色素失調症(incontinentia pigmenti)とは、遺伝子に変異が生じることで発症する皮膚の病気のことです。
この疾患は女性に多く見られ、生まれた時から肌に独特の色むらが現れます。
症状は成長とともに変化し、最初は水ぶくれや小さなぶつぶつができますが、やがて線や渦を描くような模様に変わっていきます。
皮膚の変化だけでなく、歯並びや髪の毛、爪の形、目の状態、さらには脳や神経の働きにまで影響を与えます。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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色素失調症の病型
色素失調症の病型は、症状の進行に応じて4つの段階に分類されます。
第1期
第1期は炎症期と呼ばれ、生まれてすぐの時期から始まることが多いです。
この時期には、皮膚に強い炎症反応が見られます。
炎症は主に体の中心部や手足に現れ、時間が経つにつれて様子が変化していきます。
特徴 | 詳細 |
発症時期 | 生後数日から数週間 |
主な症状 | 赤み、水ぶくれ、膿みを伴う発疹 |
好発部位 | 胴体、腕や足 |
第2期
第1期の症状が落ち着いてくると、次は第2期である疣状苔癬(ゆうじょうたいせん)期に移っていき、皮膚の表面の様子が変わり、独特の見た目になります。
疣状苔癬期は早い人で数週間、長い人だと数か月続きます。
第3期
第3期は色素沈着期で、この病気の名前の由来にもなっている段階です。
この時期には、肌の色を決めるメラニン色素が普段とは違う形で沈着します。
色素沈着の現れ方は以下のようなパターンがあります。
- くるくると渦を巻いたような模様
- 筋が入ったような線状の模様
- まだらに色むらができたような模様
- 小さな点々が集まったような模様
第4期
最後の第4期は、色素沈着消退期です。
それまでにできた色素沈着が少しずつ薄くなっていきますが、完全になくなってしまうのではなく、大人になってからも一部の色素沈着が残ります。
病期 | 主な特徴 | 持続期間 |
第1期 | 皮膚の炎症反応 | 数週間程度 |
第2期 | 皮膚の表面の変化 | 数週間から数か月 |
第3期 | 色素の沈着 | 数か月から数年 |
第4期 | 色素沈着が薄くなる | 一生涯続く場合も |
色素失調症の症状
色素失調症の症状は4つの段階を経て進行していき、各段階で皮膚や他の体の部分にさまざまな変化が見られます。
第1期(炎症期)
炎症期は生まれてすぐからの時期で、皮膚に症状が現れます。
炎症期の症状
- 水ぶくれや赤い発疹が体の中心部や手足に線状に出る
- 皮膚の変化は数日から数週間で自然に消えていく
- 熱が出たり、血液検査で好酸球という細胞が増える
症状 | どんな特徴があるか |
水ぶくれ | 線状に並ぶ、自然に消える |
赤い発疹 | 体の中心部や手足に出る |
体全体の症状 | 熱が出る、好酸球が増える(まれ) |
第2期(疣状苔癬期)
疣状苔癬期は生後数週間から数か月頃に始まり、皮膚の変化がより目立ち始めます。
- 手足や体の中心部にイボのような、少し固くなった小さなできものや、やや大きめのしこりが出る
- 爪の形が変わったり、爪が抜ける
- これらの症状は数か月程度で自然に治まっていく
第3期(色素沈着期)
色素沈着期は生後数か月からで、皮膚の色が模様を描くように変わります。
- 体の中心部や手足に、渦を巻いたような模様や線状の色素沈着(肌の色が濃くなった部分)が現れる
- この色の変化は、「ブラシュコ線」と呼ばれる、体表の特定の線に沿って分布する
- 色素沈着は数年から数十年という長い期間続く
特徴 | 詳しい説明 |
色素沈着の模様 | 渦巻き状、線状 |
どこに現れるか | ブラシュコ線に沿って |
どのくらい続くか | 数年から数十年 |
第4期(色素沈着消退期)
思春期以降に始ま色る素沈着消退期は、それまでに出ていた症状が少しずつ良くなっていきます。
- 色素沈着が徐々に薄くなり、完全に消えてしまうことも
- 皮膚以外の症状(歯や髪の毛の異常など)は、そのまま続く
皮膚以外の体の部分に現れる症状
色素失調症は皮膚だけでなく、体の他の部分にも影響が出ることがあります。
- 歯の異常 歯の形成が不十分、歯が生えてこない、歯が生えるのが遅い
- 髪の毛の異常 髪の毛が抜けたり、縮れる
- 目の異常 網膜(目の奥にある光を感じる部分)がはがれたり、斜視、白内障
- 神経系の異常 てんかん、体や心の発達が遅れる
色素失調症の原因
色素失調症は、人間の体の設計図とも言えるX染色体上にあるNEMO遺伝子に変化が起こることで発症する病気です。
遺伝子変異
色素失調症を起こすNEMO遺伝子は、性別を決めるX染色体の一つにあります。
NEMO遺伝子は、体の中の細胞が正常に生きたり働いたりするために欠かせないNF-κBという信号伝達の道筋をコントロールする役割があるのです。
NEMO遺伝子に変化がでると信号の道筋がうまく機能しなくなり、体のあちこちに影響が出始めます。
遺伝子 | 染色体 | 主な働き |
NEMO | X染色体 | NF-κBという信号の道筋を管理 |
遺伝の仕組み
色素失調症は、X連鎖優性遺伝で親から子へと受け継がれていきます。
遺伝の仕組み
- 女の子の場合、2本あるX染色体のうち1本に変異があれば症状が出る
- 男の子の場合、X染色体が1本しかないため、胎児の時点で命を落とすケースが多い
- 病気を持つお母さんから娘に遺伝する確率は、50%
遺伝子変異の影響範囲
NEMO遺伝子の変異は、皮膚、脳を含む中枢神経系、目、歯などの部分で症状がはっきりと現れやすいです。
これらの組織では新しい細胞が作られたり、細胞が特定の役割を持つように変化したり、細胞が生き続けたりするといった、体にとって欠かせない過程がスムーズに進まなくなってしまいます。
影響を受ける部位 | 現れる症状 |
皮膚 | 肌の色がまだらになる |
脳など | てんかんなどの発作 |
目 | 網膜に異常が出る |
歯 | 歯の形や数に問題が出る |
病気が起こる仕組み
色素失調症が起こる仕組みは以下のような要因が絡み合っています。
- NF-κBという信号の道筋がうまく働かなくなる
- 細胞が必要以上に死んでしまったり、逆に死ぬべき時に死ななかったりする
- 体の中で起こる炎症反応のバランスが崩れる
- 肌や髪の毛の色を決めるメラニンを作る細胞の働きがおかしくなる
色素失調症の検査・チェック方法
色素失調症を病気を正しく診断するには、皮膚の変化や遺伝子を調べたり、いろいろな検査を行ったりすることが欠かせません。
皮膚の変化を調べる
色素失調症を診断するには、まず皮膚の変化を調べます。
- 生まれたばかりの赤ちゃんの皮膚に、水ぶくれや赤い発疹がないか
- 幼児期の子どもの皮膚に、イボのようなできものがないか
- 渦を巻いたような模様や線状の色の変化(色素沈着)がないか
遺伝子を詳しく調べる
色素失調症は遺伝子の異常が原因で起こるため、遺伝子を調べる検査が必要です。
検査 | 調べる内容 |
NEMO遺伝子検査 | 色素失調症の原因となる遺伝子に異常がないかを調べる |
X染色体不活化検査 | 女性の患者さんで、問題のある遺伝子がどのような状態にあるかを確認する |
皮膚生検
皮膚の一部を小さく切り取って顕微鏡で細かく観察する方法(皮膚生検)も、診断の役に立ちます。
- 表皮(皮膚の一番外側の層)がスポンジのようになっていないか、好酸球という細胞が増えていないか
- 真皮(表皮の下の層)に、メラニンという色素を含む粒々がどのように分布しているか
体の他の部分も調べる
色素失調症は皮膚だけでなく、体の他の部分にも症状が出るので、次のような検査も行われます。
- 目の検査 網膜(目の奥にある光を感じる部分)に異常がないか、斜視になっていないか
- 歯の検査 歯の形がきちんとできているか、歯が足りないところはないか
- 神経の検査 てんかんの症状がないか、体や心の発達が遅れていないか
どの分野の検査か | 何を確認するか |
目の検査 | 網膜の異常、斜視 |
歯の検査 | 歯の形成不全、歯の欠損 |
神経の検査 | てんかん、発達の遅れ |
色素失調症の治療方法と治療薬について
色素失調症を根本から治す方法はまだ見つかっておらず、今のところ症状をやわらげたり、合併症を防いだりすることが中心です。
皮膚の症状に対する治療
病気の初期段階である第1期(炎症期)では、患部に塗るステロイド薬や抗生物質が効果を発揮します。
第2期(いぼのような状態になる時期)以降になると、症状に合わせて保湿剤や塗り薬を使用していきます。
病気の段階 | おもな治療方法 |
第1期 | ステロイドの塗り薬、抗生物質 |
第2期以降 | 保湿剤、症状に合わせた様々な塗り薬 |
神経の症状に対する治療
てんかんが出た時は、抗てんかん薬を使い治療を行います。
よく使われる抗てんかん薬
- カルバマゼピン(商品名:テグレトールなど)
- バルプロ酸ナトリウム(商品名:デパケンなど)
- レベチラセタム(商品名:イーケプラなど)
どの薬を使うかは、症状の種類や程度、患者さんの年齢などを考えて決定します。
目の治療
網膜剥離(網膜がはがれてしまうこと)や斜視(目つきが曲がること)は、早く見つけ治療することが重要です。
定期的に眼科で検診を受けることで、異常を早い段階で見つけられ、手術をしたり、視力を矯正する治療が実施されます。
目の症状 | おもな治療方法 |
網膜剥離 | 手術で治す |
斜視 | 視力を矯正する、手術をする |
歯の治療
歯の形が正常に作られなかったり、歯が足りなかったりする方は、歯科での治療が必要です。
患者さんによっては、歯並びを直したり、足りない歯を人工の歯で補ったりする治療も検討されます。
薬の副作用や治療のデメリットについて
色素失調症の治療には、症状をやわらげたり合併症を防いだりするための方法がありますが、それぞれに副作用やデメリットがあります。
皮膚症状を治療する際に注意すべき副作用
色素失調症で現れる皮膚の症状に対しては、薬を皮膚に塗ったり薬物治療が行われ、副作用があります。
- ステロイドを含む塗り薬 長期間使い続けると、皮膚が薄くなったり、小さな血管が目立つように
- レチノイドを含む塗り薬 皮膚がピリピリしたり、乾燥したり、日光に当たると赤くなりやすい
- 免疫抑制剤 体の抵抗力が下がって感染症にかかりやすくなり、腎臓の働きに影響
目の合併症を治療するときのデメリット
色素失調症に伴って起こる目の問題を治療する手術や薬には、次のような副作用があります。
どんな治療か | 主な副作用・デメリット |
網膜光凝固術(網膜にレーザーを当てる手術) | 視力が下がる、見える範囲が狭くなる |
抗VEGF薬という薬を目の中に注射する治療 | 目の中に炎症が起きる、網膜がはがれる |
神経症状の治療の副作用
神経の症状に対しては抗てんかん薬が使われ、いくつかの副作用があります。
- フェノバルビタール 眠くなる、物事を覚えたり考えたりする力が落ちる
- バルプロ酸 肝臓の働きが悪くなる、血液中の血小板という成分が減る
- カルバマゼピン 皮膚に発疹ができる、めまいがする
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
指定難病としての認定
色素失調症は、厚生労働省が定める指定難病に含まれています。
この認定により、患者さんは特定医療費(指定難病)受給者証を取得でき、医療費の自己負担額が軽減されます。
区分 | 自己負担上限額(月額) |
生活保護 | 0円 |
低所得Ⅰ | 2,500円 |
低所得Ⅱ | 5,000円 |
一般所得Ⅰ | 10,000円 |
一般所得Ⅱ | 20,000円 |
上位所得 | 30,000円 |
保険適用範囲
色素失調症の治療に関する保険適用範囲
- 診察・検査:保険適用
- 薬物療法:保険適用(一部例外あり)
- 手術療法:保険適用(一部例外あり)
- 理学療法:保険適用(回数制限あり)
ただし、一部の高度先進医療や実験的治療法については、保険適用外です。
治療費の目安
外来診療では、1回あたり数千円から1万円程度の自己負担です。
入院治療が必要な場合は、1日あたり1万円から3万円程度の自己負担が生じます。
治療内容 | 自己負担額の目安 |
外来診療(1回) | 3,000円~10,000円 |
入院治療(1日) | 10,000円~30,000円 |
手術(症状により異なる) | 50,000円~500,000円 |
以上
参考文献
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