牽引性脱毛症(けんいんせいだつもうしょう)は、特定のヘアスタイルなどによって髪が継続的に引っ張られることで起こる脱毛症です。特に女性に多く見られますが、初期症状は気づきにくいこともあります。
「最近、生え際の髪が薄くなった気がする」「分け目が目立つようになったかも」と感じたら、それは牽引性脱毛症のサインかもしれません。

この記事では、牽引性脱毛症の様々な症状について、原因や進行度、FAGAとの違いにも触れながら詳しく解説します。
生え際の産毛が減る初期サイン

牽引性脱毛症の最も一般的な初期症状の一つが、生え際の産毛の減少です。髪を強く引っ張るヘアスタイルを続けることで、毛根に負担がかかり、細く短い産毛が最初に抜け落ちていきます。
特に、いつも同じ位置で髪を結んだり、分け目を変えなかったりすると、その部分の毛根が弱りやすくなります。
初期サインを見逃さないためのチェックポイント
チェック項目 | 確認する場所 | 注意点 |
---|---|---|
産毛の量 | 額の生え際、こめかみ | 以前と比べて明らかに減っていないか |
生え際の後退 | 額の最も前のライン | ラインがM字型や直線的に後退していないか |
毛の細さ | 生え際全体の髪 | 他の部分の髪と比べて細くなっていないか |
ヘアスタイルと生え際への影響
ポニーテールやお団子ヘア、編み込みなど、髪を強く引っ張る状態が長時間続くと、生え際の毛根に持続的な負荷がかかります。この負荷が原因で毛包がダメージを受け、髪の成長サイクルが乱れ、結果として産毛が抜けやすくなるのです。
ヘアアイロンやエクステンションなども、使い方によっては同様のリスクがあります。
特に注意が必要なヘアスタイル
- きつく結ぶポニーテール、ツインテール
- タイトなお団子ヘア
- 編み込み(コーンロウ、ブレイズなど)
- 長時間装着するヘアエクステンション
- 重い髪飾り
産毛減少とFAGA(女性男性型脱毛症)の違い
生え際の薄毛はFAGA(女性男性型脱毛症)でも見られることがありますが、牽引性脱毛症との違いを理解することが大切です。
FAGAはホルモンバランスの変化などが原因で頭頂部を中心にびまん性(広範囲)に薄くなることが多いのに対し、牽引性脱毛症は物理的な牽引が原因で、主に髪が引っ張られる生え際や分け目に症状が現れます。

ただし、両者を併発している可能性もあるため、自己判断せずに専門医に相談することが重要です。
分け目が広がり目立つ―びまん性薄毛の進行
牽引性脱毛症が進行すると、生え際だけでなく、いつも同じ位置で分けている分け目部分の頭皮が透けて見えるようになります。これは、分け目部分の髪も継続的な牽引によって抜け落ち、薄くなってしまうためです。

特定の分け目を長期間続けることで、そのラインに沿って脱毛が進行し、地肌が目立つようになります。
分け目部分の薄毛の原因
分け目を固定すると、その部分の毛根には常に同じ方向への力が加わります。特に、髪を結ぶ際に分け目部分の髪も一緒に強く引っ張られると、負担はさらに大きくなります。
この持続的な牽引が、分け目周辺の毛根を弱らせ、抜け毛を引き起こす主な原因となります。
分け目の薄毛を招く要因
要因 | 具体例 | 対策のヒント |
---|---|---|
固定された分け目 | 毎日同じ場所で髪を分ける | 定期的に分け目を変える |
ヘアスタイルによる牽引 | 分け目からきつく結ぶスタイル | 結び方を緩める、スタイルを変える |
頭皮の血行不良 | 牽引による圧迫 | 頭皮マッサージ、生活習慣の改善 |
びまん性脱毛との見分け方
牽引性脱毛症による分け目の薄毛は、特定のラインに沿って目立つのが特徴です。一方、FAGAや加齢によるびまん性脱毛症では、頭頂部全体が均一に薄くなる傾向があります。しかし、症状が進行すると見分けがつきにくくなることもあります。
分け目の広がり方が線状か、広範囲かを確認することが一つの目安になります。
テンションポイントに沿った円弧状の抜け跡
牽引性脱毛症の特徴的な症状として、髪が最も強く引っ張られる「テンションポイント」に沿って、円弧状(カーブ状)に脱毛が起こることがあります。

これは、ポニーテールやお団子ヘアなどで、髪を結ぶゴムやピンの近く、あるいは生え際から結び目に向かうライン上で特に顕著に見られます。
テンションポイントとは?
テンションポイントとは、ヘアアレンジをする際に、髪や頭皮に最も物理的な張力(テンション)がかかる部分を指します。
例えば、高い位置でのポニーテールでは、こめかみやうなじの生え際から結び目にかけての部分がテンションポイントになりやすいです。
ヘアスタイル別テンションポイントの例

ヘアスタイル | 主なテンションポイント | 脱毛が現れやすい場所 |
---|---|---|
ハイポニーテール | こめかみ、額の生え際、うなじ | 生え際に沿った円弧状のライン |
お団子ヘア(高い位置) | ポニーテールと同様+頭頂部 | 生え際、結び目の周囲 |
編み込み(きついもの) | 編み始めの生え際、編み目 | 生え際、編み目に沿ったライン |
円弧状脱毛の進行パターン
初期段階では、テンションポイント周辺の産毛が抜け、徐々にその範囲が広がっていきます。牽引が続くと、細い毛だけでなく、太くしっかりした髪も抜けるようになり、地肌がはっきりと見えるようになります。
脱毛部分は、ヘアスタイルによって特定のカーブを描くことが多いのが特徴です。
頭皮の痛み・ヒリつき・突っ張り感など自覚症状
脱毛だけでなく、頭皮の不快な感覚も牽引性脱毛症の重要なサインです。髪を強く引っ張ることで、頭皮の神経が刺激されたり、血行が悪くなったりして、様々な自覚症状が現れることがあります。
これらの症状は、毛根がダメージを受けている警告信号と捉えることが大切です。
牽引による頭皮への物理的負担
髪が引っ張られると、毛根だけでなく、その周辺の頭皮組織にも物理的なストレスがかかります。この持続的なストレスが、痛みやヒリヒリ感、かゆみ、突っ張り感といった感覚を引き起こす原因となります。

特に、長時間同じヘアスタイルを続けた後や、髪をほどいた時に症状を感じやすいです。
牽引性脱毛症に伴う主な自覚症状
症状 | 感覚 | 考えられる原因 |
---|---|---|
痛み | ズキズキ、ジンジンする痛み | 神経への刺激、炎症 |
ヒリつき・かゆみ | 皮膚表面がヒリヒリ、ムズムズする | 皮膚の炎症、乾燥 |
突っ張り感 | 頭皮が引っ張られるような感覚 | 物理的な牽引、血行不良 |
圧痛 | 押すと痛む | 毛包周辺の炎症 |
血行不良との関連性
頭皮が強く引っ張られる状態が続くと、その部分の血管が圧迫され、血行不良を引き起こす可能性があります。
血行が悪くなると、毛根へ酸素や栄養が十分に行き渡らなくなり、髪の成長が妨げられるだけでなく、頭皮の感覚異常(痛みやしびれ感など)の原因にもなります。
頭皮マッサージなどで血行を促進する対策も、症状の改善や予防につながります。
切れ毛・短い毛が増えるボリュームダウン
牽引性脱毛症では、抜け毛だけでなく、「切れ毛」や「短い毛」が増えることも特徴です。これは、毛根へのダメージだけでなく、髪の毛そのものへの物理的なストレスも原因となります。

結果として、髪全体のボリュームが減少し、スタイリングがしにくくなることがあります。
切れ毛の原因
髪を強く結んだり、無理なブラッシングをしたりすると、髪のキューティクルが傷つき、毛幹がもろくなります。その結果、髪が途中で切れてしまう「切れ毛」が発生します。
特に、乾燥したり、パーマやカラーリングでダメージを受けたりしている髪は、切れ毛を起こしやすいため注意が必要です。
切れ毛・短い毛が増える要因
要因 | 詳細 | 対策 |
---|---|---|
物理的な摩擦・圧力 | きついゴム、ヘアピン、過度なブラッシング | ヘアアクセサリーの見直し、優しいブラッシング |
髪のダメージ | パーマ、カラーリング、紫外線、乾燥 | ヘアケアの徹底、ダメージ保護 |
毛根の弱体化 | 牽引による毛周期の乱れ | 原因となるヘアスタイルの回避、頭皮ケア |
ボリュームダウンと見た目の変化
切れ毛や、毛根から抜け落ちずに途中で切れた短い毛が増えると、髪全体の密度が低下し、ボリュームが失われたように感じます。特に、髪を結んだ時に毛先がスカスカに見えたり、全体的にペタッとした印象になったりすることがあります。
髪のハリやコシが失われることも、ボリュームダウンの一因です。
発赤・鱗屑・色素沈着―炎症が示す悪化の兆候
牽引性脱毛症が進行し、頭皮への負担が慢性化すると、単なる抜け毛だけでなく、頭皮に炎症反応が現れることがあります。
発赤(赤み)、鱗屑(フケのようなもの)、毛嚢炎(毛穴の炎症)、さらには炎症後の色素沈着などは、症状が悪化しているサインであり、早期の治療介入が必要です。
頭皮の炎症反応
持続的な牽引は、毛包とその周辺組織に微細な損傷を引き起こします。体がこの損傷を修復しようとする過程で、炎症反応が起こることがあります。

初期には軽い赤み程度でも、放置すると炎症が慢性化し、毛包の機能がさらに低下する可能性があります。
頭皮の炎症を示すサイン
サイン | 見た目・状態 | 考えられる状態 |
---|---|---|
発赤 | 頭皮が赤みを帯びている | 初期の炎症、血行の変化 |
鱗屑 | 細かいフケ、かさぶたのようなもの | 乾燥、炎症、ターンオーバーの乱れ |
毛嚢炎 | 毛穴の周りが赤く腫れる、膿を持つことも | 細菌感染を伴う炎症 |
色素沈着 | 炎症が治まった後に茶色っぽいシミが残る | 慢性的な炎症の痕跡 |
炎症と抜け毛の悪循環
頭皮に炎症が起こると、毛根の環境が悪化し、さらなる抜け毛を誘発します。また、かゆみを伴う場合、掻きむしることで頭皮を傷つけ、炎症を悪化させたり、二次的な細菌感染を引き起こしたりするリスクもあります。
この悪循環を断ち切るためには、原因となる牽引を止めるとともに、炎症を抑える治療が必要です。
ステージ別に見る進行スピードと回復可能性
牽引性脱毛症は、原因となる牽引を続けている期間や強さ、個人の頭皮の状態によって進行度が異なります。
早期に気づき、原因を取り除けば回復する可能性が高いですが、長期間放置すると毛根のダメージが深刻化し、回復が難しくなることもあります。進行度を理解し、適切なタイミングで対策を講じることが重要です。
牽引性脱毛症の進行ステージ(目安)
牽引性脱毛症の進行は、一般的に以下のような段階を経ると考えられます。ただし、個人差が大きいため、あくまで目安として捉えてください。
進行ステージと主な症状・回復可能性

ステージ | 主な症状 | 回復可能性 |
---|---|---|
初期 | 生え際の産毛減少、軽い頭皮の痛み・ヒリつき | 原因除去により高い確率で回復可能 |
中期 | 分け目が目立つ、切れ毛・短い毛の増加、頭皮の発赤 | 原因除去と適切なケア・治療で回復の可能性あり |
後期 | 明らかな脱毛斑、頭皮の硬化、炎症の慢性化、毛穴の消失 | 回復が困難、永久脱毛に至るリスク高い |
回復に向けた対策の重要性
どのステージであっても、回復を目指す上で最も重要な対策は、原因となっている物理的な牽引を完全に止めることです。ヘアスタイルを変える、結び方を緩める、エクステンションを外すなど、頭皮と毛根への負担をなくすことが第一歩です。
その上で、頭皮環境を整えるケアや、必要に応じて医療機関での治療(外用薬、内服薬、注入療法など)を検討します。早期であればあるほど、改善の見込みは高まります。
放置で拡大する永久脱毛域―受診が必要なサイン
牽引性脱毛症を長期間放置し、毛根へのダメージが蓄積すると、毛包そのものが破壊され、髪が再生する能力を失ってしまうことがあります。
この状態を「瘢痕性脱毛(はんこんせいだつもう)」といい、一度この状態になると、残念ながら髪が再び生えてくることは期待できません。これが永久脱毛域の形成です。そうなる前に、医療機関を受診することが極めて重要です。
永久脱毛に至るリスク
継続的な強い牽引は、毛包に不可逆的なダメージを与える可能性があります。炎症が慢性化し、毛包が線維化(硬くなること)すると、毛母細胞が失われ、髪を作り出す機能が停止してしまいます。
特に、痛みやかゆみ、発赤などの炎症サインを無視して牽引を続けることは、永久脱毛のリスクを高める行為です。
医療機関への受診を検討すべきサイン

- 抜け毛が半年以上続いている
- 生え際や分け目の地肌が明らかに透けて見える
- 頭皮に痛み、かゆみ、赤み、フケなどが続いている
- 脱毛部分の毛穴が見えなくなってきた
- セルフケア(ヘアスタイルの変更など)をしても改善しない
早期受診と治療の意義
牽引性脱毛症は、早期に診断し、原因を取り除き、適切な治療を開始すれば、多くの場合改善が期待できます。しかし、進行して永久脱毛に至ってしまうと、治療の選択肢は限られてしまいます。
上記のサインが見られたら、自己判断せずに、できるだけ早く皮膚科専門医に相談してください。
医師は、視診やダーモスコピー(拡大鏡)検査などで頭皮の状態を詳しく確認し、必要に応じて他の脱毛症との鑑別を行い、最適な治療方針を提案します。
よくある質問
- 牽引性脱毛症は治りますか?
-
A1: はい、早期に原因となる髪への牽引をやめれば、多くの場合、毛根の機能は回復し、髪は再び生えてきます。ただし、長期間放置して毛包が破壊されてしまうと、永久脱毛となり回復は難しくなります。そのため、早期発見と早期対策が非常に重要です。
- どんなヘアスタイルなら安全ですか?
-
髪や頭皮に負担の少ない、緩めのヘアスタイルが推奨されます。例えば、低い位置での緩い結び目、シュシュなど柔らかい素材のヘアアクセサリーの使用、頻繁な分け目の変更などが挙げられます。
毎日同じきついヘアスタイルを続けることは避けましょう。
頭皮に優しいヘアスタイルのポイント
ポイント 具体例 効果 緩める きつく結ばず、少し余裕を持たせる 頭皮への張力を軽減 位置を変える 結ぶ位置、分け目を定期的に変える 特定部位への負担集中を避ける 時間を短くする 帰宅後や就寝時は髪をほどく 頭皮の休息時間を確保 - 頭皮マッサージは効果がありますか?
-
頭皮マッサージは、血行を促進し、頭皮をリラックスさせる効果が期待できます。血行不良が症状の一因となっている場合、改善に役立つ可能性があります。ただし、マッサージだけで牽引性脱毛症が治るわけではありません。
あくまで補助的なケアとして、優しく行うことが大切です。強くこすりすぎると逆効果になることもあります。
- FAGAとの併発はありますか?
-
はい、牽引性脱毛症とFAGA(女性男性型脱毛症)を併発している可能性はあります。牽引による脱毛と、ホルモンバランスの変化などによる脱毛が同時に起こっている状態です。
症状が複合的な場合は、原因を正確に診断するために、専門医による診察が必要です。
牽引性脱毛症の症状について解説しました。もし、ご自身の状態が当てはまるかもしれないと感じたら、まずは原因となるヘアスタイルを見直すことから始めてみてください。
より詳しい原因や、医療機関での検査方法については、こちらの記事「牽引性脱毛症の原因と検査法」で解説していますので、合わせてご覧ください。早期の対応が、健やかな髪と頭皮を取り戻す鍵となります。
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