抗酸菌感染症(mycobacterial infection)は、結核菌や環境中に広くある非結核性抗酸菌から起こる感染症の総称です。
呼吸器を介して体内に侵入し、肺をはじめ皮膚やリンパ節など多様な器官に影響を与えます。
症状は持続する咳、微熱、体重減少などで、診断には特殊な検査や培養が不可欠です。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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抗酸菌感染症の病型
抗酸菌感染症には、結核、非結核性抗酸菌症、ハンセン病という3つの主要な病型があります。
抗酸菌感染症の分類
抗酸菌感染症は、原因となる菌の種類に基づいて分類されます。
病型 | 原因菌 | 感染部位 |
結核 | 結核菌 | 肺 |
非結核性抗酸菌症 | 非結核性抗酸菌 | 肺、皮膚、リンパ節 |
ハンセン病 | らい菌 | 皮膚、末梢神経 |
結核
結核は、抗酸菌感染症の中で最も頻度の高い病型です。
結核菌による感染は主として肺を標的としますが、他の臓器にも影響を及ぼすことがあります。
非結核性抗酸菌症
非結核性抗酸菌症は、結核菌以外の抗酸菌による感染症のことです。
この病型は、環境中に広範に分布する抗酸菌によって起こります。
非結核性抗酸菌症の特徴
- 肺が主要な感染部位だが、皮膚やリンパ節にも影響を与えることがある
- 結核と比較して人から人への感染リスクが低い
- 治療に長期間を要することが多い
ハンセン病
ハンセン病は、らい菌による慢性の感染症で、皮膚と末梢神経に影響を及ぼします。
ハンセン病の特徴
特徴 | 説明 |
進行速度 | 極めて緩慢 |
主な症状 | 皮膚病変、神経障害 |
社会的影響 | 歴史的な偏見と差別の対象 |
ハンセン病は早期発見と治療により、完治が見込める疾患です。
抗酸菌感染症の症状
抗酸菌感染症は、結核、非結核性抗酸菌症、ハンセン病などの疾患を起こします。
結核の主な症状
結核は主に肺に影響を及ぼし、以下のような症状が見られます。
症状 | 特徴 |
咳 | 2週間以上持続する咳嗽 |
喀痰 | 血痰を伴うことも |
発熱 | 微熱から高熱まで多様 |
寝汗 | 夜間の著しい発汗 |
体重減少 | 食欲低下を伴うケースが多い |
非結核性抗酸菌症の症状
非結核性抗酸菌症は、結核菌以外の抗酸菌が起こす感染症です。
- 長引く咳と痰
- 息苦しさや呼吸困難
- 胸部の痛み
- 倦怠感
- 微熱
- 体重の減少
非結核性抗酸菌症は結核と似た症状を示すことがありますが、進行が緩やかです。
ハンセン病の症状
ハンセン病は皮膚や末梢神経に影響を与える抗酸菌感染症ですが、初期段階では気付きにくいです。
症状 | 説明 |
皮膚の変化 | 色素脱失斑、隆起性の病変 |
感覚異常 | 特に手足の末端部 |
末梢神経の障害 | 痺れ、筋力の低下 |
眼の症状 | 角膜炎、虹彩炎など |
抗酸菌感染症の共通症状と留意点
抗酸菌感染症には、疾患を問わず共通する症状があります。
- 持続する疲労感
- 原因不明の熱発
- 食欲の減退
- 体重の減少
- 夜間の寝汗
抗酸菌感染症は初期症状が軽微で見逃されやすいので、自覚症状がなくても定期的な検診が大切です。
抗酸菌感染症の原因
抗酸菌感染症は抗酸菌によって起こります。
抗酸菌は特有の細胞壁構造を持ち、環境中での生存能力が高く、感染経路は主に飛沫感染や直接接触で、宿主の免疫状態も感染の成立に関わっています。
抗酸菌の特性
抗酸菌は独自の特徴を備えていて、最も顕著な特性は、細胞壁に含まれる脂質成分です。
脂質成分により抗酸菌は一般的な染色法では染色が困難で、抗酸性染色法で観察する必要があります。
また、この特殊な細胞壁構造が、抗酸菌の環境耐性を高めています。
特性 | 詳細 |
細胞壁構造 | 特殊な脂質成分を含む |
染色性 | 抗酸性染色法で観察可能 |
環境耐性 | 高い |
増殖速度 | 比較的緩慢 |
抗酸菌の種類
抗酸菌には多様な種類がありますが、代表的なものは以下の通りです。
- 結核菌(Mycobacterium tuberculosis)
- 非結核性抗酸菌(NTM: Non-tuberculous mycobacteria)
- らい菌(Mycobacterium leprae)
感染経路
抗酸菌感染症の感染経路は二つに分類されます。
- 飛沫感染:感染者の咳やくしゃみによる飛沫を吸入することで感染
- 直接接触:感染部位との直接的な接触により感染が成立
ただし非結核性抗酸菌は環境中に広く分布しているため、必ずしも人から人への感染ではありません。
感染経路 | 原因菌 |
飛沫感染 | 結核菌 |
直接接触 | らい菌 |
環境由来 | 非結核性抗酸菌 |
宿主要因
抗酸菌感染症の成立は宿主の免疫状態により、細胞性免疫の低下は感染リスクを上昇させます。
抗酸菌感染症のリスクを増大させる要因
- HIV/AIDS
- 糖尿病
- 栄養不良
- 長期のステロイド使用
抗酸菌感染症の検査・チェック方法
抗酸菌感染症の診断では、症状の確認から画像診断、細菌学的検査、遺伝子検査を実施します。
問診と身体診察
診断の第一歩は、問診と身体診察です。
- 症状の詳細(咳、熱、体重減少など)
- 病歴の聴取
- 感染リスクの評価
- 身体所見の確認(呼吸音、皮膚の異常など)
画像診断
抗酸菌感染症の診断には、胸部X線検査やCT検査が用いられます。
検査方法 | 特徴 |
胸部X線検査 | 初期スクリーニングに活用、病変の位置や広がりを把握 |
CT検査 | X線より精細な画像を提供、微小な病変も捉える |
細菌学的検査
抗酸菌を直接検出し同定するためには、いくつかの検査が必要です。
検査方法 | 目的 |
抗酸菌塗抹検査 | 喀痰内の抗酸菌を迅速に検出 |
培養検査 | 抗酸菌の種類を特定し、薬剤感受性を確認 |
PCR法 | 遺伝子レベルで抗酸菌を検出・同定 |
免疫学的検査
抗酸菌感染症特に結核の診断補助として、体内での抗酸菌に対する免疫反応を評価する検査が行われます。
- インターフェロン-γ遊離検査(IGRA)
- ツベルクリン反応検査
その他の検査
状況に応じて、追加検査を実施することがあります。
- 血液検査(炎症マーカーの確認)
- 気管支鏡検査(気管支から検体を採取)
- 組織生検(皮膚や臓器の病変部から検体を採取)
抗酸菌感染症の治療方法と治療薬について
抗酸菌感染症の治療では、複数の抗菌薬を組み合わせ長期的に治療を行います。
抗酸菌感染症治療の基本
単一の薬剤での治療では耐性菌が生じやすいため、長期にわたり複数の抗菌薬を併用します。
治療原則 | 目的 |
複数薬剤の併用 | 耐性菌の出現防止 |
長期治療 | 完全な菌の排除 |
定期的な経過観察 | 副作用の管理と治療効果の確認 |
結核の治療
結核の標準的な治療は、最初の2ヶ月間は4剤併用療法を行い、その後4ヶ月間は2剤による維持療法へ移行します。
使用される薬剤
- イソニアジド(INH)
- リファンピシン(RFP)
- エタンブトール(EB)
- ピラジナミド(PZA)
薬剤はそれぞれ異なる作用機序を持ち、相乗効果を発揮します。
非結核性抗酸菌症の治療
非結核性抗酸菌症の治療は原因となる菌種によって異なりますが、マクロライド系抗菌薬を中心とした多剤併用療法が実施されることが多く、治療期間は1年以上です。
原因菌 | 治療薬 |
M. avium complex | クラリスロマイシン、エタンブトール、リファンピシン |
M. kansasii | イソニアジド、リファンピシン、エタンブトール |
ハンセン病の治療
ハンセン病の治療にはWHO推奨の多剤併用療法(MDT)が採用され、治療期間は6ヶ月から1年以上続くこともあります。
使用する治療薬
- ダプソン
- リファンピシン
- クロファジミン
治療の課題と新しいアプローチ
抗酸菌感染症の治療にはいくつかの課題があり、最も深刻な問題は、薬剤耐性菌の出現です。
特に多剤耐性結核(MDR-TB)や超多剤耐性結核(XDR-TB)は治療が極めて困難になり、この問題に対応するため、新薬の開発や既存薬の新たな組み合わせの研究が進められています。
薬の副作用や治療のデメリットについて
抗酸菌感染症の治療は長期間にわたり複数の抗菌薬を使用し、効果的である反面、さまざまな副作用やデメリットがあります。
抗菌薬の副作用
抗酸菌感染症の治療に用いられる抗菌薬と副作用
抗菌薬 | 副作用 |
イソニアジド | 肝機能障害、末梢神経障害 |
リファンピシン | 肝機能障害、胃腸症状 |
エタンブトール | 視神経障害 |
ピラジナミド | 肝機能障害、関節痛 |
重篤な副作用
一部の副作用は重症化する場合があり、素早い対応が必要です。
- 肝機能障害:定期的な肝機能検査が重要
- 視力低下:視力検査を定期的に実施
- 皮膚の発疹:アレルギー反応の可能性があるため、速やかに報告
- 末梢神経障害:手足のしびれや痛みに注意
長期治療に伴う問題点
抗酸菌感染症の治療は長期化するため、いくつかの問題が生じます。
問題点 | 影響 |
薬剤耐性 | 長期使用による耐性菌の出現 |
経済的負担 | 長期治療による医療費の増加 |
生活の制約 | 定期的な通院や服薬管理の必要性 |
結核の保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
保険適用と治療費
結核は感染症法に基づく二類感染症に指定されているので、入院治療の場合、食事代や差額ベッド代を除いて自己負担はありません。
外来治療では通常の保険診療となりますが、公費負担制度により自己負担が軽減されます。
治療形態 | 自己負担額 | 備考 |
入院治療 | 原則無料 | 食事代・差額ベッド代は自己負担 |
外来治療 | 一部負担 | 公費負担制度により軽減 |
非結核性抗酸菌症の保険適用と治療費
非結核性抗酸菌症は、通常の保険診療の対象です。
費用項目 | 概算金額(保険適用前の月額) |
外来薬剤費 | 1万円〜10万円 |
外来検査費 | 5千円〜3万円 |
入院費 | 30万円〜100万円 |
ハンセン病の保険適用と治療費
ハンセン病は、「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」に基づき、国が医療費を全額負担し、患者さんの自己負担はありません。
治療薬だけでなく、合併症の治療や後遺症に対するケアも含まれます。
以上
参考文献
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