糖尿病性腎症

糖尿病性腎症

糖尿病性腎症(diabetic nephropathy)とは、糖尿病が原因で発症する合併症の一つであり、高血糖状態が長期間持続することにより腎臓の機能が徐々に低下し、最悪の場合は腎不全にまで至ってしまう疾患です。

糖尿病性腎症は、初期の段階ではほとんど自覚症状はありませんが、時間の経過とともに腎機能は低下の一途をたどります。

早期発見と早期治療が何より大切で、定期検査を欠かさず受けるとともに、血糖値を適正範囲内にコントロールすることが強く求められます。

目次

糖尿病性腎症の病型

糖尿病性腎症は、病期が進むにつれてさまざまな病型を示します。

第1期腎症前期(正常アルブミン尿期)

この時期は、腎臓の機能は正常で、アルブミン尿は見られません。

ただし、腎臓の構造的変化が始まっている可能性があります。

病期アルブミン尿腎機能
第1期正常正常

第2期早期腎症期(微量アルブミン尿期)

この時期になると、少量のアルブミンが尿中に漏れ出て、腎臓の機能は正常ですが、腎臓の構造的変化が進んでいます。

早い段階から管理を行うことが大切です。

病期アルブミン尿腎機能
第2期微量正常

第3期顕性腎症期(顕性アルブミン尿期)

この時期になると、多量のアルブミンが尿中に漏れ出て、腎機能の低下が始まり、腎不全へと進行していきます。

  • 顕性アルブミン尿が認められる
  • 腎機能の低下が始まる
  • 腎不全への進行が心配される

第4期腎不全期

腎機能が著しく低下し、腎不全の状態となります。

さまざまな合併症のリスクが高まるため、厳重な管理が欠かせません。

病期アルブミン尿腎機能
第4期顕性高度低下

第5期透析療法期

腎機能が廃絶し、透析療法が必要となり、透析療法の継続と合併症の予防が重要です。

病期アルブミン尿腎機能
第5期顕性廃絶

糖尿病性腎症の症状

糖尿病性腎症の症状は、病気の初期段階ではほとんど自覚症状はありませんが、病状が進むにつれてさまざまな症状が現れてきます。

尿量の増加

糖尿病性腎症では、初期から中期にかけて尿量が増えることがよくあります。 血糖値が上昇すると、腎臓で糖が再吸収されずに尿中に排出されるためです。

尿量の増加は、夜間に何度もトイレに行きたくなる夜間頻尿や、1日の尿量が多くなる多尿として現れる場合があります。

尿量1日の尿量
正常1,000〜1,500ml
多尿2,000ml以上

尿タンパク

糖尿病性腎症が進行してくると、尿中にタンパク質が漏れ出てくることがあります。 糖尿病によって腎臓の微小血管が傷つき、タンパク質が尿中に漏れ出てしまうのです。

尿タンパクは、腎機能の低下を示す重要なサインの一つと言えます。

浮腫

糖尿病性腎症が進行すると、体内の水分やナトリウムが溜まりやすくなり、浮腫が現れることがあります。

浮腫は、下腿や足の甲に出やすく、指で押すと痕が残るのが特徴です。 浮腫の原因は、腎機能の低下によって水分やナトリウムの排泄がうまくいかなくなることだと考えられています。

浮腫の部位頻度
下腿最も多い
足背比較的多い
顔面まれ

全身倦怠感

糖尿病性腎症が進行してくると、体がだるいという全身倦怠感を訴える人もいます。 腎機能が低下することで老廃物が体内に溜まってしまうためだと考えられています。

全身倦怠感は、日常生活に支障をきたしかねない症状の一つです。

糖尿病性腎症の進行に伴って現れる症状

  • 尿量の増加
  • 尿タンパク
  • 浮腫
  • 全身倦怠感

糖尿病性腎症の原因

糖尿病性腎症び原因は長期間続く高血糖状態にあり、高血糖が腎臓に与える影響は多岐にわたり、複雑な病態を形成していきます。

高血糖がもたらす血管と神経への悪影響

高血糖状態が長引くと、血管や神経に損傷を与えm特に腎臓の細い血管は影響を受けやすく、徐々にその機能が低下していくことになります。

血管内皮細胞の損傷は血液の流れを阻害し、腎臓の濾過機能を低下させるのです。さらに、神経の損傷は腎臓の調節機能に障害をもたらし、尿量の増加や電解質バランスの乱れにつながります。

糖化の進行と腎機能への影響

高血糖は、体内のタンパク質に糖が結合する「糖化」を促進し、糖化されたタンパク質は正常に機能できなくなり、腎臓の障害につながっていきます。

糖化の進行度合いによる腎機能への影響

糖化の進行度合い腎機能への影響
初期軽度の障害:濾過機能のわずかな低下
中期中等度の障害:尿タンパク排泄増加、腎機能の低下
後期重度の障害:糸球体硬化、腎不全へと進行

糖化されたタンパク質は腎臓の細胞に蓄積し、炎症や線維化を引き起こし、徐々に腎臓の構造を変化させ、機能低下を引き起こします。

酸化ストレスの増大と腎臓への影響

高血糖は酸化ストレスを増大させます。

酸化ストレスとは、体内の活性酸素が過剰に発生した状態のことです。活性酸素は細胞や組織にダメージを与え、腎臓の機能低下を起こします。

  • 活性酸素の発生源:ミトコンドリア、NADPH オキシダーゼ、キサンチンオキシダーゼなど
  • 酸化ストレスによる細胞障害:DNA 損傷、脂質過酸化、タンパク質の変性
  • 腎機能低下との関連性:糸球体硬化、尿細管間質の線維化、腎血流量の低下

酸化ストレスは糖尿病性腎症の進行に深く関わっていて、抗酸化物質の減少や酸化ストレスに対する防御機構の低下は、腎臓の損傷を加速させる要因となります。

炎症性サイトカインの関与と腎臓の線維化

高血糖状態では炎症性サイトカインの産生が増加し、腎臓の細胞に悪影響を及ぼして、線維化を促進します。

サイトカイン作用
TNF-α炎症の促進、細胞接着分子の発現増加
IL-6線維化の促進、メサンギウム細胞の増殖
TGF-β細胞外マトリックスの産生亢進、上皮間葉転換の誘導

炎症性サイトカインは腎臓の細胞に作用し、細胞外マトリックスの産生を増加させます。過剰に産生された細胞外マトリックスは腎臓の線維化を引き起こし、機能低下につながるのです。

また、炎症性サイトカインは腎臓の細胞死を誘導し、組織の損傷を引き起こします。

糖尿病性腎症の検査・チェック方法

糖尿病性腎症は、糖尿病による慢性的な高血糖状態が引き起こす合併症の一つであり、早期発見と定期的なモニタリングが腎機能低下の予防に極めて重要となります。

尿検査や血液検査などの各種検査を組み合わせることで、腎症の進行度を適切に評価することが可能です。

尿検査によるアルブミン尿の評価

糖尿病性腎症の早期発見において、尿中アルブミン量の測定が重要な役割を果たします。

微量アルブミン尿は腎症の初期段階で見られる変化であり、定期的な尿検査によって評価すること大切です。

尿中アルブミン量は、随時尿や24時間蓄尿を用いて測定され、クレアチニン補正を行うことで標準化されます。

尿中アルブミン量に基づく分類

尿中アルブミン量分類
30 mg/gCr未満正常アルブミン尿
30〜299 mg/gCr微量アルブミン尿
300 mg/gCr以上顕性アルブミン尿

微量アルブミン尿が持続的に認められる場合は、糖尿病性腎症の初期段階と判断され、生活習慣の改善や薬物療法などの介入が必要です。

一方、顕性アルブミン尿は腎症の進行を示唆しており、より積極的な管理が求められます。

血液検査による腎機能の評価

血液検査では、クレアチニンやシスタチンCを測定し、糸球体濾過量(GFR)を算出します。

GFRは腎臓の濾過機能を反映する指標であり、低下している際は腎症の進行を示唆しています。

日本腎臓学会が提唱するCKD重症度分類

GFR(mL/分/1.73m²)腎機能区分
90以上G1
60〜89G2
45〜59G3a
30〜44G3b
15〜29G4
15未満G5

GFRの低下とともに、腎症のステージが進行していきます。

G3a以上の中等度以上の腎機能低下が認められる際は、専門医への紹介や積極的な介入が必要です。

その他の検査項目

糖尿病性腎症のリスク評価や管理において、以下の検査項目も重要な役割を果たします。

  • 血圧測定:高血圧は糖尿病性腎症の進行因子であるため、定期的な血圧管理が必要です。家庭血圧や24時間血圧測定を活用し、適切な血圧コントロールを目指します。
  • 血糖コントロールの評価:HbA1cを測定し、長期的な血糖コントロール状態を確認します。
  • 脂質代謝異常の評価:LDLコレステロールや中性脂肪などの脂質プロファイルを確認し、必要に応じて薬物療法を検討します。
  • 眼底検査:糖尿病性網膜症の有無を確認し、全身の微小血管障害の評価に役立てます。網膜症と腎症は密接に関連しています。

これらの検査項目を総合的に評価することで、糖尿病性腎症のリスクを多面的に捉えることが可能です。

定期的な検査の必要性

糖尿病性腎症の進行を予防するためには、定期的な検査が欠かせません。

日本糖尿病学会のガイドラインでは、以下のような検査スケジュールが推奨されています。

  • 尿中アルブミン量:年1回以上
  • 血清クレアチニン・GFR:年1回以上
  • 血圧測定:毎受診時 – HbA1c:2〜3ヶ月毎
  • 脂質プロファイル:年1回以上
  • 眼底検査:年1回以上

糖尿病性腎症の治療方法と治療薬について

糖尿病性腎症は、治療と管理が必要不可欠で、 治療の目的は、腎機能の低下を防ぎ、合併症を予防することにあります。

血糖コントロール

血糖コントロールは、糖尿病性腎症の治療の基本です。 HbA1cを7%未満に維持することを目標に、食事療法や運動療法、薬物療法を組み合わせます。

目標値
HbA1c7%未満
空腹時血糖130mg/dL未満
食後2時間血糖180mg/dL未満

血圧管理

高血圧は、糖尿病性腎症の進行を促進するため、血圧管理も欠かせません。 目標は、130/80mmHg未満とされており、ACE阻害薬やARBが第一選択薬として用いられます。

薬剤作用
ACE阻害薬アンジオテンシンⅡの生成を阻害
ARBアンジオテンシンⅡ受容体をブロック

脂質管理

脂質異常症は、糖尿病性腎症の危険因子の一つとして知られています。 LDLコレステロールを120mg/dL未満に維持することが目標であり、スタチンが第一選択薬です。

たんぱく質制限

たんぱく質の過剰摂取は、腎機能の低下を促進してしまうため、たんぱく質制限が実施されます。 ステージに応じて、以下のような制限が行われるのが一般的です。

  • ステージ1~2:1.0~1.2g/kg/日
  • ステージ3~4:0.8~1.0g/kg/日
  • ステージ5:0.6~0.8g/kg/日

糖尿病性腎症の治療においては、血糖、血圧、脂質、たんぱく質の管理が極めて重要です。

糖尿病性腎症の治療期間と予後

糖尿病性腎症では、早期発見と早期治療が極めて重要であ、治療を継続的に行うことで腎機能の低下を抑制し、良好な予後が期待できます。

治療期間の目安

糖尿病性腎症の治療期間は、病期によって異なります。

病期治療期間の目安
第1期3〜6ヶ月
第2期6〜12ヶ月
第3期1〜2年
第4期2〜5年

早期の第1期や第2期で治療を開始することが理想的です。

予後を左右する因子

糖尿病性腎症の予後は、いくつかの因子によって大きく左右されます。

  • 血糖コントロール
  • 血圧管理
  • 食事療法の遵守
  • 運動療法の実践

これらの因子を適切にコントロールすることで、腎機能の低下を抑制し、良好な予後が期待できます。

治療の継続性

糖尿病性腎症の治療は、長期的な取り組みが必要です。

治療法継続期間
血糖コントロール生涯
血圧管理生涯
食事療法生涯
運動療法生涯

定期的な検査の実施

糖尿病性腎症の進行を監視するためには、定期的な検査が欠かせません。

  • 尿検査(尿蛋白、尿中アルブミン)
  • 血液検査(クレアチニン、eGFR)
  • 眼底検査
  • 心機能検査

これらの検査結果を基に治療方針の調整を行うことで、効果的な治療を継続できます。

薬の副作用や治療のデメリットについて

糖尿病性腎症の治療を行う際は、薬の副作用や治療のデメリットについて理解しておくことが大切です。

副作用の多くは軽度から中等度ですが、重篤な副作用が生じる可能性も否定できません。 また、治療によって生活の質が低下したり、他の合併症のリスクが高まったりするデメリットもあります。

薬の副作用

糖尿病性腎症の治療で使用される薬には、いくつかの副作用があります。

薬の種類主な副作用
ACE阻害薬空咳、高カリウム血症、腎機能低下
ARB高カリウム血症、腎機能低下
利尿薬低カリウム血症、脱水、痛風発作

多くの場合、副作用は軽度から中等度ですが、まれに重篤な副作用が生じることもあります。ACE阻害薬やARBによる血管浮腫は、気道閉塞を引き起こし、生命を脅かす危険性も。

治療のデメリット

糖尿病性腎症の治療には、厳格な血糖管理や血圧管理が求められるため、患者さんの生活の質が低下してしまう可能性があります。

また、 厳格な血糖管理は低血糖のリスクを高め、重篤な低血糖発作を引き起こす恐れがあり、利尿薬の使用は脱水や電解質異常を招き、心血管疾患のリスクを高めることもあります。

治療法主なデメリット
厳格な血糖管理低血糖のリスク、生活の質の低下
厳格な血圧管理起立性低血圧、生活の質の低下
多剤併用療法服薬負担、副作用リスクの増加

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

治療費の内訳

糖尿病性腎症の治療費は、主に以下の項目で構成されています。

項目費用
外来診療費1,000〜3,000円/回
入院費10,000〜30,000円/日
薬剤費5,000〜10,000円/月
検査費3,000〜10,000円/回

公的助成制度の活用

糖尿病性腎症の治療費は高額になることがありますが、以下のような公的助成制度を活用することで、経済的な負担を軽減できます。

  • 高額療養費制度
  • 医療費控除
  • 障害者医療費助成制度
  • 自立支援医療費制度

治療費を抑えるポイント

糖尿病性腎症の治療費を抑えるためのポイント

ポイント説明
早期発見・早期治療定期的な検診を受け、早期発見・早期治療に努める
生活習慣の改善食事療法や運動療法を実践し、血糖コントロールを改善する
合併症の予防眼科や歯科など、関連診療科と連携し、合併症を予防する

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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