血友病性関節症(けつゆうびょうせいかんせつしょう)(Hemophilic arthropathy)とは、血友病患者において頻繁に発生する一種の関節障害です。
出血傾向がある血友病により関節内の出血が繰り返し生じた結果、関節の損傷が進行する特徴を持ちます。
関節の腫れ、痛み、動きの制限などが主な症状で、膝、肘、足首などの大きな関節に影響を及ぼすケースが多いです。
当記事では、血友病性関節症の症状や原因、治療法や治療費について詳しく解説します。
血友病性関節症の評価方法
血友病性関節症は、血友病の合併症としてみられる関節の慢性的な障害です。
血友病性関節症の診断および治療のための指標として、HEAD-USやEuropean classificationなどの評価方法が提唱されています。
血友病性関節症の主な評価方法
HEAD-US(Hemophilia Early Arthropathy Detection with Ultrasound)
膝、肘、足首などの主な関節に対して、滑膜炎(スコア0~2)、軟骨損傷(スコア0~4)、軟骨下骨損傷(スコア0~2)をスコアリングします。
評価点数は1関節につき最高8点までです。
European classification
評価基準は、軟骨下嚢胞、びらん、軟骨病変、関節液貯留または血症、滑膜肥大およびヘモシデリン沈着の有無です。
加算尺度は0点から28点の範囲で、点数が高いほど関節破壊が大きい状態を意味します。
HJHS (Hemophilia Joint Health Score)
膝、足首、肘の関節状態を評価するもので、点数範囲は各関節で0~20点です。
小児の血友病患者における関節の悪化を評価するために考案された方法で、腫脹、腫脹の持続時間、筋萎縮と筋力、クレピタス(関節の雑音)、可動性、関節痛の8項目を測定します。
Gilbert screening protocol
解剖学的変化、生体力学的変化、変形に関連する7項目から構成されている評価方法です。
各項目には0点、1点、2点の値があります。
最終的な値は膝関節と足関節では0点から12点、肘関節では0点から10点の範囲で示され、点数が高いほど関節の悪化が大きい状態を示します。
わずかな関節の変化にあまり敏感でないため、幼児や軽度の関節症の評価には適していないのがデメリットです。
HAL (Hemophilia Activities List)
日常活動への参加とパフォーマンスの測定に用いられる質問票です。
横たわる、座る、膝をつく、立つ、脚の機能、腕の機能、移動手段の使用、セルフケア、家事、余暇活動およびスポーツの7つの領域に分類された42項目があります。
点数範囲は0点から100点までです。
FISH (Functional Independence Score in Hemophilia)
セルフケア(基本的な日常生活動作の能力を評価)、移乗(座ったり立ったりする能力を評価)、移動(歩行と段差昇降)の3項目で評価します。
8つの活動(食事、着替え、洗髪や洗顔などの整容、椅子からの移乗、しゃがむ、歩く、階段を上る、走る)を測定して1点から4点まで採点されます。最高得点は32点です。
血友病性関節症の症状
血友病性関節症の主な症状には関節の腫れや痛みなどがあり、とくに膝や足首、肘の関節で起こる人が多いです。
症状 | 説明 |
---|---|
関節の腫れ | 関節内出血が原因で腫れが生じる |
痛み | 出血による炎症が痛みを引き起こす |
運動制限 | 腫れや痛みによる関節の動きの制限 |
関節の変形 | 長期の出血と炎症による関節の変形 |
関節の腫れ
出血により関節内に液体が溜まったり炎症を起こしたりして、腫れが生じます。関節の腫れは急に発生するケースが多く、とくに関節を動かした後に分かりやすく現れます。
また、関節周辺の熱感や皮膚の赤みを起こす場合もあります。
痛み
関節周辺の痛みも、血友病性関節症の一般的な症状です。出血に伴う炎症反応が原因で、関節を動かした際や圧迫された際に激しい痛みが生じます。
出血のたびに痛みが悪化する傾向があり、安静にしているときでも痛いと感じる人もいます。
運動制限
血友病性関節症の人は腫れや痛みによって、関節の動く角度が狭くなります。
歩行時の膝の曲げ伸ばし、物を掴む際の手首の動きなどが制限されるため、日常生活への影響も大きいです。
関節の変形
血友病性関節症が慢性化すると、関節が変形する例もみられます。
血友病性関節症を発症してすぐに関節が変形するわけではありませんが、症状が長期間にわたると関節の変形を引き起こす可能性が高まります。
関節の変形は、出血や炎症が関節の軟骨や周囲の組織にダメージを与えた結果として起こる症状です。
血友病性関節症の原因
血友病性関節症の根本的な原因は血友病です。
血液の凝固異常による関節内出血や、繰り返す出血による組織損傷などが原因で血友病性関節症を発症します。
原因 | 説明 |
---|---|
凝固異常による関節内出血 | 凝固因子の不足により発生する関節内出血 |
繰り返す出血による組織損傷 | 関節内の繰り返し出血が軟骨や関節内組織の損傷を引き起こす |
凝固異常による関節内出血
血友病患者は凝固因子※1が不足しており、これが関節内出血を引き起こす主な原因です。
※1凝固因子(ぎょうこいんし):血液凝固因子とも呼ばれる血を固める働きを持つタンパク質(第Ⅳ因子はカルシウムイオン)。
関節に負荷がかかる活動後や軽い外傷の後に、とくに出血が発生しやすいです。
血友病は凝固因子の残存量によって軽度から重度まで分類され、重症度が高い(凝固因子が少ない)ほど出血しやすい傾向があります。
繰り返す出血による組織損傷
関節内出血が繰り返されると、軟骨や関節内組織が徐々に損傷して血友病性関節症を引き起こします。
血友病性関節症で起こる組織損傷には、滑膜肥大やヘモジデリン沈着、軟骨破壊などがあります。
血友病性関節症で起こる組織損傷
- 滑膜肥大:関節内の滑膜といった組織が異常増殖した状態です。
- ヘモジデリン沈着:ヘモジデリンと呼ばれる鉄の一種が関節内に過剰に蓄積した状態です。ヘモジデリンは関節の細胞を刺激して骨を壊す成分を分泌します。
- 軟骨破壊:ヘモジデリン沈着によって、関節の軟骨組織が破壊された状態です。関節の可動域が狭くなったり動かしにくくなったりします。
- 軟骨下骨の構造変化:関節軟骨の深層にある骨組織の構造が変化した状態です。骨の溶解によって穴が開く嚢胞(のうほう)や骨が欠損した状態の骨びらんがみられるケースもあります。
- 骨棘形成:関節内の骨が棘のような形状になった状態です。骨棘は痛みや可動域の制限を招きます。
血友病性関節症の検査・チェック方法
血友病性関節症の検査・チェックには、身体所見や画像診断、血液検査が用いられます。
検査方法 | 説明 |
---|---|
身体所見 | 関節の腫れ、発赤、熱感、痛み、可動域のチェック |
画像診断法 | X線、MRI、CTスキャンによる関節の構造と損傷の評価 |
血液検査 | 凝固因子のレベル測定による血友病の診断 |
身体所見
身体所見のチェックでは、関節の腫れ、発赤、熱感、痛みの程度、関節の動きを医師が確認します。
また、普段の活動レベルや生活習慣、血友病の治療歴も考慮されます。
身体所見は、関節の炎症の兆候や機能障害の初期的な評価のために大切な検査です。
画像診断法
X線やMRI、CTを使用して、関節の構造や軟骨の損傷、関節内出血の有無を評価させていただきます。
X線検査
X線は関節の変形や軟骨の損傷を評価するのに有用です。
初期の血友病性関節症は軟部組織の腫脹がみられ、関節腔が狭くなった状態が確認できます。
さらに進行すると、骨がもろくなった状態である骨粗鬆症(こつそしょうしょう)、骨端の過成長を伴う骨病変、軟骨損傷が認められます。
MRI検査
MRI(磁気共鳴画像)検査は、強い磁気と電波を用いて身体の内部を画像化する検査方法です。
縦、横、斜めの断面や3次元の画像が得られるため、軟部組織病変、軟骨下嚢胞、軟骨損傷の早期評価ができるメリットがあります。
CT検査
CT(コンピュータ断層撮影)検査は、X線を照射して行う検査方法です。
5~15分程度の時間で、広範囲の画像を細かく撮影できる特徴があります。
血液検査
血友病性関節症の診断の一環として、血液検査が行われる場合があります。
血液検査は、血液凝固因子のレベルを測定して血友病のタイプや重症度を特定するための検査です。
また、関節症が進行しているときには、炎症マーカーのレベルをチェックさせていただくケースがあります。
血友病性関節症の治療方法と治療薬、リハビリテーション
血友病性関節症の治療は、関節の損傷を最小限に抑えて痛みを管理し、関節機能を維持するのが目的です。
主な治療方法は、治療薬とリハビリテーションの2つです。
血友病性関節症の治療薬
血友病性関節症の治療薬には、凝固因子製剤や疼痛管理薬などが用いられます。
- 凝固因子製剤: 血友病の基本的かつ主軸となる治療は、凝固因子の補充療法です。凝固因子製剤では関節内出血を予防し、既存の出血を治療します。具体的な薬剤には、第VIII因子製剤第IX因子製剤があります。
- 疼痛管理薬: NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)や鎮痛剤が痛みの管理に用いられます。イブプロフェンやアセトアミノフェンなどが処方されます。
- TNF-α阻害薬:滑膜炎が発症すると因子補充だけでは治療できないため、滑膜炎を制御する薬が必要になる場合があります。
血友病性関節症のリハビリテーション
リハビリテーションは、関節の機能を改善して痛みを軽減するために重要な治療方法です。
- 筋力トレーニング: 関節周囲の筋肉を強化し、関節の安定性を高めます。
- ストレッチ: 筋肉の柔軟性を向上させ、関節の可動域を広げます。
血友病性関節症の治療期間と予後
血友病性関節症の治療期間は一般的に長期間にわたり、人によっては生涯を通して治療に取り組む必要があります。
項目 | 説明 |
---|---|
凝固因子製剤の使用 | 長期間が必要な可能性があり、生涯にわたるケースもある |
疼痛管理とリハビリテーション | 数週間~数カ月 |
予後 | 早期介入と適切な管理で良好な結果が期待できる |
治療期間の目安
血友病性関節症の治療期間は個人差があり、数週間~長期間と幅が広いのが特徴です。
凝固因子製剤の定期的な投与は長期間にわたる場合が多く、生涯を通して行う必要がある人もいます。
一方、疼痛管理薬の服用とリハビリテーションは、数週間から数カ月の間で行われるのが一般的です。
予後について
疾患の早期発見、凝固因子製剤の定期的な投与、リハビリテーションでの関節保護措置を行うと、関節の損傷を最小限に抑えて良好な予後が期待できます。
また、痛みの管理とリハビリテーションを通じて、症状の緩和と関節機能の改善が可能です。
ただし、治療の開始が遅れると関節の永続的な損傷や慢性的な痛みが残るリスクが高まります。
血友病性関節症の薬や治療の副作用及びデメリット
血友病性関節症の薬や治療には、副作用やデメリットが存在します。
血友病性関節症の治療薬と副作用
治療薬 | 主な副作用 |
---|---|
凝固因子製剤 | アレルギー反応、抗体形成、発熱、腹痛、血圧上昇 |
NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬) | 胃腸障害、肝機能障害 |
TNF-α阻害薬 | アレルギー反応、結核やB型肝炎の再発リスク |
血友病の基本的な治療薬である凝固因子製剤には、アレルギー反応や抗体の形成などの副作用が報告されています。
NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は痛みの管理に使用されますが、胃腸の問題や腎機能障害を引き起こす可能性があり、長期服用で副作用のリスクが増す点に注意が必要です。
TNF-α阻害薬は過去に結核やB型肝炎を患った人への使用は注意が必要で、体内に存在する結核菌やB型肝炎ウイルスが再び活性化してしまう可能性があります。
そのため、結核やB型肝炎を患った経験のある人は、事前に医師に申告するようにしましょう。
リハビリテーションのデメリット
血友病性関節症の治療におけるリハビリテーションは、関節への負担を増やして出血のリスクを高める可能性があります。
出血のリスク増加は、過度な筋力トレーニングやストレッチで起こり得ます。
リハビリテーションは自己流で行わず、必ず医師や理学療法士の指導を仰ぐようにしましょう。
保険適用の有無と治療費の目安について
血友病性関節症の治療は、経済的負担を軽減するための医療費助成制度があり、制度を利用すると自己負担額が実質無料になる場合があります。
保険適用になる治療
血友病は、厚生労働省に定められた指定難病の一つです。
そのため、血友病の治療費が公費負担となるため自己負担分がないか、収入によって決められた限度額までの支払いとなります。
※血友病は「自己免疫性後天性凝固因子欠乏症」の病名で2017年に難病指定されました。(難病情報センター:自己免疫性後天性凝固因子欠乏症(指定難病288))
保険適用外の治療
一部の治療用装具や特定の治療部位は保険適用外となる場合があります。
具体的な内容については、主治医や医療ソーシャルワーカー(MSW)などにご相談ください。
1カ月あたりの治療費の目安
医療費助成制度を利用すると、血友病性関節症の治療にかかる1カ月あたりの自己負担額は0~3万円です。
さらに、20歳以上の患者さんが対象となる「先天性血液凝固因子障害等治療研究事業」を利用すると自己負担が助成され、実質無料になるケースもあります1)2)3)。
先天性血液凝固因子障害等治療研究事業の詳細や申請手続きについては、各自治体へのお問い合わせが必要です。
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2) 先天性血液凝固因子障害等治療研究事業/福岡県
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