寛骨臼(かんこつきゅう)形成不全

寛骨臼(かんこつきゅう)形成不全(Acetabular dysplasia)とは、股関節の一部である寛骨臼の形成が不十分で、被覆が浅い状態となる疾患です。

明確な原因はわかっていませんが、先天性と後天性の2種類があり、大腿骨頭を十分に受け止められなくなって股関節の安定性が低下します。

日本人に多く見られ、成人男性の0〜2%、女性の2〜7%が寛骨臼形成不全を発症しているといわれています。

この記事では、寛骨臼形成不全の症状や原因、検査方法、治療方法などについて詳しく解説します。

この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)

日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師

2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。

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目次

寛骨臼(かんこつきゅう)形成不全の病型

寛骨臼形成不全は、股関節の寛骨臼(かんこつきゅう)が適切に形成されていない状態を指します。

病態の重症度によって、大きく3つのタイプに分類されます。

病型の分類特徴
Dysplasia(typeA)大腿骨頭は多少亜脱臼しているものの寛骨臼内にある状態。寛骨臼の上壁が一部欠損し、真の寛骨臼の深さが不十分で、低位脱臼となります。
Low dislocation(typeB)大腿骨頭が真の寛骨臼の上方に偽の寛骨臼を形成します(偽臼蓋)。上壁が完全になく真の寛骨臼の深さが不十分で、高位脱臼となります。
High dislocation(typeC)大腿骨頭が真臼蓋に完全に覆われておらず、上方および後方に移動しています。寛骨臼の完全欠損と真臼蓋の過度の前方転位があります。

上記のほかには、脱臼の程度によって分類するCrowe分類が有名です。

寛骨臼(かんこつきゅう)形成不全の症状

寛骨臼形成不全は、股関節の構造異常により引き起こされ、疼痛や可動域の制限、歩行異常などの症状がみられます。

症状説明
疼痛活動後や運動後に股関節周辺の痛みが増す
可動域の制限股関節の内旋や屈曲が困難になる
歩行異常びっこを引くような歩行や歩幅の狭さなど
脱臼や亜脱臼股関節の脱臼や亜脱臼が起こりやすい

疼痛

股関節周辺の痛みは、寛骨臼形成不全の典型的な症状の一つで、活動後や運動後に痛みが増す傾向があります。

また、体重を支える姿勢での股関節の屈曲や外旋も疼痛を悪化させる要因です。

可動域の制限

股関節の動きが制限され、特に内旋や屈曲の動きが困難となる可能性があります。

歩行異常

股関節外転筋の疲労に伴い、股関節外側の痛みや足を引きずるような歩行、トレンデレンブルグ歩行※1がみられる場合があります。

※1 トレンデレンブルグ歩行:下肢の外転筋の筋力低下により、骨盤の高さが傾斜する現象

脱臼や亜脱臼

寛骨臼形成不全が重度の場合、股関節の脱臼や亜脱臼が発生するおそれがあります。

寛骨臼(かんこつきゅう)形成不全の原因

寛骨臼形成不全の原因は多岐にわたり、遺伝的要因や発育期の問題、栄養不足、ホルモンの異常などが挙げられます。

原因説明
遺伝的要因家族内で同様の症例がある場合、遺伝的な要因が関与する可能性がある
発育期の問題出生前や幼少期の発育過程での問題が寛骨臼の形成を妨げる
栄養不足成長期の栄養不足が骨の発育に影響を与える
ホルモンの影響ホルモンバランスの乱れが骨の発育に影響を及ぼす

先天的な要因

寛骨臼形成不全の主な原因は、胎児期における股関節の発達異常であり、特定の遺伝子の変異や異常が股関節の構造に影響を与える可能性があります。

また、妊娠中の母体の栄養状態、薬剤の使用、生活環境などの要因が胎児の骨の発達に影響を及ぼし、寛骨臼部分の形成が不完全になる場合もあります。

発育過程における要因

子どもが成長する過程で寛骨臼形成不全が発生するケースも少なくありません。

成長期における骨の発達に、何らかの異常が生じるのが原因です。

栄養不足や疾患、運動不足などが原因で、股関節に必要な安定性や強度が発達せず、寛骨臼が正常な形を維持できなくなって寛骨臼形成不全を引き起こします。

生活習慣

日常生活における不適切な姿勢や長時間の座位などによって、股関節に不自然な圧力がかかると、股関節の構造が正常に発達しなくなるおそれがあります。

また、特定の職業やスポーツによる股関節への継続的なストレスも、寛骨臼の発達に影響を与えるため注意が必要です。

股関節の外傷や疾患

股関節の脱臼や骨折、股関節周囲の軟骨や筋肉の損傷なども、寛骨臼の正常な発達を妨げる要因です。

その他の健康上の要因

特定の関節疾患や全身性の疾患が、直接的あるいは間接的に寛骨臼の形成に影響を与え、寛骨臼形成不全を引き起こす可能性もあります。

骨の発達に影響を及ぼす代謝性疾患や内分泌疾患、特定の遺伝的疾患などが含まれます。

寛骨臼(かんこつきゅう)形成不全の検査・チェック方法

寛骨臼形成不全を診断するには、身体的診察のほか、レントゲン検査や超音波検査などの画像検査が必要です。

検査・チェック方法説明
身体的診察可動域、歩行様式、疼痛の有無などを観察
レントゲン検査股関節のX線撮影で骨の状態や寛骨臼の形状を評価
超音波検査特に小児の股関節の柔らかい組織の状態を確認
MRI検査軟骨や軟組織の状態を詳細に観察

身体的診察

トレンデレンブルグサイン※2や、股関節を屈曲していくときに内旋していくかどうかの確認を行い、股関節の可動域、歩行様式、疼痛の有無などを調べます。

※2 トレンデレンブルグサイン:患肢で片脚立ちをした際に、健側の骨盤が下がる現象を指します。

また、新生児や乳幼児の場合は、股関節の不安定性や脱臼の兆候を捉えるために、オルトラーニ試験やバロー試験といった特定の股関節検査が必要です。

レントゲン検査

寛骨臼の形状や位置、股関節の状態を評価するための検査です。

股関節のX線撮影を行い、寛骨臼(臼蓋)の被覆率をCE角などの指標を使って評価します。

超音波検査

超音波検査は、特に乳幼児の場合に有効で、骨がまだ十分に発達していない状態でも股関節の構造を評価可能です。

MRI検査

MRI検査は、軟骨や軟組織の状態を詳細に観察するために用いられます。

その他の関連検査

上記の検査に加えて、血液検査、遺伝子検査、特定の代謝障害を調べる検査などが必要となる場合もあります。

これらの検査は、寛骨臼形成不全の原因を特定するほか、関連するほかの疾患の有無を調べるのに有用です。

寛骨臼(かんこつきゅう)形成不全の治療方法と治療薬、リハビリテーション

寛骨臼形成不全の治療方法には、物理療法やリハビリテーション、手術療法、薬物療法などがあり、症状の重さや年齢に応じて選択されます。

治療方法説明
物理療法、リハビリテーション筋肉強化と柔軟性向上のための運動療法
手術療法重度の症状に対する手術
薬物療法炎症や痛みの軽減のための非ステロイド性抗炎症薬(イブプロフェン、ナプロキセン)

物理療法、リハビリテーション

物理療法とリハビリテーションは、股関節の可動域改善と、関節の安定性向上を目的とした治療方法で、筋力トレーニングやストレッチなどが含まれます。

  • 筋力トレーニング:股関節周りの筋肉を強化し、関節の安定性を高めます。
  • ストレッチ:筋肉の柔軟性を向上させ、股関節の可動域を広げます。

リハビリテーションは、手術後の回復過程においても重要です。

手術療法

寛骨臼形成不全の症状が重度の場合には、人工関節手術や骨切り手術が必要となる場合があります。

外科的治療には、股関節の構造を改善し、長期的な機能を回復させる目的があります。

薬物療法

炎症や痛みを和らげるために、イブプロフェンやナプロキセンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が用いられます。

寛骨臼(かんこつきゅう)形成不全の治療期間と予後

寛骨臼形成不全の治療期間は、年齢や症状の重さ、治療方法、および個人の体質や治療への反応によって個人差があります。

治療方法治療期間の目安
物理療法数週間から数か月
手術治療数か月から1年以上

物理療法の場合は数週間から数か月、手術を行った場合は数か月から1年以上が治療期間の目安です。

予後について

体質や治療への反応によって予後は異なりますが、早期に治療を開始すると、より良い予後が期待できます。

薬の副作用や治療のデメリット

寛骨臼形成不全の治療法には副作用やデメリットも存在し、特に薬物療法や手術治療を受ける際には注意が必要です。

治療方法副作用・デメリット
薬物療法(NSAIDs)胃腸の問題(胃炎や胃潰瘍)、腎機能への影響
手術治療感染のリスク、術後の痛み、リハビリテーションの長期化、坐骨神経麻痺、股関節脱臼、人工関節のゆるみ

薬物療法の副作用

寛骨臼形成不全の治療に使用される非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、胃腸に刺激を与え、胃炎や胃潰瘍を引き起こすおそれがあります。

また、長期間の使用は腎機能に影響を与える可能性があるため注意が必要です。

手術治療のデメリットとリスク

手術には、感染や術後の痛みが生じるリスクがあるほか、リハビリテーションにより長期間の通院が必要となり、日常生活に影響を及ぼすおそれがあります。

また、坐骨神経麻痺や股関節脱臼、人工関節のゆるみなどの後遺症が残るケースもあります。

坐骨神経麻痺は、特に手術で3cm以上、足の長さを伸ばした場合に起きやすいです。

股関節脱臼を起こすと、自分では直せずに全身麻酔下での整復が必要となったり、再手術が必要となったりする場合があります。

保険適用の有無と治療費の目安について

寛骨臼形成不全の治療は、保険適用の範囲内で行われるのが一般的で、手術やリハビリテーションなどが含まれます。

ただし、特定の高度な技術を必要とする手術や、特殊な医療機器を使用する治療などは、保険適用外となる場合があります。

治療費の目安

一方の股関節の手術であれば、3割負担で55万円前後、両方の股関節を同時に手術する場合は100万円前後が目安です。

治療内容保険適用治療費の目安
一方の股関節の手術あり約55万円  
両方の股関節の同時手術あり約100万円  

多くの場合は高額療養費制度※3が適用されるため、実際の自己負担は抑えられます。

※3 高額療養費制度を利用される皆さまへ(厚生労働省ホームページ)

ただし、上記の費用はあくまで目安であり、治療内容や範囲によって金額は異なります。

具体的な金額や治療方法、自己負担額については、各医療機関にお問い合わせください。

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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