ある日突然、シャンプーやブラッシングの際に抜け毛が急に増えたと感じ、不安になっていませんか?それは「休止期脱毛症」かもしれません。
休止期脱毛症は、特定のきっかけにより、髪の毛が一斉に成長を止め、休止期に入ってしまうことで起こる脱毛症です。

この記事では、休止期脱毛症の原因から回復までの流れ、そして皮膚科での対応について詳しく解説します。
休止期脱毛症の基本的な理解
休止期脱毛症は、男女問わず発症する可能性のある脱毛症の一つです。まずは、その基本的な特徴と、髪の毛の成長サイクルとの関連について理解を深めましょう。
毛周期(ヘアサイクル)とは
髪の毛は、一定の周期で生え変わりを繰り返しています。これを毛周期(ヘアサイクル)と呼びます。
毛周期は主に「成長期」「退行期」「休止期」の3つの期間に分けられます。健康な状態では、ほとんどの毛髪(約85~90%)が成長期にあります。

毛周期の各段階
段階 | 期間(目安) | 特徴 |
---|---|---|
成長期 | 2~6年 | 毛母細胞が活発に分裂し、髪が伸びる期間。 |
退行期 | 2~3週間 | 毛母細胞の分裂が止まり、毛包が収縮する期間。 |
休止期 | 3~4ヶ月 | 毛髪の成長が完全に止まり、自然に抜け落ちるのを待つ期間。 |
休止期脱毛症の特徴
休止期脱毛症は、何らかの原因によって成長期にある毛髪の多くが、強制的に休止期へと移行してしまう状態です。これにより、通常よりも多くの髪の毛が同時に抜け落ちる「びまん性脱毛」が起こります。

特定の部位だけでなく、頭部全体の髪が薄くなるのが特徴です。
他の脱毛症との違い
脱毛症には様々な種類があります。例えば、男性型脱毛症(AGA)や女性型脱毛症(FAGA/FPHL)は、主にホルモンの影響でゆっくりと進行するのに対し、休止期脱毛症は比較的急速に発症します。
また、円形脱毛症のように、特定の部位が完全に脱毛するのとも異なります。
主な脱毛症との比較
脱毛症の種類 | 主な原因 | 進行速度 |
---|---|---|
休止期脱毛症 | ストレス、出産、栄養不足など | 比較的急速 |
男性型脱毛症(AGA) | 男性ホルモン、遺伝 | 緩徐 |
円形脱毛症 | 自己免疫疾患 | 急速(斑状) |
休止期脱毛症の原因
休止期脱毛症を引き起こす原因は多岐にわたります。多くの場合、身体的または精神的な大きな負担がきっかけとなります。

これらの負担が「急性ストレスイベント」として作用し、毛周期に影響を与えます。
精神的ストレス
過度の精神的ストレスは、自律神経やホルモンバランスの乱れを引き起こし、毛包に影響を与える可能性があります。仕事や家庭の問題、人間関係の悩みなどが長期化すると、休止期脱毛症の引き金となることがあります。
身体的ストレス
身体的なストレスも大きな原因です。これには、高熱を伴う病気、大きな手術、急激な体重減少、過度なダイエットなどが含まれます。
これらのイベントは、身体にとって大きな負担となり、髪の成長に必要なエネルギーや栄養の供給を滞らせる可能性があります。
身体的ストレスの例
ストレスの種類 | 具体例 |
---|---|
感染症・発熱 | インフルエンザ、肺炎など |
外科手術 | 全身麻酔を伴う手術など |
急激な体重変動 | 過度なダイエット、病気による体重減少 |
栄養不足
髪の毛は主にタンパク質(ケラチン)でできており、その成長には亜鉛、鉄、ビタミンなどの栄養素が必要です。偏った食事や極端なダイエットによる栄養不足は、健康な髪の成長を妨げ、休止期脱毛症を誘発する一因となります。

- タンパク質
- 亜鉛
- 鉄分
- ビタミンB群
特定の薬剤
一部の薬剤は、副作用として休止期脱毛症を引き起こすことが知られています。例えば、抗がん剤、抗うつ薬、高血圧治療薬、抗凝固薬などが挙げられます。
薬剤の服用を開始したり、変更したりした後に脱毛が始まった場合は、医師に相談することが重要です。
休止期脱毛症の発症と進行
休止期脱毛症は、原因となる出来事が発生してから、実際に抜け毛が増えるまでに時間差があるのが特徴です。ここでは、その発症から進行までの流れを解説します。
成長期中断と毛包一斉休止移行
急性ストレスイベントなどが発生すると、本来成長期にあるべき毛包がダメージを受け、予定よりも早く成長を中断します。
そして、多くの毛包が一斉に休止期へと移行する「毛包一斉休止移行」が起こります。これが休止期脱毛症の始まりです。
潜伏期間
原因となる出来事から実際に抜け毛が目立ち始めるまでには、通常2~3ヶ月程度の「潜伏期間」があります。これは、毛包が休止期に移行してから、実際に毛髪が抜け落ちるまでに時間がかかるためです。

この時間差があるため、原因を特定しにくい場合があります。
発症までのタイムライン(目安)
期間 | 状態 |
---|---|
0ヶ月 | 原因となるイベント発生(急性ストレスイベントなど) |
0-1ヶ月 | 成長期中断、毛包一斉休止移行 |
2-3ヶ月 | 潜伏期間を経て、びまん性脱毛開始 |
びまん性脱毛開始と抜け毛ピーク
潜伏期間を過ぎると、シャンプー時やブラッシング時などに、明らかに抜け毛が増えたと感じるようになります。「びまん性脱毛開始」です。頭部全体の髪が均等に抜けるため、分け目が目立ったり、全体的にボリュームが減ったりします。
抜け毛の量は、原因発生から3~4ヶ月頃に「抜け毛ピーク」を迎えることが多いです。
症状の程度
抜け毛の程度は、原因の強さや期間、個人の体質によって異なります。軽度であれば、本人しか気づかない程度のボリュームダウンで済むこともありますが、重度の場合、頭皮が透けて見えるほど薄くなることもあります。
ただし、完全に毛髪がなくなることは稀です。
休止期脱毛症の診断
抜け毛が増えたと感じたら、自己判断せずに皮膚科を受診することが大切です。医師は、症状や原因を特定するために、いくつかの診察や検査を行います。
問診

まず、抜け毛が始まった時期、抜け毛の量、生活習慣の変化、既往歴、服用中の薬剤、最近経験したストレスなどについて詳しく伺います。特に、原因となりうる「急性ストレスイベント」の有無は重要な情報です。
正直に、できるだけ詳しく伝えることが診断の助けになります。
視診と触診

医師が頭皮や毛髪の状態を直接観察します。脱毛の範囲(びまん性か局所性か)、頭皮の色や炎症の有無、毛髪の太さや密度などを確認します。
毛髪を軽く引っ張ってみる「牽引試験(Pull test)」を行い、抜けやすい毛髪(休止期毛)の割合を調べることもあります。
ダーモスコピー検査
ダーモスコピーという特殊な拡大鏡を用いて、頭皮や毛穴、毛髪の状態を詳細に観察します。

毛髪の太さのばらつき、毛穴の状態、血管のパターンなどを確認し、他の脱毛症(AGA、円形脱毛症など)との鑑別に役立てます。
ダーモスコピーで観察する主な所見
所見 | 関連する可能性のある脱毛症 |
---|---|
毛髪の太さの均一性低下 | AGA/FPHL |
切れ毛、感嘆符毛 | 円形脱毛症 |
頭皮の炎症、鱗屑 | 脂漏性皮膚炎など |
血液検査

必要に応じて、血液検査を行うことがあります。特に、鉄欠乏性貧血や甲状腺機能異常などが疑われる場合には、これらの項目をチェックします。これらの疾患が脱毛の原因となっている可能性もあるためです。
- 貧血検査(ヘモグロビン、フェリチンなど)
- 甲状腺機能検査(TSH、FT4など)
- 亜鉛などの微量元素
休止期脱毛症の回復過程
休止期脱毛症は、原因が取り除かれれば自然に回復に向かうことが多い脱毛症です。ここでは、回復までの一般的な流れについて説明します。
原因除去・環境改善
回復のための最も重要なステップは、脱毛の引き金となった原因を特定し、それを取り除くことです。ストレスが原因であれば、ストレス源から離れたり、ストレス対処法を見つけたりすることが大切です。
栄養不足であれば食生活を見直し、特定の薬剤が原因であれば医師と相談の上で変更や中止を検討します。この「原因除去・環境改善」が、回復への第一歩です。
発毛再開
原因が取り除かれると、休止期に入っていた毛包は再び活動を始め、新しい髪の毛を作り始めます。これが「発毛再開」です。ただし、新しい髪が頭皮表面に出てくるまでには時間がかかります。
抜け毛が減り始めてから、新しい短い毛が生えてきているのを確認できるまでには、さらに数ヶ月かかることが一般的です。
毛周期正常化
新しい髪が生え始めるとともに、乱れていた毛周期も徐々に正常な状態に戻っていきます。「毛周期正常化」には時間がかかり、完全に元の状態に戻るには、半年から1年、あるいはそれ以上かかることもあります。
焦らず、気長に回復を待つ姿勢が重要です。
回復期間の目安

段階 | 期間(原因除去後) |
---|---|
抜け毛の減少 | 1~3ヶ月 |
発毛再開(産毛の確認) | 3~6ヶ月 |
毛周期正常化・完全回復 | 6ヶ月~1年以上 |
完全回復
毛周期が正常化し、新しく生えてきた髪が十分に成長すれば、「完全回復」となります。多くの場合、休止期脱毛症は後遺症なく回復しますが、回復期間には個人差があります。根気強くケアを続けることが大切です。
皮膚科での対応とセルフケア

休止期脱毛症と診断された場合、皮膚科では原因の特定と除去のアドバイスを中心に行いますが、回復をサポートするための治療やセルフケアも重要です。
原因へのアプローチ
診察や検査を通じて特定された原因に対し、具体的なアドバイスを行います。例えば、栄養不足が考えられる場合は食事指導を、ストレスが原因と考えられる場合はストレス管理の方法などを一緒に考えます。
原因となる薬剤がある場合は、処方医と連携して調整を検討します。
外用薬・内服薬
必須ではありませんが、発毛を促進し、頭皮環境を整える目的で、ミノキシジル外用薬や、血行を促進する内服薬(ビタミンEなど)、栄養補助のためのサプリメント(亜鉛、ビオチンなど)の使用を検討することがあります。
ただし、これらはあくまで補助的な役割です。
補助的に用いられる薬剤・成分
種類 | 期待される効果 | 注意点 |
---|---|---|
ミノキシジル外用薬 | 発毛促進、毛包活性化 | 初期脱毛の可能性、継続使用が必要 |
ビタミン・ミネラル | 毛髪の成長に必要な栄養補給 | 過剰摂取に注意、食事改善が基本 |
血行促進薬 | 頭皮の血流改善 | 効果には個人差あり |
生活習慣の改善
回復を早めるためには、日々の生活習慣を見直すことが大切です。バランスの取れた食事、十分な睡眠、適度な運動は、全身の健康状態を良好に保ち、髪の成長にも良い影響を与えます。
- 栄養バランスの取れた食事(特にタンパク質、亜鉛、鉄)
- 質の高い睡眠(6~8時間目安)
- 適度な運動習慣
- ストレスマネジメント
頭皮ケア
頭皮を清潔に保つことは重要ですが、洗いすぎや強いマッサージは逆効果になることもあります。低刺激性のシャンプーを使用し、優しく洗うことを心がけましょう。
頭皮マッサージは、リラックス効果や血行促進が期待できますが、強く擦りすぎないように注意が必要です。
よくある質問(Q&A)
休止期脱毛症に関して、患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
- 急に抜け毛が増えましたが、どれくらいで治まりますか?
-
原因が取り除かれれば、通常、抜け毛は3~6ヶ月程度で減少し始めます。ただし、髪全体のボリュームが回復するには、半年から1年以上かかることが多いです。
個人差が大きいので、焦らず経過を見ることが大切です。
- 休止期脱毛症は遺伝しますか?
-
休止期脱毛症自体が直接遺伝することはありません。
しかし、ストレスに対する感受性や、特定の疾患(甲状腺疾患など)へのかかりやすさには遺伝的な要素が関与する可能性があり、間接的に発症しやすさに影響することは考えられます。
- 育毛剤やシャンプーは効果がありますか?
-
休止期脱毛症の根本的な原因は体内の変化にあるため、育毛剤やシャンプーだけで完全に治すことは難しいです。
ただし、頭皮環境を整えたり、発毛をサポートしたりする目的で、ミノキシジル外用薬などが有効な場合があります。使用については医師に相談してください。
セルフケア製品の役割
スクロールできます製品タイプ 期待される役割 注意点 育毛剤(ミノキシジル等) 発毛促進の補助 医師への相談推奨、継続が必要 スカルプシャンプー 頭皮環境の清浄・保湿 治療効果はない、低刺激性の選択 サプリメント 栄養補助 食事改善が基本、過剰摂取注意 - 抜け毛がひどい間、髪型はどうすれば良いですか?
-
髪への負担が少ない髪型を心がけると良いでしょう。強く引っ張るようなまとめ髪は避け、パーマやカラーリングも、頭皮や髪への負担を考慮して、回復するまでは控えるか、頻度を減らすことをお勧めします。
美容師さんに相談してみるのも良いでしょう。
「もしかして休止期脱毛症かも?」と感じたら、具体的な症状やご自身でできるチェック方法について確認してみましょう。抜け毛のパターンや頭皮の状態など、詳しい見分け方を知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
参考文献
NATARELLI, Nicole; GAHOONIA, Nimrit; SIVAMANI, Raja K. Integrative and mechanistic approach to the hair growth cycle and hair loss. Journal of clinical medicine, 2023, 12.3: 893.
TOADER, Mihaela Paula, et al. Unraveling the psychological impact o
TUAN, Hsiao-Han; SHAPIRO, Jerry. Telogen Effluvium: Pathogenesis, Clinical Features, Diagnosis, and Management. In: Hair Loss and Restoration. CRC Press, 2024. p. 75-87.
BAYART, Cheryl; BERGFELD, Wilma F. Telogen Effluvium. Hair and Scalp Disorders: Medical, Surgical, and Cosmetic Treatments, 2018, 123.
SRILAKSHMI, N. Clinico-Epidemiological Study of Alopecias in Females in Correlation with Serum Ferritin, Vitamin B12 and Thyroid Profile. 2019. PhD Thesis. Rajiv Gandhi University of Health Sciences (India).
TRÜEB, Ralph M., et al. The Hair and Scalp in Systemic Infectious Disease. In: Hair in Infectious Disease: Recognition, Treatment, and Prevention. Cham: Springer International Publishing, 2023. p. 303-365.
WEI, Kai-Che; HUANG, Mei-Shu; CHANG, Tsung-Hsien. Dengue virus infects primary human hair follicle dermal papilla cells. Frontiers in cellular and infection microbiology, 2018, 8: 268.
LI, Becky S.; PASCH, Marcel C.; MAIBACH, Howard I. Hair Disorders Induced by External Factors. Kanerva’s Occupational Dermatology, 2020, 345-369.
VARY, Jay C.; O’CONNOR, Kim M. Common dermatologic conditions. Medical Clinics, 2014, 98.3: 445-485.
TRÜEB, Ralph M.; TRÜEB, Ralph M. Nutritional disorders of the hair and their management. Nutrition for Healthy Hair: Guide to Understanding and Proper Practice, 2020, 111-223.