前骨間神経麻痺

前骨間神経麻痺(ぜんこつかんしんけいまひ, Anterior interosseus syndrome)とは、前腕の深い部分にある前骨間神経(正中神経の運動枝)の圧迫や損傷が原因で起こるめずらしい病気です。

指の第一関節にしびれや感覚の異常が見られ、親指と人差し指でものをつまむ動作が難しくなります。

日常生活や仕事において大きな制限を受けるおそれがあるので、早めに診察を受け、原因に応じた治療を受けることが大切です。

この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)

日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師

2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。

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目次

前骨間神経麻痺の病型

前骨間神経麻痺(ぜんこつかんしんけいまひ)には、原因がわからない「特発性」タイプと、けがや骨折による「外傷性」タイプがあります。

特発性前骨間神経麻痺

特発性のタイプは、原因がはっきりとしないときに診断されます。

指の感覚がおかしくなり、前腕の痛みを伴うこともありますが、症状が自然に回復するケースも少なくありません。

なお、この病気は症例数が少ない病気であり、同じように原因不明の自然発生的な疾患として多いのが、腕神経叢神経炎(わんしんけいそうしんけいえん)、コンパートメント症候群、圧迫性ニューロパチーです。

これらは特発性前骨間神経麻痺との見分けがつきにくいので、検査を実施して慎重に診断する必要があります。

外傷性前骨間神経麻痺

体の外部に受けた傷により、前腕やひじの神経が押さえつけられて発症するのが外傷性の病型です。

外傷の具体例としては、前腕の骨折(顆上骨折など)、貫通損傷および刺創、ギプス固定、静脈穿刺、骨折の観血的整復(手術で骨折を元の状態に戻す)、内固定術の合併症などがあげられます。

前骨間神経麻痺の症状

前骨間神経麻痺(ぜんこつかんしんけいまひ)を起こすと、指を動かしにくくなり、ものをつまんだり文字を書いたりするのが難しくなります。

親指の関節を曲げる「長母指屈筋」、指の第二関節を曲げる「示指、中指屈筋」、前腕を内向きに回す「方形回内筋」の衰えが原因です。

困難となる動作詳細
ピンチ動作親指と人差し指の先端でものをつまむ行為が難しくなる
「OK」サイン親指と人差し指で輪を作れなくなる
筆記・書字ペンを握る力が弱くなり、文字を書きにくくなる
前腕をひねる動作手のひらを下に向ける動作ができなくなる

前骨間神経は運動枝なので、通常は運動障害(手に力が入らず運動が困難になる)のみが発生し、しびれやうずき、感覚が鈍くなる症状はありません。

また、前腕やひじの痛みを感じる方が多く、この痛みが主訴(医師に訴える主要な症状)となります。

感覚のおかしさがある場合、コンパートメント症候群や手根管症候群などの疾患が疑われるので、それらを考慮して検査をしていきます。

前骨間神経麻痺の原因

正確な病態生理(※1)については、これまで数十年にわたって議論されていますが、最近では神経性筋萎縮症(neuralgic amyotrophy)(※2)の一種で、運動神経の電気診断検査で変性が認められる「特発性免疫性ニューロパチー」だと考えられています。

ニューロパチーとは、日本語で末梢神経障害を意味し、体中のあらゆる部分をつなぐ末梢神経が壊れて手足のしびれや筋力の低下を招く病気です。

そして、原因が明確ではない、何らかの免疫反応が末梢神経に生じる状態を「特発性免疫性ニューロパチー」といいます。

さらに、前骨間神経から直接分かれていない神経枝や運動単位のびまん性変性が示されており、局所的な圧迫ではなく、炎症性の原因がある可能性が高いです。

※1 病態生理:病気の症状があらわれるまでに、身体機能がどのような状態になっているかを分析すること

※2 神経性筋萎縮症:上肢のしびれや痛みで発症し、改善したあと、その部位の筋肉がやせる病気

特発性前骨間神経麻痺の原因

原因の特定が難しいタイプですが、神経炎や虚血(きょけつ)、免疫システムの異常など、いくつかの要因があると考えられています。

推定される原因詳細
神経炎ウイルス感染などにより起こる炎症
局所的虚血臓器や組織の一部に必要な分の血液が流入せず、神経がダメージを受ける
免疫学的機序(免疫システムの異常)自己免疫反応による神経障害

外傷性前骨間神経麻痺の原因

  • 前腕の骨折(特に橈骨頭(とうこっとう)骨折)
  • ひじの関節の脱臼
  • だぼくのような鈍的な外傷による神経の損傷
  • 刺創(尖ったものが刺さって生じる傷)や切創(切り傷)による神経の切断
  • 骨折手術

このタイプは、事故によって前腕やひじの神経が損傷したり、まわりの組織が腫れて押されたりして発症します。また、骨折を治すための手術が原因となる可能性もあります。

解剖学的(体の構造による)要因

体の構造的な特徴も、この病気を引き起こす原因となります。

神経への陥入や圧迫がもっとも生じやすい部位は、円回内筋(※1)の腱縁です。

そのほか要因として考えられる部位
  1. FDSやFDPのaccessory muscles
  2. 浅指屈筋の線維性腱弓(FDSアーケード)
  3. Gantzer筋(FPL)
  4. 動脈血栓症(橈骨動脈や尺骨動脈)

※1 円回内筋(えんかいないきん):ひじの関節を曲げたり、前腕を回したりする筋肉

全身性疾患

体のいろいろな臓器に障害がでる全身性疾患は、神経を弱くしたり、圧迫を招いたりして、発症リスクを高めます。

関連が指摘されているおもな病気は、糖尿病や甲状腺機能障害、膠原病(特に関節リウマチ)、末梢神経炎を引き起こすウイルス感染です。

前骨間神経麻痺の検査・チェック方法

前骨間神経麻痺(ぜんこつかんしんけいまひ)は、神経にかかわるほかの病気との区別が難しいとされており、複数の検査やテストを組み合わせて総合的に評価されます。

問診と身体診察

問診や身体診察は、症状や患者さんの悩みを把握し、ほかの疾患の可能性を調べるために不可欠です。

問診での質問例
  • いつ、どのように症状があらわれたか
  • どのような動作をしづらいか
  • 外傷(骨折、だぼくなど)や手術の経験はあるか
  • 日常生活や仕事で手をどのように使っているか
身体診察で確認する項目
  1. 視診:手や前腕の変形や腫れがないか
  2. 触診:前腕の圧痛や腫瘤(できもの、こぶ)がないか
  3. 運動機能検査:特定の筋肉の動きをチェック
  4. 感覚検査:前腕や手の感覚に異常はないか

特殊テスト

診断の手がかりを得るうえで、OKサインテストやピンチテストといった特殊なテストを実施することがあります。

テスト名方法陽性所見(前骨間神経麻痺の可能性が高い)
OKサインテスト親指と人差し指で輪を作るきれいな丸を作れず、楕円形(ティアドロップ様)になる
ピンチテスト親指と人差し指で紙をはさむつまめない、または力が弱く指を伸ばして紙を挟もうとする(キーピンチマニュエーバー)

これら以外に、ファレンテストのような手根管症候群で陽性になるテストで、陰性かどうかを確認することも大切です。

画像検査

  • X線検査(レントゲン):骨に異常がないか(骨折や変形)を確認する
  • MRI検査:軟部組織を観察し、神経がどのように押されているかを評価する
  • 超音波検査:腫れの状態や、神経周囲の異常をチェックする

X線やMRI、超音波は、体の構造的な異常がないかや、神経が圧迫されているかどうかを確認するための検査です。

外傷性タイプの診断によく用いられますが、特発性の場合でも、ほかの原因を除外する重要な役割を果たします。

電気生理学的検査

  • 神経伝導検査(NCS)
  • 筋電図検査(EMG)
  • F波検査

電気生理学的検査とは、神経や筋肉に電気刺激を与え、電位を記録する検査です。重症度を評価するのに役立つほか、治療中に実施すれば、どの程度回復しているかを判断できます。

電気生理学的検査でわかること
  • 神経の伝導速度や振幅
  • 筋肉の電気的活動(筋肉が収縮したときに起こる変化)
  • 神経障害の程度や部位

前骨間神経麻痺の治療方法と治療薬、リハビリテーション

治療法は、手術を伴わない「保存的治療」と、手術によって根本的な機能改善を目指す「外科的治療」に大きくわけられます。

保存的治療

特発性タイプや、軽度の外傷性麻痺に対しては、いきなり手術を施すのではなく、保存的治療によって経過を観察します。

方法目的
安静神経への負担を軽くする
固定良肢位(日常生活を送るうえで動かしやすい位置)で固定させる
薬物療法炎症を抑え、痛みを緩和させる
物理療法血流を改善する、筋萎縮(筋肉がやせること)を予防する

薬物療法では、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やステロイド剤、ビタミンB12製剤などが使用されます。

外科的治療

保存療法では改善が見られない場合や、明らかに神経が圧迫されている場合は、外科的な手段を考えていきます。

神経剥離術や神経移行術、腱移行術が代表的な方法です。

神経剥離術は、神経周囲に発生している癒着や、押さえつけられている組織を取り除き、神経の動きを良くする手術です。

神経移行術は、重症で自然な回復が見込めないときに選択されます。

リハビリテーション

リハビリテーションは保存療法の一環として行われるほか、手術を受けたあとの回復を早め、日常生活をスムーズに過ごすために欠かせません。

リハビリテーションプログラム目的
関節可動域訓練関節の動かしづらさを改善し、柔軟性をキープする
筋力強化訓練まひした筋肉の機能を回復させる
電気刺激療法筋肉がやせるのを防ぎ、筋力を保つ
作業療法日常生活を送るのに必要な動作をしやすくする

前骨間神経麻痺の治療期間と予後

原因に応じた治療により、早期回復と良好な予後が期待できます。

一方で、重度のまひがあると、治療期間が長くなるだけではなく、完全な回復が難しくなるおそれがあります。

治療期間の目安

病型軽症~中等症重症
特発性3~6か月6か月~1年以上
外傷性3~9か月9か月~1年以上

治療法にもよりますが、特発性のほうが回復のスピードが速く、重度でなければ3~6か月ほどで完治します。

外傷性の場合、保存的治療の期間は3~9か月が目安で、ダメージが大きいと改善までに1年以上かかるケースもあります。

予後に影響を与える要因

  • 発症してから治療を開始するまでの期間
  • 神経にどれほどのダメージが及んでいるか
  • 患者さんの年齢と全身状態
  • リハビリテーションへの取り組み方
  • 原因(特発性のほうが予後は良好)

中等度や重度の症状であっても、リハビリテーションを継続すれば、機能の完全な回復が見込めます。

薬の副作用や治療のデメリット

前骨間神経麻痺(ぜんこつかんしんけいまひ)の治療には、それぞれ副作用やデメリットもあります。

保存的治療の副作用とデメリット

副作用・デメリット影響
筋肉がやせる筋力がなくなり、機能の回復が遅くなる
関節が固まる指を動かしづらくなり、家事や仕事が制限される
廃用症候群(過度の安静によって生じる障害)全身のさまざまな部分の機能が低下する

長期にわたって安静にしていたり、患部を固定したりすると、筋肉の衰えや関節が曲がらなくなる問題が発生します。

そのほか、薬物療法にも胃腸障害や腎機能が低下する、感染リスクが高まるといった副作用があり、長期的な使用は避けたほうが良いでしょう。

薬剤おもな副作用
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)胃腸障害、腎機能障害
ステロイド剤感染リスクの増加、骨粗鬆症
ビタミンB12製剤アレルギー反応、注射部位の痛み

外科的治療の副作用とリスク

  • 感染
  • 出血や血腫(血のかたまり)形成が生じる
  • 神経の損傷が悪化する
  • 麻酔が原因で合併症をきたす
  • 瘢痕(傷跡)形成により機能障害を起こす

手術は根本的な改善につながりますが、身体へのダメージが大きく、感染や合併症などのリスクも伴います。

診察の際には手術のデメリットについてもよく確認し、慎重に検討しましょう。

保険適用の有無と治療費の目安

診察や検査をはじめ、手術を含むほとんどの治療法で保険が適用されます。

項目費用の目安(3割負担)
初診料900~1,500円
再診料300~500円
神経伝導検査2,000~4,000円
MRI検査5,000~10,000円
リハビリテーション(1回)500~1,000円
手術50,000~100,000円

上記はあくまで目安であり、重症度や治療法、保険の種類(自己負担額)などによって実際の値段は変わってきます。

治療やリハビリテーションの期間が長くなれば、より多くの費用がかかるでしょう。

なお、治療費が高くなった場合、高額療養費制度を利用できる可能性があり、経済的な負担を軽減できます。

高額療養費制度について

高額療養費制度は、医療費の家計負担が重くならないようにする目的で設けられている制度です。

病院や薬局の窓口で支払う医療費が、1か月で上限額を超えた場合、その金額を払い戻してもらえます。

高額療養費制度の自己負担限度額は年齢や所得によって異なるので、加入している健康保険の窓口にお問い合わせください。

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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