上腕骨骨幹部骨折(Humeral shaft fractures)とは、上腕骨の中央部分が折れてしまう骨折を指します。
転倒や事故による強い衝撃で起こることが多く、激しい痛みや腫れが主な症状です。
腕の変形や動かしずらさなどの症状も見られ、完治までに時間がかかりやすい怪我となります。
上腕骨骨幹部骨折の病型
上腕骨骨幹部骨折は、全骨折の1〜5%を占める骨折です。
若年者では非常に大きな力(エネルギー)が体に加わる外傷によって起きるケースがほとんどですが、高齢者では軽い力でも起こりえます。
上腕骨骨幹部骨折は、骨折の形態や複雑さによって主に3つの病型に分けられます。
- Type A(単純骨折)
- Type B(楔状骨折)
- Type C(複雑骨折)
Type A(単純骨折)
Type Aは単純骨折と呼ばれ、上腕骨骨幹部の代表的な骨折と言えます。
この型の骨折では、骨が完全に2つに分かれ、骨折線(骨が二つに分かれた部分の境界線)が比較的単純なのが特徴です。
- 骨折線が1本のみ
- 骨片の転位が少ない場合が多い
- 周囲の軟部組織への影響が比較的軽度
- 他の型と比べて治癒しやすい
Type B(楔状骨折)
Type Bは楔状骨折と呼ばれ、単純骨折よりも複雑な形態を示します。
この型の骨折では、骨折部位に第三の骨片(楔)が存在し、場合によっては手術的治療が必要となることもあります。
- 骨折線が2本以上
- 骨片数が3つ以上
- 楔は蝶形や三角形
- Type Aより不安定
- 単純骨折よりも治療が複雑になる可能性がある
Type C(複雑骨折)
Type Cは複雑骨折ともいい、3つの病型の中で最も重度な骨折です。
この型の骨折では、骨が多数の断片に分かれてしまい、骨折部位の粉砕も見られます。多くの場合、手術的治療が必要となります。
- 多数の骨片(4つ以上)
- 骨折部位の広範囲な粉砕
- 高度な不安定性
- 周囲の軟部組織の損傷も伴うことが多い
- 治療が最も困難な病型
上腕骨骨幹部骨折の症状
上腕骨骨幹部骨折の主な症状は、骨折の程度や位置によって異なるものの、共通して激しい痛みや腫れ、腕の変形などが見られます。
一般的な症状
症状 | 詳細 |
---|---|
激しい痛み | 骨折部位を中心に、鋭い痛みや持続的な痛みが起こる |
腫れ | 骨折部分の周辺が腫れ上がり、触れると熱を感じる |
変形 | 腕の形が通常と異なり、曲がっているように見える |
動きの制限 | 腕を動かすことが困難になり、特に回転や持ち上げる動作に支障が出る |
皮下出血 | 骨折部位周辺に、内出血による変色や点状出血が見られる |
※症状の程度は、骨折の種類や重症度によって異なります。
骨折の種類別症状
上腕骨骨幹部骨折は、病型によって症状のあらわれ方に違いがあります。
病型 | 症状 |
---|---|
Type A(単純骨折) | 骨の変位が少ない 腕の変形は比較的軽度 局所的な腫れ 皮下出血の範囲は一部に留まる |
Type B(楔状骨折) | 骨折部分に楔状の骨片が生じるため、より複雑な痛みを感じる 腕の変形がわかりやすい 腫れの範囲が広がりやすい 神経や血管の影響がみられる |
Type C(複雑骨折) | 最も重く、症状も顕著 激しい痛みと広範囲の腫れ 腕の変形がわかりやすい 開放骨折の場合は皮膚の損傷が見られる しびれ、脈拍の変化が現れやすい |
症状の時間経過
上腕骨骨幹部骨折の症状は、時間の経過とともに変化していきます。
初期段階では急性の痛みと腫れが主な症状ですが、時間が経つにつれて皮下出血や患部の変色が見られる場合があります。
症状がピークを越えると腫れや痛みは減少していき、可動域が広がっていきます。
時期 | 症状の変化 |
---|---|
受傷直後 | 激しい痛み、急性の腫れ、明らかな変形 |
数時間後 | 腫れの増大、皮下出血の出現、痛みの持続 |
数日後 | 腫れのピーク、痛みの緩和傾向、変色の拡大 |
1週間以降 | 腫れの徐々な減少、痛みの軽減、可動域の緩やかな改善 |
注意が必要な症状
上腕骨骨幹部骨折に伴い、以下のような症状が現れた場合は、より慎重な対応が必要です。
- 指先の感覚異常や麻痺
- 腕や手の冷感や蒼白化
- 高熱や骨折部位の発赤・熱感の増加
- 呼吸困難や胸痛
上腕骨骨幹部骨折の原因
上腕骨骨幹部骨折は、交通事故やスポーツなどによる強い衝撃や、腕相撲などの捻転力が加わることで発生する骨折です。
主な原因
- 直接的な外力
- 間接的な力の伝達
- 病的骨折
上腕骨骨幹部は横骨折やらせん骨折が起こりやすい部位です。この部位の横骨折は通常、三角筋が近位の断片を外側に引っ張るような直接的な打撃によって生じます。
一方、らせん骨折は、手を伸ばして転倒した際に生じるのが一般的です。重度の損傷は、この部位の橈骨溝にある橈骨神経および上腕筋を損傷することがあります。
直接的な外力による骨折
最も一般的な原因の一つが、上腕部に強い衝撃が加わることによる骨折です。
交通事故や転倒時の上腕部への衝撃、スポーツ中の接触や衝突のほか、高所からの落下などで起こるケースが多いです。
特に、高齢者や骨密度の低下した方は、軽度な衝撃であっても骨折してしまうリスクがあります。
間接的な力の伝達による骨折
直接的な衝撃がなくても、体の他の部分への力が上腕骨に伝わり、上腕骨骨幹部骨折が起こることがあります。
間接的な力の伝達とは
- 上腕を急激にねじる動作
- 腕を極端に曲げる動作
- 腕を強く引っ張られる状況
- 繰り返しの振動や衝撃など
病的骨折
病的骨折とは、骨に何らかの病変がある状態で、通常では骨折が起こりにくい程度の軽微な外力によって生じる骨折を指します。
- 骨粗鬆症による骨密度の低下
- 骨腫瘍(原発性または転移性)
- 骨髄炎などの感染症
- 代謝性疾患による骨質の変化
- 長期のステロイド使用による骨脆弱化
このような基礎疾患を持つ方は骨の強度が低下しており、日常生活での軽い衝撃や転倒でも骨折が生じやすくなっているため、骨折予防には特に注意する必要があります。
上腕骨骨幹部骨折の検査・チェック方法
上腕骨骨幹部骨折の診察では、レントゲン写真やCT検査などの画像検査のほか、神経や血管の損傷がないか、しびれや動脈拍動、手の冷感などを確認する身体診察を行っていきます。
※必要に応じて、血液検査や追加検査を実施する場合もあります。
触診・身体検査
触診や身体検査では、骨折部位の特定や、周囲の軟部組織の状態を確認します。
- 骨の不自然な形状や突出
- 特定の部位を押したときの痛み
- 開放骨折の有無、皮膚の色調変化
- 指先の感覚や運動機能
- 手首の脈拍、指先の血色
特に、橈骨神経損傷の場合は、手首の垂れ下がり、中手指節関節における指の弱い伸展、親指の伸展および外転の不能が見られます。
感覚喪失は前腕背面、第1指から第3指、および第4指の橈骨半分の部分で起こる可能性があります。また、上腕深部の損傷は前腕および手の虚血を引き起こす可能性があります。
画像診断
- X線検査
- CT検査
- MRI検査
- 超音波検査
X線撮影
最も基本的な検査で、骨折の位置や形、骨片の数や変位の程度を調べます。通常、肩関節や肘関節を含んだ2方向以上から撮影を行います。
CT検査
より詳細な骨の状態を3次元的に把握できます。複雑な骨折や、X線では見えにくい部分の評価にも有用です。
MRI検査
軟部組織(筋肉、靭帯、神経など)の損傷を調べることができ、骨折部位だけでなく、周囲組織への影響も把握できます。
超音波検査
血管や神経の状態を確認します。特に、血流状態の確認に有用となります。
その他の検査
必要に応じて、以下のような追加検査を行うこともあります。
検査名 | 目的 |
---|---|
血液検査 | 全身状態の評価、感染症の有無の確認 |
動脈造影 | 重度の血管損傷が疑われる場合の血流評価 |
神経伝導検査 | 神経損傷の程度や範囲を評価する |
上腕骨骨幹部骨折の治療方法と治療薬、リハビリテーション
上腕骨骨幹部骨折の治療では、骨折の程度や部位によって保存療法(ギプス固定など)や手術療法(プレート固定など)を実施します。
保存療法
保存療法は、手術を行わずに骨折を治療します。主に、骨折の転位が少ない場合や、閉鎖性骨折、手術のリスクが高い場合に選択します。
- ギプス固定
- 機能的装具(ファンクショナルブレース)
- 三角巾による固定
- 牽引療法
保存療法の許容範囲としては、前後面における20°の角変位、内反または外反30°、回旋異常15°、短縮3cmまでで、理由としては、長期的に上肢機能を維持するのに十分であるからです。
治療期間については、4〜8週間程度が目安となります。
手術療法
手術療法は、骨折の転位が大きい場合や、複雑骨折、開放骨折、神経血管損傷をともなう骨折、コンパートメント症候群などの場合に選択します。
手術方法 | 詳細 |
---|---|
プレート固定 | 骨折部位にプレートを当てて固定する |
髄内釘固定 | 骨髄腔に金属製の釘を挿入して固定する |
創外固定 | 皮膚の外から骨を固定するピンを刺入 |
ワイヤー固定 | 細いワイヤーを使用して骨片を固定する |
治療薬
骨折の治癒促進や、症状の緩和を目的として治療薬を使用します。
主な治療薬としては、鎮痛剤(非ステロイド性抗炎症薬、アセトアミノフェンなど)、骨粗鬆症治療薬(ビスホスホネート製剤、テリパラチドなど)、カルシウム製剤、ビタミンD製剤などがあります。
特に高齢者や骨粗鬆症のある患者さんでは、骨折治癒後も継続的な骨粗鬆症治療が必要です。
リハビリテーション
早期からのリハビリテーションにより、関節拘縮の予防や筋力低下の抑制、日常生活動作の改善を図ることができます。
経過 | リハビリテーションの内容 |
---|---|
急性期(術後1〜2週間) | ・骨折した腕を上げる ・指や腕を動かす ・肩甲帯を動かしてもらう |
回復期(術後2〜6週間) | ・肩関節を動かしてもらう ・肘関節を自分で動かす ・等尺性筋力トレーニング※1 |
後期回復期(術後6週間以降) | ・肩関節を自分で動かす ・筋力トレーニングを増やす ・日常生活の動作の訓練 |
※1 等尺性筋力トレーニング:関節を動かさないで筋肉に力を入れる(収縮させる)運動
上腕骨骨幹部骨折の治療期間と予後
上腕骨骨幹部骨折の治療期間は、数週間から数ヶ月程度が目安となります。
予後は良好なケースが多いですが、合併症として橈骨神経麻痺や偽関節などが起こる可能性もあり、機能回復に時間がかかる場合もあります。
- 急性期:1~2週間
- 固定期:6~12週間
- リハビリ期:3~6か月
- 完全回復期:6~12か月
骨折の型別の回復期間
上腕骨骨幹部骨折の回復期間は、骨折の型によっても異なります。
病型 | 回復期間の目安 |
---|---|
Type A(単純骨折) | ・比較的回復が早い ・固定期間は通常6~8週間程度 ・リハビリ期間を含めて、3~4か月で日常生活への復帰が可能な場合が多い |
Type B(楔状骨折) | ・Type Aよりも回復に時間がかかる ・固定は8~10週間程度 ・完全な回復まで4~6か月かかる場合も |
Type C(複雑骨折) | ・最も重度の骨折で、回復に時間がかかる ・固定は10~12週間以上 ・完全な回復までに6~12か月以上かかる場合も |
合併症や後遺症について
上腕骨骨幹部骨折の長期的な予後は、多くの場合良好です。しかし、一部の患者さんでは合併症や後遺症が生じる可能性があります。
合併症・後遺症 | 発生率 | 特徴 |
---|---|---|
関節拘縮 | 5~10% | 長期の固定による関節の動きの制限 |
偽関節 | 2~5% | 骨癒合不全による偽の関節形成 |
神経損傷 | 1~3% | 橈骨神経麻痺などの神経症状 |
慢性痛 | 3~7% | 長期に渡る痛みの持続 |
予後
上腕骨骨幹部骨折の予後は、基本的には良好です。
保存療法での閉鎖性骨折(骨折部が外部の空気や異物と直接接触していない状態)の非癒合率は3%~17.6%です。
外科的治療を行う場合、上腕骨幹部骨折の癒合率は高くなりますが、治療費が高額になってしまったり術後の軟部組織合併症率が高くなってしまったりなどの難点があります。
薬の副作用や治療のデメリット
上腕骨骨幹部骨折の治療では、痛み止めなどの薬の副作用として胃腸障害やアレルギー反応などが報告されています。
また、手術療法では感染症や神経損傷などの合併症のリスクが、保存療法では関節拘縮や骨癒合不良のリスクがあります。
保存療法のリスク
- 長期の固定による関節拘縮
- 筋力低下、筋萎縮
- 骨折部の整復不良、変形治癒
- 偽関節(骨癒合不全)のリスク
手術療法のリスク
- 感染、神経損傷
- インプラント関連合併症(プレートやスクリューの緩みや破損)
- 偽関節(骨がくっつかないまま関節が形成されること)
- 再骨折(インプラント抜去後の骨折の再発)
治療薬の副作用
治療薬による副作用は、薬剤の種類や投与量、患者さんの体質によって発現リスクが異なります。
特に高齢者や多剤併用の患者さんでは、副作用の発現に注意を払う必要があります。
治療薬 | 報告されている副作用 |
---|---|
鎮痛剤(NSAIDs) | 胃腸障害、腎機能障害 |
骨粗鬆症治療薬 | 顎骨壊死、非定型骨折 |
抗凝固薬 | 出血傾向、血腫形成 |
カルシウム製剤 | 便秘、胃部不快感 |
ビタミンD製剤 | 高カルシウム血症 |
保険適用の有無と治療費の目安について
上腕骨骨幹部骨折の治療には、健康保険が適用されます。具体的な費用については、治療方法や入院期間、リハビリテーションの内容によって変動します。
健康保険の適用範囲
- 初診料および再診料
- 画像診断費(X線、CT、MRIなど)
- 手術費用(手術が必要な場合)
- 入院費用
- 投薬費用
- リハビリテーション費用
ただし、保険適用外の特別な治療や材料を使用する場合は、追加の自己負担が発生する可能性があります。
一般的な治療費の目安
治療内容 | 費用の目安(3割負担) |
---|---|
初診・検査 | 5000円~1万円 |
保存的治療(外来) | 2万円~5万円 |
手術(入院含む) | 20万円~50万円 |
リハビリテーション(1回) | 1000円~3000円 |
以上
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