スピロノラクトンは、心不全や高血圧の治療に広く用いられる薬剤ですが、皮膚科領域では女性の大人ニキビに対して処方されることがある薬です。
スピロノラクトンにはホルモンバランスを整える抗アンドロゲン作用があり、皮脂の過剰な分泌を抑えてニキビの形成を防ぐことが可能となります。
この記事では、ニキビ治療におけるスピロノラクトンの有効性について詳しく解説していきましょう。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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スピロノラクトンの作用機序、効果
作用機序
スピロノラクトンの主な作用機序
- アルドステロン受容体の拮抗: 腎臓にある遠位尿細管という部分に働きかけ、水分とナトリウムの排泄を促進しカリウム排泄を抑制することで、体内の水分バランスを整えます。
- アンドロゲン受容体の阻害: アンドロゲンという男性ホルモンの作用を抑制すること(抗アンドロゲン作用)で、皮脂の過剰な分泌を抑えます。
スピロノラクトンのニキビに対する効果
ニキビ治療は、まずアダパレンや過酸化ベンゾイル、抗生剤などの外用療法から開始されます。主に毛穴の詰まりや炎症を抑える効果が目的です。
外用療法だけで効果が乏しい場合、内服薬による全身療法が考慮されます。
全身療法は主に、
- 抗生剤の内服
- ホルモン療法
- イソトレチノイン
の3種類に分類されます。
スピロノラクトンはホルモン療法の一つです。「アンドロゲン」と呼ばれるホルモンは皮脂の産生を促し、過剰な皮脂は毛穴詰まりを起こしてニキビの要因となります。
皮脂の分泌については遺伝的な要因もありますが、ホルモンの影響も大きく、通常の外用療法では皮脂の分泌を十分にコントロールするのは難しいです。
スピロノラクトンは、抗アンドロゲン作用があり、皮脂の過剰な分泌を減少することでニキビを改善させます。
25歳以上の女性で、特に生理周期に伴いニキビが悪化しやすい方は、ホルモンが大きな要因である可能性があり、欧米では「adult female acne」と言って通常のニキビと区別。
フェイスラインや顎などに比較的大型の炎症性ニキビが繰り返しできます。そのような方で通常の外用薬で反応が乏しい方は、スピロノラクトンがよく効くことが多いです。
スピロノラクトンの使用方法と注意点
スピロノラクトンは、日本ではオフラベル(添付文書で承認されていない効果で使用すること)で使用される薬です。ここではニキビ治療におけるスピロノラクトンの使用方法と注意点について解説いたします。
使用方法
一般的に、スピロノラクトンは50〜100mg/日の量から開始します。治療開始後の改善効果が乏しい場合、200mg/日まで増量することも。
副作用として高カリウム血症などの電解質異常がありますが、通常50〜100mgで問題になることはまずありません。ただし、必要に応じて採血を行うことがあります。
スピロノラクトンは長期使用においても安全性が高い薬ですが、症状の経過を見ながら適宜増減していくことが一般的です。
注意点
スピロノラクトンを使用する際には、以下の点に注意してください。
- 定期的な医師の診察::効果と安全性を確認するために、定期的に医師の診察を受ける。
- 他の薬剤との相互作用::他の薬剤を服用している場合は、事前に医師に相談。
- 高カリウム食品の過剰摂取:スピロノラクトンは高カリウム血症を引き起こす可能性。野菜ジュースや果汁ジュースなどのカリウムを多く含む食品の過剰摂取は避ける。
- 妊娠中の安全性:安全性は確認されておらず、妊娠中の服用は推奨されない。万が一内服中に妊娠された方は必ず医師に相談。
適応対象となる患者さん
スピロノラクトンは欧米では、難治性成人女性のニキビ治療薬としてガイドラインにも記載されている薬です。
主な適応対象の患者さん
- ホルモン関連のニキビ::特に25歳以上の女性で生理前に悪化しやすいホルモンバランスに関連するニキビで、従来の外用薬で改善が乏しい場合(男性に使用することはありません)。
- 顔以外の広範囲なニキビ:フェイスラインや顎などの繰り返すニキビに加え、背中・胸など広範囲に治りにくいニキビがある場合。
特定の背景を有する方への使用
スピロノラクトンを安全に使用するために、特定の背景がある方には制限があります。
妊娠中、妊娠している可能性がある方への使用
通常、スピロノラクトンは高血圧症などの適応疾患においては、治療上の有益性が危険性を上回ると判断した時のみ使用することがあります。
しかし、これまでに動物実験において胎児男性の女性化や尿道下裂などの報告があり、妊娠中の安全性は確立されていません(アメリカFDAの薬剤胎児危険度分類でもC)。
通常、完全に薬剤が代謝されるのに1ヶ月程度かかるため、安全性を考慮すると内服終了後1ヶ月は避妊をした方がいいと考えられています。
授乳中の方への使用
スピロノラクトンは乳汁へ移行することがわかっていますが、乳児に電解質異常などの副作用をきたす可能性は極めて低く、授乳中は問題なく服用できると考えられています。
授乳の継続や中止については、主治医とよく相談してください。
お子さまやご高齢の方への使用
スピロノラクトンは、主に25〜50歳までの成人女性が適応となり、未成年の方やご高齢の方に処方するケースはまずありません。
思春期のニキビ患者さんで従来のニキビ治療薬での反応が乏しい場合は、イソトレチノインの内服を考慮することがあります。いずれも適応については、主治医と十分に考慮する必要が。
腎障害・肝障害・高カリウム血症がある方
腎障害・肝障害・高カリウム血症がある方は、スピロノラクトンの副作用である高カリウム血症が起こる可能性があるため内服できません。
冠動脈・脳動脈に疾患のある方
冠動脈・脳動脈に疾患のある方は、スピロノラクトンの効果の一つである利尿が急激に起こった場合、脱水をきたして血栓塞栓症を引き起こす可能性が高くなるため内服できません。
スピロノラクトンの治療期間
通常、スピロノラクトンの効果が現れるのは内服を開始して2〜3ヶ月後です。改善効果を認める場合は、適宜服用量を調整しつつ、継続的に内服するのが一般的です。
長期内服の安全性
これまでの報告から、スピロノラクトンの長期内服(8年程度)で重篤な副作用を起こす可能性は極めて低いと考えられています。
スピロノラクトンの副作用やデメリット
スピロノラクトンにはいくつか注意すべき副作用もあります。
よくある副作用
スピロノラクトンの一般的な副作用として、頻尿、月経不順、胸部の圧痛、消化不良、疲労感などがありますが、いずれも軽度〜中等度の症状であり、多くの場合、時間とともに改善します。
しかし、副作用の症状が継続するときは、一度医師や薬剤師に相談してください。
重大な副作用
まれにスピロノラクトンによって、深刻な副作用を引き起こす可能性があります。
- 高カリウム血症
- 中毒性表皮壊死融解症(ToxicEpidermalNecrolysis:TEN)
- 皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)
- 急性腎不全
その他、重度の胃腸障害、不整脈、乳房の異常な増大などが現れた場合は、速やかに専門医の診察を受けてください。
スピロノラクトンで効果がなかった場合
スピロノラクトンは主にホルモンが影響するニキビ患者さんにおいて一定の効果を示しますが、すべての患者さんに有効とは限りません。
スピロノラクトンで望む効果が得られない場合、他の選択肢を検討することに。
まず、スピロノラクトンはニキビ治療の主役ではなく、あくまでレチノイドや過酸化ベンゾイルといった標準治療薬との併用が推奨されます。
レチノイド:トレチノインやアダパレンなどが代表的な処方薬で、皮膚のターンオーバーを促すことで毛穴の詰まりを防ぎます。
過酸化ベンゾイル(ベピオ):抗菌と抗炎症作用によって炎症性ニキビを改善したり、ピーリング作用によって毛穴の詰まりを防ぐ効果もあります。
これらの薬に加えて、赤ニキビなど炎症性のニキビに対しては抗菌薬の内服併用も推奨されています。
また、スピロノラクトンと同じホルモン療法の一つで、低用量ピルも選択肢の一つです。アメリカではヤーズなど数種類の低用量ピルがニキビに対してFDA承認を取得。
日本ではニキビの場合でも低用量ピルの処方は産婦人科が行うことが一般的ですが、他に月経困難や月経過多などの症状がある方は低用量ピルの適応について相談されることをおすすめします。
そして、重症例に対してはイソトレチノインの内服を検討することも。イソトレチノインには、皮脂腺を強力に縮小する作用があり、これにより高いニキビの改善効果が期待できます。
ただし、日本においてはスピロノラクトン同様、保険が適用されず、また胎児奇形など重篤な副作用もあるため、その適応については慎重に判断されます。
他の治療薬との併用禁忌・注意
スピロノラクトンには併用してはいけない薬や、併用に注意が必要な薬がいくつかあります。
併用禁忌の薬剤
以下の薬剤は、高カリウム血症を引き起こす可能性が高くなるため、同時に内服できません。
- タクロリムス(プログラフ)
- エプレレノン (セララ)
- エサキセレノン (ミネブロ)
また、 ミトタン (オペプリム)を内服中の方は、スピロノラクトンがミトタンの作用を阻害する可能性が報告されているため、こちらも併用はできません。
併用注意の薬剤
ACE阻害薬などの血圧の薬や、心臓の薬などは、スピロノラクトンと併用することで高カリウム血症を誘発する可能性や、薬剤の作用を減弱させる可能性などがあるため注意が必要です。
詳しくは添付文書をご覧ください。
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00062337
保険適用について
スピロノラクトンが日本において保険適用となる疾患は高血圧症や浮腫などに対してであり、ニキビ治療目的での使用は保険が適用されず、自費治療です。
この他、診察料や採血検査に伴う検査料などが追加される場合があります。
詳しくはお問い合わせください。
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