有痛性分裂膝蓋骨(ゆうつうせいぶんれつしつがいこつ)(Bipartite patella with pain , Painful bipartite patella)とは、膝蓋骨(通常「膝のお皿」として知られる骨)が、通常とは異なる形状や構造を持つ疾患です。
膝蓋骨が骨化する過程で結合せず、2つ以上の骨が線維軟骨性につながっている状態を指します。
膝の動きにともなって痛みを引き起こす場合があり、痛みは膝の屈伸時によく見られます。
活動的な若者やスポーツを行う人々に多く見られる症状であり、膝の使い過ぎや特定の運動によって悪化しやすいです。
この記事では、有痛性分裂膝蓋骨の症状や原因、治療法などについて解説しています。
有痛性分裂膝蓋骨の病型
有痛性分裂膝蓋骨の病型でよく使用されているのはSaupeの分類です。
膝蓋骨が分離している位置で分類されますが、3つに別れた膝蓋骨や内側型が含まれていないため、病因を網羅していない点で批判があります。
Saupeの分類 | 状態 |
---|---|
I型(5%) | 膝蓋骨の下端(下極)が分裂している |
Ⅱ型(20%) | 膝蓋骨の外側が縦方向に分離している |
Ⅲ型(70%) | 外側上方が分離している |
有痛性分裂膝蓋骨の症状
有痛性分裂膝蓋骨の症状には、痛みや膝の腫れなどがあります。
- 膝の痛み
- 膝の腫れ
- 運動制限
- 動作時の不快感
膝蓋骨が分離する症状を持つ「分裂膝蓋骨※1」のうち、痛みが生じる場合に有痛性分裂膝蓋骨と診断されます(分裂膝蓋骨の95%以上の方は無症状です)。
※1分裂膝蓋骨:膝蓋骨は、最初は軟骨のかたまりです。3~5歳の間に骨化がはじまり、9~10歳くらいまで続きます。膝蓋骨は骨化中心から骨化がはじまりますが、これが1つの場合(77%)もあれば、複数の場合もあります。複数の場合でも、通常であれば骨化が進むに従って結合していきます。しかし、中には骨化中心が一体化せず、線維軟骨性結合でつながるのみになってしまう場合があり、この状態を分裂膝蓋骨といいます。
膝の痛み
有痛性分裂膝蓋骨において最も一般的な症状は、膝に生じる痛みです。運動時や膝への圧力がかかった際に、膝蓋骨の分裂部分に痛みが生じます。
膝前面の痛みや分離部の圧痛は、走る、ジャンプする、階段を上るなどの活動時に感じやすいです。
また、長時間座っていた後に立ち上がる際などにも痛みを感じる場合があります。
膝の腫れ
膝蓋骨の分裂により、膝関節の周囲の組織が刺激され、腫れや張りを引き起こします。
腫れは、膝の動きを制限し、膝の曲げ伸ばしを困難にします。
運動制限
膝蓋骨の異常により、膝の屈伸運動が制限される場合があります。特に、膝を深く曲げる動作や長時間の立位が困難になりやすいです。
動作時の不快感
膝を曲げ伸ばしする際のクリック音や違和感も有痛性分裂膝蓋骨の一般的な症状で、分裂した膝蓋骨の断片が、関節内で動くために起こります。
歩行時、階段を上る際、激しい運動をする際に起こりやすいです。
有痛性分裂膝蓋骨の原因
有痛性分裂膝蓋骨の原因としては、遺伝的要因や発育過程での異常などがあります。
原因 | 説明 |
---|---|
遺伝的要因 | 特定の遺伝子の変異(おそらく他因子)が関与している可能性 |
発育過程での異常 | 成長期における膝蓋骨の発育不全 |
栄養不良の影響 | 栄養不良(カルシウムやビタミンDの不足) |
先天的要因
有痛性分裂膝蓋骨の原因として最もよく考えられるのは、先天的な要因です。
- 家族内で似た骨の問題が見られる場合の遺伝
- 母体の健康状態
- 母体の疾患の影響
母体の健康状態や疾患の有無、特定の薬剤の使用が、胎児の骨の発育に影響する可能性があります。
発育過程での異常
青少年期における急速な成長と発達も、有痛性分裂膝蓋骨の代表的な原因です。
青年期には骨の成長が特に活発ですが、膝蓋骨の発育が不均等であると、分裂や異常な形状を持つ骨片が生じる可能性があります。
特にスポーツを行う子供や青少年は、膝へ過度なストレスがかかりやすく、発育不全を起こしやすいです。
栄養不良の影響
栄養素不足や骨の代謝に関連する健康状態が不良になると、骨の正常な発育が妨げられ、膝蓋骨の分裂や形成異常を引き起こす可能性があります。
成長期の栄養不足、特にカルシウムやビタミンD不足は有痛性分裂膝蓋骨リスクを高める要因となります。
有痛性分裂膝蓋骨の検査・チェック方法の検査・チェック方法
痛性分裂膝蓋骨の検査・チェック方法には、 臨床的診察、身体テスト、画像診断などがあります。
- 臨床的診察
- 身体テスト
- 画像診断
また、必要に応じて血液検査や遺伝的検査が行われる場合もあります。
臨床的検査
臨床的検査では、患者様の膝の可動範囲、痛みの程度、腫れや発赤の有無などをチェックします。
- 膝の可動範囲
- 痛みの程度
- 腫れや発赤の有無
- 膝を曲げ伸ばしする際の感覚
- クリック音の有無
痛みのチェックでは、膝蓋骨周辺の圧痛点を確認し、痛みの位置を特定します。
また、膝関節の安定性や歩行時の状態も観察し、異常な動きや姿勢がないかも確認します。
身体テスト
身体テストでは、歩行分析や膝の筋力テスト、バランスや協調性を評価するテストが行われます。
身体テストは、膝の可動域や筋肉の弱さ、運動時の痛みの程度を把握するのに役立ちます。
画像診断
画像診断には、X線検査、MRI、CTスキャンが用いられます。
検査 | 内容 | わかること |
---|---|---|
X線検査 | 膝蓋骨の骨構造を可視化する。 | 分裂の有無や程度を特定する。 ※特に膝蓋骨の形状や整合性に着目 |
MRI | 軟骨や軟組織の状態を詳細に把握する。 | 分裂膝蓋骨に関連する軟部組織の障害や、隠れた骨の異常を検出できる。 |
CTスキャン | 3次元的な骨の画像により、膝蓋骨の分裂部分の正確な位置や大きさを把握する。 | 複雑な分裂や微細な骨の異常を評価できる。 |
X線検査では、分離した膝蓋骨が認められれば診断が可能ですが、膝蓋骨骨折と見分ける必要があります。
分裂膝蓋骨 | 膝蓋骨骨折 |
---|---|
・多くが外上方の骨片 ・分離部の辺縁は場合は広く硬化している | ・骨縁はシャープで鋭く硬化してない |
追加検査
場合によっては、有痛性分裂膝蓋骨に関連する他の疾患の可能性を調べたり健康状態を評価したりするために、追加検査が行われます。
- 血液検査
- 代謝異常や栄養不良を調べる検査
- 遺伝的検査
これらの検査は、有痛性分裂膝蓋骨の原因を探るための手段としても用いられます。
有痛性分裂膝蓋骨の治療方法と治療薬、リハビリテーション
有痛性分裂膝蓋骨の治療には、保存的治療、手術治療、薬物療法、リハビリテーションがあります。
治療方法 | 内容 |
---|---|
保存的治療 | 安静、アイシング、圧迫、挙上(RICE療法) |
手術治療 | 非ステロイド性抗炎症薬による痛みの管理 |
薬物療法 | 症状が重度で、保存的治療に反応しない場合に検討 |
リハビリテーション | 筋力トレーニング、ストレッチ、物理療法 |
保存的治療治療
有痛性分裂膝蓋骨の治療では、保存的治療が主に選択されます。
初期段階では、安静、アイシング、圧迫、挙上(RICE療法)が推奨されます。また、痛みを引き起こす可能性がある特定の運動やスポーツの一時的な中止を勧められる場合もあります。
手術治療
重度の方や保存的治療で改善が見られない方には、手術治療が検討される場合があります。
- 分裂した膝蓋骨の除去する手術
- 分裂した膝蓋骨を固定する手術
手術は直視下や関節鏡視下で行われるのが一般的です。
また、骨片を摘出せずに癒合させるべく分裂骨片を金属で固定する手術や、骨片への牽引力を減らすために軟部組織のリリースを行う手術もあります。
薬物治療
有痛性分裂膝蓋骨の治療に用いられる治療薬には、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)があります。
治療薬 | 成分 | 効果 |
---|---|---|
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) | ロキソニン | 膝関節の炎症や痛みを軽減する |
リハビリテーション
有痛性分裂膝蓋骨のリハビリテーションでは、筋力トレーニングやストレッチが行われます。
リハビリテーション内容 | 内容・目的 |
---|---|
筋力トレーニング | 膝周りの筋肉を強化し、関節の安定性を高める。 |
ストレッチ | 筋肉の柔軟性を向上させ、膝の可動域を広げる。 |
物理療法 | 超音波治療や電気刺激で痛みを軽減し、組織の回復を促進する。 |
有痛性分裂膝蓋骨の治療期間
有痛性分裂膝蓋骨の治療期間は、保存的治療では3ヶ月程度でのスポーツ復帰が目安です。
手術治療では、術後数ヶ月での復帰が目安となります。
※治療期間は患者様の病状や治療方法に応じて異なります。
治療方法 | 治療期間の目安 |
---|---|
保存的治療 | 軽度から中等度の症状の場合、数週間から数ヶ月の保存的治療が行われる。 ※3ヶ月程度でスポーツ復帰が可能 |
手術治療 | 手術内容やリハビリテーションの進行具合により異なる。 ※術後、数ヶ月でスポーツ復帰が可能 |
薬の副作用や治療のデメリット
有痛性分裂膝蓋骨の治療に使用される薬や治療法は、症状の緩和に役立つ一方で、副作用やデメリットがあります。
治療薬の副作用
有痛性分裂膝蓋骨の薬の副作用には、胃腸の不調や肝臓への負担などがあります。
治療薬 | 副作用 |
---|---|
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) | 胃炎、胃潰瘍、腎機能への負担 |
手術治療のデメリット
手術治療のデメリットとしては、感染症のリスクや術後の痛みなどが挙げられます。
- 手術のリスク:感染、麻酔、出血など
- 術後の痛み:一定期間の痛み
- リハビリテーション:術後は長期間のリハビリが必要
保険適用の有無と治療費の目安について
有痛性分裂膝蓋骨の治療では主に保険適用内での保存的治療が用いられます。
手術についても、医師の診断に基づき必要性が認められれば、健康保険が適用されます。
保険適用内の治療 | 保険適用外の治療 |
---|---|
保存的治療 ※安静、体重負荷の制限、理学療法など | 保険適用外の治療法は一般的ではない ※特定の新しい治療法や特殊な装具が保険適用外となる場合がある。 |
1か月あたりの治療費の目安としては、保険適用の治療であれば、自己負担で数千円から数万円程度円程度です。
保険適用外治療は全額自己負担で、数万円から数十万円程度です。治療費について詳しくは担当医、医療機関でご確認ください。
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