漢方薬の桂枝茯苓丸加薏苡仁(けいしぶくりょうがんりょうかよくいにん)は、血の巡りを良くして熱のバランスを整える漢方です。
皮膚科領域ではニキビ治療でよく用いられ、特にホルモンの影響が考えられるようなケースで処方されます。
ここでは、桂枝茯苓丸加薏苡仁について詳しく解説していきましょう。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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桂枝茯苓丸加薏苡仁の有効成分と作用機序、効果
有効成分
桂枝茯苓丸加薏苡仁には、以下の六種類の生薬が含まれています。
桂皮(ケイヒ)、茯苓(ブクリョウ)、芍薬(シャクヤク)、桃仁(トウニン)、牡丹皮(ボタンピ)、薏苡仁(ヨクイニン)
作用機序
桂枝茯苓丸加薏苡仁は、桂枝茯苓丸に薏苡仁(ヨクイニン)という生薬が加えられた漢方薬です。
桂枝茯苓丸は代表的な駆瘀血剤(くおけつざい)の一つです。駆瘀血剤とは血流の鬱滞(瘀血)を改善する効果があるもので、瘀血については西洋医学で改善するのは難しいと言われています。
桂枝茯苓丸に配合されている生薬のそれぞれの作用機序1)
- 桂皮:発汗、解熱、鎮痛作用…血行促進作用により、皮膚への栄養供給が改善され、細胞の新陳代謝を促進します。これは皮脂の正常な分泌を助け、毛穴の詰まりを予防する可能性が。
- 茯苓:利尿、健胃(胃の働きを良くすること)…利尿作用は体内の余分な水分や毒素を排出し、体内環境を整えることで皮膚の健康をサポートします。
- 芍薬:鎮痛、鎮痙…痛みを取る代表的や生薬です。
- 牡丹皮:駆瘀血(滞った血を排除すること)…血液循環を良くします。
- 桃仁:消炎性駆瘀血、排膿…血液循環を良くします。
薏苡仁の作用機序
- 薏苡仁:角化抑制、利水…体内の湿気を取り除くことで皮脂のバランスを整え、ニキビやイボなどの肌トラブルを改善する効果があります。
効果
ニキビの原因は毛穴の詰まり、皮脂の過剰分泌、アクネ菌の増殖、炎症といったいくつかの要素が絡み合っていて、漢方薬では、からだ全体のバランスを整えることによって、ニキビの要因に総合的にアプローチします。
改善が期待される主な血流の問題
- 肩こり
- 冷え性
- 生理不順
- 赤みを伴った痤瘡(ニキビ)
瘀血があると、皮膚の角化が起こり、ニキビが悪化しやすいと考えられており、角化を抑える薏苡仁が配合されていることによって、相乗効果が期待されます。
月経周期に伴うシミやニキビなどの肌トラブル2)3)や、紫外線やホルモンによってできる色素沈着4)に効果があるという報告も。
参考文献
執筆の根拠にした論文等
1) クラシエ 漢方セラピー 生薬ファイル
2) 範本文哲, 他. 黄体ホルモンによる水分貯留と色素沈着誘発作用に対する桂枝茯苓丸加薏苡仁の効果. 日本薬学会第129年会誌. 2009;3:223.
3) Hisayoshi Norimoto, et al. Effects of keishibukuryoganryokayokuinin (gui-zhi-fu-ling-wanliao-jia-yiyiren) on the epidermal pigment cells from DBA/2 mice exposed to ultraviolet B (UVB) and/or progesterone. Yakugaku Zasshi. 2011;131(11):1613-1619.
4) 高橋隆二, 他. α-Melanocyte Stimulating Hormone誘導メラニン産生に対する桂枝茯苓丸加薏苡仁の抑制作用. 日本薬学会第142年会誌. 2022;27PO1-pm1-56.
桂枝茯苓丸加薏苡仁の使用方法と注意点
使用方法
通常、成人では1日の総量として7.5gを2~3回に分けて、食事の前または食間に経口服用し5)、量は年齢、体重、症状により適宜増減します。
注意点
- 患者さんの体質や症状を考慮して投与。経過を十分に観察し、症状の改善が認められない場合は、途中で投薬を中止する可能性も。
- 桃仁(トウニン)、牡丹皮(ボタンピ)が含まれており、妊娠中の方や妊娠している可能性の高い方には投与しないことが望ましい。詳しくは専門医に相談。
- 他の漢方製剤等を併用する際は、過剰投与を避けるために同じ生薬が含まれていないか確認。使用前に必ず専門医や薬剤師に相談。
- 直射日光の当たらない涼しく湿気の少ない所に保管。
参考文献
5) 添付文書 医療用医薬品:桂枝茯苓丸加よく苡仁 用法及び用量
適応対象となる患者さん
桂枝茯苓丸加薏苡仁の適応は以下となります。
- 月経不順
- 血の道症(月経・妊娠・出産・産後・更年期など女性ホルモンの変動に伴う精神的な不安やイライラなどの精神的な神経症状や身体的な症状)
- にきび
- しみ
- 手足のはれ
体力が比較的ある方で、下腹部の痛み、肩こり、頭が重い感じ、めまい、のぼせて足が冷えることなどを訴える方に適応があります。
特定の背景を有する患者さんへの使用
桂枝茯苓丸加薏苡仁は、特定の背景を有する患者さんに投与する際には注意が必要です6)。
お子さまへの使用
小児に対しては臨床試験が行われておらず、安全性は確立されていませんが、状態によっては処方を検討するケースもあります。専門医にご相談ください。
妊娠中や授乳中の方への使用
妊娠中、または妊娠の可能性がある場合、配合生薬の桃仁(トウニン)、牡丹皮(ボタンピ)により流早産の可能性があるため、投与は推奨されません。
高齢の方への使用
加齢により一般に生理機能が低下しているため、症状や体格に応じて減量する必要があります。
著しく体力の衰えている患者さん
症状が悪化し、副作用が出やすくなる可能性があります。
参考文献
6) 添付文書 医療用医薬品:桂枝茯苓丸加よく苡仁 使用上の注意
桂枝茯苓丸加薏苡仁の治療期間
通常漢方薬は1ヶ月を目安に内服し、効果について判断します。症状の改善がみられない場合は、他の治療薬などへの変更を検討することに。
桂枝茯苓丸加薏苡仁の副作用
頻度は不明ですが、以下のような副作用が報告されています7)。
- 胃の不快感や下痢などの消化器症状
- 発疹・発赤・かゆみなどの過敏症状(アレルギー症状)
アレルギー症状が出た時はすぐに投与を中止し、医療機関を受診してください。
参考文献
7) 添付文書 医療用医薬品:桂枝茯苓丸加よく苡仁 副作用
桂枝茯苓丸加薏苡仁で効果がなかった場合の対応
ニキビに対して桂枝茯苓丸加薏苡仁を内服しても、期待した効果が得られないことがあります。漢方薬は、通常補助療法として用いられる薬です。
標準治療のニキビ治療薬が処方されていない場合は、まずはアダパレン(ディフェリンゲル)や過酸化ベンゾイル(ベピオゲル・ローション)といったニキビ治療薬を併用してください8)。
そのうえで、ここではニキビ治療において桂枝茯苓丸加薏苡仁で効果が得られなかった場合の代替治療薬について解説いたします。
他の駆瘀血剤(くおけつざい)への変更
駆瘀血剤は、桂枝茯苓丸加薏苡仁の他にもあります。
- 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
- 加味逍遙散(かみしょうようさん)
- 桃核承気湯(とうかくじょうきとう)
これらの漢方薬は体質や随伴症状によって使い分けされますが、たとえば痩せ型で体力がなく、顔が青白いような方には当帰芍薬散、体格ががっちりしていて便秘傾向の方には桃核承気湯が処方されることが多いです。
抗生剤の追加
桂枝茯苓丸加薏苡仁に加えて、赤ニキビなどの炎症性痤瘡に対しては抗生剤との併用を検討することが。
漢方と抗菌薬の外用を併用することで、ニキビの減少と消失に効果があるということも報告されています9)。
重症例
それでも改善が乏しい重症例では、イソトレチノインの内服やスピロノラクトンの内服、低用量ピルの内服などへの変更を検討します。
スピロノラクトンや低用量ピルには抗アンドロゲン作用があり、桂枝茯苓丸加薏苡仁とは別の作用機序によってホルモンバランスによって起こるニキビを改善する効果が。
日本ではいずれも保険が適用されない薬ですが、海外では女性の大人ニキビに処方されることが多く、ガイドラインにおいても標準治療で改善しないような例で推奨されています10)。
イソトレチノインは皮脂腺を強力に縮小する作用がある内服薬で、重症のニキビに高い効果を有します11)が、イソトレチノインも日本においては保険が適用されません。
また、胎児奇形など重篤な副作用もあるため、適応については慎重に判断されます。
参考文献
執筆の根拠にした論文等
8) 日本皮膚科学会ガイドライン 尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン2023.
9) 大熊守也. 尋常性痤瘡の漢方内服・外用剤併用療法. 和漢医薬学会誌. 1993;10:131-134.
10) Zaenglein AL, e al. Guidelines of care for the management of acne vulgaris. J Am Acad Dermatol. 2016; 74(5):945-973.e33.
11) Eichenfield DZ, et al. Management of Acne Vulgaris: A Review. JAMA. 2021; 326(20): 2055-2067.
他の治療薬との併用禁忌
桂枝茯苓丸加薏苡仁と併用禁忌の薬は特にありませんが、他の漢方との併用で配合生薬が重複し、過剰投与になってしまう可能性があります。
桂枝茯苓丸加薏苡仁以外の薬・漢方を内服する際は使用前に必ず専門医や薬剤師にご相談ください。
保険適用について
桂枝茯苓丸加薏苡仁が保険適用となる疾患は以下となります。
- 肩こり
- 冷え性
- 生理不順
- 赤みを伴った痤瘡(ニキビ)
薬価は、顆粒剤は10.9円/gなので、1包(2.5g)あたり27.25円です。
タイプ | 薬価に基づく薬の価格 |
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顆粒剤(ツムラ医療用) | 10.9円/gなので1包(2.5g)あたり27.25円1日3包→2452.5円/30日 (3割負担 約735.7円) |
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