スポロトリコーシス(sporotrichosis)とは、Sporothrix schenckiiという真菌が起こす慢性感染症です。
この真菌は主に土壌や植物に生息し、皮膚の傷から体内へ侵入し、感染した場合、皮膚や皮下組織に特徴的な結節や潰瘍が形成されます。
初期症状は小さな赤い斑点や腫脹として現れ、次第に拡大し潰瘍化し、まれに肺や骨、関節など他の臓器にも感染が波及します。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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スポロトリコーシスの症状
スポロトリコーシスは皮膚の小さな傷から始まり、リンパ節や内臓にまで拡大する可能性のある真菌感染症で、多岐にわたる症状を起こします。
皮膚病変
スポロトリコーシスの最も頻繁に見られる形態は皮膚型です。
感染は通常、皮膚の微小な切り傷や擦り傷から始まります。初期症状として、感染部位に小さな赤い隆起した病変が現れることが多いです。
この病変は経時的に拡大し、潰瘍化することもあります。
皮膚病変の特徴 | 説明 |
色 | 赤~紫色 |
形状 | 隆起、結節状 |
大きさ | 1-3cm程度 |
質感 | 硬い、時に柔らかい |
リンパ系への進展
感染が進行すると、病原体はリンパ管を介して体内を移動します。
- リンパ節の腫脹と疼痛
- 感染部位からリンパ節に向かって連なる結節(スポロトリコーシス性リンパ管炎)
- 発熱や倦怠感などの全身症状
内臓型スポロトリコーシス
感染が内臓に波及する事例もあり、内臓型スポロトリコーシスでは、肺や骨、関節、中枢神経系などが影響を受けます。
影響を受ける臓器 | 症状 |
肺 | 咳嗽、胸痛、呼吸困難 |
骨・関節 | 関節痛、腫脹、可動域制限 |
中枢神経系 | 頭痛、めまい、認知機能の変化 |
眼スポロトリコーシス
眼に感染が及んだ場合、眼スポロトリコーシスという状態に至ります。
- 結膜炎(眼球結膜の充血や疼痛)
- ぶどう膜炎(眼球中間層の炎症)
- 視力低下
- 眼瞼の腫脹や疼痛
早期発見と治療が視力保護には欠かせません。
症状の進行と変化
スポロトリコーシスの症状は、時間とともに変化し、進行します。
初期の皮膚病変が治癒したように見えても、別の部位に新たな病変が出現することがあり、また、慢性化すると、以下のような症状が現れます。
- 皮膚の硬化や変色
- 瘢痕形成
- リンパ浮腫(リンパ液の排出障害による腫脹)
スポロトリコーシスの原因
スポロトリコーシスは、土壌や植物に生息し、Sporothrix schenckii複合体に属する真菌の感染によって起こります。
スポロトリコーシスの原因となる真菌
Sporothrix schenckii複合体は、複数の近縁種で構成される真菌群です。S. schenckii sensu stricto、S. brasiliensis、S. globosa、S. luriei、S. mexicanaなどがこれに含まれます。
真菌は環境中に広く分布し、特に土壌や腐敗した植物に多くあります。
多様な感染経路
スポロトリコーシスの感染経路は主に3つです。
- 外傷性感染:最も一般的で、皮膚の傷から真菌が侵入。
- 吸入感染:稀に、真菌の胞子を吸い込むことで肺に感染。
- 動物を介した感染:猫からの感染例が報告。
感染経路 | 特徴 | 感染部位 |
外傷性感染 | 最も頻度が高い | 皮膚、皮下組織 |
吸入感染 | 発生頻度が低い | 肺 |
動物介在感染 | 猫からの感染が多い | 皮膚、リンパ節 |
感染リスクが高まる環境と要因
特定の職業や活動に従事する人は、スポロトリコーシスに感染するリスクが高まります。
- 農業従事者
- 園芸愛好家
- 林業作業員
- 鉱山労働者
- 獣医や動物取扱者
これらの職業や活動では土壌や植物との接触機会が多く、皮膚に小さな傷ができやすいため、感染リスクが上昇します。
真菌の生存を左右する環境条件
Sporothrix schenckii複合体の真菌は、特定の環境条件下で生存・増殖します。
真菌の生存に影響を与える環境要因
環境要因 | 最適条件 | 影響 |
温度 | 25-30°C | 増殖速度に直接関与 |
湿度 | 高湿度 | 胞子形成を促進 |
pH | 酸性~中性 | 生存率に作用 |
有機物 | 豊富 | 栄養源として必須 |
宿主の免疫状態と感染リスク
スポロトリコーシスの発症には、宿主の免疫状態も大きく関与します。
感染リスクを高める可能性のある免疫関連要因
- HIV/AIDS
- 臓器移植後の免疫抑制療法
- 長期のステロイド使用
- 糖尿病
- アルコール依存症
免疫機能が低下している方は、通常よりも感染しやすく、また感染した場合に重症化するリスクが高いです。
感染予防に注意する点
- 土や植物を扱う際は、手袋を着用する
- 皮膚に傷がある場合は、土壌や植物との直接接触を避ける
- 動物との接触後は、十分に手を洗う
- 屋外活動後は、皮膚の傷の有無を確認し、必要に応じて適切な処置を行う
スポロトリコーシスの検査・チェック方法
スポロトリコーシスの診断は臨床所見の観察から始まり、病理組織学的検査や培養検査などの確定診断法を経て行われます。
臨床所見による初期診断
スポロトリコーシスの診断過程は問診と視診から開始し、患者さんの症状、病変の特徴、発症の経緯などを評価します。
代表的な臨床所見
- 皮膚に赤みを帯びた小結節や潰瘍が出現
- リンパ管に沿って複数の結節が連なる(スポロトリコーシス性リンパ管炎)
- 慢性化した際、皮膚の硬化や変色
これらの臨床所見は、スポロトリコーシスを疑う重要な手がかりとなりますが、確定診断にはさらなる検査を要します。
病理組織学的検査
臨床所見に基づいてスポロトリコーシスが疑われた際、病理組織学的検査が実施されます。
病理組織学的所見 | 特徴 |
炎症反応 | 好中球、リンパ球、組織球の浸潤 |
肉芽腫形成 | 類上皮細胞や巨細胞の出現 |
真菌要素 | PAS染色やグロコット染色で確認 |
病理組織学的検査は感染を確認し、他の疾患との鑑別に役立ちます。ただし、この方法だけでは原因菌の特定まではできないため、培養検査と併用して行うことが大切です。
培養検査
スポロトリコーシスの確定診断には、培養検査が最も信頼性の高い方法です。
培養の過程では以下のような特徴が見られます。
- 室温(25-30℃)での培養:菌糸形の成長
- 37℃での培養:酵母形への転換
培養条件 | 観察される形態 |
室温 | 菌糸形(白色~褐色のコロニー) |
37℃ | 酵母形(クリーム色のコロニー) |
培養検査は時間がかかりますが、原因菌の確実な特定できるため、診断の確定に不可欠です。
血清学的検査
血清学的検査は、患者の血液中にあるSporothrix schenckiiに対する抗体を検出する方法で、内臓型スポロトリコーシスの診断に有用です。
主な血清学的検査法
- 免疫拡散法
- ラテックス凝集試験
- ELISA法
血清学的検査は、培養検査と併用することで診断の精度を高められます。ただし、抗体の産生には時間がかかるため、感染初期の段階では偽陰性となる可能性があります。
分子生物学的検査法
最近、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)などの分子生物学的手法を用いた検査法が開発されてきて、Sporothrix schenckiiの遺伝子を直接検出するため、迅速かつ高感度な診断が可能です。
PCR法の利点
- 高感度・高特異度
- 迅速な結果の取得
- 少量の検体で検査可能
ただし、標準化された方法がまだ確立されていないという課題もあるため、現時点では培養検査を補完する形で使用されることが多いです。
鑑別診断の重要性
スポロトリコーシスは、他の皮膚疾患や感染症と類似した症状を呈することがあるため、鑑別診断が重要です。
鑑別が必要な疾患
- 皮膚結核
- 非結核性抗酸菌症
- 深在性真菌症(クリプトコックス症、コクシジオイデス症など)
- 慢性皮膚潰瘍
鑑別診断のためには、各種検査に加えて、画像診断(X線、CT、MRIなど)を行うことで、より正確な診断ができます。
スポロトリコーシスの治療方法と治療薬について
スポロトリコーシスの治療はイトラコナゾールなどの抗真菌薬の内服療法が中心で、症状や病型に応じて3〜6ヶ月間の長期投与します。
抗真菌薬による内服療法
スポロトリコーシスの治療で最も効果的なのは、抗真菌薬による内服療法です。
使用される薬剤はアゾール系抗真菌薬のイトラコナゾールで、真菌の細胞膜合成を阻害して効果を発揮します。
イトラコナゾールの標準的な投与量は1日あたり200mg〜400mgで、1日2回に分けて服用し、服用期間は3〜6ヶ月です。
薬剤名 | 投与量 | 投与回数 | 副作用 |
イトラコナゾール | 200-400mg/日 | 1日2回 | 消化器症状、肝機能障害 |
代替薬と特殊なケース
イトラコナゾールが効果を示さない場合や、副作用のため使用できない患者さんには、代替薬として以下の薬剤が検討されます。
- テルビナフィン:アリルアミン系抗真菌薬
- フルコナゾール:アゾール系抗真菌薬(イトラコナゾールと同系統)
- アムホテリシンB:重症例や播種性感染症の場合に使用
薬剤は患者さんの状態や感染の程度、薬剤耐性の有無などを考慮して選択されます。
局所療法と外科的処置
軽度の皮膚病変や、内服療法を補助する目的で、局所療法が実施される場合があります。
局所療法の選択肢
- 抗真菌薬の外用剤(クリームや軟膏)
- ヨードカリ溶液の局所塗布
- 温熱療法(局所加温)
外科的処置は通常推奨されませんが、大きな皮膚病変や難治性の病変に対して、限定的に行われることがあります。
治療経過と効果判定
スポロトリコーシスの治療効果を判定するには、定期的な診察と経過観察が欠かせません。
評価項目
- 皮膚病変の縮小や消失
- 新たな病変の出現の有無
- 全身症状の改善
- 血液検査での炎症マーカーの推移
評価項目 | 頻度 | 注意点 |
皮膚病変の観察 | 2-4週ごと | 写真記録が有用 |
血液検査 | 1-2ヶ月ごと | 肝機能や腎機能のチェック |
治療中断による再発リスクを避けるため、医師の指示なく服薬を中止しないことが大切です。
薬の副作用や治療のデメリットについて
スポロトリコーシスの治療には、抗真菌薬の長期投与が必要で、副作用やリスクがあります。
イトラコナゾールの副作用
イトラコナゾールはスポロトリコーシス治療の第一選択薬ですが、長期投与に伴い、様々な副作用が生じます。
副作用 | 症状 |
消化器系 | 悪心、嘔吐、腹痛、下痢 |
肝機能障害 | 黄疸、倦怠感、食欲不振 |
皮膚症状 | 発疹、掻痒感 |
神経系 | 頭痛、めまい |
副作用は軽度から中等度で、薬の投与を中止すると改善しますが、重度の副作用が現れた際には、直ちに医療機関に相談することが大切です。
特に肝機能障害には注意が必要で、イトラコナゾールは肝臓で代謝されるため、既存の肝疾患がある患者さんや高齢者では、肝機能の定期的な検査が欠かせません。
テルビナフィンの副作用とリスク
テルビナフィンはイトラコナゾールの代替薬として使用され、固有の副作用があります。
テルビナフィンの副作用
- 胃腸障害(悪心、腹痛、下痢)
- 味覚障害
- 肝機能障害
- 皮膚反応(発疹、蕁麻疹)
- 血液障害(白血球減少、血小板減少)
テルビナフィンによる味覚障害は、薬の中止後も長期間持続する可能性があります。
ヨウ化カリウムの副作用
ヨウ化カリウムは、古くから使用されている治療法です。
副作用 | 症状 |
甲状腺機能異常 | 甲状腺腫、甲状腺機能亢進症または低下症 |
電解質異常 | 高カリウム血症 |
皮膚症状 | ヨウ素疹、痤瘡様発疹 |
唾液腺腫脹 | 耳下腺や顎下腺の腫れ |
ヨウ化カリウムの使用には、定期的な甲状腺機能検査と電解質バランスのチェックが必要です。既存の甲状腺疾患がある患者さんや腎機能障害のある患者さんでは、注意深い経過観察を行います。
長期治療に伴うリスク
スポロトリコーシスの治療は、3〜6ヶ月以上の長期にわたります。
長期治療に伴うリスク
- 薬剤耐性の発現:長期の抗真菌薬使用により、原因菌が薬剤に対して耐性を獲得し、治療の効果を減弱させ、治療期間の延長や薬剤の変更を必要とすることも。
- 薬物相互作用:長期にわたる薬物療法では、他の薬剤との相互作用のリスクが高まり、イトラコナゾールは多くの薬剤と相互作用を示す。
- 累積的な副作用:長期投与により、軽微な副作用が蓄積し、徐々に悪化し、軽度の肝機能障害が長期間持続することで、重度の肝障害に進展するリスクが。
特殊な患者群におけるリスク
特定の患者群では、スポロトリコーシスの治療に伴うリスクがさらに高まります。
妊婦:イトラコナゾールやテルビナフィンは妊娠中の使用は禁忌です。胎児に悪影響を及ぼす可能性があるため、妊娠中または妊娠を計画している患者さんでは、代替治療法を検討。
小児:小児におけるイトラコナゾールの使用経験は限られており、長期的な安全性に関するデータが不足。
高齢者:肝機能や腎機能が低下していることが多く、薬物の代謝や排泄に影響を与え、また、多剤併用の機会が多いため、薬物相互作用のリスクも高まる。
免疫不全患者:HIV感染者や臓器移植後の免疫抑制状態にある患者さんでは、スポロトリコーシスの治療がより困難となる。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
保険適用と治療費
スポロトリコーシスの治療は健康保険が適用されます。
治療形態 | 保険適用後の自己負担額 | 備考 |
外来診療 | 月額1万円〜3万円 | 薬剤費を含む |
入院治療 | 1日あたり1万円〜3万円 | 病室代を含む |
総治療費 | 10万円〜50万円 | 3〜6ヶ月の治療期間を想定 |
治療費の内訳
治療費の項目
- 診察料:医師による診察や経過観察の費用
- 検査費用:血液検査や培養検査などの診断・経過観察に必要な検査費用
- 薬剤費:抗真菌薬などの処方薬の費用
- 処置費:局所療法や外科的処置を行った場合の費用
外来治療の場合薬剤費が治療費の大部分を占め、入院治療では入院基本料や病室代も加わります。
治療期間と総治療費
スポロトリコーシスの治療期間は3〜6ヶ月ですが、症状の重症度や治療への反応によっては更に長期化することもあります。
治療期間 | 総治療費(保険適用後) |
3ヶ月 | 10万円〜20万円 |
6ヶ月 | 20万円〜40万円 |
9ヶ月以上 | 30万円〜50万円以上 |
以上
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