弾発股(ばね股)(Snapping Hip)とは、股関節周辺の筋肉や腱が股関節の骨に引っかかり、「ポキッ」と音が鳴る疾患です。
股関節を頻繁に使うスポーツ選手や身体労働者、骨格が未熟な若年者に特に多くみられます。
音や引っかかりが繰り返されると、摩擦で炎症を起こり、痛みが出る場合もあります。
この記事では、弾発股(ばね股)の原因や症状、治療法などについて解説しています。
弾発股(ばね股)の病型
弾発股(ばね股)の病型には内側型弾発股、外側型弾発股、関節内弾発股があります。
- 内側型弾発股
- 外側型弾発股
- 関節内弾発股
内側型弾発股
内側型弾発股は、股関節の内側に発生する弾発股(ばね股)です。
腸腰筋※1が、大腿骨周辺の骨の上を動く際に弾発音が生じます。
また、股関節を屈曲・外転・外旋させた状態で、筋肉を伸ばしたり骨を内側に回転させたりする動作でも起こる場合があります。
※1 腸腰筋:腰椎と骨盤から大腿骨に付着する筋肉
外側型弾発股
外側型弾発股は、股関節の外側に発生する弾発股(ばね股)です。
股関節を伸ばしたり曲げたりすると、腸脛靭帯※2や大殿筋※3が大腿骨大転子※4上を移動する際に引っかかり、音や違和感を生じます。
※2 腸脛靭帯:太ももの外側にある太い繊維状の組織
※3 大殿筋:人間のお尻にある筋肉の中で最も大きな筋肉
※4 大腿骨大転子:太ももの付け根にある骨の突起
関節内弾発股
関節内弾発股は、股関節自体に原因があるものを指します。最も一般的な原因は、遊離体、関節唇断裂、骨軟骨骨折です。
関節内弾発股の場合は、ポキッというよりカチカチと音が鳴ります。
痛みがある点、外傷と関連して急速に発症する点も他の病型とは異なる特徴です。
弾発股(ばね股)の症状
弾発股(ばね股)の主な症状は、音の発生です。場合によっては、関節の痛みや不快感をともなう場合もあります。
- 音の発生:動作の際にポキッやカチカチなどの音がする
- 痛み:軽度である場合が多い
- 違和感:関節を動かす際の引っかかり
- 動作制限:関節がスムーズに動かない
弾発股(ばね股)の症状の詳細
弾発股(ばね股)の主な症状である音の発生は、特定の動作時に起こりやすく、頻度や持続性にも特徴があります。
症状 | 説明 |
---|---|
音の発生 | 股関節を曲げたり伸ばしたりする際に「ポキッ」と音が聞こえる。 |
頻度 | 特定の動作やポーズを取る際に起こりやすい。 |
持続性 | 症状は一時的であり、連続して発生することは少ない。 |
痛みの有無 | 基本的に痛みはないが、場合によっては軽い痛みや不快感をともなうことがある。 |
生じる音は、周囲の人にも聞こえるほど大きくなる場合も多いです。
また、音が生じる際に、軽い衝撃や振動、ひっかかりを関節部位で感じるケースもあります。
弾発股(ばね股)の原因
弾発股(ばね股)の原因としては、筋肉のバランスの崩れ、靭帯や腱の異常などがあります。
原因 | 説明 |
---|---|
筋肉のバランスの崩れ | 大腿四頭筋やハムストリングなど膝股関節周りの筋肉のバランスの崩れ(アスリートに多い) |
靭帯や腱の異常 | 股関節周りの靭帯や腱の損傷や異常な緊張状態 |
軟骨の損傷 | 股関節関節の軟骨の損傷 |
関節の形状異常 | 生まれつきの関節の形状異常、怪我や疾患による変形 |
過度の運動や使用 | 股関節に過度の負荷がかかるスポーツや重労働の反復、股関節を頻繁に回旋させるスポーツ(バレエ・ダンスなど)、ランニングや坂道など傾斜のある路面での走行 |
弾発股(ばね股)のリスクを高める要因
特定の年齢や体型なども、弾発股(ばね股)のリスクを高める要因になる場合があります。
原因 | 説明 |
---|---|
年齢と性別 | 若年層や女性、思春期の急激な成長 |
体重と体型 | 過体重や特定の体型 ※股関節に余計な負担をかけ、弾発股を引き起こしやすい。 |
姿勢の問題 | 長時間の同じ姿勢や不適切な姿勢 ※股関節周りの筋肉や靭帯に異常な負担がかかり、弾発股になりやすい。 |
遺伝的要因 | 家族内で弾発股の例がある場合 |
若い女性の股関節病変で、3番目に多いのが弾発股です。
これは、発育期の女性の骨盤の大きさと成長が発症に関係しているのではないかと言われています。
弾発股(ばね股)の検査・チェック方法
弾発股(ばね股)の検査では、 問診、触診、身体テスト、画像診断などを行います。
- 問診
- 触診
- 身体テスト
- 画像診断
- 病歴聴取
問診
診察時には、患者様の股関節の動きや痛みの有無、股関節の形状などを詳細に観察します。
特に、歩行時や階段の昇降時の股関節の動きに注目し、弾発股が起こる際の特徴的な動きを確認します。
また、問診時には、患者様の日常生活での様子や痛みの情報について尋ねます。
- 症状の発生時期
- 症状が現れる特定の動作や状況
- 日常生活での運動習慣
- 痛みの強さ
- 痛みの性質
触診
触診では、股関節関節や周囲の筋肉、靭帯、腱などに直接触れて、痛みや異常の有無を確認します。
触診により、股関節の特定の部位に問題があるかどうかを判断できます。
また、股関節周りを指で圧迫し、痛みがある部位を特定します。
身体テスト
患者さんに一定の運動を行ってもらい、膝股関節の動きを観察します。
また、膝股関節を曲げたり伸ばしたりする動作をしてもらい、弾発股特有の音が発生するかをチェックします。
病型 | 身体テストの例 |
---|---|
内側型弾発股 | Ober:側臥位になって、膝を上げ下げする FABER:股関節を屈曲、外転、外旋位にしたあとに、伸展させる Hula-Hoop:立位で股関節を回す |
外側型弾発股 | Thomas test & Modified Thomas:仰向けになって膝を胸に近づける Stinchfield test:仰向けで股関節を30°にし、股関節を完全に屈曲させる Lliopsoas test:仰向けで屈曲、外転、外旋から伸展※5、内転、内旋への動作をする |
※5 伸展:筋肉を伸ばすこと
画像診断
必要に応じて、X線やMRIなどの画像診断を行います。
画像診断では、股関節の構造や軟骨、靭帯の状態を詳細に確認できます。
特にX線検査では、症状が寛骨臼転位※6、大腿骨寛骨臼インピンジメント※7、発育形成不全に関連している場合の股関節と骨盤の状態を調べるのに役立ちます。
※6 寛骨臼転位:寛骨臼が正常な位置から外れた状態
※7 大腿骨寛骨臼インピンジメント:股関節を動かした際に骨同士がぶつかり合い、痛みや関節軟骨の損傷を引き起こす疾患
病歴聴取
患者様の過去の病歴やスポーツ活動歴などの情報から、弾発股(ばね股)の原因となっている要因を探ります。
弾発股(ばね股)の治療方法と治療薬
弾発股(ばね股)の治療には、物理療法、リハビリテーション、薬物療法、手術的治療があります。
- 物理療法
- リハビリテーション
- 薬物療法
- 手術治療
物理療法とリハビリテーション
物理療法では、筋力トレーニング、ストレッチ、マッサージを行います。
物理療法は、股関節周りの筋肉強化とバランス改善により、股関節の安定性を高める目的で行われます。
リハビリテーションでは、関節の柔軟性と筋力を向上させるため、ストレッチや筋力トレーニング、バランス訓練を行います。
弾発股(ばね股)の治療薬
弾発股(ばね股)の治療に用いられる主な治療薬は、非ステロイド性抗炎症薬です。
治療薬 | 成分名 | 効果 |
---|---|---|
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) | イブプロフェン、ロキソニン | 炎症や痛みを和らげる |
物理療法、リハビリテーション、薬物療法でも症状が緩和されない場合は、ステロイドを滑液包や腱鞘に注射する方法が検討されます。
手術治療
重度の弾発股や、他の治療法で改善が見られない場合には、手術的治療が検討される場合があります。
- 関節の構造を修正する手術
- 靭帯を切り離す手術
- 損傷した軟骨を取り除く手術
弾発股(ばね股)の治療期間と予後
弾発股(ばね股)の治療期間は、数週間から数ヶ月と幅広く、状況によっては長期間を要する場合もあります。
治療期間は幅広いものの、多くは6〜12ヶ月程度で治癒します。(薬物療法、物理療法、リハビリテーションの場合)
症状 | 治療期間の目安 |
---|---|
軽度 | 数週間の物理療法や運動療法を行い、数週間から数ヶ月の治療で改善を見せるケースが多い。 |
重度 | 数ヶ月以上の治療が必要になる場合がある。 |
手術の場合 | 手術後の回復には長期間を要する。手術治療の場合は、術後のリハビリテーションも含めて数ヶ月から1年程度の治療期間が必要になる場合がある。 |
弾発股の予後は、一般的には良好です。治療と継続的なリハビリテーションを行えば、ほとんどのケースで大幅な改善がみられます。
しかし、患者様の生活習慣や体質、症状の原因によっては、症状の再発や持続もありえます。特に、スポーツ選手や重労働を行う方は、関節への過度な負荷が原因で症状が再発しやすいです。
また、患者様自身による自己管理も、予後に影響を与えます。
- 定期的な診察やリハビリテーションを受ける
- 運動習慣の維持
- 過度な負荷を避けるための生活習慣の調整
- 痛みや不快感がある場合の早期の医療機関への相談
薬の副作用や治療のデメリット
弾発股(ばね股)の治療に使用される薬や治療法は、症状の緩和に役立つ一方で、副作用やデメリットがあります。
治療薬の副作用
弾発股(ばね股)の薬の副作用には、胃腸の不調、胃潰瘍、腎臓への影響などがあります。
治療薬 | 副作用 |
---|---|
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) | 胃腸の不調、胃潰瘍、腎臓への負担、心臓疾患のリスク、アレルギー反応、肝機能障害 |
また、長期間の使用はこれらのリスクを高める可能性があります。
物理療法、リハビリテーションのデメリット
物理療法は副作用が少ないとされています。しかし、誤った方法を用いれば、筋肉の痛みや損傷を引き起こす可能性がある点には注意が必要です。
また、治療期間が長期になると、時間的、経済的な負担が大きくなる点もデメリットと言えます。
手術治療のデメリット
手術治療を選択した場合、再発や合併症、手術後の感染などがデメリットとして挙げられます。
- 再発(疼痛や音)
- 大腿前面の知覚異常
- 一過性の股関節屈筋脱力
- 有痛性滑液包形成
- 手術後の感染症
- 長期的なリハビリテーション
保険適用の有無と治療費の目安について
弾発股(ばね股)の治療で保険適用が認められるものには、薬物療法、リハビリテーションがあります。
また、手術についても、医師の診断により必要性が認められれば、健康保険が適用されます。
治療費の金額は、薬物治療やリハビリテーションを行う場合、自己負担額は1回あたり数百円から数千円程度です。
手術が必要となった場合の治療費は、自己負担額で数十万円から数百万円程度です。
保険適用内の治療 | 治療費の目安(自己負担額) |
---|---|
薬物療法 | 1回あたり数百円から数千円 |
リハビリテーション | 1回あたり数百円から数千円 |
手術(必要性が認められた場合) | 数十万円から数百万円 ※手術の内容や入院日数などにより異なる |
治療費について詳しくは、担当医や医療機関にご確認ください。
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