大腿骨頭骨折(だいたいこっとうこっせつ、femoral head fractures)とは、太ももの骨の上部がダメージを受ける重度の怪我です。交通事故や高いところから落ちるなど、強い衝撃が股関節に加わることで発生します。
大腿骨頭を骨折すると、強い痛みや動きの制限などを引き起こすおそれがあり、多くの場合は手術が必要です。
大腿骨頭骨折の病型
大腿骨頭骨折(だいたいこっとうこっせつ)の分類方法として代表的なのがPipkin分類で、I型~IV型に分けられます。
- I型:大腿骨頭骨折が中心窩より下方にあるもの。
- Ⅱ型:大腿骨頭骨折が中心窩より上方。大腿骨頭靭帯が下側の骨片に付着したままで、骨片が回転している場合が多い。
- III型:大腿骨頚部骨折を伴う、中心窩の下方または上方にある大腿骨頭骨折。
- IV型:寛骨臼骨折を伴う、中心窩より下側または上側の大腿骨頭骨折。
Pipkin分類に基づく治療の基本的な考え方
非荷重部の骨折(Pipkin I型) | 保存療法を選択するケースが多く、手術でも場合によっては骨片の摘出で十分です。 |
---|---|
荷重部の骨折(Pipkin II型)や寛骨臼(Pipkin IV型) | 関節の安定性と正常な機能を維持するために、骨折片の整復や固定が必要です。 |
大腿骨頸部骨折(Pipkin III型) | 大腿骨頭壊死のリスクが高いため、人工股関節置換術が必要となる可能性があります。 |
Pipkin分類は、患者さんの転帰を予測するための指標として広く利用されており、治療方針の決定において非常に有用です。
骨折のタイプや患者さんの年齢、活動レベルなどを考慮して治療法を決定します。
大腿骨頭骨折の症状
大腿骨頭骨折(だいたいこっとうこっせつ)を起こすと、股関節に強い痛みが出たり、歩くことが難しくなったりします。
股関節の痛みと腫れ
もっとも一般的な症状は、股関節の激しい痛みと腫れです。
安静にして寝ていても強い痛みを感じる人が多く、動くと痛みが増強します。
可動域の制限
大腿骨頭骨折を起こすと、股関節を動かすことが困難となり、痛みを避けるために特定の姿勢を取る方も少なくありません。
多くの場合、患側の下肢を屈曲、内転、内旋位で保持する姿勢になります。
これは骨折部位の安定化と痛みの軽減を図る本能的な反応であり、医療従事者にとっては重要な診断の手がかりとなります。
歩行障害と足の変形
骨折の痛みと不安定性によって、患側の下肢に体重をうまくかけられなくなるため、歩行が困難となります。
また、骨折片の転位や周囲の筋肉の攣縮(筋肉がつること)が原因で、足が変形するケースも多いです。
大腿骨頭骨折の原因
大腿骨頭骨折(だいたいこっとうこっせつ)の主な原因には、強い衝撃による「高エネルギー外傷」と、高齢者や骨密度が低い人に起こりやすい「低エネルギー外傷」の2つがあります。
また、骨の構造や基礎疾患が原因で大腿骨頭骨折につながるケースもあります。
高エネルギー外傷による骨折:若年層に多い重度の損傷
高エネルギー外傷は、若年層や活動性の高い成人に多く発生します(患者の約2/3が若年)。
股関節は本質的に安定しているため、大腿骨頭骨折は高エネルギー外傷に伴うことが多く、股関節の後方脱臼や寛骨臼の骨折を伴います。
大きな力が股関節に急激に加わる状況で発生し、交通事故や高所からの転落、重量物の下敷きなどが典型的な原因です。
なかでも起こりやすいのが、自動車事故における「ダッシュボード外傷」で、膝が車のダッシュボードに強く衝突し、大腿骨頭が寛骨臼(骨盤側の臼蓋)の縁に強く押し付けられることで骨折します。
低エネルギー外傷による骨折:高齢者に多い脆弱性骨折
低エネルギー外傷による大腿骨頭骨折は、骨が弱っている場合に発生しやすく、高齢者の方や骨粗鬆症の患者さんに多いです。
加齢に伴う骨密度の低下や骨質の劣化、筋力低下、平衡感覚の衰えなどの複合的要因により、軽い転倒や外傷でも重大な骨折に至るおそれがあります。
特に注意すべきは側方からの転倒で、大転子(大腿骨上部外側の突起)に直接的な衝撃が加わり、その力が骨頭に伝わって骨折を引き起こします。
病的骨折:基礎疾患による骨の脆弱化
大腿骨頭骨折のなかには、明らかな外傷歴がなくても発生する「病的骨折」もあり、さまざまな基礎疾患や病態が原因となって発症します。
基礎疾患 | 骨折リスク増加のメカニズム | 好発年齢層 |
---|---|---|
骨粗鬆症 | 骨密度低下、骨質劣化 | 高齢者 |
骨腫瘍 | 骨構造の破壊、局所的脆弱化 | 全年齢層 |
大腿骨頭壊死 | 骨組織の壊死、力学的強度低下 | 若年〜中年 |
骨粗鬆症は、高齢者が病的骨折を起こす一般的な要因です。骨密度が低下し、骨の強度が大幅に減少すると、日常的な活動でも骨折するリスクが高まります。
大腿骨頭骨折の検査・チェック方法
大腿骨頭骨折(だいたいこっとうこっせつ)を診断するには、問診と身体診察に加えて、画像検査や血液検査を用います。
問診と初期評価
問診では、骨折箇所を確認し、高エネルギー外傷の既往や骨粗鬆症などの病気があるかどうかを聞き取ります。
また、患者さんの生活習慣や日常活動レベルなどを考慮に入れながら、総合的な評価を行います。
身体診察
身体診察では、視診、触診、および関節可動域検査を慎重に行い、骨折による変形や機能障害の程度を確認します。
検査項目 | 確認ポイント | 臨床的意義 |
---|---|---|
視診 | 腫脹、変形 | 骨折の重症度評価 |
触診 | 圧痛、熱感 | 炎症反応の程度 |
可動域 | 制限、痛み | 機能障害の評価 |
画像検査
画像検査では、まず単純X線検査を行って骨折の有無や転位の程度を確認します。
- 正面像:骨折線の位置や転位の程度を評価
- 側面像:前後方向の転位や骨頭の陥没を確認
そのほか、CT検査は骨折の詳細な形態や周囲組織の状態を三次元的に把握するのに役立ちます。複雑な骨折パターンや関節内骨折の評価に優れており、整復を行ったあとも、ルーチンで施行します。
血液検査
血液検査は全身状態の評価に有用であり、手術適応の判断や術後管理に役立ちます。
- 炎症マーカー(CRP、赤血球沈降速度):骨折に伴う炎症反応の程度を評価
- 貧血の程度(ヘモグロビン、ヘマトクリット):出血量の推定と輸血の必要性判断
- 凝固機能(PT-INR、APTT):手術リスクの評価と術前管理の指標
大腿骨頭骨折の治療方法と治療薬、リハビリテーション
大腿骨頭骨折(だいたいこっとうこっせつ)を治療するには、多くの場合手術が必要です。
ただし、全身状態が手術に耐えられない場合や、極めて軽度の非転位骨折といった特殊な状況下では、保存的治療を選択することもあります。
手術的治療
術式 | 主な適応 | 臨床的特徴 |
---|---|---|
骨接合術 | 若年者、良好な骨質 | 自己骨温存、本来の関節機能維持が可能 |
人工骨頭置換術 | 高齢者、不良な骨質 | 早期荷重が可能、再手術リスクの低減 |
人工股関節全置換術 | 複雑骨折、関節症合併例 | 長期的な機能改善、疼痛軽減効果が高い |
大腿骨頭骨折の治療において、手術は早期の機能回復に不可欠です。
特に脱臼している場合は、整形外科的緊急疾患で、できるだけ早く整復を行わなければなりません。
骨折の型や範囲、患者の年齢、骨質の状態、全身の健康状態など、多岐にわたる要因を総合的に評価し、慎重に術式を判断します。
若年者や骨質が良好な症例では、自己の骨組織を温存し、本来の関節機能を維持することを目指して、骨接合術を選択するケースが多いです。
骨折部位を精密に整復したあと、チタン製のスクリューやプレートなどの内固定材を用いて、骨片同士を強固に固定します。
一方、高齢者や骨粗鬆症により骨質が著しく低下している場合、あるいは骨折が複雑で広範囲に及ぶ場合には、人工骨頭置換術や人工股関節全置換術(THA)といった人工関節手術を検討します。
保存的治療
保存的治療の主な目的は、骨折部位の絶対的安静を保ち、体が持つ自然治癒力を最大限に引き出すことです。
Pipkin IおよびII骨折の場合、閉鎖整復により残存変位が1mm以下となり、骨片が介在せず解剖学的に一致した股関節が得られる場合に考慮します。
具体的な方法には、骨盤牽引療法や免荷期間の設定、外固定具(ヒップスパイカキャストなど)の使用があります。
ただし、合併症(深部静脈血栓症、褥瘡、廃用性筋萎縮など)のリスクが高いため、慎重に全身状態を観察し、早期からリハビリテーションを開始することが重要です。
薬物療法
薬剤分類 | 治療目的 | 代表的な薬剤名 |
---|---|---|
鎮痛薬 | 急性期疼痛管理 | NSAIDs、アセトアミノフェン、オピオイド |
骨代謝改善薬 | 骨癒合促進 | 活性型ビタミンD3、カルシウム製剤 |
骨粗鬆症治療薬 | 骨密度改善・維持 | ビスホスホネート、テリパラチド |
痛みや腫れの緩和、骨癒合促進のために、薬物を用いる場合もあります。
急性期には、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やアセトアミノフェン、場合によってはオピオイド系鎮痛薬を使用し、痛みを和らげます。
骨癒合を促進するには、活性型ビタミンD3製剤やカルシウム製剤の補充療法が有用です。
また、高齢者の方や骨粗鬆症にかかったことがある方には、二次骨折を防ぐために、ビスホスホネート製剤や副甲状腺ホルモン製剤などの骨粗鬆症治療薬を使用するケースもあります。
リハビリテーション
リハビリテーションでは、関節可動域の維持・改善、筋力の回復、そして日常生活動作(ADL)能力の向上を図ります。
通常は手術直後の急性期から開始し、回復状況に合わせて段階的に強度を上げていきます。
- 急性期(術後1-2週):関節可動域訓練、ベッド上での等尺性筋力訓練、深部静脈血栓症予防運動
- 回復期(術後2-8週):部分荷重下での歩行訓練、バランス訓練、基本的日常生活動作練習
- 維持期(術後8週以降):全荷重での歩行訓練、筋力強化運動、持久力トレーニング、応用的日常生活動作練習
薬の副作用や治療のデメリット
大腿骨頭骨折(だいたいこっとうこっせつ)の治療法には、副作用やリスクも伴います。
手術的治療の合併症リスク
手術的治療では、手術部位の感染や出血などを引き起こすリスクがあります。
合併症 | 発生率 | 主な対処法 |
---|---|---|
感染 | 1~5% | 抗生剤投与、創部処置 |
出血 | 3~7% | 止血処置、輸血 |
上記に加えて、手術には麻酔に関連するリスクも伴うため、特に高齢者や基礎疾患のある患者さんは慎重に検討する必要があります。
骨折部位特有の合併症
大腿骨頭の特殊な解剖学的位置と血行動態により、ほかの骨折とは異なる特有の合併症が生じる可能性があります。
- 大腿骨頭壊死:骨頭の血流が障害され、骨組織が壊死する
- 変形性股関節症:関節軟骨の変性により、関節機能が低下する
- 偽関節:骨折部位が適切に癒合せず、不安定な状態が続く
これらの合併症は、初期段階では気づきにくいため、定期的な画像検査と慎重な経過観察が必要です。
保存的治療のデメリット
デメリット | 影響 | 予防・対策 |
---|---|---|
筋力低下 | 高 | ベッド上運動、早期離床 |
関節拘縮 | 中 | 関節可動域訓練 |
褥瘡(じょくそう) | 中 | 体位変換、褥瘡予防マットレス |
長期的に寝たままの状態でいると、深部静脈血栓症や肺塞栓症などの重篤な合併症を引き起こすリスクも高まるため、早期離床と予防措置が不可欠です。
薬物療法の副作用
鎮痛剤の長期使用は、胃腸障害や肝機能障害のリスクを高めるおそれがあり、特にNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の使用には注意しなければなりません。
また、深部静脈血栓症予防のために使用する抗凝固薬は、出血のリスクを増加させるため、定期的に血液検査を行い、投与量を慎重に調整する必要があります。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
大腿骨頭骨折の治療では、多くのケースで健康保険を使えます。
手術を受ける場合、入院、リハビリテーションなどを含む自己負担額は30万~90万円程度です。
また、手術後は数週間以上の入院が必要となり、1日あたり1万~2万円程度の入院費用がかかります。
医療費が高額となる場合は、高額療養費制度(※)の利用により経済的な負担を軽減できる可能性があるため、各医療機関にご相談ください。
※1高額療養費制度:医療機関や薬局で支払う金額が1カ月あたりの上限を超えた際に、超過分が払い戻しされる制度。上限額は年齢や収入により異なる。
手術費用の内訳
術式 | 費用目安(麻酔料や手術室使用料を含む) |
---|---|
骨接合術 | 20~30万円 |
人工骨頭置換術 | 40~50万円 |
人工股関節全置換術 | 50~60万円 |
大腿骨頭骨折の手術費用は、選択する術式によって大きく異なります。
骨接合術には約20万~30万円、人工骨頭置換術や人工股関節全置換術では40万~60万円程度かかります。
リハビリテーション費用
リハビリ内容 | 1回あたりの費用 |
---|---|
理学療法 | 2,000~3,000円 |
作業療法 | 2,500~3,500円 |
退院後も継続的なリハビリテーションが必要となり、1回あたり2,000円から5,000円程度が目安です。
以上
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