ポイツ・イェガース症候群(Peutz-Jeghers syndrome)は、お腹の中の管に多くのポリープができ、唇や指先に特徴的な色素が沈着する遺伝性の病気です。
この症候群はSTK11という遺伝子に変化が起きることで発症し、親から子へと受け継がれやすい性質を持っています。
お腹の中のポリープは主に小腸に発生しますが、胃や大腸にも見られ、色素沈着は小さい頃から現れることが多く、年齢を重ねるにつれて薄くなっていきます。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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ポイツ・イェガース症候群の症状
ポイツ・イェガース症候群は、特徴的な皮膚の色素沈着と消化管ポリープが主な症状です。
皮膚に現れる症状
ポイツ・イェガース症候群で最も目立つ症状は、皮膚や粘膜に現れる小黒褐色斑です。
小黒褐色斑の特徴
- 主に唇や口の中、指先に現れる
- 直径が1~5mmくらいの平らな斑点
- 青黒色や褐色
- 小さい頃から見られる
- 年を重ねるにつれて薄くなる
色の濃い部分は見た目の問題だけでなく、病気を見つける重要な手がかりにもなります。
場所 | 特徴 |
唇 | 最も多く見られます |
口の中 | 頬の内側や歯ぐき、上あごの硬い部分に現れます |
指先 | 爪の周りに多く見られます |
消化管ポリポーシス
ポイツ・イェガース症候群のもう一つの症状は、お腹の中全体にたくさんできるポリープ(消化管ポリポーシス)です。
- よく見られる場所 小腸(特に空腸と回腸という部分)
- 大きさ 数ミリから数センチくらい
- 形 茎(くき)があるものや、短い茎のついたもの
- 数 数個から数百個
ポリープによる症状はさまざまで、年齢や場所によっても違いがあります。
症状 | なぜ起こるのか |
お腹の痛み | こぶによって腸が詰まったり、炎症を起こしたりするため |
便に血が混じる | こぶから出血するため |
貧血 | 長期間にわたって少しずつ出血が続くため |
腸重積 | こぶがきっかけとなって腸が折れ曲がるように重なってしまうため |
その他に現れることのある症状
ポイツ・イェガース症候群では、皮膚と消火器以外にもいろいろな症状が現れます。
- 鼻の中にできるポリープ
- 気管や気管支にできるポリープ
- 胆道(胆のう、胆管)にできるポリープ
- 膀胱にできるポリープ
ポイツ・イェガース症候群の原因
ポイツ・イェガース症候群は、主にSTK11という遺伝子に変化が起きることで発症する病気で、遺伝子の変化により、特徴的な症状や他の病気にかかるリスクが高くなることがわかっています。
STK11遺伝子の働きと変化の影響
STK11遺伝子は、細胞が正常に育ち分裂するのを助ける大切なタンパク質を作る設計図のような役割をしています。
この遺伝子に変化が起きると、細胞が必要以上に増えたり、腫瘍ができたりしやすくなってしまうのです。
STK11遺伝子の役割 | 変化による影響 |
細胞の成長を調整する | 細胞が必要以上に増える |
腫瘍ができないようにする | 腫瘍ができやすくなる |
体のエネルギーの使い方を調整する | エネルギーの使い方がおかしくなる |
遺伝のし方と家族性
ポイツ・イェガース症候群は、親から子へと受け継がれる病気です。両親のどちらかがこの病気にかかっている場合、子どもがSTK11遺伝子の変化を受け継ぐ確率は半々になります。
- 親がこの病気にかかっていると、子どもがSTK11遺伝子の変化を受け継ぐ確率は50%。
- 両親がこの病気でなくても、子どもの代で初めて遺伝子の変化が起きることも。
- 家族にこの病気の人がいなくても、遺伝子を調べるとSTK11遺伝子の変化が見つかることが。
遺伝子の変化の種類とその影響
STK11遺伝子の変化にはいくつかの種類があり、それぞれが症状の程度や他の病気にかかるリスクに影響を与えます。
変化の種類 | 影響 |
タンパク質の一部が変わる | タンパク質がうまく働かなくなる |
タンパク質が途中で切れてしまう | 必要な長さのタンパク質ができない |
タンパク質の設計図が大きく崩れる | タンパク質の形が全く違うものになる |
ポイツ・イェガース症候群の検査・チェック方法
ポイツ・イェガース症候群の特有の症状を見逃さないように、いくつかの検査方法を組み合わせて総合的に調べることが重要となります。
皮膚の症状をチェックする方法
ポイツ・イェガース症候群で最も特徴的な症状である小黒褐色斑を調べるには、以下のような方法があります。
- 目で見て確認する
- 皮膚拡大鏡で観察する
- 皮膚の一部を採取して調べる
調べる場所 | 注目すべきポイント |
唇 | 色の濃い部分があるか、その大きさや形はどうか |
口の中 | 頬の内側や歯ぐき、上あごの硬い部分に色の濃い部分があるか |
指先 | 爪の周りに色の濃い部分があるか |
消火器のポリープを調べる検査
消火器のポリープを調べるには、いくつかの方法を組み合わせて行います。
- 内視鏡検査
- 大腸内視鏡検査
- 内視鏡検査
- 小腸検査
- CTスキャン検査
- MRI検査
検査を行うことでポリープの数や大きさ、どこにあるかが詳しく分かります。
遺伝子を調べる検査
ポイツ・イェガース症候群は親から子へ受け継がれる病気なので、遺伝子を調べる検査も診断に役立ちます。
検査の内容 | 何のために行うか |
STK11という遺伝子を調べる | 病気の原因となる遺伝子の変化を確認するため |
家族の病歴を聞く | 遺伝している可能性がどのくらいあるかを評価するため |
定期的に行う検査
ポイツ・イェガース症候群の患者さんは他の病気を併発するリスクが高いので、定期的に検査を受けることが大切です。
- 内視鏡で調べる検査 1-3年に1回
- 胸のレントゲン検査 1-2年に1回
- 消火器の超音波検査1- 2年に1回
- 婦人科検診(女性の場合) 1年に1回
- 泌尿器科検診(男性の場合) 1年に1回
ポイツ・イェガース症候群の治療方法と治療薬について
今のところ、ポイツ・イェガース症候群を完全に治す方法はまだ見つかっていませんが、治療と定期的な検査を続けることで、患者さんの日々の生活をより快適にできます。
症状に合わせた治療方法
ポイツ・イェガース症候群では、それぞれの症状に対して異なる治療方法が用いられます。
症状 | 治療方法 |
肌の色素沈着 | レーザーで取り除いたり、化粧品で隠したりします |
消化管にできるポリープ | 内視鏡や手術で取り除きます |
腸が重なってしまう腸重積 | 緊急の手術や、体の外から治す方法を行います |
薬による治療
薬を使った治療は、症状をやわらげたり、他の病気になるのを防いだりします。
- 痛みや炎症を抑える薬(非ステロイド性抗炎症薬) 痛みや腫れを減らす
- 胃酸の分泌を抑える薬 胃や食道を守る
- 吐き気を抑える薬 つらい吐き気をやわらげる
- 抗生物質 感染症を予防したり、治したり
手術が必要な場合
大きなポリープや腸重積などの深刻な症状が出た場合は、手術が必要です。
手術の種類 | どんな時に行うか |
ポリープを切除する手術 | 大きなポリープを取り除く時 |
腸の一部を切除する手術 | 腸重積や悪性の腫瘍を治療する時 |
内視鏡手術 | 体への負担が少ない方法で治療する時 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
ポイツ・イェガース症候群の治療は、症状を緩和したり合併症を防いだりすることを目指していますが、いくつかの副作用や気をつけるべき点があります。
薬による治療の副作用
ポイツ・イェガース症候群の症状をコントロールするために使われる薬には、副作用があります。
- 痛みや炎症を抑える薬(非ステロイド性抗炎症薬、NSAIDs)
- お腹の調子が悪くなる(胃が痛くなったり、胸やけがしたりする)
- 腎臓の働きが落ちる
- 血圧が上がる
- 胃酸を抑える薬(プロトンポンプ阻害薬)
- ビタミンB12が吸収されにくくなる
- 骨折しやすくなる
- 腸内の細菌のバランスが変わる
薬の名前 | 主な副作用 |
イブプロフェン | 胃や腸から出血する、腎臓に負担がかかる |
オメプラゾール | 血液中のマグネシウムが減る、骨がもろくなる |
内視鏡を使ってポリープを取る手術のリスク
内視鏡という細い管を使ってポリープを取る手術には、以下のようなリスクがあります。
- 出血する
- 腸に穴が開く
- 菌が入って感染する
- 麻酔でアレルギー反応が起きる
手術による治療のデメリット
大きなポリープやがんになってしまったポリープを取るために手術が必要になることがあり、それにもデメリットが伴います。
- 長い間の入院
- 手術後に痛みが続く
- 腸が詰まるリスク
- 癒着
手術の種類 | 主なデメリット |
おなかに小さな穴をあけて行う手術 | 手術後におなかが痛む、腸の働きが一時的に悪くなる |
おなかを大きく切る手術 | 回復に時間がかかる、大きな傷跡が残る |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
指定難病としての位置づけ
ポイツ・イェガース症候群は厚生労働省によって指定難病に認定されていて、患者さんは特定医療費(指定難病)助成制度を利用できます。
保険適用される治療内容
ポイツ・イェガース症候群の治療において、以下の医療サービスが健康保険の適用対象です。
治療費の概算
ポイツ・イェガース症候群の治療費
治療内容 | 概算費用(保険適用前) |
内視鏡検査 | 50,000円~100,000円 |
ポリープ切除術 | 200,000円~500,000円 |
腸重積手術 | 500,000円~1,000,000円 |
外来診察(1回) | 5,000円~10,000円 |
以上
参考文献
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