HIV感染症/AIDS(HIV infection/AIDS)とは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)が原因の長期的な感染症です。
HIVは人体の防御機構を少しずつ崩壊させ、さまざまな病原体から身を守る力を弱めていきます。
AIDS(後天性免疫不全症候群)は、HIV感染症が最も進行した状態です。
この段階では、免疫機能が極度に低下し、普段なら問題にならないような微生物でも深刻な日和見感染を起こします。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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HIV感染症/AIDSの症状
HIV感染症/AIDSは、感染初期から末期まで多彩な症状が現れ、免疫機能の低下に伴って段階的に進行していきます。
急性期
HIV感染から2〜4週間後急性HIV感染症と呼ばれる初期症状が出現し、1〜2週間程度で自然軽快します。急性期の特徴は、インフルエンザや感冒に類似した症状が突如として現れることです。
症状 | 様子 |
高熱 | 38〜40℃に達する発熱 |
疲労感 | 全身の強いだるさ |
筋肉の痛み | 主に大きな筋群に生じやすい |
皮疹 | 体幹部や顔面に出現 |
初期症状は非特異的なため、HIV感染を疑うのは困難ですが、この時期はウイルス量が多く感染力が高いため、感染拡大防止の観点から見過ごせない時期です。
潜伏期
急性期の症状が消えると、多くの場合、数年から10年以上続く無症状期に入ります。
急性期の特徴
- 外見上の症状がみられない
- CD4陽性Tリンパ球数が徐々に減少
- ウイルス量が増加傾向を示す
外見上は健康そのものに見えますが、体内ではウイルスが着実に免疫システムを破壊し続け、この時期は、感染者自身が感染に気づかないこともあり、定期的な検査が早期発見につながります。
中期
無症状期を経て、免疫機能が徐々に低下してくると、次のような症状が顕在化してきます。
- リンパ節の持続的な腫れ
- 原因のはっきりしない発熱や寝汗
- 長引く下痢
- 急速な体重の減少
- 口腔内のカンジダ症(白い斑点の出現)
このような症状は、HIV感染症の進行を示す見逃せないサインです。中期症状が現れる頃には、CD4陽性Tリンパ球数は500個/μL未満まで低下しています。
末期
免疫機能が極度に低下するとAIDSを発症し、さまざまな日和見感染症や悪性腫瘍が現れ、CD4陽性Tリンパ球数が200個/μL未満になっていることが多いです。
日和見感染症 | 悪性腫瘍の種類 |
ニューモシスチス肺炎 | カポジ肉腫 |
サイトメガロウイルス感染症 | 非ホジキンリンパ腫 |
結核 | 子宮頸がん |
AIDS発症後、治療を受けない場合の生存期間は、1〜3年程度です。
全身に及ぶ多様な症状
HIV感染症/AIDSは全身性の疾患であり、多岐にわたる臓器に影響を及ぼします。皮膚症状としては、帯状疱疹や脂漏性皮膚炎が特徴的です。
また、神経系への影響により、認知機能の低下や末梢神経障害が生じることもあります。
HIV感染症/AIDSの原因
HIV感染症/AIDSは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染によって起こる持続性の感染症で、ウイルスは人体の防御機構を段階的に弱め、最終的にAIDSへと進展させます。
HIVの特性と感染経路
HIVは、レトロウイルス科に分類される極小のウイルスです。
感染経路
- 感染者との性的接触
- 汚染された血液との接触
- 母子感染(妊娠中、分娩時、または授乳を介して)
感染経路 | リスク度 |
性行為 | 高い |
血液接触 | 中程度 |
母子感染 | 低い(効果的な予防法あり) |
HIVは体液を通じて伝播するため、感染者の血液、精液、膣分泌液、母乳などとの接触により感染します。
HIVの体内での作用プロセス
HIVが体内に侵入すると、CD4陽性T細胞と呼ばれる免疫細胞を攻撃します。
HIVの標的細胞 | 役割 |
CD4陽性T細胞 | 免疫反応の制御 |
マクロファージ | 異物の捕食 |
樹状細胞 | 抗原の提示 |
HIVは感染した細胞内で増殖を繰り返しやがて細胞を死滅させ、このサイクルにより、体内のCD4陽性T細胞の数が徐々に減っていきます。
免疫系への悪影響と進行過程
CD4陽性T細胞の減少は、免疫システム全体の機能低下を招きます。
進行過程
- 急性HIV感染症:初期感染後、一時的な症状が現れるケースがある
- 無症候期:症状がほとんど、あるいは全く現れない期間
- 症候性HIV感染症:免疫機能の低下に伴い、様々な症状が出始める
- AIDS:最も進行した段階で、重度の免疫不全状態に陥る
AIDS発症のプロセス
HIV感染から数年から10年以上の期間を経て免疫機能が著しく低下すると、AIDS期に入り、この段階では、従来なら無害な微生物でも深刻な感染症(日和見感染症)を起こします。
さらに、免疫系の異常により、特定の悪性腫瘍の発症リスクも上昇することに。
- カポジ肉腫
- 非ホジキンリンパ腫
- 子宮頸がん
HIV感染症/AIDSの検査・チェック方法
HIV感染症/AIDSの診断は問診や身体診察に加え、スクリーニング検査と確認検査を組み合わせて行われ、最終的にはウイルス学的検査で確定診断が下されます。
HIV検査の重要性と種類
HIV検査は感染の早期発見と予防に欠かせません。
検査方法は、抗体検査、抗原・抗体同時検査、核酸増幅検査(NAT)で、感染後の時期によって検出感度が異なるため、正しい方法の選択が重要です。
検査方法 | 検出可能時期 | 特徴 |
抗体検査 | 感染後3〜12週間 | 最も一般的、安価 |
抗原・抗体同時検査 | 感染後2〜6週間 | より早期の検出が可能 |
核酸増幅検査(NAT) | 感染後1〜2週間 | 最も早期の検出が可能、高価 |
スクリーニング検査の流れ
スクリーニング検査は、HIV感染の可能性を初期段階で判断するために実施されます。
スクリーニング検査の流れ
- 採血または口腔粘膜液の採取
- 迅速検査キットまたは通常の検査機器での検査
- 結果の判定(陰性・陽性・判定保留)
- 陽性または判定保留の場合、確認検査へ
迅速検査キットを用いると20〜30分程度で結果が得られますが、あくまでスクリーニングであり、陽性結果が出た際は必ず確認検査を行うことが必要です。
確認検査と確定診断
スクリーニング検査で陽性または判定保留となるとより精密な確認検査を実施し、ウェスタンブロット法やHIV-1/2抗体確認検査などが用いられます。
確認検査方法 | 特徴 |
ウェスタンブロット法 | HIV特異抗体を検出、高い特異性 |
HIV-1/2抗体確認検査 | HIV-1とHIV-2を区別して検出 |
確認検査で陽性となった場合最終的にはHIV-RNA定量検査などのウイルス学的検査を行い、確定診断を下し、この段階で初めてHIV感染症と診断されます。
検査時期の考慮
HIV検査の精度は感染からの経過時間に大きく影響され、これは「ウィンドウ期」と呼ばれる期間があるためです。
- 抗体検査:感染後3〜12週間で検出可能
- 抗原・抗体同時検査:感染後2〜6週間で検出可能
- 核酸増幅検査(NAT):感染後1〜2週間で検出可能
リスクのある行為があった際は、正しい時期に検査を受けることが大切です。
HIV感染症/AIDSの治療方法と治療薬について
HIV感染症/AIDSの治療は、複数の抗レトロウイルス薬を組み合わせた抗レトロウイルス療法(ART)を軸に行われ、生涯継続します。
抗レトロウイルス療法(ART)の基本原理
ARTは、複数の抗HIV薬を組み合わせて用いる治療法です。
この方法の目的は、HIVの増殖を抑え、免疫機能の低下を食い止めることにあり、ARTの導入により、HIV感染者の生活の質を高め、寿命を延ばすことが可能になりました。
ARTでは通常、次の3種類の主要な薬剤群から選んだ薬を組み合わせて使用します。
- 核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI)
- 非核酸系逆転写酵素阻害薬(NNRTI)
- プロテアーゼ阻害薬(PI)
薬剤群 | 働き | 副作用 |
NRTI | HIVの遺伝子複製を妨げる | 乳酸アシドーシス、脂肪肝 |
NNRTI | HIVの酵素機能を阻止 | 皮疹、肝機能障害 |
PI | HIVタンパク質の生成を抑制 | 高脂血症、糖尿病 |
治療開始の時期と薬の選び方
HIV感染が判明したら、治療を始める時期は、CD4陽性T細胞数やウイルス量、患者さんの全身状態などを考えて決めます。
薬の選択は、患者さんの状態、薬への耐性の有無、副作用のリスク、他の病気や飲んでいる薬との相互作用などを考慮することが大事です。
治療開始を考える要素 | 優先度 |
CD4陽性T細胞数 | 高い |
ウイルス量 | 高い |
日和見感染症の有無 | 中程度 |
患者さんの意向 | 中程度 |
治療効果の追跡と薬への耐性
ARTを始めた後は定期的に血液検査を行い、CD4陽性T細胞数とウイルス量の変化を追跡します。治療がうまくいくと、ウイルス量は検出できないレベルまで下がり、CD4陽性T細胞数は増加。
ただし、HIVは変異しやすく、薬が効かなくなる耐性ウイルスが出てくることがあり、薬への耐性が疑われる時は、耐性検査を行い、薬の組み合わせを変更します。
新たな治療法と将来の展望
HIV治療の分野では新しい治療法や薬の開発が進んでいます。
- インテグラーゼ阻害薬:HIVのDNAが宿主細胞のDNAに入り込むのを防ぐ
- CCR5阻害薬:HIVが細胞に侵入するのを阻止
- 長時間作用型注射薬:毎日の服薬から解放される可能性
HIV感染症/AIDSの治療はARTの登場で大きく前進し、早期発見と治療により、HIV感染者の予後は目覚ましく改善しています。しかし、完治は現時点では難しく、生涯にわたる治療の継続が欠かせません。
薬の副作用や治療のデメリットについて
HIV感染症/AIDS治療において用いられる抗レトロウイルス薬(ARV)は、患者さんの生命予後を大きく改善する一方で、様々な副作用やリスクを伴います。
抗レトロウイルス薬(ARV)の副作用
ARVは HIV 感染症の治療に欠かせませんが、多くの患者さんが何らかの副作用を経験します。
副作用 | 影響を受ける系統 | な症状 |
消化器症状 | 胃腸系 | 悪心、嘔吐、下痢 |
皮膚症状 | 皮膚 | 発疹、かゆみ、皮膚乾燥 |
中枢神経系症状 | 神経系 | 頭痛、めまい、不眠 |
全身症状 | 全身 | 疲労感、倦怠感、発熱 |
副作用の多くは、治療開始後数週間で軽減あるいは消失しますが、長期的に持続することもあります。
長期的な副作用とリスク
HIV治療は生涯にわたって継続する必要があるため、長期的な副作用やリスクについて理解しておくことが重要です。
長期的な副作用
- 代謝異常:脂質代謝異常や糖尿病のリスク増加
- 骨密度の低下:骨粗鬆症のリスク上昇
- 腎機能障害:特定の薬剤による腎臓への負担
- 肝機能障害:薬物代謝に関連した肝臓への影響
- 心血管系疾患のリスク増加:動脈硬化や心筋梗塞のリスク上昇
- 脂肪分布異常:リポジストロフィーと呼ばれる体脂肪分布の変化
長期的な影響は、定期的な健康チェックと、薬剤の調整によって管理する必要があります。
特定の薬剤クラスに関連する副作用
HIV治療に使用される薬剤はいくつかのクラスに分類され、それぞれのクラスには特有の副作用があります。
薬剤クラス | 副作用 | 具体例 |
核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI) | 乳酸アシドーシス、脂肪肝 | ミトコンドリア障害による代謝異常 |
非核酸系逆転写酵素阻害薬(NNRTI) | 精神神経系症状、肝障害 | 不眠、悪夢、うつ症状、肝酵素上昇 |
プロテアーゼ阻害薬(PI) | 高脂血症、耐糖能異常 | コレステロール上昇、インスリン抵抗性 |
インテグラーゼ阻害薬(INSTI) | 不眠、頭痛 | 睡眠障害、慢性的な頭痛 |
薬剤耐性の問題
HIV治療における大きな課題の一つは、薬剤耐性ウイルスの出現です。
耐性が現れる要因
- 服薬アドヒアランスの低下:規則正しい服薬が守られない場合
- 不適切な薬剤選択:ウイルスの遺伝子型に適合しない薬剤の使用
- 薬物相互作用:他の薬剤との相互作用による効果の減弱
- ウイルスの自然変異:HIV の高い変異率による耐性獲得
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
HIV感染症/AIDSの治療と保険適用
HIV感染症/AIDSの治療は、公的医療保険制度の対象です。通常、保険適用後の自己負担割合は3割ですが、所得に応じて1割や2割になる場合もあります。
抗HIV薬による治療(抗レトロウイルス療法:ART)は、複数の薬剤を組み合わせて行われるため、治療費が高額になりがちですが、保険適用です。
HIV感染症/AIDSの治療にかかる費用
HIV感染症/AIDSの治療費の目安
項目 | 月額費用(保険適用前) | 月額自己負担(3割負担の場合) |
抗HIV薬(ART) | 15万円~25万円 | 4.5万円~7.5万円 |
定期検査 | 2万円~5万円 | 0.6万円~1.5万円 |
その他の医療費 | 1万円~3万円 | 0.3万円~0.9万円 |
以上
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