特発性大腿骨頭壊死症(Idiopathic femoral head necrosis , IFHN)とは、大腿骨頭の一部が血流の低下により壊死(骨が腐った状態ではなく、血が通わなくなって骨組織が死んだ状態)する疾患です。
1830年頃にフランスの解剖学者であるJean Cruveilhierによって、股関節外傷の合併症として初めて報告されました。
骨壊死の発生と痛みの出現には時間差が出る場合が多いです。
特発性大腿骨頭壊死症の危険因子としては、免疫異常の疾患やステロイド投与、アルコール、喫煙などが挙げられます。
この記事では、特発性大腿骨頭壊死症の原因や症状、治療法などについて解説します。
特発性大腿骨頭壊死症の病型
特発性大腿骨頭壊死症には16以上の異なる分類が提唱されており、そのほとんどがレントゲンやMRIの所見に基づいています。
文献でよく使用されている分類には、FicatとArlet(研究の63%)、Steinberg(20%)、Association Research Circulation Osseous(ARCO)(12%)、日本整形外科学会(5%)があります。
FicatとArletの分類
分類 | 所見 |
---|---|
Stage 1 | X線:正常 |
Stage 2 | 正常な大腿骨頭真球度、嚢胞や骨硬化領域などの骨再形成の徴候 |
Stage 3 | 大腿骨頭の軟骨下崩壊または扁平化 |
Stage 4 | 寛骨臼※1に関節腔の狭小化を伴う退行性変化が認められる |
ただし、Ficat分類は壊死部位の大きさと位置を考慮していないため、しばしば信頼性に欠けると指摘されます。
※1 寛骨臼:骨盤にあるくぼみ状の陥没部
Steinberg分類
分類 | 所見 |
---|---|
Stage 0 | 症状なし X線:正常 MRI:非特異的 |
Stage 1 | 軽度の臀部痛または内旋時痛 X線:正常 MRI:診断可能 |
Stage 2 | 痛みの悪化または持続、大腿骨頭の硬化または嚢胞の増大 |
Stage 3 | 軟骨下病変(三日月徴候) |
Stage 4 | 大腿骨頭の扁平化、正常な関節腔 |
Stage 5 | 大腿骨頭の病変を伴う(もしくは伴わない)関節腔の狭小化 |
Stage 6 | 進行した退行性変化 |
Steinberg分類は、痛みの度合いや持続が所見に含まれているのが特徴です。
ARCO病期分類(2019年に改訂)
分類 | 所見 |
---|---|
I | X線:正常 MRI:T1強調MRIで低信号域 |
II | X線:異常 MRI:異常 |
III | X線またはCTでの軟骨下骨折 |
IIIA(早期) | 大腿骨頭陥凹2mm以下 |
IIIB(後期) | 大腿骨頭陥凹>2mm |
IV | X線:変形性関節症 |
ARCO分類は、Ficat分類に欠けている壊死の大きさや位置まで考慮されています。
特発性大腿骨頭壊死症の症状
特発性大腿骨頭壊死症の症状は、初期・中期・進行・末期の進行状態により異なります。
初期段階では症状がほとんどない場合もありますが、病状が進行するにつれ股関節の痛みや違和感が現れます。
特発性大腿骨頭壊死症の症状段階
初期段階では、特に痛みや不快感がないケースが多いです。
大腿骨頭壊死が発生してから症状が出始まるまでは、数ヶ月や数年以上かかる場合もあります。
ステージ | 症状 |
---|---|
初期段階 | 無症候性(症状がない) |
中期段階 | 股関節の痛みや違和感(特に歩行時や階段昇降時に感じやすい) |
進行段階 | 痛みの増加、股関節可動域の制限 |
末期段階 | 日常生活での動作に支障、股関節の機能障害が進む |
特発性大腿骨頭壊死症の症状の詳細
特発性大腿骨頭壊死症の具体的な症状としては、股関節や足の痛み、股関節の固まりなどが挙げられます。
- 股関節の痛み:歩く時や階段を上がる時に痛みを感じる
- 足の痛み:股関節から足に痛みが広がる
- 股関節が固まる:特に朝起きた時に股関節が動かしにくくなる
- 動きの制限:普段できるような動きが制限される
股関節の痛みや不快感は、大腿骨頭の血行不良がもとで起こる骨の陥没が原因です。
股関節に負荷がかかる活動時には、特に痛みが増しやすいです。
特発性大腿骨頭壊死症の原因
特発性大腿骨頭壊死症の原因としては、ステロイドの使用やアルコールの過剰摂取などがあります。
原因 | 詳細 |
---|---|
ステロイド使用 | 長期間のステロイド薬の使用、短期間での大量のステロイド使用 |
アルコールの過剰摂取 | 320g/週のアルコール摂取歴を半年以上でリスク増 |
特定の医療状況 | 鎌状赤血球貧血※2、遺伝性血栓症、抗リン脂質抗体症候群、悪性腫瘍、炎症性腸疾患など |
血液凝固異常 | 血液が通常より固まりやすい状態にあるとき |
遺伝的要素 | 家族歴や遺伝的背景によるもの |
生活習慣 | 不健康な食生活、運動不足 |
※2 鎌状赤血球貧血:酸素を運搬する能力が低下し、貧血などの症状を引き起こす病気。
特発性大腿骨頭壊死症の検査・チェック方法
特発性大腿骨頭壊死症の検査・チェック方法には、 病歴聴取や理学所見、画像診断、血液検査が用いられます。
病歴聴取、理学初見
患者様の症状を詳しく聞き、股関節の動きや痛みの程度を物理的に調べます。
- 痛みの位置
- 痛みや違和感の発生部位
- 痛みの性質
- 股関節の痛みや可動域の確認
- 歩行や階段昇降時の動作の観察
- 股関節周囲の圧痛の有無
画像診断
画像診断には、X線検査、MRI、CTスキャンが用いられます。
検査 | 内容 |
---|---|
X線検査 | 骨の変形や壊死の範囲を確認。骨頭の陥没(軟骨下骨折)が生じていなければ異常がみらない。 |
MRI | 骨の内部の詳細な状態を見るのに最適。初期の変化も捉えられる。骨折前病変を捉えるゴールドスタンダードで感度と特異度は99%。 |
CTスキャン | 骨の構造を詳細に観察するために用いられるが、大腿骨頭壊死の診断についてはMRIに劣る。 |
特発性大腿骨頭壊死症の診断には、これらの検査を組み合わせるのが一般的です。
血液検査
血液検査を通じて、他の疾患が原因で症状が起きていないかを確認します。また、全体的な健康状態や他のリスク要因を評価するのにも役立ちます。
その他の追加検査
疾患の状況によっては、通常の検査に加え、骨シンチグラフィーや生体力学的評価が行われる場合があります。
- 骨シンチグラフィー:骨の代謝活動を評価
- 生体力学的評価:歩行解析など、股関節の機能を詳細に分析
特発性大腿骨頭壊死症の治療方法と治療薬
特発性大腿骨頭壊死症の治療には、非外科的治療と外科的治療があります。
治療方法 | 対象者 | 内容 |
---|---|---|
非外科的治療 | 初期段階の方 外科的治療が禁忌の方 | 生活習慣の改善や物理療法(活動制限や体重管理を含む) |
外科的治療 | 病状が進行した方 | 股関節の骨切り保存手術や人工関節置換手術など |
非外科的治療
非外科的治療は、Steinberg分類では0期と1期の方、ARCOの分類では0期と1期の方が対象となります。
非外科的治療のうち、免荷療法は効果がみられない場合が多く、高圧酸素療法もエビデンスは多くありません。他には、体外衝撃波治療(ESWT)が使用されることもあります。
治療方法 | 内容 |
---|---|
免荷療法 | 体の免疫システムを利用した治療法 |
高圧酸素療法 | 患者様を高気圧の酸素環境に置く治療法 |
体外衝撃波治療 | 体外から衝撃波を患部に照射して、痛みや炎症を和らげる治療法 |
外科的治療
外科的治療には、Core decompression、骨移植、血管柄付き骨移植、大腿骨近位部骨切り術、人工関節手術(BHA, THA)があります。
治療方法 | 内容 | 補足説明 |
---|---|---|
Core decompression | 骨内圧を下げると同時に大腿骨頭への血行を回復 | 軟骨下骨骨折前の治療に用いられる |
骨移植 | 壊死部に正常な骨を移植 | 皮質自家骨移植、海綿自家骨移植、同種骨移植など |
血管柄付き骨移植 | 血管とつながっている骨を移植 | 微小血管手術の技術が必要 |
大腿骨近位部骨切り術 | 骨壊死部位にかかる負荷を減らす | 手術対象は年齢が40歳未満、ACROの病期がⅡとⅢ、寛骨臼に病変がない、股関節の可動域が正常であるケース |
人工関節手術(BHA, THA) | 壊死した骨頭を切除して金属でできた関節を埋め込む | 手術成績良好でリハビリも早期開始可能。ただし、ゆるみやすり減りが問題になるため、若年者に対しては要検討。 |
特発性大腿骨頭壊死症の治療薬
特発性大腿骨頭壊死症の治療に用いられる治療薬には、非ステロイド性抗炎症薬、ビスホスホネート製剤、スタチン、抗凝固薬、プロスタグランジンアナログがあります。
治療薬 | 効果 |
---|---|
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) | 痛みや炎症を和らげる |
ビスホスホネート製剤 | 骨の代謝(ターンオーバーとリモデリング)を調整し骨密度の低下を防ぐ ※最近では効果がないとする報告もあり |
スタチン(高脂血症治療薬) | 骨髄脂肪細胞のサイズを減少させ、ステロイド関連の大腿骨頭壊死から保護する |
抗凝固薬 | 血栓形成予防 |
プロスタグランジンアナログ | 全身性の血管拡張と血小板凝集を阻害 |
特発性大腿骨頭壊死症のリハビリテーション
特発性大腿骨頭壊死症のリハビリテーションでは、主に物理療法と作業療法が行われます。
リハビリテーション | 内容 |
---|---|
物理療法 | 股関節可動域の維持や筋力強化のための運動 |
作業療法 | 股関節への負担を軽減するための指導(日常生活の動作を改善) |
リハビリテーションは、患者様の生活の質の向上と、股関節機能の維持や改善を目的としています。
特発性大腿骨頭壊死症の治療期間
特発性大腿骨頭壊死症の治療期間は、非外科的治療では数週間から数ヶ月程度、外科的治療では数ヶ月以上から1年以上が目安です。
治療期間は患者様の病状や治療方法に応じて異なります。
進行性の疾患であるため、長期のフォローが必要になるケースも多いです。
- 骨切り手術:1.5ヶ月~3ヶ月
- 人工関節手術:1ヶ月前後
薬の副作用や治療のデメリット
特発性大腿骨頭壊死症の治療に使用される薬や治療法は、症状の緩和に役立つ一方で、副作用やデメリットがあります。
治療薬の副作用
特発性大腿骨頭壊死症の薬の副作用には、胃腸障害や腎臓への負担などがあります。
治療薬 | 副作用 |
---|---|
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) | 胃腸の不調、肝臓への負担 |
ビスホスホネート製剤 | 胃腸の不調、稀に顎骨壊死のリスク |
外科的治療のデメリット
外科的治療のデメリットとしては、手術時の感染や再手術のリスク、術後のリハビリテーションの必要性などが挙げられます。
手術内容 | リスク・デメリット |
---|---|
関節の保存手術 | 手術後の回復期間が長い、一定期間のリハビリテーションが必要、再手術のリスク |
人工関節置換術 | 手術時の感染のリスク、人工関節の摩耗や脱臼のリスク |
骨切り手術 | 手術後の回復期間が長い、再手術のリスク |
保険適用の有無と治療費の目安について
特発性大腿骨頭壊死症は指定難病の一つであり、医療費が助成されます。
指定難病の診断を受けると、1か月の負担額上限は上位所得の方でも最高30,000円です。
ただし、保険適用のある治療でも一部自己負担が必要な場合があります。入院中の食費などは全額自己負担になるため、注意が必要です。
保険適用外の治療には再生医療がありますが、全額自己負担となります。
治療費について詳しくは、担当医師や医療機関にご確認ください。
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