クリッペルファイル症候群

クリッペルファイル症候群(Klippel-Feil syndrome)とは、頸椎の先天的な異常(椎体癒合)によって生じる疾患です。

発症すると、主に首の後ろの痛み、手足のしびれや脱力感、歩行障害などが生じます。

重症の場合は呼吸困難や嚥下障害を引き起こす危険性もあるため、早期発見と対応が欠かせません。

この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)

日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師

2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。

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目次

クリッペルファイル症候群の病型

クリッペルファイル症候群の診断ではSamartzis分類がよく用いられ、大きく3つの病型があります。

病型パターン特徴
Ⅰ型先天的に癒合した単一の分節を伴うパターン全体の25%がⅠ型。軸性症状(首や腰、体幹など体の中心に起きやすい症状)が強く出る傾向がある
Ⅱ型先天的に癒合した非連続性の複数の分節を伴うパターン全体の50%がⅡ型で脊髄症や神経根症が出やすい
Ⅲ型先天的に癒合した複数の連続した文節を伴うパターン全体の25%を占め、Ⅱ型と同様に脊髄症や神経根症を発症する可能性がある

Samartzis分類は治療方針の決定だけではなく、スポーツをしても大丈夫かどうかの判断にも役立ちます。

Ⅰ型とⅡ型で可動域制限があったり、第2頚椎(C2)に病変が及んでいたり、不安定性があったりする場合はスポーツができません。

C3以下のⅡ型病変があり、頚椎に十分な可動性があって不安定症や脊椎症がない場合は、注意事項を守れば接触スポーツにも参加できます。

クリッペルファイル症候群の症状

クリッペルファイル症候群の症状は奇形の部位や程度によって異なり、軽微なものから重篤なものまでさまざまです。

クリッペルファイル症候群の主な症状
  • 頸部痛と頸部の可動域制限
  • 上肢の感覚障害と運動障害
  • 歩行障害と四肢の脱力

また、クリッペルファイル症候群に関連する異常は多岐にわたり、多くの研究によると最もよくみられる関連異常は脊柱側弯症(症例の60%)、後天性二分脊椎(45%)、腎異常(35~55%)、肋骨変形(20~30%)、難聴(30~40%)、シンキネジア(20%)、先天性心疾患(8~14%)です。

あまり関連しない異常には、先天性四肢欠損、腸奇形、頭蓋顔面、耳の奇形などがあります。

頸部痛と頸部の可動域制限

クリッペルファイル症候群の最も一般的な症状は頸部痛と頸部の可動域制限で、頸椎の奇形によって引き起こされる不安定性が原因で発生します。

頸部痛は後頭部から肩にかけての領域に出現するケースが多く、頸部の動きによって増悪する傾向があります。

上肢の感覚障害と運動障害

頸椎の奇形によって脊髄や神経根が圧迫されると、上肢の感覚障害や運動障害が生じる場合があります。

感覚障害はしびれや感覚鈍麻など、運動障害は筋力低下や巧緻運動障害などの症状が代表的です。

また、クリッペルファイル症候群の小児は、先天性脊柱管狭窄症(せんてんせいせきちゅうかんきょうさくしょう)になりやすいのが特徴です。

比較的低衝撃または低エネルギーの傷害を受けたあとに、重大な神経学的障害が生じるおそれがあります。

歩行障害と四肢の脱力

クリッペルファイル症候群が重症化すると、脊髄圧迫による錐体路障害が原因で歩行障害や四肢の脱力が出現する場合があります。

歩行障害は歩行時のふらつきやつまずき、歩幅の減少など、四肢の脱力は上下肢の筋力低下や易疲労性などの症状としてあらわれます。

クリッペルファイル症候群の原因

クリッペルファイル症候群の発症には、遺伝的要因や環境的要因が関与していると考えられていますが、明確な原因は特定されていません。

遺伝的要因

クリッペルファイル症候群は、GDF6、GDF3、およびMEOX1遺伝子の遺伝性突然変異によって引き起こされると考えられています。

GDF6とGDF3は胚の骨形成に影響を及ぼし、MEOX1遺伝子はホメオボックスタンパク質MOX1をコードして脊椎分離を制御します。

GDF6とGDF3の異常は常染色体優性遺伝しますが、MEOX1の変異は常染色体劣性遺伝します。

環境的要因

妊娠中の母体の感染症や薬剤の使用、放射線被曝などが胎児の頸椎の発育に影響を与え、クリッペルファイル症候群を招く可能性もあります。

なかでも、胎児性アルコール症候群との関連が指摘されています。

クリッペルファイル症候群の検査・チェック方法

クリッペルファイル症候群の診断には、身体所見や画像検査、電気生理学的検査、遺伝学的検査などが用いられます。

身体所見

クリッペルファイル症候群の臨床的三徴候として1)頚椎可動域の減少、2)短い頚部、3)後頭部の低いヘアラインが挙げられます。

しかし、この3つが揃うのは全体の40~50%で、頚椎可動域の減少が最も頻度の高い臨床所見です。

そのほか、身体所見では感覚機能や運動機能、脳神経機能疾患を評価し、疾患による影響を調べます。

身体所見での評価項目
  • 感覚機能:触覚、痛覚、振動覚など
  • 運動機能:筋力、反射、協調運動など
  • 脳神経機能:眼球運動、顔面感覚、嚥下機能など

画像検査

X線検査やCT検査、MRI検査などの画像検査もクリッペルファイル症候群の診断に有効です。

頸椎の形態異常や脊髄の圧迫所見などを評価し、疾患の病態を明らかにします。

検査方法評価項目
X線検査頸椎の形態異常、癒合の程度、不安定性
CT検査頸椎の詳細な形態評価、脊柱管狭窄の評価
MRI検査脊髄や神経根の圧迫所見、軟部組織を評価

電気生理学的検査

脊髄や神経根の機能障害を評価するために用いられるのが電気生理学的検査です。

検査方法評価項目
筋電図筋肉の電気的活動を記録し、神経筋疾患の有無を評価
神経伝導検査末梢神経の伝導速度を測定し、神経障害の程度を評価
体性感覚誘発電位感覚刺激に対する脊髄や大脳の反応を記録し、感覚伝導路の障害を評価  

遺伝学的検査

クリッペルファイル症候群で特定の遺伝子変異が同定されている場合、遺伝学的検査が行われることがあります。

検査方法目的
遺伝子解析疾患関連遺伝子の変異を検出
家系調査家族歴を調べ、遺伝形式を推定

クリッペルファイル症候群の治療方法と治療薬、リハビリテーション

クリッペルファイル症候群の治療では、まず薬物療法や理学療法、装具療法などの保存的治療が選択されるのが一般的です。

また、急性の神経症状や頚椎の不安定性などがある場合には手術療法が検討されます。

薬物療法

非ステロイド性抗炎症薬や筋弛緩薬、神経障害性疼痛治療薬などの薬物は、クリッペルファイル症候群の症状緩和や合併症の予防に有用です。

薬の種類目的
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)疼痛や炎症の軽減
筋弛緩薬筋緊張の緩和
神経障害性疼痛治療薬神経障害性疼痛の軽減
ビタミンB12製剤神経機能の維持

手術療法

手術療法は、脊髄や神経根の圧迫を解除し、神経症状を改善したり進行を防いだりするために行われます。

後方固定術や前方固定術、後方除圧術などの方法が代表的です。

手術方法適応
後方固定術頸椎の不安定性が主な問題である場合
前方固定術前方からの脊髄圧迫が主な問題である場合
後方除圧術後方からの脊髄圧迫が主な問題である場合

リハビリテーション

リハビリテーションは、手術後の機能回復や日常生活動作(ADL)の維持・向上に重要な役割を果たします。

リハビリテーションの種類目的
運動療法筋力維持、関節可動域の維持・改善
作業療法ADLの維持・向上、自助具の使用指導
物理療法疼痛や筋緊張の緩和、循環の改善

クリッペルファイル症候群の治療期間と予後

クリッペルファイル症候群の治療期間や予後は、疾患の重症度や合併症の有無、治療への反応などによって大きく異なります。

治療法治療期間
保存的治療数週間から数か月
手術療法入院期間:1~2週間、リハビリテーション:数か月から数年

個人差はありますが、保存的治療では数週間から数か月が治療期間の目安です。

手術を受けた場合は、リハビリテーションの期間も含めると数か月から数年の長期におよぶ可能性があります。

長期的な予後

クリッペルファイル症候群は、早期発見と治療によって改善が期待されます。

しかし、完全な症状の消失や機能の回復を得られない場合もあります。

特に、高齢発症の場合や重度の神経症状が見られる場合、合併症がある場合は注意が必要です。

症状の重症度予後
軽度治療により、良好な予後が期待できる
重度神経症状の残存や再発のリスクがある
合併症脊髄損傷や呼吸機能障害などの合併症が予後に影響する

長期的な予後を改善するためには、定期的な経過観察と再発予防のための継続的なリハビリテーションが欠かせません。

薬の副作用や治療のデメリット

クリッペルファイル症候群の治療法には、副作用やデメリットも伴います。

薬物療法の副作用

非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)や筋弛緩剤を使用すると、副作用が生じるおそれがあります。

特に高齢者や基礎疾患のある方は、副作用のリスクが高まるため注意が必要です。

薬物療法の主な副作用
  • 胃腸障害(胃痛、胃潰瘍、出血など)
  • 肝機能障害
  • 腎機能障害
  • めまい、眠気
  • アレルギー反応(発疹、かゆみなど)

理学療法のデメリット

運動や物理療法などの理学療法は、リスクが低い一方、効果があらわれるまでに時間がかかる点がデメリットです。

また、長期にわたる通院や自主トレーニングの継続が必要となり、心身に大きな負担がかかりかねません。

症状が重度な場合や高齢者の場合は、理学療法だけでは十分な効果が得られない可能性もあります。

手術療法の副作用とデメリット

手術療法には、感染症や神経障害、再発のリスクが伴います。

また、手術後はリハビリテーションが必要となり、回復までに時間を要する点もデメリットです。

手術を受ける際には、メリットとデメリットを十分に検討したうえで慎重に判断する必要があります。

 保険適用の有無と治療費の目安について

クリッペルファイル症候群の治療は、保険適用となるケースがほとんどです。

1か月あたりの治療費は、治療方法や通院回数、使用する薬剤などによって大きく異なります。

治療方法保険適用自己負担額(月額)
薬物療法5,000~15,000円程度
理学療法10,000~30,000円程度
装具療法5,000~20,000円程度
手術療法10万円以上

保険適用の有無や自己負担額について、詳しくは各医療機関にお問い合わせください。

治療費の補助制度について

月々の医療費が高額になる場合、「高額療養費制度」を利用して自己負担額を軽減できる可能性があります。

高額療養費制度は、同一月内の医療費の自己負担額が一定の上限額を超えた場合、超過分が後日還付される仕組みです。

所得区分に応じて自己負担の上限額が設定されているため、高額な治療を受ける際は活用を検討しましょう。

そのほか、治療費の負担を軽減するための補助制度として「自立支援医療(更生医療)制度」「重度心身障害者医療費助成制度」「障害年金制度」などもあります。

これらの制度を利用するには所得や障害の程度などの条件があるため、該当するかどうかはそれぞれ確認が必要です。

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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