踵骨骨折(しょうこつこっせつ)

踵骨骨折(しょうこつこっせつ, calcaneal fractures)とは、足部を構成する最大の骨である踵骨(かかとの骨)が損傷する重要な外傷性疾患です。高所からの転落や交通事故などの強大な外力により生じ、下肢の荷重支持機構が破綻して、深刻な機能障害をもたらす可能性があります。

歴史的に踵骨の破裂骨折は“Lovers’ fracture”といわれ、恋人の部屋から急いで逃げるために窓から飛び降りた際に発生するような状況を連想させるところから由来しています。

踵骨は距骨下関節(しきょうかかんせつ)の形成に関与し、アキレス腱付着部としても機能するため、その損傷は下肢全体の生体力学的バランスに影響を及ぼします。二次性の関節症性変化や慢性疼痛症候群への進展を予防するため、専門医による詳細な診察と画像評価に基づく早期診断が極めて重要です。

この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)

日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師

2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。

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目次

踵骨骨折の病型

踵骨骨折(しょうこつこっせつ)は、一般的に関節外骨折と関節内骨折2つのカテゴリーに分類されます。

関節外骨折は踵骨骨折の25%を占めます。一般的に、アキレス腱からの踵骨結節、2分靭帯からの前方突起、または距骨の剥離損傷などがあります。

残りの75%は関節内骨折です。距骨はハンマーまたはくさびとして踵骨に作用し、踵骨をGissane角で圧迫して骨折を引き起こします。

関節内骨折は更に分類され、よく使用されるものとしてEssex-Lopresti分類とSandars分類があります。

Essex-Lopresti分類

  • 関節陥凹型(Depression type):踵骨の前方部と後方部を分離するGissane角を通る1本の骨折線を有し、後距踵関節が陥没しているタイプです。
  • 舌型(Tongue type):陥凹型と同じ垂直骨折線と、後方に走るもう1本の水平骨折線を有し、上位後方骨片を形成します。結節骨片は上方に回転します。

サンダース分類: (CT所見に基づく分類)

  • I型骨折: 非転位または最小転位の骨片1個です。
  • II型骨折: 後方関節面を含む骨片2個です。骨折線の内側または外側の位置によりA型、B型、C型に分けられます。
  • III型骨折: 3個の骨片で、さらに陥凹した中間骨片を含みます。骨折線の位置と場所によってAB型、AC型、BC型に分けられます。
  • IV型骨折: 粉砕された骨片が4個です。

踵骨骨折の症状

踵骨骨折(しょうこつこっせつ)では、急性期の激しい疼痛(痛み)、著明な腫脹(はれ)、解剖学的変形、そして機能障害など、特徴的な臨床症状が出現します。

急性期における主要症状の特徴

受傷直後から足部後方に強い疼痛と著明な腫脹が出現し、足関節周囲にまで進展します。

損傷による皮下出血のため、踵部外側を中心とした皮膚の広範な変色がみられ、変色は経時的に拡大傾向を示します。

疼痛の臨床的特徴と分類

疼痛の種類臨床的特徴好発部位
圧迫時痛触診による鋭い痛み踵骨外側部
荷重時痛体重負荷による痛み踵部全体
運動時痛関節可動時の痛み距踵関節部

疼痛の症状は、圧迫したときや体重がかかったとき、動かしたときにそれぞれ好発部位の傾向が異なります。

触診時には踵骨外側部に鋭い痛みを感じますが、体重をかけたときは踵部全体が痛む人がほとんどです。

形態学的変化と機能的特徴

骨折に伴う解剖学的変化として、踵骨横径の増大(横幅が広がること)が特徴的であり、骨折による骨片の側方転位を反映します。

関節運動時には疼痛が増強し、特に距踵関節(足首の真下にある関節)の内反・外反運動において顕著な症状を呈します。

足部の構造特性から、腫脹は前方に波及して足関節周囲の骨性指標の視認性が低下するケースもみられます。

随伴する臨床症状

  • 腫脹による履物装着障害
  • 関節可動域の制限
  • 皮膚の緊張亢進
  • 足底部の感覚異常
  • 歩行時の力学的破綻

骨折の痛みや腫れに伴って靴が履きにくくなったり、関節が動かしにくくなったりします。また、皮膚の突っ張り感や足底部の感覚異常もよくみられる症状です。

症状の時間的推移と重症度分類

臨床症状急性期亜急性期慢性期
疼痛激痛中等度痛運動時痛
腫脹著明中等度軽度残存
変形進行性固定化永続性
機能障害完全部分的代償性

足部の解剖学的特徴により、腫脹は足関節前方へと波及し、内外果(くるぶし)の輪郭が不明瞭となります。

経時的な症状変化として、急性期の激烈な疼痛は炎症の消退とともに持続性の鈍痛へと性質を変えます。

踵骨の損傷程度によりますが、距踵関節面の不整や関節包内の滑膜炎症により、慢性的な機能障害を生じるケースがあります。臨床経過において、足部アーチ構造の破綻による歩行時の力学的負荷の変化は、長期的な経過観察を必要とする重要な所見です。

踵骨骨折の原因

踵骨骨折(しょうこつこっせつ)は、主に高所からの転落や交通事故による強い衝撃によって発生し、労働災害としての発生頻度が特に高い骨折です。

高所からの転落では踵が地面に衝突して踵骨が距骨に押し付けられるため、衝撃のエネルギーが直接踵骨に伝達されます。そのため距骨がくさびとして作用し、踵骨は落ち込み、広がります。

直達外力による骨折

受傷機転頻度重症度
転落事故極めて高頻度重度
交通事故中等度中〜重度
スポーツ外傷低頻度軽〜中度
労災事故多発重度

高所からの転落や飛び降りの際、足部に加わる急激な荷重は、踵骨に対して垂直方向の強い圧迫力を生じさせて骨折が起こります。

交通事故による衝突や転倒の際にも、同様の機序で瞬間的な圧迫力が踵骨に作用し、骨の構造的破綻を招きます。

特に建設現場などの作業中における転落事故では、2メートル以上の高所からの落下により重篤な骨折を引き起こすケースが多いです。

骨折パターンを決定する要因

着地時の足部の肢位、特に足関節の背屈や内反、外反の程度により、踵骨に加わる力の方向や大きさが変化して、結果として異なる骨折パターンを生じます。

衝撃の強さは骨折の粉砕度に影響を与え、力の作用方向は骨折線の走行や転位の方向を決定づける重要な因子です。

複数の外力が同時に作用する際には、より複雑な骨折パターンを呈するケースが多くなります。

発生状況の特徴

職種作業内容リスク
建設業高所作業極高
清掃業脚立使用
一般事務デスクワーク
運送業荷物運搬

建設業や清掃業などの高所作業に従事する労働者において、業務中の事故による受傷が最も多く報告されています。

脚立や梯子からの転落は日常生活における代表的な受傷機転となっていて、特に中高年層での発生頻度が高いです。

年齢・性別による発生特性

年齢層主な原因特徴的な受傷機転
若年層スポーツ活動ジャンプ着地
中年層労働災害高所からの転落
高齢層日常生活事故躓き・転倒
小児期極めて稀少遊具からの転落

若年層ではスポーツ活動中の急激な着地動作による受傷が特徴的で、中年層においては、職業性の外傷が圧倒的多数を占め、特に男性の発生頻度が顕著に高くなります。

高齢者では、躓きや段差での転倒など、比較的低いエネルギーでの受傷も多く認められます。

踵骨骨折の検査・チェック方法

踵骨骨折(しょうこつこっせつ)の正確な診断には、系統的な身体診察と複数の画像検査による多角的な医学的評価が必要です。

初診時における基本的診察手順

診察手技評価内容留意点
視診腫脹・変形・皮膚状態健側との比較
触診圧痛・熱感・骨性隆起部位の特定
計測周囲径・足長・足幅数値化記録

初診時には整形外科医が視診による外観の変化、触診による圧痛の分布、そして両側比較による形態変化の詳細な評価を実施します。

踵骨外側部の膨隆度や足部全体の腫脹状態を入念に確認し、同時に神経血管系の状態も慎重に評価していきます。通常、痛みのため体重を支えることができません。また、足底のアーチに広がる紅斑や皮下出血は踵骨骨折を疑う所見になります。

専門的機能評価項目

  • 距骨下関節の可動性試験
  • 後脛骨神経領域の知覚検査
  • 足底部の血流動態評価
  • 下腿三頭筋の筋力測定
  • 静的・動的アライメント分析

距骨下関節の可動性試験や後脛骨神経領域の知覚検査などの専門的な機能評価も行います。

画像診断による客観的評価

単純X線検査では、足関節軸写、側面像、そしてブローデン撮影という特殊な角度からの撮影を組み合わせ、骨折線の走行と骨片の転位を立体的に把握します。「Bohler’s Angle」と「Gissaneの臨界角」の2つの角について評価します。

  • Bohler’s Angle(ベーラー角):1本目の線は踵骨隆起上縁と後方関節面の最高点を結んだもので、2本目は前方突起上の最高点と後面関節面の最高点を結んだもので、この2本がなす角度をベーラー角といいます。正常な角度は20~40度です。
  • Gissaneの臨界角:1本目は踵骨の前下がりの傾斜に沿って、2本目は上あがりの傾斜に沿って描き、この2本がなす角度をGissane角といいます。正常な角度は130~145度です。

ただし、Bohlers角およびGissane角が正常であっても、骨折を否定することはできないため、CTやMRIを施行しさらなる評価が必要になる例も多い点に注意が必要です。

CT検査(コンピュータ断層撮影)による三次元的な評価では、関節面の陥没や骨片の細かな位置関係まで明確に描出することが重要です。CT検査は外傷性踵骨骨折に対する検査のゴールドスタンダードで、術前計画、骨折の重症度の分類などに有用です。

MRI検査は、骨折に伴う軟部組織の損傷状態や、骨髄内の出血の有無を詳細に評価できる特徴を持ちます。特にランナーに見られるような疲労骨折の評価するのに有用です。

画像検査の選択と実施時期

検査モダリティ主要評価項目実施時期特記事項
X線検査骨折線・転位受傷直後複数方向撮影
CT検査関節面・骨片初期評価時三次元再構成
MRI検査軟部組織・骨髄必要に応じて詳細評価用

総合的診断評価における重要ポイント

評価要素基本的評価項目詳細評価項目
形態評価骨折型・転位度関節面損傷
機能評価可動域・安定性歩行能力
神経血管末梢循環・知覚自律神経症状

踵骨の解剖学的特徴と生体力学的機能を十分に理解した上で、各種検査結果を統合的に分析していきます。

また、画像所見における骨折形態の分類と理学所見による機能障害の程度を照合しながら、詳細な病態把握を進めていきます。

高度な医学的判断には、Sanders分類やEssex-Lopresti分類といった標準的な骨折分類法を用いた客観的評価が大切です。

踵骨骨折の治療方法と治療薬、リハビリテーション

踵骨骨折(しょうこつこっせつ)の治療には、手術による骨片の解剖学的な整復固定と早期からの段階的なリハビリテーションを組み合わせた包括的なアプローチが不可欠です。

手術治療の基本方針

治療方法適応固定期間
保存療法軽症例10-12週
手術治療転位大8-12週
創外固定開放骨折12週以上
関節固定高度変形永続的

単純X線写真やCT画像で評価した骨折型に基づき、治療方針を決定します。外科的治療はすべて、踵の高さと幅の回復(Bohler角度とGissane角度に近似した解剖学的再建)、距骨下関節の修復と再調整、後足部の力学的軸の機能回復が目的です。

骨折部の転位が軽度な際は、ギプスによる外固定を6〜8週間実施し、骨癒合を図ります。関節面の陥没や骨片の転位が著しい症例では、プレートやスクリューを用いた観血的整復固定術を行います。

手術をする場合でも軟部組織の腫脹が消失してから行うため、受傷から2~3週間程度、間をあけることも珍しくありません。

薬物療法の実際

術後早期から疼痛管理のため非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)を使用し、感染予防として第一世代セファロスポリン系抗菌薬を手術前後に投与します。

深部静脈血栓症の予防には、低分子ヘパリンや間歇的空気圧迫法を併用します。骨粗鬆症を合併する高齢者には、骨形成促進剤や骨吸収抑制剤を処方します。

リハビリテーションの展開

時期訓練内容目標期間
急性期安静固定腫脹軽減2週間
回復期関節運動可動域改善4~8週
維持期筋力強化機能回復3~6ヶ月
最終期歩行練習日常復帰6ヶ月以降

術直後から2週間は、創部の安静と腫脹の軽減を目的として、足部の挙上と安静を保ちます。

段階的な運動療法プログラム

運動項目開始時期頻度
足趾運動2週目毎日
他動運動4週目2回/日
自動運動6週目3回/日
抵抗運動8週目漸増

術後2〜4週では創部の治癒を確認しながら足趾の自動運動や足関節の軽度な他動運動を開始し、4〜8週目には足関節の可動域訓練を積極的に実施し、特に背屈方向の可動域改善を目指します。

8週以降は、骨癒合の程度に応じて部分荷重歩行を開始し、徐々に全荷重へと移行します。

筋力トレーニングは、等尺性収縮から開始し、徐々に等張性運動へと進めます。最終的な目標である歩行機能の獲得に向けて、バランス訓練や歩行訓練を段階的に実施します。

薬の副作用や治療のデメリット

踵骨骨折(しょうこつこっせつ)に対する手術療法や保存療法では、軟部組織の損傷、神経血管障害、骨癒合不全など、多岐にわたる合併症への対応が不可欠です。

手術に関連する初期の副作用

合併症発生頻度時期特徴
創治癒遅延中程度術後早期進行性
皮膚壊死低頻度1-2週間局所性
表層感染比較的多い2-4週間急性
深部感染まれ数週間後難治性

手術創周囲の軟部組織では血流障害による創傷治癒の遅延が生じやすく、局所感染のリスクも通常の手術と比べて顕著に高いです。

感染は表層から深層へと時間経過とともに進展し、早期発見が困難な深部感染では重篤な骨髄炎へと移行するリスクが生じます。

術後の浮腫管理が不十分な際には、組織圧の上昇により末梢循環が障害されてコンパートメント症候群という重篤な合併症を起こすケースがあります。

長期的な機能障害

  • 足関節の可動域制限
  • 慢性的な疼痛
  • 関節の不安定性
  • 進行性の関節症変化
  • 異常な歩行パターン

関節面の陥没や不整が残存すると、経時的に関節軟骨の変性が進行し、最終的には外傷性関節症へと移行します。

関節可動域の制限は、特に背屈方向で顕著となり、長期的な歩行障害の原因です。

骨癒合に関わる諸問題

合併症特徴発生時期予後
遷延治癒長期化3ヶ月以降要経過観察
偽関節難治性6ヶ月以降再手術検討
変形治癒機能障害固定解除後永続的
骨萎縮進行性固定期間中回復遅延

骨折部の癒合不全は骨片の血流障害や微小な不安定性により遷延するケースがあり、長期化すると偽関節へと移行します。

また、不適切な位置での骨癒合は、関節面の段差や角度異常を残存させ、将来的な関節症性変化を加速させます。

神経血管系の合併症

障害部位主症状経過転帰
末梢神経知覚鈍麻遷延性多様
血管系循環不全進行性要観察
軟部組織拘縮慢性化難治性

末梢神経障害は手術操作による直接的な損傷や術後の浮腫による圧迫で発生し、重症例では完全な回復が得られない場合があります。

血行障害は創傷治癒を遅延させるだけでなく、長期的な末梢循環不全の原因ともなります。

固定による二次的問題

長期の外固定は関節周囲の拘縮を引き起こし、足関節の可動域制限が特に顕著となります。

不動状態の遷延化は、骨密度の低下や筋力の減少など、全身的な合併症のリスクを増大させます。

固定期間中の深部静脈血栓症の予防には特に注意しなければならず、早期離床や抗凝固療法が必要となるケースもあります。

慢性疼痛

慢性疼痛も一般的な合併症であり、多くの場合、外傷後の距骨下関節炎、アライメント異常、または損傷に起因する拘縮が原因です。

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

健康保険を利用した踵骨骨折(しょうこつこっせつ)の手術と入院の自己負担額は、保険の種類と年齢により3割負担の場合、総額で約35〜55万円程度です。

手術関連費用

  • 骨接合術:約68,430円
  • 麻酔料:約18,600円
  • 手術材料費:約5,170円

手術関連の自己負担額(3割負担)は、合計で約92,200円ほどです。

入院費用の内訳

項目3割負担額/日
入院基本料約12,400円
食事療養費約460円
投薬料約2,850円
リハビリ料約640円

一般的な入院期間である2〜3週間の場合、3割負担で約40万円前後の自己負担額となります。

ただし、手術方法や使用する材料により、総額は大きく変動します。

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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