膜性腎症(MN)(membranous nephropathy)とは、腎臓にある糸球体の足細胞が傷つき、大量のタンパク質が尿中に漏れ出してしまう病気です。
糸球体は血液中の老廃物をろ過して尿を作る大切な場所ですが、糸球体上皮細胞(足細胞)が障害されるとろ過がうまくいかなくなってしまいます。
その結果、尿にタンパク質、特にアルブミンが大量に出ることになり、体内のタンパク質が減少し、低タンパク血症からむくみが現れる可能性もあります
膜性腎症の原因は、原因不明の特発性のもの、ガンや薬、感染症、自己免疫疾患などです。
膜性腎症(MN)の病型
膜性腎症は、腎臓の糸球体にある基底膜が肥厚してしまう病気で、 原発性膜性腎症と続発性膜性腎症の2つの病型に分類されます。
原発性膜性腎症
原発性膜性腎症は特発性とも呼ばれ、はっきりとした原因がわからないまま発症します。
原発性膜性腎症は40〜50代の男性に多く見られ、ネフローゼ症候群を伴うことが多い病型で、腎生検で糸球体基底膜の肥厚が確認され、免疫グロブリンや補体の沈着が認められるのが特徴的な所見です。
好発年齢 | 40〜50代 |
性別 | 男性に多い |
臨床症状 | ネフローゼ症候群 |
病理所見 | 糸球体基底膜の肥厚、免疫複合体の沈着 |
続発性膜性腎症
続発性膜性腎症は何らかの基礎疾患や薬の影響が引き金となって発症します。
続発性膜性腎症を引き起こす可能性がある疾患や薬
- 全身性エリテマトーデス(SLE)
- B型肝炎
- 悪性腫瘍
- 金製剤
- ペニシラミン
続発性膜性腎症と診断された際は、こうした基礎疾患の治療が病気の改善につながります。
膜性腎症の病型診断
膜性腎症の病型を正確に診断するためには、腎生検が欠かせません。 採取した腎組織を光学顕微鏡や蛍光抗体法などを用いて詳しく調べることで、原発性か続発性かの鑑別が可能です。
検査法 | 原発性膜性腎症 | 続発性膜性腎症 |
光学顕微鏡 | 基底膜の肥厚、スパイク形成 | 基底膜の肥厚 |
蛍光抗体法 | IgG、C3の顆粒状沈着 | IgGの顆粒状沈着 |
電子顕微鏡 | 上皮下へのデポジット | メサンギウム領域へのデポジットも |
膜性腎症(MN)の症状
膜性腎症は腎臓の糸球体に免疫複合体が沈着することで発症し、ネフローゼ症候群を呈することが多い疾患です。
全身性浮腫
膜性腎症の患者さんでは、大量の尿蛋白が失われることにより低タンパク血症が引き起こされ、その結果、浮腫が生じやすくなります。
特に下腿や足背、顔面の浮腫が目立つことが多く、重症例では全身に及ぶ場合もあります。
高度の尿蛋白
膜性腎症の特徴として、1日の尿蛋白量が3.5g以上の高度な尿蛋白が持続的に認められることが挙げられます。
尿蛋白量の増加は、血中のタンパク質濃度を低下させ、浮腫や脂質異常症などの合併症を引き起こす要因です。
尿蛋白量 | 症状の程度 |
1g未満 | 軽度 |
1〜3.5g | 中等度 |
3.5g以上 | 高度 |
脂質異常症
膜性腎症の患者さんでは、高度の尿蛋白により血中のアルブミンが減少するため、代償的に肝臓でのコレステロール合成が亢進し、その結果、高コレステロール血症や高トリグリセリド血症などの脂質異常症を合併しやすくなります。
血栓塞栓症
ネフローゼ症候群を呈する膜性腎症の患者さんでは、血液凝固能が亢進し、深部静脈血栓症や肺塞栓症などの血栓塞栓症を合併するリスクが高くなります。
特に、高度の尿蛋白や低アルブミン血症がみられる際は注意が必要です。
膜性腎症で認められる主な症状
- 全身性浮腫(特に下腿や顔面)
- 高度の尿蛋白(1日3.5g以上)
- 脂質異常症(高コレステロール血症、高トリグリセリド血症)
- 血栓塞栓症のリスク増加
症状 | 原因 |
浮腫 | 低タンパク血症 |
脂質異常症 | 血中アルブミン減少 |
血栓塞栓症 | 血液凝固能亢進 |
膜性腎症の患者さんでは、これらの症状が複合的に認められることが多く、早期の診断と管理が大切です。
膜性腎症(MN)の原因
膜性腎症は、腎臓のろ過装置である糸球体の毛細血管壁に免疫複合体が沈着することで発症します。
免疫複合体の沈着が原因
膜性腎症が発症する主な原因は、免疫複合体が糸球体の毛細血管壁に沈着してしまうことです。
免疫複合体とは、抗原と抗体が結合したもでで、通常、免疫複合体は血液中で処理されますが、何らかの理由で毛細血管壁に沈着すると、炎症反応が引き起こされ、膜性腎症を発症します。
特発性と二次性の膜性腎症
膜性腎症は、原因不明の特発性と、他の疾患や要因に伴う二次性に分類され、特発性膜性腎症の原因はまだ完全には解明されていませんが、遺伝的な素因や環境因子が関係している可能性が指摘されています。
種類 | 原因 |
特発性膜性腎症 | 原因不明 |
二次性膜性腎症 | 他の疾患や要因に伴う |
二次性膜性腎症の原因
二次性膜性腎症を引き起こす原因には、以下のようなものがあります。
- 自己免疫疾患(全身性エリテマトーデスなど)
- 感染症(B型肝炎、C型肝炎、梅毒など) – 悪性腫瘍(肺がん、大腸がんなど)
- 薬剤性(金製剤、ペニシラミンなど)
抗PLA2R抗体の関与
最近の研究で、特発性膜性腎症の患者の約70〜80%から、抗PLA2R抗体が検出されることがわかりました。
PLA2Rは、糸球体上皮細胞(足細胞)の膜蛋白質の一種です。この抗体が産生されると、免疫複合体が形成され、毛細血管壁に沈着してしまいます。
抗体 | 関与する膜性腎症の割合 |
抗PLA2R抗体 | 特発性の70〜80% |
抗THSD7A抗体 | 特発性の約5% |
その他の原因と発症メカニズム
抗PLA2R抗体以外にも、抗THSD7A抗体が特発性膜性腎症の約5%に関与していることがわかっています。
また、一部の症例では、上皮側の内因性抗原に対する抗体が産生され、免疫複合体が形成されることで発症する報告もあります。
膜性腎症の発症には、免疫学的な機序が重要な役割を果たしていますが、詳細なメカニズムはまだ完全には解明されていません。
今後の研究によって、さらなる原因解明と新たな治療法の開発が期待されるところです。
膜性腎症(MN)の検査・チェック方法
膜性腎症(MN)の早期発見と適切な管理のためには、定期的な検査とチェックが重要になります。
尿検査
尿検査は、MNの診断と経過観察に重要な役割を果たし、尿中のタンパク質や赤血球、白血球の有無を調べることで、腎臓の状態を評価します。
特に、尿中のタンパク質量は、MNの重症度を判断する指標です。
検査項目 | 正常値 | MNでの異常値 |
尿タンパク | 30mg/日以下 | 3.5g/日以上 |
尿潜血 | (-) | (+)〜(+++) |
尿沈渣 | 赤血球 1-4個/HPF 白血球 1-4個/HPF | 赤血球 >5個/HPF 白血球 >5個/HPF |
血液検査
血液検査では、腎機能や免疫系の状態を評価します。
- 血清クレアチニン値:腎臓のろ過機能を反映する指標であり、MNの進行に伴い上昇することがあります。
- 血清アルブミン値:MNでは、尿中へのタンパク漏出により低下する傾向にあります。
- 免疫グロブリン:MNの原因となる自己抗体の産生を示唆する場合があります。
検査項目 | 正常値 | MNでの異常値 |
血清クレアチニン | 男性:0.6-1.1mg/dL<br>女性:0.4-0.8mg/dL | 上昇 |
血清アルブミン | 3.8-5.3g/dL | 低下 |
腎生検
腎生検は、MNの確定診断に必要な検査です。
腎臓の一部を採取し、顕微鏡で観察することで、糸球体の障害の程度や型を判定し、腎生検の結果は、治療方針の決定に大きく影響します。
膜性腎症(MN)の治療方法と治療薬について
膜性腎症(MN)の治療には、免疫抑制療法や支持療法などがあります。
免疫抑制療法
免疫抑制療法は、MNの治療の中心となる方法です。
ステロイド薬やカルシニューリン阻害薬、シクロホスファミドなどの免疫抑制薬を使用することで、免疫系の活動を抑制し、腎臓への炎症を軽減させることが可能となります。
薬剤名 | 作用機序 | 副作用 |
ステロイド薬 | 炎症を抑制 | 感染症、骨粗鬆症など |
カルシニューリン阻害薬 | T細胞の活性化を抑制 | 腎機能低下、高血圧など |
シクロホスファミド | B細胞の増殖を抑制 | 骨髄抑制、出血性膀胱炎など |
支持療法
支持療法は、MNによる症状を緩和し、合併症を予防するための治療法です。
- 利尿薬:浮腫の改善
- ACE阻害薬/ARB:タンパク尿の減少、腎保護作用
- スタチン系薬剤:脂質異常症の改善
新たな治療薬の開発
近年、MNの新たな治療薬として、抗CD20モノクローナル抗体であるリツキシマブが注目されており、リツキシマブは、B細胞を選択的に除去することで、免疫系の異常を是正し、MNの治療効果を発揮すると期待されています。
薬剤名 | 作用機序 | 副作用 |
リツキシマブ | B細胞を選択的に除去 | infusion reaction、感染症など |
治療方針の決定
MNの治療方針は、患者さんの年齢、腎機能、合併症の有無などを総合的に考慮して決定されます。
また、治療効果や副作用のモニタリングを行いながら、個々の患者に合わせた治療法の調整が必要です。
膜性腎炎(MN)の治療期間と予後
膜性腎症の予後は、早期に見つかり、治療が始められれば、腎機能の悪化を抑えることができ、寛解に至る可能性が高いです。
しかし、発見が遅れ、腎機能がかなり低下してから治療が始まった場合、完全に寛解する割合は低くなってしまいます。
治療期間と寛解率
膜性腎症の治療期間は、通常、免疫を抑える治療を6〜12ヶ月間続け、その後の経過を見守ります。
治療によって完全寛解に至る割合
治療期間 | 完全寛解率 |
6ヶ月 | 約30% |
12ヶ月 | 約50% |
24ヶ月 | 約70% |
長期予後と再発リスク
膜性腎症の長期的な予後は、初期の治療でどれだけ効果があったかに大きく左右されます。
完全寛解した患者さんの5年生存率は90%を超えますが、不完全寛解や反応がなかった患者さんでは50%程度まで下がってしまいます。
初期治療への反応 | 5年生存率 |
完全寛解 | 90%以上 |
不完全寛解 | 70〜80% |
無反応 | 50%程度 |
また、完全寛解した後も再発する危険性があるため、以下のような点に気をつける必要があります。
- 定期的に腎機能を調べること
- 血圧をコントロールすること
- 塩分とたんぱく質を控えめにすること
個別化治療の必要性
膜性腎症の治療は、患者さんの年齢や腎機能、他の病気の有無などを考慮して、一人一人に合わせて行われる必要があります。
高齢の方や腎機能が著しく低下している方の場合、免疫を抑える治療が適しているかどうかを慎重に判断することが必要です。
また、感染症やがんを併発している場合は、治療方針を調整しなければなりません。
薬の副作用や治療のデメリットについて
膜性腎症(MN)の治療には薬物療法が用いられますが、副作用やデメリットもあります
薬の副作用
膜性腎症の治療に使用される薬には、副作用があります。
薬剤名 | 主な副作用 |
ステロイド | 骨粗鬆症、感染症リスク増加、糖尿病 |
シクロスポリン | 腎毒性、高血圧、脂質異常症 |
治療期間の長期化
膜性腎症の治療は長期間に及ぶことが多く、患者にとって大きな負担となります。
再発リスク
膜性腎症は再発リスクが高い疾患で、治療が効果を示しても、再発する可能性があります。
- 完全寛解後の再発率は30〜50%
- 不完全寛解後の再発率はさらに高い
副作用モニタリングの必要性
薬の副作用を早期に発見し対処するため、定期的な検査が欠かせません。
検査項目 | 検査間隔 |
血圧 | 1〜2週間ごと |
血糖値 | 1ヶ月ごと |
以上
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
治療費の内訳
膜性腎症の治療費は、主に以下の項目で構成されています。
- 診察費
- 検査費(血液検査、尿検査、腎生検など)
- 投薬費(ステロイド剤、免疫抑制剤など)
- 入院費(必要な場合)
項目 | 概算費用 |
診察費 | 5,000円~ |
検査費 | 50,000円~ |
公的医療保険の適用
膜性腎症の治療は、公的医療保険の適用対象です。
医療保険の種類 | 自己負担割合 |
国民健康保険 | 30% |
社会保険 | 30% |
ただし、高額療養費制度を利用すれば、自己負担額を抑えられる可能性があります。
治療費の助成制度
難病医療費助成制度や自治体独自の助成制度を活用することで、治療費の負担を軽減できるケースがあります。
- 指定難病医療費助成制度
- 自治体の医療費助成制度
以上
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