ベネット骨折(Bennett fracture)とは、親指の付け根の骨(第1中手骨)の底部で起こる骨折です。
スポーツ中や、日常生活で親指の先端から根本に向かって強い衝撃が加わると、ベネット骨折が起こりやすくなります。
骨折全体でみれば比較的まれな骨折ですが、見逃すと深刻な後遺症につながる恐れもあります。
ベネット骨折の病型
1952年にGeddaは、ベネット骨折を3つのタイプからなる分類システムとして提案しました。
- タイプ1:大きな尺側の単一骨片と、中手骨基部の亜脱臼を伴う骨折
- タイプ2:母指中手骨の亜脱臼を伴わない圧迫骨折
- タイプ3:中手骨の脱臼を伴う尺側の小さな剥離骨折
ベネット骨折の症状
ベネット骨折の代表的な症状は、痛みや腫れ、親指の変形などです。
骨折した部分が腫れたり炎症を起こしたりすると、まわりの筋肉や神経などにも影響が出て、長く痛みが続くこともあります。
急性期の主な症状
ベネット骨折の発生直後には、激しい痛みや腫れ、親指の形状異常、皮下出血などが現れ、数日間は痛みや不快感が続きます。
症状 | 特徴 |
---|---|
激しい痛み | 親指の付け根部分に集中 |
腫れ | 手の甲から親指にかけて発生 |
変形 | 親指の付け根部分の形状異常 |
皮下出血 | 打撲部位周辺にあらわれる |
骨折直後から1週間以降の痛みの変化
受傷直後は強烈な痛みに襲われますが、その後2〜3日すると「ズキズキ」とした痛みに変わります。
1週間ほど経つと、じっとしている時はだいぶ楽になりますが、手を動かすと痛みを感じます。
時期 | 痛みの特徴 |
---|---|
受傷直後 | 鋭く、激しい痛み |
数日後 | ズキズキする持続的な痛み |
1週間以降 | 動かしたときの痛み |
人によって痛みの強さは違いますが、ほとんどの場合は日が経つにつれて痛みは和らいでいきます。
二次的な症状
ベネット骨折に伴い、周囲の組織がダメージを受け、手全体の腫れや指の冷感、しびれなどの二次的な症状があらわれる場合があります。
- 手全体の腫れ
- 指の冷感や変色
- しびれ感
- 手首の動きにくさ
ベネット骨折の原因
親指の先端部から根本に向かって、直接的な衝撃や強い力が加わるとベネット骨折につながります。
また、母指の不自然な回転やねじれ、後ろに大きく反る動きなども発生リスクを高める要因です。
ベネット骨折が起こる仕組み
母指中手骨が少し曲がった状態で強い力を受けると、掌側尺側中手骨基部に関節内剥離骨折が起きます。
↓
すると長母指外転筋や母指伸筋、母指内転筋が骨を引っ張り、母指中手骨が橈側・背側・近位方向にズレます。
↓
ただし、掌側斜靭帯が強く固定しているため、掌側尺側角はその場に留まったままです。このため、骨折が生じて中手骨が転位します。
この関節(CM関節)は、普段から強い力がかかり、手根中手関節の動きも大きいため、ストレスが集中しやすい場所です。
そのため関節炎を起こしやすく、手術などの治療が必要になることが多いのです。
スポーツでのベネット骨折
激しいスポーツをしている人は、手に強い衝撃が加わりやすいため、ベネット骨折のリスクが高くなります。
- ボクシングや格闘技:パンチの衝撃
- ラグビーやアメリカンフットボール:タックルの際、手をついた瞬間の強い衝撃が原因に
- スキーやスノーボード:スキーやスノーボードで転んだ時、ストックやボードに手をぶつけてしまうことも
- バレーボール:強いスパイクなど、ボールを受ける時の衝撃で起きる
普段の生活での骨折リスク
何気ない日常生活でもベネット骨折は起こりえます。
例えば、
- 転んだ時に咄嗟に手をついてしまう
- ドアに手を挟んでしまう
- 重い荷物を持ち上げる時に指をひねる
- DIYなどで工具を使っている時に強い衝撃がかかる
こんな日常的な場面でも、親指に強い力が加わると骨折の危険があるので、注意が必要です。
ベネット骨折が起こりやすい職業
手に負担のかかる仕事をしている人は、ベネット骨折が起こるリスクが高くなります。
- 建設作業員:重い機械や工具を使うため、手に振動や衝撃が伝わりやすい
- 工場労働者:機械操作時の事故
- 消防士:人命救助の際、急な力が手にかかることがある
- スポーツ選手:競技中の接触や転倒
ベネット骨折の検査・チェック方法
ベネット骨折は見た目だけではわかりにくいことがあるため、医療機関での専門的な検査が必要です。
問診・触診に加えて、画像診断や血流チェック、神経機能検査などを行います。
問診・視診
まずは、骨折が発生した状況について聞き取りを行い、目視で手の状態を確認します。
- どのような状況で怪我をしたか
- 痛みを感じる具体的な場所
- 手の甲や親指付け根の腫れ具合
- 親指の付け根の形状異常
患側の手を地面に落とした(「手をついて転んだ」)、軸方向に直接負荷がかかったりした(「親指に真上から強い力が加わった」)といったケースが多いです。
触診
触診を行い、骨折の有無や程度を評価します。
- 圧痛点(圧迫したときに強い痛みを感じる部分)
- 骨の変位や段差の有無
- 親指の安定性
- 周囲の軟部組織の状態
ベネット骨折の場合、第一中手骨基部の疼痛および腫脹や、CM関節基部の圧痛が認められるのが一般的です。
また、可動域の減少と可動域の制限を伴う、クレピタス音が認められる場合もあります。
中手骨基部に触知可能な「棚」変形が生じている場合は、中手骨骨幹の背側方への転位が原因である可能性があります。
画像検査
検査方法 | 目的 |
---|---|
X線(レントゲン)撮影 | 骨折線や転位の確認 |
CT検査 | 詳細な骨折パターンの把握 |
MRI検査 | 軟部組織の損傷評価 |
X線撮影は通常、複数の角度から行い、骨折の全体像を把握していきます。関節面の正確な観察には、BillingとGeddaの報告にあるような真の側面像が必要です。
この像は、手部を20°回内し、X線を15°~20°遠位方向に傾斜させることで得られます。
さらに、牽引してのX線撮影は、ligomentotaxisが整復に及ぼす影響を評価するのに役立ちます。粉砕骨折の場合は、CTスキャンが有用です。
機能評価
骨折による機能障害の程度を評価するために、親指の可動域測定や握力テスト、ピンチ力(つまむ力)の測定なども行います。
血流チェック
ベネット骨折では、周囲の血管が損傷しているケースがあるため、手の血流状態も確認します。
- 指先の色調観察
- 毛細血管再充満時間の測定
- 脈拍の触知
神経機能検査
感覚検査や運動機能検査、Tinel徴候などの神経機能検査では、骨折で神経が損傷しているかどうかを確認します。
検査方法 | 目的 |
---|---|
感覚検査 | しびれや感覚低下の確認 |
運動機能検査 | 筋力低下の評価 |
Tinel徴候 | 神経圧迫の有無確認 |
ベネット骨折の治療方法と治療薬、リハビリテーション
ベネット骨折の治療法には、大きく分けて保存的治療と手術的治療があり、骨折の状態に応じて選択します。
また、手の機能を回復するため、治療後のリハビリテーションが不可欠となります。
保存的治療(非手術的治療)
保存的治療は、軽度のベネット骨折に対して行う治療法です。
まず、転位した骨折部を元の位置に戻します(整復操作)。整復は軸牽引、掌側外転、回内を親指の中手骨に加えながら、中手骨基部の橈側背側に圧迫を加えます。
その後、整復状態を維持するために、ギプス固定やスプリント固定が必要です。
治療法 | 詳細 |
---|---|
ギプス固定 | 4~6週間程度、母指を含む前腕までギプス固定 |
スプリント固定 | 取り外し可能な固定具を使用 |
最近の研究では、ギプス固定のみで治療した場合の予後は不良であると示されました。
そのため非手術的治療法は、転位のないベネット骨折に対して行い、転位がある場合は後述の手術的治療法を採用すべきと考えます。
手術的治療
- 観血的整復固定術:骨折部を直接露出させて整復し、プレートやスクリューで固定
- 経皮的鋼線固定術:経皮的に鋼線を刺入して骨片を固定
- 外固定器:皮膚の外から骨片を固定する器具を装着
手術的治療では、より確実な整復と固定が可能ですが、感染リスクや瘢痕形成などの合併症に注意が必要です。
一般的には経皮的鋼線固定術を選択し、関節面の15~25%を超える大きさの骨片があり、整復で2mm未満の転位まで整復できない場合は、観血的整復固定術が適しています。
薬物療法
痛みや腫れを緩和するために、鎮痛剤や抗炎症剤を用いる場合があります。
ただし、薬剤の使用には副作用のリスクも伴うため、医師の指示に従って使用することが重要です。
リハビリテーション
リハビリテーションは、骨折の治癒後に手の機能を回復させるために欠かせない取り組みです。
患者さんの状態や骨癒合の程度に応じて、プログラムを調整します。
- 初期(固定中):ほかの指の可動域訓練、肩・肘の運動
- 中期(固定除去後):母指の可動域訓練、軽い筋力トレーニング
- 後期:日常生活動作の練習、職業や趣味に応じた特殊な動作練習
薬の副作用や治療のデメリット
ベネット骨折の治療では、痛み止めの胃への負担や、ギプス固定による筋力低下、手術後の違和感や傷跡が残るなどの影響が出る可能性があります。
保存的治療(非手術的治療)のデメリット
手術を行わずに固定具を用いる保存的治療は、長期間の固定が必要となるため、関節を動かしにくくなる場合があります。
また、骨折の程度によっては、骨折部がずれて変形し、完全な修復が難しいケースもあります。
デメリット | 詳細 |
---|---|
長期の固定 | 4〜6週間の固定が必要 |
機能回復の遅れ | リハビリ期間が長くなる可能性 |
変形治癒のリスク | 完全な整復が難しい場合がある |
関節拘縮 | 長期固定による関節の動きの制限 |
手術療法のリスク
- 麻酔による合併症
- 手術部位の感染
- 神経や血管の損傷
- 手術痕の残存
- インプラント関連の問題(違和感、緩み)
年齢や全身状態によってリスクの程度は異なりますが、重篤な後遺症が残る危険性もあるため、手術は医師と相談しながら慎重に検討する必要があります。
薬物療法の副作用
痛みや炎症を抑えるために使用する薬剤にも、副作用のリスクがあります。特に高齢者や基礎疾患のある患者さんは注意が必要です。
薬剤 | 主な副作用 |
---|---|
鎮痛剤 | 胃腸障害、肝機能障害 |
抗炎症薬 | 腎機能障害、血圧上昇 |
リハビリテーションのリスクとデメリット
治療後のリハビリテーションは回復に不可欠ですが、過度な運動をすると再損傷を起こしたり、痛みが増したりするおそれがあります。
また、関節可動域や筋力が回復するスピードには個人差があり、長期にわたる通院が必要となる可能性がある点もデメリットといえるでしょう。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
ベネット骨折の治療は、一般的に健康保険の適用対象となります。
- 診察・検査
- 手術
- 入院費
- 処方薬
- リハビリテーション
治療費の目安
ベネット骨折の治療費は、選択する治療方法によって大きく異なります
- 保存的治療(ギプス固定など):外来診療のみの場合、約5万〜10万円
- 経皮的ピンニング:日帰り手術の場合、約15万〜25万円
- 観血的整復固定術:入院を要する場合、約30万〜50万円
これらの費用は保険適用前の総額であり、実際の自己負担額はこれよりも低くなります。上記はあくまで目安のため、具体的な金額については各医療機関にご確認ください。
入院期間と費用目安
手術治療では、入院が必要となる場合があり、入院期間が長引くほど費用は高くなります。
入院期間 | 概算総費用(保険適用前) |
---|---|
3日間 | 約40万〜50万円 |
2週間 | 約60万〜80万円 |
4週間 | 約100万〜130万円 |
リハビリテーションの費用
- 外来リハビリテーション(1回あたり):約3,000〜5,000円
- リハビリテーションプログラム(週2回、3カ月間):約7万〜12万円
リハビリテーションの費用も保険適用の対象ですが、回数制限を設けている場合もあるため、事前に確認が必要です。
以上
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