後天性真皮メラノサイトーシス(acquired dermal melanocytosis ADM)は頬などに点状の色素斑を認める疾患で、しばしばシミと捉えられることがありますが「アザ」の一種です。
ADMでは通常、表皮基底層に存在するメラノサイトを真皮に認めるため、通常のシミとは治療のアプローチも異なります。
この記事では後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)について詳しく解説していきましょう。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
こばとも皮膚科関連医療機関
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)の病態・症状
後天性真皮メラノサイトーシス(acquired dermal melanocytosis、ADM)は、20代以降のアジア人女性に好発します。
頬やこめかみ、鼻翼部などに対称性に認める色素斑として1984年に報告され、当時は「太田母斑」と呼ばれるアザの亜型と考えられていました1)。
その後同様の報告が相次ぎ、今では太田母斑とは別の疾患として考えられています。
文献などによっては遅発型両側性太田母斑様色素斑(acquired bilateral nevus of Ota-like macules: ABNOM)や、堀母斑(nevus of Hori)と呼ばれることも。
ADMでは、真皮上層〜中層に不規則な形のメラノサイト(皮膚の色素を作る細胞)を認めます2)。これは通常、表皮にしか存在しないメラノサイトが、何らかの理由で真皮層に移動・増加することによって発生。
また、表皮基底層にメラニンの沈着を認めることも報告されています3)。
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)の症状
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)の特徴の一つに褐色斑の分布が挙げられ、ADMでは頬骨の突出した部位や下眼瞼、こめかみなどに通常左右対称性に認めます。
中でも最も多く見られるのは頬骨部で、ADMの9割程度で頬骨に認め4)、片側のみの場合も。1〜3mm程度の比較的小型の色素斑が多発し、灰色〜灰褐色、褐色〜濃褐色とさまざまな色調を呈します。
参考文献
執筆の根拠にした論文等
1) Hori Y, et al. Acquired, bilateral nevus of Ota-like macules. J Am Acad Dermatol. 1984; 10(6):961-964.
2) Lee JY, et al. Histopathological features of acquired dermal melanocytosis. Eur J Dermatol. 2010;20(3):345-348.
3) Momosawa A, et al. Combined therapy using Q-switched ruby laser and bleaching treatment with tretinoin and hydroquinone for acquired dermal melanocytosis. Dermatol Surg. 2003; 29(19):1001-1007.
4) Mizoguchi M, et al. Clinical, pathological, and etiologic aspects of acquired dermal melanocytosis. Pigment Cell Res. 1997; 19(3):176-183.
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)の原因
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)の原因は現時点で完全には解明されていませんが、以下の要因が複雑に関与してADMが発症すると考えられています。
遺伝
ADMは、家族内での発症率が高いことが報告されており、遺伝的要因が関与している可能性があります5)。
紫外線
ADMは顔の中でも特に頬骨部やこめかみ、鼻翼といった紫外線暴露を受けやすい部位で好発するため、紫外線の関与も指摘されています6)。
その他の要因
からだの内部の変化や疾患もADMの原因となり得ます。
- ホルモンバランスの変化:
妊娠や一部の疾患、薬物の影響でホルモンバランスが変化することにより、メラノサイトの活動が亢進し、ADMが発症する可能性のあることが報告されています6)。
- アトピー性皮膚炎などによる摩擦:
アトピー性皮膚炎があるとADMの合併率が高いという報告があります 7)。完全に解明されてはいませんが、アトピー性皮膚炎では慢性的に痒みを認め、皮膚を擦ることによってADMが誘発される可能性も。
参考文献
5) Sun CC, et al. Naevus fusco-caeruleus zygomaticus. Br J Drmatol. 1987; 117(5):545-553.
6) Mizoguchi M, et al. Clinical, pathological, and etiologic aspects of acquired dermal melanocytosis. Pigment Cell Res. 1997; 19(3):176-183.
7) Murakami F, et al. Acquired symmetrical dermal melanocytosis (naevus of Hori) developing after aggravated atopic dermatitis. Br J Dermatol. 2005; 152(5):903-908.
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)の検査・チェック方法
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)は、特定の症状によって現れますが、しばしば太田母斑や肝斑などと鑑別が必要です。ここでは、ADMの検査やチェックの方法について、詳しくご紹介いたします。
太田母斑との鑑別
ADMはもともと太田母斑の亜型と判断されていたので症状の特徴の多くが重複し、鑑別が難しいと言われています。
ADMと太田母斑の主な鑑別ポイント8)
ADM | 太田母斑 | |
---|---|---|
発症年齢 | 20歳以上が多い | 15歳未満が多い |
眼周囲の所見 | 内眼角より内側は認めない | 内眼角を超えることあり |
上眼瞼(上瞼)の所見 | 外側にパラパラとした小さい褐色斑が多発 | 内側にべとっとしたびまん性の褐色斑 |
鼻根部の所見 | 上下の境界がはっきりしている | 境界不明瞭 |
鼻翼部の所見 | 小さい褐色斑が多発 | びまん性 |
眼の所見 | 合併なし | 眼球メラノーシスなど合併あり |
家族歴 | あり | まれ |
肝斑との鑑別
肝斑もADMと同様、アジア女性に好発するシミの一種で、鑑別が難しいケースがあり、ADMと肝斑はたびたび合併することが報告されています。
肝斑との主な鑑別のポイント8)
ADM | 肝斑 | |
---|---|---|
発症年齢 | 20歳以上が多い | 30歳以上が多い |
おでこの所見 | 外側に優位に認めることが多い | 眉上部優位に認めることが多い |
眼瞼外側部の所見 | 小さい褐色斑が多発 | びまん性に褐色斑を認める |
鼻翼部の所見 | 小さい褐色斑が多発 | 所見を認めない |
色調 | 灰色を帯びた褐色調 | 黄褐色調 |
色調の変動 | なし | あり |
この他に鑑別疾患として、雀卵斑(そばかす)や老人性色素斑(通常のシミ)などが挙げられます。
皮膚生検
ADMの確定診断には、皮膚生検が有効となります。皮膚生検とは皮膚の一部をくり抜いてメラノサイトが真皮にあるかどうか、病理組織をチェックする検査方法です。
上記疾患との鑑別が難しい例や、治療効果が見られないケースなどで行われることもありますが、頻度はそれほど高くありません。
参考文献
8) 葛西健一郎. シミの治療 第2版. 2015. 文光堂
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)の治療方法
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)では病変が真皮にあるため、通常のシミ(老人性色素斑)と異なりハイドロキノンなどの外用薬やピーリングは効果がありません。
メラニンに対して吸光度の高い波長である694nmのルビーレーザーや755mmのアレキサンドライトレーザー、1064nmのYAGレーザーなどのレーザー治療を行います9)。
通常、単発で症状が完治することは難しく、2〜9回(平均3〜5回)程度の照射が必要となります。スキンタイプⅢの人の方がスキンタイプⅣの人よりも治療効果が良好です10)。
肝斑が併存している場合
ADMの治療で議論が分かれているのは肝斑が併存しているケースです。肝斑もメラニンの沈着が起こっていますが、沈着部位は表皮から場合によっては真皮上層までで、ADMよりも表層に。
肝斑の場合、ADMの治療で用いるQスイッチルビーレーザーなどのレーザー治療によって症状の悪化を認めることがあります。
そのため治療効果も肝斑が併発しているケースの方が低いです11)。肝斑が併存している場合は先に肝斑の治療を優先することが推奨されています。
肝斑で用いられる主な治療方法
治療方法 | 説明 |
---|---|
外用治療 | メラニンの生成を抑制する成分などを含む化粧品や医薬品を皮膚に塗布 |
内服治療 | トラネキサム酸などを内服 |
ケミカルピーリング | 皮膚の表層を化学物質で剥離することによって皮膚のターンオーバーを促す |
レーザー治療 | 特定のレーザー機器を用いた方法で、レーザートーニングなど |
マイクロニードルRF | 微細な針を皮膚に挿入し、その針先からRF(高周波)を照射し血管新生にもアプローチする方法 |
肝斑の場合トラネキサム酸の内服とハイドロキノンなど美白剤の外用(レチノイン酸を追加することも)で、1〜2ヶ月程度プレトリートメントを行なってからADMの治療を検討するケースが多いです11)。
プレトリートメントを行なっても肝斑が併存しているケースでは、炎症後色素沈着のリスクが高まります。そのリスクを軽減する目的でもトラネキサム酸の内服などは有効です。
その他の注意点
治療を受ける際には、以下の点に注意することが大切です。
- ADMは、保険適用がありますが、3ヶ月に1度という制限が。
- 肝斑の治療は基本的にいずれも自費治療。
- 治療中や治療後は、直射日光を避ける、日焼け止めを使用する、擦らないなどのスキンケアを徹底。
参考文献
9) Kunachak S, et al. Q-Switched ruby laser therapy of acquired bilateral nevus of Ota-like macules. Dermatol Surg. 1999; 25(12):938-941.
10) Yang X, et al. A retrospective study of 1064‐nm Q‐switched Nd:YAG laser therapy for acquired bilateral nevus of Ota‐like macules. Skin Res Technol. 2023; 29(3):e13298.
11) Yoshimura K, et al. Repeated treatment protocols for melasma and acquired dermal melanocytosis. Dermatol Surg. 2006; 32(3):365-371.
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)の治療期間
ここでは後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)の治療に要する期間や、期間に影響を及ぼす要因などについて詳しく説明いたします。
レーザー治療のスケジュール
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)の治療期間は、肝斑が併存しているかどうかで大きく変わってきます。肝斑を認める場合はそちらの治療を先に行うことが推奨されるからです。
肝斑の標準的な治療法であるトラネキサム酸の内服は、効果を認めるのに平均2ヶ月程度要します。そのためADMのレーザー治療は2ヶ月程度肝斑治療を行なった後に開始。
ADM治療の第一選択であるレーザー治療はADMに非常に効果の高い治療法ですが、1回での完治は難しく、通常2〜9回(平均3回)程度の回数を要します。
ADMに対してレーザー照射すると、直後は白っぽく変化し、その後黒くなりかさぶた(痂皮)が形成され、かさぶたは通常1週間程度で自然脱落。
かさぶたの脱落までをダウンタイムと捉えることが多いですが、厳密にはもっと長く、レーザーによって破壊されたメラノサイトとメラニンの排出は、3ヶ月程度の期間を要します。
そのためレーザー治療の間隔は最低でも3ヶ月空けることが推奨されており、そのため、ADM単独だけでも治療期間は1年近くかかるケースが多いです。
治療期間の影響要因
ADMの治療期間は、いくつかの要因によって影響を受けることがあります。
- 最初の診断: ADMに限らず、最初の診断が誤っていると治療期間の延長に。
- 体質: 個人のスキンタイプや肌質によって、治療の反応は異なり、良好な反応を示す患者は、予想より短い期間で治療が完了することも。
- アフターケア: 治療後の継続的なアフターケアをおろそかにしてしまうと治療期間が延長される。
治療の副作用・デメリット
ここでは後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)の治療に関連する副作用やデメリットについて解説いたします。
レーザー治療の副作用
ADM治療の第一選択となるレーザー治療では、レーザーの熱によってメラニンを破壊するため、その熱が周囲に広がることで炎症後色素沈着となる可能性があります。
最近ではピコレーザーによるレーザー治療を行う場合も増えてきており、従来のQスイッチレーザーよりも炎症後色素沈着のリスクは抑えられますが、それでも一定数の方は炎症後色素沈着のリスクが。
炎症後色素沈着は、もともと肌の色が黒い方(スキンタイプがⅣ〜の方)や、肝斑が併存している方、紫外線に暴露されやすい生活環境の方などが主なリスクファクターになります。
該当する方は、特にしっかりアフターケアをしてください。
それ以外に、レーザー照射後は一時的な赤みや腫れを伴うことがあること、強い出力で照射した際は色素脱失(色が白く抜けること)や瘢痕を認めるリスクがまれにあります。
レーザー治療のデメリット
- 回数がかかる: ADMは1回のレーザー治療で完治するのは難しく、3回程度は要することが多いです。そのため通院の手間が生じます。
- 一時的な症状の悪化を認めることが:肝斑が併存しているケースなどは、一時的に肝斑の悪化やADMの炎症後色素沈着によって症状が悪化した方に感じる可能性が。
通常、こういった症状は一時的で、時間経過とともに改善します。
- アフターケアなどで処方される外用薬などは自費治療: レーザー照射前後に使用されるハイドロキノンなどの外用薬は、健康保険が適用されず、自費治療です。
そのため、レーザー治療は保険が適用されてもそれ以外の外用薬などはコストを要する可能性があります。また、レーザー治療は保険適応でも5回までとなっており、6回目以降は自費治療です。
薬物療法の副作用
治療前後に使用する薬にも副作用があります。
主な治療薬と副作用
治療薬 | 主な副作用 |
---|---|
ハイドロキノン外用 | 赤み、かゆみ、アレルギー反応、組織褐変症(まれ)12) |
トレチノイン外用 | 乾燥、ピリピリ感、赤み、皮剥け13) |
トラネキサム酸内服 | 胃腸症状、血栓傾向14) |
ADMはレーザー治療によってほとんどのケースで改善を認めますが、施術の副作用やデメリットを十分に理解したうえで治療を受けてください。
参考文献
12) Mishra SN, et al. Diagnostic utility of dermatoscopy in hydroquinone-induced exogenous ochronosis. Int J Dermatol. 2013; 52(4):413-417.
13) Mukherjee S, et al. Retinoids in the treatment of skin aging: an overview of clinical efficacy and safety. Clin Interv Aging. 2006; 1(4):327-348.
14) Lee HC, et al. Oral tranexamic acid (TA) in the treatment of melasma: A retrospective analysis. J Am Acad Dermatol. 2016; 75(2):385-392.
保険適用について
後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)に対するレーザー治療は、健康保険が適用され(厳密には太田母斑に対して保険適用ですが、通常ADMでも適用)、保険点数は範囲によって変わってきます。
レーザー治療の保険点数
Qスイッチ付レーザー照射療法:
4平方センチメートル未満 2,000点 (3割負担で6,000円)
4平方センチメートル以上16平方センチメートル未満 2,370点 (3割負担で7,110円)
16平方センチメートル以上64平方センチメートル未満 2,900点 (3割負担で8,700円)
64平方センチメートル以上 3,950点 (3割負担で1,850円)
この他に初診料などが別途かかります。
保険適用外の治療
肝斑が併存する場合やレーザー照射後のアフターケアに使われる外用薬などは保険適用外です。価格など詳しくはお問い合わせください。