アトピー性皮膚炎と聞いて、一般的には「赤く腫れた皮膚」であったり、「止まらないかゆみ」、「カサカサした粉吹き肌」というイメージを持たれるかと思います。
本記事で紹介する、「アドトラーザ(トラロキヌマブ」)は慢性的な経過をたどるアトピー性皮膚炎に対する新しいアプローチの一つです。
ここでは、アドトラーザの特徴や効能、使用するときの注意点など、さまざまな角度から詳しく解説していきます。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
こばとも皮膚科関連医療機関
アドトラーザの主成分「トラロキヌマブ」について
アトピー性皮膚炎は、その症状である「耐えられないかゆみ」や「乾燥」などによる日常生活の質の低下を生じさせ、外観上も赤く目立つことも多く、悩まされる病気です。
なかなか治らないことも多く、このような厄介な病状を改善させる新しいアプローチとして、アドトラーザに注目が。
その主成分である「トラロキヌマブ」についてご説明します。
トラロキヌマブの作用機序
トラムキヌマブはアトピー性皮膚炎の各種症状を緩和することを目的に開発された、完全ヒトモノクローナル抗体です1)。
これはタンパク質の一種で、体内にあるサイトカイン(免疫応答や炎症に関与する物質)の一つである「インターロイキン-13(IL-13)」をターゲットとして作用して、IL-13の働きを阻害。
IL-13は過剰に発現することで、皮膚のバリア機能低下や炎症発生に関与しています2)。
この免疫系タンパク質の一つであるサイトカイン=IL-13を阻害することで、体内の炎症発生が抑えられ、結果的にアトピー性皮膚炎の症状悪化を防ぐ効果があるのです。
トラロキヌマブとモノクローナル抗体
モノクローナル抗体とは免疫細胞であるB細胞が作る、異物を除去するための抗体。
モノ=「単」、クローナル=「混ざっていない集まり」を意味し、モノクローナル抗体とは混ざっていない一つの抗体で、例えばある特定の癌細胞だけを攻撃する抗体ということです。
特定の標的のみ攻撃するということで、安全で効果の高い治療法になる可能性があります。トラロキヌマブは、このモノクローナル抗体の一種で、IL-13という特定の免疫性タンパク質の働きを阻害3)。
以下が、トラロキヌマブの特徴です。
- インターロイキン-13(IL-13)を特異的に標的とする。
- 体の免疫反応を調整し、炎症を抑える 。
- アトピー性皮膚炎の症状に対する新しい治療法の一つ 。
- 既存の治療に応じない患者さんにも効果を持つ可能性。
カテゴリ | 詳細 |
---|---|
薬物のタイプ | モノクローナル抗体 |
対象 | インターロイキン-13(IL-13) |
効果的な使用 | アトピー性皮膚炎の症状改善 |
その他の特徴として、
- 長時間の作用持続性がある。
- 一部の患者さんで高い効果を有する。
などが挙げられます。
参考文献
1) A Wollenber., et al. Tralokinumab for moderate-to-severe atopic dermatitis: results from two 52-week, randomized, double-blind, multicentre, placebo-controlled phase III trials (ECZTRA 1 and ECZTRA 2). Br J Dermatol. 2021 Mar;184(3):437-449.
2) Tali Czarnowicki, et al. Atopic dermatitis endotypes and implications for targeted therapeutics. J Allergy Clin Immunol. 2019 Jan;143(1):1-11.
3) Andreas Wollenberg, et al. Treatment of atopic dermatitis with tralokinumab, an anti-IL-13 mAb. J Allergy Clin Immunol. 2019 Jan;143(1):135-141.
アドトラーザ(トラロキヌマブ)の使用方法と効果について
アドトラーザ(トラロキヌマブ)の効果は、有効性や安全性を確かめるために行われた臨床試験(第Ⅲ相試験や長期延長投与試験など)によって確認。
アドトラーザを単体で使用した場合や、ステロイド外用薬と同時に使用した場合などにおいて、評価されています。
代表的な臨床試験(ECZTRA3試験)では、主要評価項目である16週時点でのIGA 0/1およびEASI-75の達成率は、それぞれ38.9%と56%で、プラセボ(偽薬)と比較してアドトラーザの優越性を示す結果が4)。
使用方法
アドトラーザは皮下注射という形で投与されます。最初の投与はクリニックなど医療機関で医師や看護師などの医療専門家がおこない、その後は自宅での自己注射も可能です。
投与間隔は2週間毎で、1回目はシリンジを4本使って600mgを皮下注射して、2回目以降はシリンジ2本(300mg)を皮下注射で投与していきます5)。
以下にアドトラーザの使用方法と効果をまとめてみました。
項目 | 内容 |
---|---|
使用方法 | 皮下注射、初回投与後2週間ごとに投与、自己注射可能 |
用量 | 初回600mg、二回目以降は300mg/回 |
効果 | 皮膚の赤み、痒みの軽減、皮膚の乾燥や割れ、湿疹の面積の縮小、皮膚状態の全般的な改善 |
使用上の注意
アドトラーザを使用する際に、注意するポイントを以下に示します6)。
- 医師の指示に従って、適切な投与間隔と用量を確実に守る。
- 原則として、外用剤を併用 。
- 感染症が疑われるなど副作用が生じた場合は、直ちに医師に連絡 。
- 効果が感じられない場合でも、自己判断で投与を止めずに必ず医師と相談。
- 本剤投与中の生ワクチン接種は、基本的に避ける 。
参考文献
4) J I Silverberg, et al. Tralokinumab plus topical corticosteroids for the treatment of moderate-to-severe atopic dermatitis: results from the double-blind, randomized, multicentre, placebo-controlled phase III ECZTRA 3 trial. Br J Dermatol. 2021 Mar;184(3):450-463.
5) アドトラーザ®電子添文2022年12月(第1版)
6) アドトラーザ®適正使用ガイド
適応対象となる患者さん
アドトラーザはアトピー性皮膚炎の新しい治療法の一つとして期待されていますが、全てのアトピー性皮膚炎患者さんに適応があるわけではありません。
基本的には、今までの治療法を試しても効果があまりなかった患者さんが対象です。
- ステロイドやタクロリムスなどの炎症をおさえる作用のある外用剤を、適切な期間使用しても効果が不十分であり、強い炎症を伴う皮膚症状がある患者さん。
- 基本的には15歳以上の成人患者さん。
また、使用するでうえの注意点として、原則的にはアドトラーザを使用している時は、アドトラーザ単剤投与にこだわらず、ステロイドなどの抗炎症外用剤の併用を皮膚の状態に合わせて検討し、保湿外用剤は継続使用してください。
参考文献
7)アドトラーザ®皮下注150mgシリンジ 添付文書 2022年12月作成(第1版)
お子さま、ご高齢の方への使用に関して
アドトラーザ(トラロキヌマブ)は、お子さまやご高齢の方に対しては使用に際して注意が必要です。ここでは、小児やご高齢の方に対して使用する際の注意点についてご説明します。
お子さまへの使用
まず、子どもへの使用ですが、日本での対象年齢は15歳以上です。子どもは成長や発育の途中段階であり、大人とは異なる身体の特性を持っています。
具体的には、薬剤の吸収率や、その取り込み方、薬剤に対する反応が大人とは異なる可能性が。そして、長期的な影響もまだ明らかになっていないため、使用するべきではないと考えられています。
海外では中等度から重度のアトピー性皮膚炎を持つ、12歳から17歳を対象とした臨床試験が行われており、その結果はトラロキヌマブの効果は良好で副作用も少なかったと報告8)。
12歳未満については、日本では臨床試験が存在しないためアドトラーザの効用も副作用も未知数です。
ご高齢の方への使用
ご高齢の方については、特に年齢による制限はありませんが、併存症を持っていることも多く、他の治療薬との飲み合わせに注意する必要があります。
診察時にお薬手帳を持参し、現在使用しているお薬の情報を医師や薬剤師と共有することが大切です。
参考文献
8) Amy S Paller, et al. Efficacy and Safety of Tralokinumab in Adolescents With Moderate to Severe Atopic Dermatitis: The Phase 3 ECZTRA 6 Randomized Clinical Trial. JAMA Dermatol. 2023 Jun 1;159(6):596-605.
アドトラーザ(トラロキヌマブ)の投与期間
さて、ここでアドトラーザの投与期間についてみていきましょう。
基本的には定期的な投与(2週間に1回)を行い、投与中も効果を確認していきます。
投与を始めてから16週(約4ヶ月)経っても、治療効果が認められない場合は、使用を中止してください。 それ以上長い期間使用しても効果が出てくる可能性は低いからです。
また、外用薬(ステロイドやタクロリムス)を同時に使うことで、半年以上寛解(完全に治ったわけでないが症状が消失した状態)を維持できた場合も、本剤の使用を中止していくことを考えてください9)。
ただし、この時治療薬をすべて中止するわけではなく、外用薬や他の内服薬へ切り替えて症状の再燃を防ぐようにします。
参考文献
9) アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021(公益社団法人日本皮膚科学会/一般社団法人日本アレルギー学会 編)
アドトラーザ(トラロキヌマブ)の副作用やデメリット・使用上の注意点
アドトラーザ(トラロキヌマブ)は、臨床試験でいくつかの有害事象が報告。
現在許可されている使用量300mgを2週間毎に投与する場合、頻度の高い有害事象として、感染症(ウイルス性上気道感染や結膜炎)や、頭痛、注射部位の反応があげられます10)。
アドトラーザの主な副作用
副作用 | 発現頻度 |
---|---|
ウイルス性上気道感染 | 24.2% |
頭痛 | 9.7% |
注射部位の反応 | 7.3% |
使用上の注意点
アドトラーザを使用した治療を始める前に、以下の点を確認し、医師と相談してください。
- 感染症のリスク:結核などの感染症を持っている場合や、他に免疫抑制薬を使用している場合。
- 既往歴:本剤に対して、過敏症のある方 。
- 他治療薬との併用:基本的に、抗炎症外用剤と保湿外用剤を一緒に使用する。
デメリットについて
アドトラーザを使用する前に、デメリットもしっかり認識しておくことが望ましいです。
- コスト: 比較的高価であり、長期間の治療が必要になる場合、ある程度の経済的な負担があります。後に、費用について説明します。
- 定期的な治療: 持続的な効果を得るためには定期的な治療(自己注射など)や通院が必要になります。
参考文献
10) J I Silverberg, et al. Tralokinumab plus topical corticosteroids for the treatment of moderate-to-severe atopic dermatitis: results from the double-blind, randomized, multicentre, placebo-controlled phase III ECZTRA 3 trial. Br J Dermatol. 2021 Mar;184(3):450-463.
アドトラーザ(トラロキヌマブ)に効果がなかった場合の代替治療薬
アドトラーザ(トラロキヌマブ)で効果が不十分な場合、他に代替治療薬がないか検討します。代表的な代替治療薬とその特徴、使用時の注意点をご紹介しましょう。
代替治療薬について
<デュピルマブ(デュピクセント )>
デュピクセントは、IL-4およびIL-13という炎症に関与するサイトカインのシグナルを阻害することで、アトピー性皮膚炎の症状を抑える生物学的製剤です11)。
これは特に中等度から重度のアトピー性皮膚炎に有効であると報告されており、適応はアドトラーザに似ています。しかし、使用する際は副作用のリスクも考慮する必要が。
<シクロスポリンA (ネオーラル)>
シクロスポリンAは、免疫応答を抑制することで炎症反応を低減させる効果がある自己免疫抑制剤です12)。
特に、ステロイド外用薬に抵抗性のあるアトピー性皮膚炎の患者さんに推奨されることが多いですが、定期的な採血が必要だったり、休薬期間が必要になることが注意点となります。
<バリシチニブ(オルミエント)>
JAK阻害薬の一つでJAK1,2に特異的に作用し、炎症の原因となるシグナルの伝達を阻害し、症状を改善します。4mgを1日1回服用し、皮膚の状態に応じて減量。
<ウパダシチニブ(リンヴォック)>
同じくJAK阻害薬の一つで、こちらはJAK1を阻害します。通常は15mgを1日1回服用しますが、アトピー性皮膚炎の場合は30mgの倍量を処方することも可能です。
参考文献
11) Simpson EL, et al. Two Phase 3 Trials of Dupilumab versus Placebo in Atopic Dermatitis. N Engl J Med. 2016;375:2335-48.
12) A Wollenberg, et al. Consensus-based European guidelines for treatment of atopic eczema (atopic dermatitis) in adults and children: part II. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2018 Jun;32(6):850-878.
他の治療薬との併用禁忌について
アドトラーザに関しては、併用する際に注意が必要な薬はありますので、説明いたします。
アドトラーザとの併用注意薬一覧
併用注意の薬 | 主な理由 |
---|---|
生物学的製剤 | 免疫応答の過度な抑制による感染症のリスク増加 |
生ワクチン | 安全性が確認されていない13) |
長期ステロイド内服 | 急に服用をやめず、徐々に減らしていくことが必要 |
- 生物学的製剤: アドトラーザも生物学的製剤の一種す。体内の特定の免疫応答を標的として作用します14)。
他の生物学的製剤と併用すると、複数の部位で免疫応答が抑制されるため、感染症のリスクが増える可能性が。 - 生ワクチン: 生ワクチンでは病原性を弱くした細菌やウイルスを使用します。
そのため、免疫が下がっている状態に生ワクチンを使用すると、弱くなった病原性でも症状がでてしまったり感染したりする可能性も。
現在のところ、安全性が確認されていないため避けてください。生ワクチンには麻疹風疹、水痘、ムンプスがあります。 - 長期ステロイド内服中: アドトラーザの使用によって、症状が改善し、ステロイドを減量できそうな時でも自己判断で行わずに医師の指示に従って少しずつ減らしていってください。
急にやめると、ステロイド離脱症状(吐き気や低血糖、低血圧など)が生じる可能性が高くなります15)。
又、薬の副作用や症状の変化に気付いたら、すぐに医師に報告し指示に従ってください。
参考文献
13) トラロキヌマブ(遺伝子組換え)製剤に係る最適使用推進ガイドライン
14) A Wollenberg, et al. Tralokinumab for moderate-to-severe atopic dermatitis: results from two 52-week, randomized, double-blind, multicentre, placebo-controlled phase III trials (ECZTRA 1 and ECZTRA 2). Br J Dermatol. 2021 Mar;184(3):437-449.
15) Tamar Hajar, et al. A systematic review of topical corticosteroid withdrawal (“steroid addiction”) in patients with atopic dermatitis and other dermatoses. J Am Acad Dermatol. 2015 Mar;72(3):541-549.e2.
患者負担・薬価
アドトラーザは日本では、価格は29,295円/シリンジと設定されています16)。
ひとつ当たり150mgになりますので、初回投与は4つ必要で117,180円、その2週後に2つ必要で58,590円です。月初に導入する場合、初月の薬代は117,180円+58,590円=175,770円になります。
2ヶ月目以降は、300mgを2週間おきに投与しますので、150mg×2シリンジ/回×2回/月となり、合計4本必要で、薬代は117,180円です。
自己負担割合 | 1カ月目 | 2カ月目以降 |
---|---|---|
1割 | 17,577円 | 11,718円 |
2割 | 35,154円 | 23,436円 |
3割 | 52,731円 | 35,154円 |
上記に加えて、初診料や再診料などがかかります。詳しくはお問い合わせください。
参考文献
16) 添付文書情報 医療用医薬品:アドトラーザ 3.組成・性状