリテーションに参加すると治療期間は短縮しやすく、手術的治療を選択すると回復期間は長くなりやすいです。

薬の副作用や治療のデメリットについて

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)治療の際に使用される薬や治療法は、症状の緩和に役立つ一方で、副作用やデメリットがあります。

薬物療法の副作用

薬の副作用には、胃腸障害や腱断裂のリスクがあります。

成分名副作用
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)胃腸障害、心臓病や腎臓病のリスク増加
副腎皮質ステロイド(注射)注射部位の痛み、感染症、色素沈着、皮膚が薄くなる、組織の弱体化

副腎皮質ステロイドは短期間に何度も注射をすると腱が弱くなり、最終的には断裂する場合があるため、2回行っても症状が改善しない場合は手術が検討されます。

スプリントやサポーターの使用・リハビリテーションのデメリット

スプリントやサポーターの使用は、筋力低下や固定化を招く可能性があります。

リハビリテーションのデメリットとしては、症状の悪化を招く可能性があるほか、通院が必要なため、効果が出るまでに時間がかかる点が挙げられます。

手術のデメリット

手術には合併症のリスクがともないます。

たとえば、第1背側コンパートメントを覆う表在橈骨神経は、鋭利な切断や牽引による損傷、圧迫により損傷するケースがあります。

神経が損傷してしまうと、知覚過敏、疼痛、知覚麻痺が生じます。

また、腱鞘切開手術後、手首の屈曲や伸展で、第1背側コンパートメント腱の亜脱臼を経験するケースもあります。

肥厚性瘢痕は、ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の手術でみられる代表的な合併症です。

保険適用の有無と治療費の目安について

ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の治療では、保険適用が可能な治療と保険が適用されない治療があります。

保険適用が認められる治療には、安静、物理療法、電気治療、マッサージなどがあります。

保険適用外の治療には、整体や接骨院で行う治療があります。

保険適用の治療・保険適用外の治療

保険適用内の治療保険適用外の治療
安静、物理療法(アイシングや温熱療法)、超音波や電気による治療、ストレッチ、マッサージなど整体や接骨院で行う治療

1か月あたりの治療費の目安としては、保険適用の治療であれば、自己負担額は月額で数千円程度です。

詳しい医療費については、医療機関に確認してください。

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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