肘内障(ちゅうないしょう)

肘内障(pulled elbow, nursemaid elbow)とは、1〜4歳の幼児期に頻発する上肢の外傷性疾患であり、日常生活における不慮の事故として発生する特徴的な病態です。

輪状靭帯から橈骨頭の一時的な亜脱臼という機序により引き起こされ、多くは保護者による予期せぬ牽引力が原因となって発症します。

臨床症状として特徴的なのは、発症直後からの激しい疼痛と患側上肢の自発的な使用制限です。啼泣とともに上肢を下垂位で固定する特徴的な姿勢を示します。

小児整形外科領域において高頻度で遭遇する病態であり、医療従事者による迅速な診断と的確な判断が必要です。

この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)

日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師

2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。

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医師プロフィール

目次

肘内障の症状

肘内障(ちゅうないしょう)は、腕を強く引っ張られた際に起こる特徴的な症状を示し、来院したお子さんは肘を曲げたまま動かそうとしなくなります。

発症直後の典型的な症状

肘内障を発症した直後、患児は腕を体の横に下げ、肘を軽く曲げた状態で保持する姿勢をとります。

肘関節の動きを嫌がり、自発的に腕を動かすのを避けようとする傾向が見られます。肘を他動的に動かそうとすると、明確な痛みの訴えや不快感を示す表情が観察されます。

症状は突然発症し、それまで普通に腕を動かしていた患児が急に泣き出すケースも珍しくありません。

痛みの特徴と部位

痛みの性質特徴的な症状
持続性断続的
強度中程度
部位局所的
日内変動なし

痛みは主に肘関節の外側部分に集中して現れ、安静時にも違和感として残るときがあります。上腕を回内または回外する動作を行うと、強い痛みを感じる傾向にあります。

肘関節周辺を触診した際に、特定の部位に圧痛を訴える子が多いです。

年齢による症状の違い

年齢区分症状の表現特徴的な行動
1-2歳泣く腕を下げる
3-4歳痛みを訴える腕を抱える
5-6歳部位を示す動きを制限

乳幼児期と学童期では、症状の表現方法に明確な違いが認められます。

随伴症状について

  • 肘関節周辺の軽度な腫れ
  • 手首の自発的な動きの減少
  • 肩関節の代償性の動き
  • 前腕の筋緊張の上昇
  • 指先の動きの躊躇

腫れや自発的な動きの減少などの症状が併せて観察される場合があります。

症状の持続時間と経過

肘内障の症状は、発症してからの時間経過とともに特徴的な変化を示します。発症直後は激しい痛みと共に明確な不快感を示し、泣き止まない子もいます。

時間の経過とともに痛みの強さは徐々に変化し、不快感は持続するものの、泣き止むことが多いです。ただ、肘関節の自発的な動きを避ける傾向は継続して観察されます。

患児は本能的に肘を保護するような姿勢をとり続け、この状態は整復されるまで続きます。

症状が長引くと肘を使わない代償動作を習得し始め、健側の手でものを扱うようになります。肘関節の腫脹は通常見られませんが、まれに軽度の熱感を伴うときがあります。

上腕の筋肉に触れると、通常より緊張が高まっているのが分かります。手指の動きは保たれていますが、肘の痛みを避けるため、積極的な使用を控える様子が見られます。

このような防御的な姿勢や行動は、疼痛に対する自然な反応として重要な症状所見です。

肘内障の原因

肘内障(ちゅうないしょう)は、乳幼児期に多く見られる上肢の外傷で、前腕の急激な牽引力により輪状靭帯が亜脱臼を起こすことが主な原因です。

解剖学的な背景

年齢層輪状靭帯の特徴
乳児期非常に柔軟
幼児期やや強度増加
学童期成人に近い強度

小児の肘関節は成長過程にあり、骨や靭帯の構造が未熟な状態です。輪状靭帯は橈骨頭を支える重要な組織であり、成人に比べて小児では相対的に脆弱な性質を持っています。

橈骨頭と輪状靭帯の解剖学的な関係性について詳細な研究が進められていて、年齢による構造の違いが明らかになってきています。

発症メカニズム

肘内障の発症には、特徴的な力学的負荷のパターンが存在します。

前腕に対する急激な牽引力が加わって、橈骨頭が輪状靭帯から部分的に逸脱する現象が起こります。この際、前腕が回内位にある状態で牽引されるケースが多く、解剖学的な特徴と力学的な要因が組み合わさって発症します。

輪状靭帯は橈骨頭を包んで尺骨に固定されていますが、前腕を回内して肘を伸展した状態で軸方向に牽引されると輪状靭帯が橈骨頭の上をすべり、橈骨頭と上腕骨の間に挟まれます。

橈骨頭の亜脱臼は、輪状靭帯の一部が橈骨頭に嵌入すると持続的な亜脱臼状態となります。

また、あまり一般的ではありませんが、肘をついて転倒したり前腕をひねったりが原因となる例もあります。生後6ヵ月未満の子どもがベッドで寝返りを打ち、腕の上に乗ったときに起こるケースもあります。

年齢による発症リスクの違い

発症リスク年齢層による特徴
高リスク1-3歳
中リスク4-5歳
低リスク6歳以上

統計的に、生後6ヶ月から4歳頃までの小児に多く発症すると示されています。5歳以上の小児では発生頻度は低く、やや女児に多く右腕より左腕に発生します。再発率は約20%程度です。

この年齢層で発症が多い理由として、解剖学的な未熟性と運動発達段階における特徴が関係しています。

受傷パターンの特徴

  • 手をひかれての転倒
  • 抱き上げ時の急な動き
  • 遊具からの転落
  • 服の着脱時の無理な動作
  • 兄弟での遊び中の事故

典型的な受傷のきっかけとして挙げられるのが、手をひかれての転倒、抱き上げ時の急な動き、遊具からの転落、服の着脱時の無理な動作などの状況です。

環境要因との関連性

生活環境や養育環境も肘内障の発症に関与すると、疫学的な調査から分かってきています。

都市部での発症率が郊外に比べてやや高い傾向にある点は、生活様式の違いを反映している可能性があります。

保育施設での発症も一定数報告されており、集団生活における事故予防の観点からも注目を集めています。

再発リスクの要因

一度肘内障を経験した小児は、解剖学的な素因により再発するリスクが高まります。輪状靭帯の緩みや関節の不安定性が残存し、同様の機転で容易に再発する傾向があります。

成長に伴い靭帯が成熟すると再発のリスクは徐々に低下していきますが、完全な予防は困難なケースも多いです。

肘内障の検査・チェック方法

肘内障(ちゅうないしょう)の診断には、詳細な視診・触診による身体所見の確認と専門的な整形外科的検査を組み合わせた総合的な判断が重要です。

基本的な診察の手順

診察項目確認のポイント
視診腫脹・変形・皮下出血
触診圧痛・熱感・可動域
問診受傷機転・既往歴

医師は最初に患児の両腕の状態を注意深く観察します。肘内障が疑われる腕は、特徴的な肢位をとるケースが多く(腕が完全伸展)、この観察から診断の手がかりを得られます。一般的に腕を動かさない限り痛みはありません。

患児の年齢や受傷機転の問診と合わせて、腫脹や変形、皮下出血の有無などを丁寧に確認していきます。

両側の肘関節を比較しながら、腫れや熱感、発赤の有無を入念にチェックして骨折や他の疾患との鑑別を進めます。

専門的な整形外科的検査

整形外科医は、肘関節の安定性を評価するために様々な専門的検査を実施します。

前腕の回内外運動の制限が典型的な所見となるため、この動きを重点的に確認していきます。関節可動域測定では屈曲・伸展だけでなく、回内外の角度も正確に計測して健側と比較評価を行います。

肘関節の不安定性の有無を確認するため、内外反ストレステストなども慎重に実施していきます。

画像診断による精査

撮影方向評価のポイント
正面像関節裂隙・骨折線
側面像脱臼・亜脱臼
斜位像関節面の詳細

レントゲン検査は、骨折や脱臼などの重篤な外傷を除外する目的で実施するときがあります。単純X線撮影では、正面像と側面像の2方向を基本として撮影を行います。

必要に応じて、ストレス撮影や斜位撮影なども追加すると詳細な評価が可能です。

鑑別診断のためのチェックポイント

  1. 関節可動域制限の特徴
  2. 疼痛の性状と部位
  3. 不安定性の有無
  4. 神経学的所見
  5. 血流障害の有無

関節可動域制限の特徴、疼痛の性状と部位、不安定性の有無などの項目を順序立てて確認し、他の疾患との鑑別も必要です。

経過観察時の評価方法

整形外科医は、整復操作後の経過観察において肘関節の機能回復を細かく評価します。具体的には、自発的な上肢の使用状況を観察しながら、痛みの程度や可動域の改善を確認していきます。

両親から普段の生活での使用状況について詳しく聴取して、回復の度合いを判断するのも大切です。必要に応じて定期的な診察を行い、再発予防のための指導も併せて実施していきます。

肘内障の治療方法と治療薬、リハビリテーション

肘内障(ちゅうないしょう)治療には、整復操作による関節の修復と段階的なリハビリテーションを組み合わせて早期の機能回復を目指します。

整復操作の実際

整復手技実施のポイント
回外法前腕回外+屈曲
回内法前腕回内+伸展
牽引法軸方向への牽引

整復操作においては、医師が患児の肘関節を特定の手順に従って愛護的に動かして、輪状靭帯を本来の位置に戻します。

患児の上肢を把持し、前腕を回内位から回外位へ回転させながら、肘関節を屈曲する動作を実施します。

肘を支えながら橈骨頭を軽く圧迫します。もう一方の手で前腕遠位部をつかみ、回外させて緩やかに牽引しながら、肘を屈曲していきます。

肘を支えながら橈骨頭を圧迫し、前腕を過回内させます。

治療後の経過観察

経過観察項目確認内容
可動域屈伸角度
疼痛動作時痛
機能使用状況
安定性不安定感

整復直後から肘関節の自発的な動きが改善し、多くのお子さんは数分以内に上肢を使用し始められます。30分以内に90%の子どもは無症状になります。

医師は整復後、肘関節の可動域や疼痛の程度を慎重に確認しながら、経過を見守ります。

投薬による疼痛管理

  • アセトアミノフェン製剤
  • パップ剤

整復後の疼痛に対しては、アセトアミノフェン製剤やパップ剤の使用を考慮します。

薬の副作用や治療のデメリット

肘内障(ちゅうないしょう)の整復操作における副作用として、関節への過度な負荷や組織損傷のリスクがあり、慎重な手技が不可欠です。

整復操作に伴う物理的影響

部位整復操作による影響
輪状靭帯断裂・伸展傷害
関節包炎症・浮腫
骨端線成長障害

整復操作時に加える力が強すぎると、輪状靭帯や関節包に予期せぬ損傷を与える事態が起こり得ます。

乳幼児の場合、骨端線への過度なストレスは成長障害を引き起こす要因となる場合があります。輪状靭帯への反復的な負荷は、組織の微細構造を変化させ、靭帯本来の機能を低下させます。

解剖学的構造への影響

関節周囲の軟部組織は繊細な構造を持つため、整復操作による微細な損傷が蓄積する場合があります。

橈骨頭周辺の血行障害は長期的な関節機能への影響も懸念され、関節包内の滑膜ひだが損傷を受けると慢性的な炎症反応を引き起こす要因となります。

靭帯組織の過伸展は、組織の弾性回復力を徐々に低下させ、関節の不安定性を助長しやすいです。また、微小循環障害による組織の修復遅延は、関節機能の完全回復を妨げる要素となります。

整復後の二次的合併症

  • 関節の腫脹
  • 一時的な可動域制限
  • 局所的な疼痛
  • 皮下出血
  • 関節包の炎症反応
  • 筋緊張の増加

整復直後から数日間にわたり、関節の腫脹や一時的な可動域の制限などの合併症が報告されています。

再発性亜脱臼のリスク

整復回数靭帯への影響度
1-2回軽度の弛緩
3-4回中等度の弛緩
5回以上重度の弛緩

頻回の整復操作は靭帯の弛緩性を助長し、構造的な脆弱性をもたらす原因です。反復する整復操作により輪状靭帯の本来の張力が低下し、より軽微な外力でも亜脱臼を起こしやすくなります。

靭帯組織の修復過程で生じる瘢痕組織は、関節の正常な動きを阻害する新たな要因となるケースがあります。

長期的な関節安定性への影響

成長期における反復性の整復操作は、関節の力学的バランスを変化させる要因です。

靭帯組織の修復過程において瘢痕組織の形成が関節の微細な動きを阻害するときがあり、関節周囲の筋力バランスが崩れると新たな不安定性が生じるリスクもあります。

複数回の整復操作を経験した関節では、成長に伴う骨・軟骨の発達にも影響を及ぼす可能性があり、関節周囲の組織の柔軟性が低下すると将来的な運動制限につながる例も報告されています。

成長期特有の急速な骨成長と組織の適応能力の差により、長期的な関節機能への影響が懸念されます。

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

肘内障(ちゅうないしょう)医療保険を使用すると肘内障の治療費用は3割負担で500円から2000円程度となり、比較的安価な医療費で完治を目指せます。

投薬を含めた場合の費用

  • 内服薬処方時:300-500円
  • 外用薬処方時:200-400円
  • 湿布薬処方時:100-300円
  • 消炎鎮痛剤:200-400円
  • 固定用包帯:100-300円

痛み止めなどの処方箋を受け取る際の追加費用は、数百円程度です。

レントゲン検査費用

撮影方向追加費用
正面500-800円
側面500-800円
斜位500-800円

多くの自治体で子ども医療助成費制度があり、自己負担がない場合がありますのでお住まいの自治体で確認してください。

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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