結節性硬化症(tuberous sclerosis complex)とは、全身の臓器に良性の腫瘍や過誤腫が発生する遺伝性疾患です。
この疾患は、皮膚、脳、腎臓、心臓、肺など、複数の器官に影響を及ぼしす。
症状の現れ方や重症度は個人によって大きく異なり、軽度なこともあれば重度の障害を引き起こす場合もあります。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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結節性硬化症の症状
結節性硬化症の症状は、皮膚症状、神経症状、腎症状、心臓症状など、全身の臓器に影響を及ぼす複雑な疾患で、症状は患者さんによって大きく異なります。
皮膚症状
結節性硬化症の特徴的な症状の多くは皮膚に現れます。
顔面の血管線維腫(はいかんせんいしゅ)は蝶の羽のような形状で頬に広がることから「蝶形紅斑」とも呼ばれ、思春期以降に目立つようになります。
また、爪の周囲や指、足に現れる爪囲線維腫や、背中や腰に生じる茶褐色の斑点(シャグリンパッチ)も特徴的です。
皮膚症状 | 好発部位 | 出現時期 |
血管線維腫 | 顔面(特に鼻唇溝) | 思春期以降 |
爪囲線維腫 | 爪周囲、指、足 | 思春期以降 |
シャグリンパッチ | 背中、腰 | 幼児期~学童期 |
白斑 | 体幹、四肢 | 出生時~幼児期 |
神経症状
脳に形成される結節(こぶ)が、てんかんや知的障害の原因となります。
てんかん発作のタイプや頻度は個人差が大きく、乳児期に始まるウエスト症候群から、部分発作や全般発作までさまざまです。
知的障害の程度も軽度から重度まで幅広く、自閉症スペクトラム障害を併発することもあります。
てんかん発作の種類
- ウエスト症候群(乳児期)
- 部分発作
- 全般発作
- 複雑部分発作
腎症状
腎臓に発生する血管筋脂肪腫(けっかんきんしぼうしゅ)は、結節性硬化症患者さんの80%以上に認められ、通常は良性ですが、大きくなると出血のリスクが高まります。
また、多発性嚢胞腎や腎細胞癌の発生率も一般より高いです。
心臓症状
心臓の横紋筋腫(おうもんきんしゅ)は胎児期や新生児期に発見されることが多く、成長とともに自然に縮小する傾向があります。
ただし、心臓の機能に影響を与える場合もあるため、定期的な観察が重要です。
心臓横紋筋腫の特徴 | 詳細 |
好発時期 | 胎児期~新生児期 |
経過 | 多くは自然縮小 |
注意点 | 心機能への影響に注意 |
フォローアップ | 定期的な心エコー検査 |
その他の症状
肺に発生するリンパ脈管筋腫症(LAM)は主に成人女性に見られ、進行性の呼吸機能障害を引き起こし、また、網膜や視神経の過誤腫により視力障害が生じることもあります。
結節性硬化症の原因
結節性硬化症は、主にTSC1またはTSC2遺伝子の変異によって引き起こされる遺伝性疾患です。
TSC1やTSC2遺伝子の変異により、細胞の成長と分裂を制御する重要なタンパク質の機能が障害され、体のいろいろな組織で良性腫瘍が発生します。
遺伝子変異
結節性硬化症の発症には、遺伝子の変異が深く関与しています。
TSC1またはTSC2遺伝子は細胞の成長と分裂を抑制する働きを持つタンパク質をコードしており、その機能が失われると、細胞の過剰な増殖が起こります。
遺伝子 | 染色体位置 | コードするタンパク質 |
TSC1 | 9q34 | ハマルチン |
TSC2 | 16p13.3 | チュベリン |
mTOR経路の異常活性化
TSC1とTSC2遺伝子の変異は、mTOR(mammalian target of rapamycin)経路と呼ばれる細胞内シグナル伝達経路の異常活性化を引き起こします。
mTOR経路は細胞の成長、代謝、生存に関わる不可欠な経路であり、その制御不全は結節性硬化症のさまざまな症状の原因です。
遺伝形式と新生突然変異
結節性硬化症は常染色体優性遺伝の形式をとりますが、約65%の症例では新生突然変異によって発症します。
これは両親から遺伝子変異を受け継いでいなくても、受精時や初期胚の段階で新たに変異が生じる可能性があるということです。
- 常染色体優性遺伝 片方の親から変異遺伝子を受け継ぐと発症
- 新生突然変異 両親に変異がなくても、子どもで新たに変異が発生
- 浸透率の変動 同じ変異を持っていても症状の程度に個人差がある
モザイク現象と症状の多様性
結節性硬化症ではモザイク現象が観察されることがあり、体の一部の細胞だけが遺伝子変異を持つ状態です。
モザイク現象により、症状の程度や分布に大きな個人差が生じる場合があります。
モザイクの種類 | 特徴 |
体細胞モザイク | 受精後の細胞分裂で生じる。症状が局所的に現れる |
生殖細胞モザイク | 生殖細胞の一部に変異がある。子への遺伝リスクあり |
環境因子の影響
遺伝子変異が結節性硬化症の主要な原因ですが、環境因子も症状の発現や進行に影響を与え、紫外線暴露や ホルモンの変化 などの外的要因が皮膚病変の発生や進行に関与します。
結節性硬化症の検査・チェック方法
結節性硬化症の診断と経過観察には、いろいろな検査とチェックが必要です。
全身のさまざまな臓器に影響を及ぼす結節性硬化症を的確に評価するためには、各専門分野の医師による総合的なアプローチが重要となります。
初期診断のための検査
結節性硬化症の診断は、主に臨床症状と画像検査に基づいて行われます。
皮膚症状の観察が診断の糸口となることが多いですが、確定診断には以下のような検査が実施されます。
検査項目 | 目的 | 対象臓器 |
MRI | 脳腫瘍、皮質結節の確認 | 脳 |
CT | 腎腫瘍、肺病変の確認 | 腎臓、肺 |
超音波検査 | 心臓腫瘍の確認 | 心臓 |
皮膚生検 | 皮膚病変の病理学的評価 | 皮膚 |
また、遺伝子検査によってTSC1またはTSC2遺伝子の変異を確認することで、診断の確実性を高められます。
定期的なフォローアップ検査
診断後は症状の進行や新たな病変の出現を監視するため、定期的な検査が必要です。
- 脳MRI 年1回以上(てんかんや神経症状がある場合はより頻繁に)
- 腹部MRIまたはCT 腎臓の血管筋脂肪腫のチェックのため、1〜3年ごと
- 胸部CT 成人女性の場合、肺のリンパ脈管筋腫症(LAM)のスクリーニングとして5〜10年ごと
- 心臓超音波検査 小児期は年1回、成人では3〜5年ごと
- 眼科検査 視力障害の早期発見のため、年1回
皮膚症状のチェック
皮膚症状は結節性硬化症の重要な診断基準の一つであり、定期的な観察が欠かせません。
皮膚症状 | チェックポイント | 好発部位 |
血管線維腫 | 数、大きさ、色調の変化 | 顔面 |
爪囲線維腫 | 新規出現、増大 | 爪周囲、指趾 |
シャグリンパッチ | 範囲の拡大 | 背部、腰部 |
白斑 | 新規出現、色調変化 | 体幹、四肢 |
神経学的評価
てんかんや知的障害などの神経症状の評価は、定期的に行うことが推奨されます。
- てんかん発作の頻度と型の記録
- 脳波検査(EEG)
- 神経心理学的評価(知能検査、発達検査など)
- 行動評価(自閉症スペクトラム障害の症状チェックなど)
腎機能のモニタリング
腎臓の血管筋脂肪腫は出血のリスクがあるため、定期的な評価が重要です。腎機能検査や画像検査に加え、次のような項目をチェックします。
- 血圧測定
- 尿検査(蛋白尿、血尿のチェック)
- 血液検査(腎機能パラメーターの確認)
結節性硬化症の治療方法と治療薬について
結節性硬化症の治療は、症状の管理と合併症の予防に重点を置いた多面的なアプローチが必要です。分子標的薬であるmTOR阻害剤の登場により、治療の選択肢が大きく広がりました。
mTOR阻害剤
mTOR阻害剤は、細胞成長を制御するmTOR経路を抑制することで腫瘍の成長を抑え、さまざまな症状を改善します。
薬剤名 | 主な適応症 |
エベロリムス | 脳室上衣下巨細胞性星細胞腫、腎血管筋脂肪腫、難治性てんかん |
シロリムス | 皮膚病変、肺リンパ脈管筋腫症 |
mTOR阻害剤は従来の対症療法とは異なり、疾患の根本的なメカニズムに働きかけるため、複数の症状に対して効果を発揮します。
てんかん発作のコントロール
てんかん発作は結節性硬化症患者の約90%に見られる症状で、抗てんかん薬による薬物療法が基本となりますが、薬剤抵抗性の場合は外科的治療も考慮されます。
- バルプロ酸ナトリウム
- レベチラセタム
- ビガバトリン(特に乳児痙縮に有効)
- ラモトリギン
難治性てんかんの場合、以下の治療法も検討されます。
- 迷走神経刺激療法
- ケトン食療法
- 外科的切除(てんかん原性焦点の同定が必要)
皮膚病変の治療
皮膚病変は結節性硬化症の特徴的な症状の一つで、主に美容的な問題となることが多いですが、機能的な障害を引き起こすこともあります。
治療法 | 適応病変 |
レーザー治療 | 顔面血管線維腫 |
外科的切除 | 大きな腫瘍、機能障害を引き起こす病変 |
局所mTOR阻害剤 | 顔面血管線維腫、爪周囲線維腫 |
腎病変の管理
腎血管筋脂肪腫は結節性硬化症患者の約80%に見られ、出血のリスクがあるため慎重な管理が必要です。
- 定期的な画像検査による経過観察
- mTOR阻害剤による薬物療法
- 腫瘍塞栓術(大きな腫瘍や出血リスクが高い場合)
- 部分腎切除術(腎機能温存が可能な場合)
肺病変の治療
肺リンパ脈管筋腫症(LAM)は主に成人女性に見られる合併症で、呼吸機能の低下を防ぐための治療が中心となります。
- mTOR阻害剤(シロリムス)による薬物療法
- 気管支拡張薬や酸素療法による呼吸サポート
- 肺移植(重度の呼吸機能障害がある場合)
心臓腫瘍の管理
心臓横紋筋腫は、乳幼児期に問題となることがあります。多くの場合自然退縮しますが、観察と必要に応じた介入が大切です。
- 定期的な心エコー検査による経過観察
- 必要に応じた外科的切除(流出路閉塞がある場合など)
- mTOR阻害剤による薬物療法(大きな腫瘍や症状がある場合)
結節性硬化症の治療期間と予後
結節性硬化症は生涯にわたって管理が必要な慢性疾患です。症状の多様性と重症度の個人差が大きいため、治療期間と予後は患者さんごとに異なります。
治療期間の特徴
結節性硬化症の治療は診断後すぐに開始され、生涯を通じて続きます。症状の進行を抑制し合併症を予防するために、長期的な医学的管理が不可欠です。
年齢層 | 主な治療焦点 | 治療期間の特徴 |
小児期 | てんかん、発達障害 | 集中的、頻繁な介入 |
思春期 | 皮膚症状、心理社会的支援 | 症状に応じた対応 |
成人期 | 腎臓・肺病変、妊娠管理 | 定期的なモニタリング |
予後に影響を与える要因
結節性硬化症の予後は、以下のような要因によって大きく影響を受けます。
- 診断時の年齢と症状の重症度
- てんかんのコントロール状況
- 知的障害の程度
- 腎臓や肺の病変の進行速度
- 定期的な医療機関の受診と治療への遵守
器官別の予後と経過
結節性硬化症の予後は、影響を受ける器官によっても異なります。
影響を受ける器官 | 予後の特徴 | 長期的な経過 |
脳 | てんかんの制御が鍵 | 知的機能の安定化 |
皮膚 | 美容的懸念 | 緩徐な進行 |
腎臓 | 腫瘍の成長速度 | 腎機能維持が目標 |
肺 | LAMの進行度 | 呼吸機能の管理 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
結節性硬化症の治療は症状の改善や進行の抑制に効果を示す一方で、副作用やデメリットを伴います。特に、主要な治療薬であるmTOR阻害剤や抗てんかん薬は、長期使用に伴う副作用のリスクがあるので注意が必要です。
また、外科的治療や放射線療法などの侵襲的な治療法も、合併症や後遺症のリスクを伴います。
mTOR阻害剤の副作用
mTOR阻害剤は、いくつかの副作用が報告されています。
副作用 | 頻度 | 対策 |
口内炎 | 高頻度 | 口腔ケア、用量調整 |
感染症リスク増加 | 中程度 | 予防接種、衛生管理 |
高コレステロール血症 | 中程度 | 食事療法、併用薬 |
間質性肺疾患 | 低頻度 | 定期的な肺機能検査 |
副作用は多くの場合で用量調整や対症療法により管理可能ですが、重症化することもあるため注意深い経過観察が必要です。
抗てんかん薬の副作用
てんかん発作のコントロールのための抗てんかん薬の使用には、さまざまな副作用が伴います。
- 眠気や疲労感
- 認知機能への影響
- 骨密度の低下
- 肝機能障害
- 皮疹や過敏反応
特に、長期使用による副作用や、複数の抗てんかん薬の併用による相互作用には注意が必要です。
外科的治療のリスク
腫瘍の切除や脳外科手術などの外科的介入は時として不可避ですが、リスクを伴います。
手術部位 | 主なリスク |
脳 | 神経学的後遺症、感染 |
腎臓 | 腎機能低下、出血 |
肺 | 気胸、呼吸機能低下 |
皮膚 | 瘢痕形成、感染 |
外科的治療の決定には、手術のリスクと期待される効果を慎重に比較検討することが大切です。
放射線療法の長期的影響
脳腫瘍や難治性てんかんに対する放射線療法は、長期的な副作用のリスクがあります。
- 認知機能の低下
- 内分泌機能障害
- 二次性腫瘍の発生リスク
- 脳組織の壊死
これらの影響は治療後数年経過してから顕在化するるため、長期的なフォローアップが重要です。
治療抵抗性と再発のリスク
結節性硬化症の治療には効果が限定的であったり、時間とともに効果が減弱したりするケースがあります。
- mTOR阻害剤への耐性獲得
- てんかん発作の治療抵抗性
- 腫瘍の再発や新規病変の出現
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
特定疾患医療費助成制度の適用
結節性硬化症は特定疾患医療費助成制度の対象疾患に指定されており、患者さんの医療費担が軽減されます。
自己負担上限額 | 所得区分 | 月額上限 |
一般 | 中間所得層 | 10,000円 |
低所得I | 市町村民税非課税 | 5,000円 |
低所得II | 本人年収80万円以下 | 2,500円 |
難病法による医療費助成
結節性硬化症は指定難病として認定されていて、より包括的な医療費助成が受けられます。
助成対象となる医療費
- 外来・入院医療費
- 薬剤費
- 医療機器等の購入費
- 訪問看護費用
保険適用される治療と薬剤
結節性硬化症の治療においては多くの検査や治療が保険適用ですが、一部の新しい治療法や薬剤については、保険適用外の場合もあります。
治療・薬剤 | 保険適用状況 | 備考 |
mTOR阻害剤 | 適用 | 一部の症状に限定 |
てんかん治療薬 | 適用 | 広く使用可能 |
皮膚症状の治療 | 一部適用 | 美容目的は適用外 |
腎臓・肺病変の治療 | 適用 | 症状に応じて |
保険適用の有無は症状や使用目的によって異なるため、主治医との相談が大切です。
以上
参考文献
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