ベーカー嚢腫(のうしゅ)(popliteal cyst , Baker’s cyst)とは、膝関節の滑液が過剰に生成され、溜まった滑液が膝の後ろに嚢腫となって突出する疾患です。
多くは無症状ですが、膝の違和感や痛み、膝の動きの制限を引き起こす場合があり、特に膝を曲げ伸ばしする際に症状が現れやすいです。
この記事では、ベーカー嚢腫の症状や原因、治療法について解説します。
ベーカー嚢腫(のうしゅ)の症状
ベーカー嚢腫の主な症状は、膝の裏側の腫れ、痛みや不快感が特徴です。
- 膝の裏側の腫れ
- 痛みや不快感
- 膝の可動域の制限
- 圧迫感
- 嚢腫の破裂
- 神経症状
膝の裏側の腫れ
ベーカー嚢腫の最も一般的な症状は、膝の裏側に現れる腫れです。症状によっては、視覚的に確認できるほど嚢腫が大きくなるケースもあります。
嚢腫は膝関節の動きによって大きくなったり小さくなったりする特性があるため、膝を少し曲げると、嚢腫の軽減や消失が見られる場合もあります。
痛みや不快感
嚢腫が大きくなると、膝の裏側に痛みや不快感が生じやすくなります。痛みや不快感は、膝関節を曲げ伸ばしする際に生じやすいです。
嚢腫が周囲の組織を圧迫すると、膝の裏側の皮膚に違和感やしびれを感じる場合もあります。
痛みや不快感がある場合には、深部静脈血栓症(DVT)※1や血栓性静脈炎との鑑別が必要になります。
※1 深部静脈血栓症:足の深部静脈に血栓(血液の塊)ができる疾患
膝の可動域の制限
嚢腫は膝関節の曲げ伸ばしを妨げるため、膝を完全に曲げるのが難しくなる場合があります。
特に、階段の昇降や、しゃがむ動作で起こりやすいです。
圧迫感
腫れによって、膝の後方に圧迫感や違和感が生じます。
また、嚢腫が膝の裏の神経や血管を圧迫している場合、起立時や歩行時に圧迫感や重だるさ、むくみを感じやすくなります。
嚢腫の破裂
嚢腫内の圧力が高まると、嚢腫が破裂する場合があります。
破裂により内容物が周囲の組織に広がると炎症が起こり、鋭い痛みや発赤、ふくらはぎを水が流れる感覚などが生じます。
神経症状
嚢腫の増大や破裂によって、後脛骨神経の症状(足底のしびれやふくらはぎの痛み)が生じる場合があります。
ベーカー嚢腫の原因
ベーカー嚢腫の原因は、膝関節の炎症や関節の損傷などが挙げられます。
原因 | 説明 |
---|---|
膝関節の炎症 | 炎症で関節液が過剰に生成され、嚢腫の形成を促進する。 ※変形性膝関節症、関節リウマチなど |
関節の損傷 | 膝の怪我や慢性的な関節の摩耗で滑液が過剰に生成される。 |
過度な膝の使用 | 膝に過度の負担がかかる活動が原因で発生する。 ※スポーツ、肉体労働など |
関節の構造的異常 | 関節の先天的異常、膝の柔軟性が低い、特定の筋肉群が弱い場合に起こりやすい。 |
年齢 | 加齢に伴って関節包と嚢腫の交通が増加する。 ※35~70歳の成人に多い |
嚢腫の形成メカニズム
ベーカー嚢腫は、膝関節の裏側にある部分に、関節液が袋状に溜まったものを指します。
膝の屈伸運動で関節腔内の圧力が変化すると、関節液は膝の裏側へと移動します。移動した関節液が半膜様筋と腓腹筋内側頭の間の被膜に包まれると、嚢腫が形成されていきます。
膝関節腔と嚢腫の交通路※2は、基本的に膝関節腔から嚢腫の方向へ一方通行へ流れています。
※2 膝関節腔と嚢腫の交通路:チェックバルブ様(valve-like effect)と呼ばれています。
膝関節腔と嚢腫の交通量が増加するほど炎症が起こりやすくなり、ベーカー嚢腫が発生しやすくなります。
ベーカー嚢腫のリスク要因
ベーカー嚢腫のリスク要因には、年齢や生活習慣、体質などがあります。
- 中高年(35~70歳の成人)
- スポーツ選手
- 肉体労働者
- 生まれつきの骨格特徴
ベーカー嚢腫の検査・チェック方法
ベーカー嚢腫の検査では、身体所見と画像診断が行われます。また、症状によっては膝関節穿刺が行われる場合もあります。
- 身体所見:問診、視診、触診
- 画像診断:超音波検査、MRI検査
身体所見
身体所見では、医師による問診、視診、触診を行います。
- 膝の痛みの場所や程度
- 腫れや不快感の有無
- 動きの制限について
- 膝の後方の腫れ具体
- 圧痛の有無や程度
- 嚢腫の硬さや大きさ
身体所見のみでベーカー嚢腫の診断が難しい場合は、画像検査等が行われます。
- ベーカー嚢腫がより外側に位置する場合
- 膝関節を可動域いっぱいに動かしても嚢腫に変化が認められない場合
※特に膝関節の病歴がない方に限る
画像検査
画像診断では、超音波検査、MRI検査が用いられます。
検査方法 | 検査の内容 | わかること |
---|---|---|
超音波検査 | 膝の後方に存在する嚢腫のサイズや内容物を可視化する。 | 嚢腫の液体の性質や周囲の組織との関係を評価できる。 |
MRI検査 | より詳細な画像で、嚢腫と周囲の組織の関係を詳しく調べる。手術を検討するためにも利用。 | 嚢腫と周囲の組織の関係だけでなく、原因となる膝関節の他の病変も評価できる。 |
膝関節穿刺
場合によっては、膝関節の穿刺が行われます。膝関節穿刺で嚢腫内の液体を抽出し、性状を分析します。
これにより、嚢腫の内容物が感染液か、単なる滑液かを区別できます。
ベーカー嚢腫の治療方法と治療薬、リハビリテーション
ベーカー嚢腫の治療では、保存的治療、穿刺吸引、手術治療、リハビリテーションが行われます。
- 保存的治療
- 穿刺吸引
- 手術治療
- リハビリテーション
保存的治療
保存的治療には主に休息、圧迫包帯、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が用いられます。
治療内容 | 効果 |
---|---|
休息、圧迫包帯 | 嚢腫の圧力を軽減 ※初期段階に用いる |
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の投与 | 痛みや腫れの軽減 |
コルチコステロイドの注射 | 膝の腫れや痛みが短期間で軽減 |
保存的治療は、軽度の嚢腫に対して効果的ですが、嚢腫の大きさによっては限界があります。
穿刺吸引
嚢腫が大きく不快な場合、穿刺して嚢腫内の液体を吸引する場合があります。
穿刺吸引は、滑膜の炎症を抑えて症状を軽減させるのに有効です。穿刺吸引時には局所麻酔薬としてリドカインが使用されます。また、穿刺と同時にステロイド注射をする場合もあります。
手術治療
重症の場合は、嚢腫を摘出する手術が検討されます。
また、嚢腫の原因となっている変形性膝関節症や半月板損傷などを治療する手術が行われるケースもあります。
ベーカー嚢腫のリハビリテーション
ベーカー嚢腫のリハビリテーションでは、物理療法、理学療法による膝の機能改善が行われます。
リハビリテーション | 内容 |
---|---|
冷却療法 | 膝の腫れや痛みを軽減するために、冷却パックや冷凍ジェルなどを用いる。 |
圧迫療法 | 膝周囲を圧迫し、腫れを抑える。圧迫包帯やサポーターを用いる。 |
運動療法 | 膝関節周囲の筋力を強化し、柔軟性を高めるための運動を行う。膝の動きの改善、再発リスクの減少が期待できる。 |
ベーカー嚢腫の治療期間と予後
保存的治療を用いた場合、数週間から数ヶ月で良好な回復が見られます。
手術治療でも数週間から数ヶ月で良好な回復が見られますが、場合によっては長期的なリハビリテーションが必要になります。
治療期間は患者様の病状や治療方法に応じて異なりますが、ベーカー嚢腫の予後は基本的には良好とされています。
治療法 | 治療期間の目安 | 予後 |
---|---|---|
保存的治療 | 数週間から数ヶ月 | 多くは良好な回復を見せる。 |
穿刺吸引 | 数日から数週間 | 症状の改善は見られるが、再発の可能性あり。 |
手術 | 数週間から数ヶ月 | 良好な回復を見せるが、場合によっては長期的なリハビリテーションが必要。 |
治療後は、定期的な運動やストレッチ、膝に負担をかけにくい生活習慣の維持をお願いしています。
薬の副作用や治療のデメリット
ベーカー嚢腫の治療に使用される薬や治療法は、症状の緩和に役立つ一方で、副作用やデメリットがあります。
治療薬の副作用
ベーカー嚢腫の薬の副作用には、胃腸の不調や心臓病のリスク増加などがあります。
治療薬 | 副作用 |
---|---|
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) | 胃腸の不調、心臓病のリスク増加、腎機能障害 |
コルチコステロイド注射 | 感染のリスク増加、注射部位の皮膚が薄くなる、血糖値の上昇 |
穿刺吸引、手術治療、リハビリテーションのデメリット
治療方法 | デメリット・副作用 |
---|---|
穿刺吸引 | 感染リスク、嚢腫の再発 |
手術治療 | 感染、出血 |
リハビリテーション | 時間的、経済的な負担 |
保険適用の有無と治療費の目安について
ベーカー嚢腫の治療を目的としたステロイド注射やリハビリテーション、手術については、医師の診断に基づき必要性が認められれば、健康保険が適用されます。
保険適用内の治療 | 1か月あたりの治療費(自己負担3割) |
---|---|
穿刺やステロイド注射 | 数千円 |
リハビリテーション | 数千円~1万円 |
手術 | 症状によって異なる |
治療費について、詳しくは担当医や医療機関にご確認ください。
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