総腓骨神経麻痺(common peroneal nerve dysfunction)とは、膝の外側を通る神経が損傷や圧迫を受ける症状です。
足の甲を上げる動作が困難になり、歩行に支障をきたします。
原因は怪我や長時間の圧迫、腫瘍など様々で、程度も軽度から重度まで幅広く存在します。
総腓骨神経麻痺の病型
総腓骨神経麻痺は一般的な下肢の圧迫性神経障害で、正中神経傷害、尺骨神経傷害に次いで、全身でも3番目に多いです。
人工膝関節置換術を受けた場合や、大きな外傷でよく見られます。
下半身ににつながる神経はL4,L5,S1,S2神経根から発生し、坐骨神経を形どり、さらに大腿後面を通り脛骨神経と総腓骨神経に分かれています。
総腓骨神経はさらに、浅腓骨神経と深腓骨神経に分岐しますが、腓骨神経障害の症状はこの1)総腓骨神経、2)浅腓骨神経、3)深腓骨神経のいずれかが圧迫されると生じる疾患です。
総腓骨神経 Common peroneal nerve
下腿外側コンパートメントには、長腓骨筋の深部に隔膜がありますが、総腓骨神経がその下を通って下腿外側コンパートメントに入る際、神経を圧迫する可能性があります。
浅腓骨神経 Superficial peroneal nerve
総腓骨神経から分岐した後に、浅腓骨神経は下腿外側コンパートメント内を走行します。長腓骨筋、短腓骨筋、長趾伸筋の間を通っていって、その後に背側皮神経へと分岐していきます。
アスリートやダンサーでは、浅腓骨神経が筋膜を貫通する前や貫通点で圧迫を受けることが多く、単神経障害の原因となります。
また、足の底屈や内反は、浅腓骨神経の過剰伸張を引き起こし、深筋膜を貫通する出口での損傷につながる可能性があります。
そのほか、浅腓骨神経障害は、直接外傷、腓骨骨折、ぴったりとした下肢装具、筋膜の欠損、筋ヘルニアなどによっても起こりえます。
深腓骨神経 Deep peroneal nerve
前足根管症候群ともいう病型で、足背の外傷がきっかけで足首の伸筋支帯が変性や線維化し、伸筋支帯の下を通る深腓骨神経を圧迫します。
足の浮腫やハイヒールやガングリオンなども原因になります。
総腓骨神経麻痺の症状
総腓骨神経麻痺の主な症状は、運動障害と感覚障害に分けられます。
主な症状 | 具体例 |
---|---|
運動障害 | ・足首や母趾(親指)を曲げにくくなる ・歩行時のつまずき ・鶏歩(足を引きずるような歩き方) |
感覚障害 | ・下腿外側のしびれ ・足の甲の感覚が鈍くなる(感覚鈍麻) ・足指の感覚異常 |
浅腓骨神経麻痺の主な症状
浅腓骨神経は、足首を動かす筋肉や足の裏やふくらはぎの外側の皮膚に繋がっていて、感覚や運動を伝える役割をしています。
この浅腓骨神経に異常が起こると、足の裏やふくらはぎが熱く感じたり、痺れや痛みを感じやすくなります。
浅腓骨神経単独での異常はまれですが、生じた場合でも母趾の背屈や足関節の背屈は正常です。
また、下腿前外側と足背に灼熱痛があり、巻き込まれた部位を圧迫すると逆行性疼痛が誘発されることがあります。
深腓骨神経麻痺の主な症状
深腓骨神経は、足首や足先の動きを司る神経です。
この部分が麻痺すると、前脛骨筋、長趾伸筋、長母趾伸筋、腓骨筋、および短趾伸筋の筋力が低下してしまい、足首の上げにくさ、足指の伸ばしにくさが見られるようになります。
また、深腓骨神経ニューロパチーの患者は、足関節前部または中足部背側の痛みや鈍痛を訴えることがあり、活動や靴の着用によっても悪化します。症状は、足底屈や背屈を強制すると誘発されることがあります。
総腓骨神経麻痺の原因
総腓骨神経麻痺の原因は多岐にわたり、外傷や圧迫、代謝性疾患など、様々な状況で発生します。
主な原因
- 怪我や損傷
- 圧迫
- 病気
- 医療行為や生活習慣
怪我や損傷
交通事故やスポーツ時の怪我や骨折、重いものが足に落ちるなど、直接的な衝撃や骨折に伴う損傷が神経に影響を与え、総腓骨神経麻痺の原因となる場合があります。特に、腓骨頭付近での骨折は高リスクとされています。
※非常に大きな力が加わって発生する膝関節脱臼では、患者様の16~40%に腓骨神経損傷がみられたとする報告があります。
圧迫
圧迫は、総腓骨神経麻痺の中でも特に頻度の高い原因です。長時間の同じ姿勢、悪い姿勢による慢性的な圧迫が問題となります。
圧迫の種類 | 具体例 |
---|---|
急性圧迫 | ギプス固定、手術時の体位、スクワットによる反復的な伸長 |
慢性圧迫 | 長時間の正座、足組み |
急性圧迫は医療行為に関連して発生することが多く、慢性圧迫は日常生活習慣に起因することが多いです。どちらの場合も、圧迫を解除することで症状が改善する可能性が高くなります。
病気
総腓骨神経麻痺は、体内の物質の代謝に関わる病気や、全身性疾患(例:リウマチ、膠原病など)によっても発症の可能性があります。
- 糖尿病
- 甲状腺機能低下症
- ビタミンB12欠乏症
- 膠原病
- 急激な体重減少
病気が原因の神経麻痺は、原疾患の管理と並行して対処する必要があります。
医療行為や生活習慣
総腓骨神経麻痺は、医療行為に関連して発生することがあります。
医療行為 | リスク要因 |
---|---|
手術 | 長時間の仰臥位、下肢の過度な外転 |
麻酔 | 神経ブロック時の直接損傷 |
固定 | 過度に締め付けたギプス |
また、日常生活での無理な姿勢や動作により、神経に負担をかけてしまうことが発症につながる場合があります。
- デスクワークで座りっぱなしになる
- 膝をつく姿勢
- 中腰
総腓骨神経麻痺の検査・チェック方法
総腓骨神経麻痺の診断では、運動機能検査や感覚機能検査、電気生理学的検査、画像検査などを実施します。
問診・視診
まずは問診や視診を行い、その後、どのような検査を行うか決定します。
問診の内容
- 症状の発症時期と経過
- 症状の具体的な内容(しびれ、痛み、運動障害など)
- 日常生活にどんな影響があるか
- 既往歴や生活習慣
視診の内容
- 歩行の様子(足首の動きや歩行パターン)
- 足の変形や腫れの有無
- 皮膚の色みや状態
運動機能検査
総腓骨神経麻痺では、特に足首の背屈(つま先を上に向ける動き)や足の外転(外側に開く動き)に障害が現れます。運動機能検査では、これらの動きを中心に評価を行います。
運動機能検査 | 内容 |
---|---|
徒手筋力テスト | 足首の背屈力、足の外転力を数値化(0~5まで6段階) |
関節可動域測定 | 足首の動く範囲を角度で測定 |
歩行分析 | 歩行き方に異常があるかどうか確認 |
徒手筋力テストでは、医師が患者さんの足に抵抗を加えながら、筋力を0から5まで65段階で評価します。また、関節可動域測定では足首の動く範囲を角度で測定します。
歩行分析では患者さんの歩き方を観察し、特徴的な異常(例:足を引きずるような歩き方)を確認します。
感覚機能検査
総腓骨神経麻痺では、下腿外側や足の甲、足指の感覚異常が生じることがあります。感覚機能検査では、このような部位の感覚を評価します。
- 触覚:綿棒や筆などで皮膚を軽く触れ、感じるかどうかを確認
- 痛覚:先の尖ったもので軽く刺激し、痛みを感じるかどうかを確認
- 温度覚:温かいものと冷たいものを当て、温度の違いを感じるかどうかを確認
- 振動覚:音叉を使用して、振動を感じるかどうかを確認
電気生理学的検査
電気生理学的検査は、神経の機能を客観的に評価する上で重要な検査です。総腓骨神経麻痺の診断を確定させるだけでなく、障害の程度や回復の可能性を予測するために行います。
電気生理学的検査の種類 | 内容 |
---|---|
神経伝導検査 | 神経の伝導速度や振幅を測定して神経障害の程度や部位を特定する。 |
筋電図検査 | 筋肉の電気的活動を記録して神経障害に伴う筋肉の変化を調べる。 |
電気生理学的検査では、少なくとも前脛骨筋、長腓骨筋、大腿二頭筋を調べる必要があります。
また、腰から足にかけて起こる他の神経疾患(総腓骨神経障害と坐骨神経障害、腰仙神経叢症、腰椎神経根症)との鑑別のために、他の L4~L5と坐骨筋の筋電図を検査することもできます。
画像検査
画像検査は、神経の圧迫や損傷の原因となっている構造的な異常を特定するために実施します。また、腫瘍や血管の異常など、他の疾患との鑑別診断にも重要な検査となります。
画像検査 | 内容 |
---|---|
X線検査 | 骨折や変形などの骨の異常を確認する |
MRI検査 | 神経や周囲の軟部組織の状態を調べる |
超音波検査 | 神経の腫れや周囲の状態を観察する |
総腓骨神経麻痺の治療方法と治療薬、リハビリテーション
総腓骨神経麻痺では、保存的治療から外科的介入まで、状態に応じた治療が必要です。
腓骨神経麻痺の治療をしないままにしておくと、足の麻痺や四肢の障害、最終的には四肢の変形へと進行する可能性があるため、早期の診断と治療が重要となります。
保存的治療
総腓骨神経麻痺は時間とともに回復する場合が多いため、初期治療では保存的治療を行います。主な目的は、神経への圧迫を取り除き、自然回復を促すことです。
- 安静と姿勢の改善
- 装具療法(外側ウェッジ足底板)
- 物理療法(温熱療法、電気刺激療法※1)
- 抗炎症薬の投与
※1:筋力が低下した筋の収縮を補助する治療。筋力が低下した筋の収縮を補助することができます。
薬物療法
薬物療法は、総腓骨神経麻痺の症状をやわらげ、神経再生を促すことを目的に行います。
薬剤の種類 | 使用例 |
---|---|
非ステロイド性抗炎症薬 | イブプロフェン、ナプロキセン |
ステロイド薬 | プレドニゾロン |
ビタミンB群 | メコバラミン、ビタミンB1 |
神経障害性疼痛治療薬 | プレガバリン、ガバペンチン |
外科的治療
外科的治療は、保存的治療で改善が見られない場合や、重度の神経損傷がある場合に検討します。
- 神経を圧迫している組織を取り除く
- 断裂した神経をつなぎ合わせる
- 損傷部位を自家神経や人工神経で補う
- 麻痺した筋肉の機能を健常な筋肉で代用する
総腓骨神経麻痺のリハビリテーション
リハビリテーションプログラムには、筋力トレーニング、ストレッチ、バランス練習、歩行訓練、電気刺激療法があります。
リハビリテーションの主な目的は筋力の維持・強化や関節の動かしやすさの維持や強化です。
他にも、バランス能力の向上、歩き方の改善、神経をなめらかに動かすこと(Nerve gliding)などもリハビリテーションの重要な役割です。
リハビリ内容 | 効果 |
---|---|
筋力トレーニング | 麻痺した筋肉の萎縮予防、代償筋の強化 |
ストレッチ | 関節拘縮の予防、柔軟性の維持 |
バランス練習 | 転倒予防、歩行能力の向上 |
歩行訓練 | 正常な歩行パターンの再獲得 |
電気刺激療法 | 筋萎縮の予防、神経再生の促進 |
装具療法
装具療法は、総腓骨神経麻痺による足下垂(下垂足)を補助し、歩行機能を改善するために実施します。
代表的な装具 | 内容 |
---|---|
短下肢装具(AFO) | 足関節の動きを制御し、つま先の引っかかりを防ぐ |
足底板 | 足関節背屈を減少させるための外側ウェッジの足底板 |
足関節固定装具 | 足関節を固定し、安定した歩行を補助する |
動的装具 | 歩行時の足関節の動きを補助する |
総腓骨神経麻痺の治療期間と予後
総腓骨神経麻痺の予後は良好で、治療を受けた方のほとんどで神経機能の完全回復がみられます。
治療期間と予後への影響要因
麻痺の程度 | 治療期間の目安 |
---|---|
軽度 | 2週間〜3か月 |
中等度 | 3か月〜6か月 |
重度 | 6か月〜1年以上 |
予後が不良になってしまうケースでは、足首の背屈力が戻らなかったり、感覚異常が改善されなかったりといった症状が続きます。
また、歩行時の不安定さや、長時間の立ち歩きが辛くなるなどが続く可能性があります。
薬の副作用や治療のデメリット
総腓骨神経麻痺の治療に使用される薬や治療法は、症状の緩和に役立つ一方で、副作用やデメリットがあります。
治療薬の副作用
治療薬 | 副作用 |
---|---|
非ステロイド性抗炎症薬 | 胃腸障害、腎機能障害 |
ステロイド薬 | 血糖上昇、骨粗しょう症、免疫力低下 |
ビタミンB群 | アレルギー反応、悪心 |
神経障害性疼痛治療薬 | めまい、眠気、体重増加 |
副作用は個人差が大きく、全ての患者さんに必ず現れるわけではありません。しかし、長期使用や高用量投与の場合、副作用のリスクが高まる可能性があります。
特にステロイド薬の長期使用は深刻な副作用を引き起こす恐れがあるため、慎重な経過観察が必要です。
手術療法のリスクとデメリット
- 感染症
- 出血
- 麻酔合併症
- 神経損傷の悪化
- 瘢痕形成
※手術は必ずしも完全な機能回復を保証するものではなく、期待した効果が得られない場合もあります。
保険適用の有無と治療費の目安について
総腓骨神経麻痺の治療は多くの場合、健康保険の適用対象となります。
健康保険の適用範囲
- 初診・再診料
- 各種検査費用(血液検査、画像検査など)
- 投薬費用
- リハビリテーション費用
- 手術費用(必要な場合)
ただし、保険適用の詳細は個々の症例や治療内容によって異なります。また、一部の先進的な治療法や自由診療の項目は、保険適用外となる場合があります。
治療費の目安
治療項目 | 概算費用(保険適用前) |
---|---|
初診料 | 2,000円〜5,000円 |
再診料 | 1,000円〜3,000円 |
MRI検査 | 20,000円〜50,000円 |
神経伝導検査 | 5,000円〜15,000円 |
リハビリテーション(1回) | 3,000円〜7,000円 |
手術(必要な場合) | 300,000円〜1,000,000円 |
以上
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