休止期脱毛症は、特定の誘因によって多くの毛髪が一斉に休止期に入り、その後、数ヶ月の潜伏期間を経て脱毛が発現する状態です。原因は多岐にわたりますが、適切な検査と診断が回復への第一歩となります。

この記事では、休止期脱毛症の主な原因と、皮膚科クリニックで行う検査について詳しく解説します。
本記事をより深く理解するために、先に休止期脱毛症の概要を読むことをお勧めします。
休止期脱毛症を引き起こす主な誘因
休止期脱毛症は、毛髪の成長サイクル(毛周期)が何らかのきっかけで乱れることによって起こります。

通常、毛髪は成長期、退行期、休止期というサイクルを繰り返しますが、強いストレスや体の変化が誘因となり、多くの毛髪が予定より早く休止期へ移行することで、一時的に抜け毛が増加します。
この休止期への移行促進が、脱毛発現の根本的な理由です。
身体的な大きな変化やストレス

身体に大きな負担がかかる出来事は、休止期脱毛症の一般的な誘因です。手術、高熱を伴う病気、急激な体重減少、事故による怪我などが該当します。
これらの身体的ストレスは、体の防御反応として毛髪の成長を一時的に停止させ、エネルギーを生命維持に必要な機能へ優先的に振り分けるためと考えられます。
身体的ストレスの例
ストレスの種類 | 具体例 | 毛周期への影響 |
---|---|---|
手術・大怪我 | 全身麻酔を伴う手術、重度の外傷 | 成長期毛髪の休止期への早期移行 |
感染症・高熱 | インフルエンザ、肺炎など | 炎症反応による毛母細胞への影響 |
急激な体重減少 | 過度なダイエット、吸収不良 | 栄養不足による毛髪成長の停止 |
精神的な大きなストレス
強い精神的ストレスも、休止期脱毛症の誘因となります。近親者の死、離婚、失業、過度の仕事上のプレッシャーなどが挙げられます。

精神的ストレスは、自律神経やホルモンバランスの乱れを引き起こし、間接的に毛周期に影響を与える可能性があります。ただし、日常的な軽いストレスが直接的な原因となることは稀です。
精神的ストレスの具体例
ストレス状況 | 影響 | 脱毛発現までの期間 |
---|---|---|
大きなライフイベント | 心理的な負担増大 | 約2~4ヶ月後 |
慢性的な過労 | 自律神経系の乱れ | 約2~4ヶ月後 |
深刻な悩み | ホルモンバランスへの影響 | 約2~4ヶ月後 |
栄養状態の変化
毛髪の成長には、タンパク質、ビタミン、ミネラルなどの栄養素が必要です。特に、鉄分、亜鉛、タンパク質、ビタミンDなどの栄養障害は、毛髪の質を低下させ、休止期脱毛症を引き起こす可能性があります。
極端な食事制限や偏った食生活は、毛髪の健康に悪影響を与えます。
不足しやすい栄養素と毛髪への影響

栄養素 | 主な役割 | 不足時の影響 |
---|---|---|
鉄分 | ヘモグロビン合成、酸素運搬 | 毛母細胞への酸素供給低下 |
亜鉛 | 細胞分裂、タンパク質合成 | 毛髪ケラチン合成の阻害 |
タンパク質 | 毛髪の主成分(ケラチン) | 毛髪の菲薄化、成長抑制 |
ホルモンバランスの変動と休止期脱毛症
体内のホルモンバランスの変化も、毛周期に影響を与え、休止期脱毛症の誘因となることがあります。特に女性の場合、ライフステージにおけるホルモン変動が関係することがあります。
出産後のホルモン変動
妊娠中は女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が増加し、毛髪の成長期が延長されるため、抜け毛が減ります。
しかし、出産後にはエストロゲンが急激に減少し、多くの毛髪が一斉に休止期に移行するため、産後2~4ヶ月頃に抜け毛が増加します(分娩後脱毛症)。
これは一時的な現象で、通常は半年から1年程度で自然に回復します。
甲状腺機能の異常
甲状腺ホルモンは、全身の代謝を調節する重要なホルモンであり、毛髪の成長にも関与しています。甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)や甲状腺機能低下症(橋本病など)では、毛周期が乱れ、休止期脱毛症を引き起こすことがあります。
甲状腺疾患が疑われる場合は、血液検査によるホルモン値の測定が必要です。
甲状腺ホルモンと毛髪の関係
甲状腺の状態 | ホルモン量 | 毛髪への影響 |
---|---|---|
機能亢進症 | 過剰 | 毛周期の短縮、びまん性脱毛 |
機能低下症 | 不足 | 毛髪の乾燥・脆弱化、成長遅延 |
正常 | 適正 | 健やかな毛髪の維持 |
その他のホルモン関連要因
経口避妊薬(ピル)の開始、中止、変更なども、一部の人でホルモンバランスの変化を引き起こし、休止期脱毛症の誘因となる場合があります。また、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)など、他のホルモン異常が関与することもあります。
薬剤が原因となる休止期脱毛症
特定の薬剤の服用が、休止期脱毛症(薬剤性脱毛症)を引き起こすことがあります。原因となる薬剤を服用開始してから、数週間から数ヶ月後に脱毛が発現するのが一般的です。
原因となりうる薬剤の種類

多くの薬剤が休止期脱毛症を引き起こす可能性がありますが、すべての人に起こるわけではありません。原因薬剤を特定するためには、服薬歴を詳細に確認することが重要です。
休止期脱毛症の誘因となる主な薬剤群
薬剤カテゴリ | 代表的な薬剤例 | 備考 |
---|---|---|
抗凝固薬 | ワルファリン、ヘパリン | 血液をサラサラにする薬 |
高血圧治療薬 | β遮断薬、ACE阻害薬 | 種類による |
精神疾患治療薬 | 抗うつ薬、気分安定薬 | リチウムなど |
その他 | インターフェロン、レチノイド | 特定の疾患治療薬 |
薬剤性脱毛症の特徴
薬剤性の休止期脱毛症は、原因薬剤の服用期間や用量に関連することがあります。脱毛は頭部全体にびまん性(広範囲)に起こることが多いですが、重症度は個人差があります。原因薬剤の中止または変更により、脱毛は通常改善します。
薬剤変更や中止の影響
自己判断で薬剤の服用を中止することは危険です。脱毛が気になる場合は、必ず処方医または皮膚科医に相談してください。医師は、薬剤の必要性と脱毛のリスクを考慮し、代替薬への変更や用量調整などを検討します。
毛周期の仕組みと休止期脱毛症の関係
休止期脱毛症を理解するには、毛髪が生え変わるサイクルである「毛周期」を知ることが大切です。正常な毛周期が乱れることが、このタイプの脱毛症の直接的な原因となります。
正常な毛周期とは
毛髪は、一本一本が独立したサイクルで成長と脱毛を繰り返しています。このサイクルは主に3つの段階に分けられます。
毛周期の各段階
- 成長期(Anagen) 毛母細胞が活発に分裂し、毛髪が伸びる期間(2~6年)
- 退行期(Catagen) 毛母細胞の分裂が停止し、毛球部が縮小する期間(約2週間)
- 休止期(Telogen) 毛髪の成長が完全に止まり、脱毛の準備が整う期間(約3~4ヶ月)

通常、頭髪の約85~90%が成長期、約1%が退行期、約10~15%が休止期にあるとされています。毎日50~100本程度の抜け毛は、この正常なサイクルの一部です。
誘因による毛周期への影響
身体的・精神的ストレス、栄養障害、ホルモン変動、薬剤などの強い誘因があると、本来成長期にあるべき毛髪の一部が、予定よりも早く一斉に休止期へと移行します。これを「休止期移行促進」と呼びます。
毛周期同調と脱毛発現
多くの毛髪が同時に休止期に入る「毛周期同調」が起こると、その約3~4ヶ月後(休止期の期間)に、これらの毛髪が一斉に抜け落ちます。これが休止期脱毛症における脱毛発現の現象です。
抜ける毛髪は休止期毛(棍毛)であり、毛根部分が棍棒状になっているのが特徴です。
誘因から脱毛発現までの流れ
段階 | 期間 | 毛髪の状態 |
---|---|---|
誘因発生 | – | 成長期毛髪に影響 |
休止期への移行 | 数日~数週間 | 多くの毛髪が休止期に入る |
潜伏期間(休止期) | 約3~4ヶ月 | 毛髪の成長停止 |
脱毛発現 | 誘因から約3~4ヶ月後 | 休止期毛の大量脱毛 |
休止期脱毛症の潜伏期間と脱毛の現れ方
休止期脱毛症は、原因となる出来事(誘因)から脱毛が始まるまでに時間差があるのが特徴です。これを潜伏期間と呼びます。
誘因から脱毛までの時間差
前述の通り、誘因によって毛髪が休止期に入ってから実際に抜け落ちるまでには、通常2~4ヶ月程度の潜伏期間があります。そのため、患者さん自身が脱毛の原因を特定できないことも少なくありません。

例えば、3ヶ月前に高熱を出したことが、現在の抜け毛の原因である可能性があります。
脱毛の具体的な症状
休止期脱毛症の脱毛は、頭部全体に広範囲(びまん性)に起こることが一般的です。特定の部位だけが薄くなるのではなく、全体的に毛量が減ったように感じます。
シャンプー時やブラッシング時に、普段より明らかに多い抜け毛に気づくことで発症を自覚することが多いです。
脱毛の程度と期間
項目 | 特徴 | 備考 |
---|---|---|
脱毛の範囲 | 頭部全体(びまん性) | 特定のパターンはない |
脱毛の期間 | 通常3~6ヶ月程度 | 誘因除去後に改善傾向 |
脱毛の程度 | 軽度~重度まで様々 | 全頭脱毛に至ることは稀 |
休止期脱毛症と他の脱毛症との違い
休止期脱毛症は、男性型脱毛症(AGA)や女性型脱毛症(FAGA)、円形脱毛症などとは異なる特徴を持ちます。
AGA/FAGAは特定のパターン(生え際後退、頭頂部菲薄化など)でゆっくり進行するのに対し、休止期脱毛症は比較的急速に、頭部全体に脱毛が起こります。
円形脱毛症は、境界明瞭な円形または楕円形の脱毛斑が生じる自己免疫疾患です。これらの違いを理解することが、適切な診断につながります。
医療機関で行う検査と診断
休止期脱毛症が疑われる場合、皮膚科クリニックでは原因を特定し、他の脱毛症と区別するためにいくつかの検査を行います。
問診の重要性
診断において最も重要なのが詳細な問診です。医師は、脱毛が始まった時期、期間、抜け毛の量、最近の健康状態、生活習慣の変化、既往歴、服用中の薬剤、ストレスの有無などを詳しく尋ねます。
誘因から脱毛発現までの潜伏期間を考慮し、数ヶ月前の出来事についても確認します。
問診で確認する主な項目
- 脱毛の自覚時期と経過
- 最近の体調変化(発熱、体重変動、手術歴など)
- 精神的ストレスの有無
- 食事内容や生活習慣の変化
- 既往歴(特に甲状腺疾患など)
- 服用・使用中の薬剤やサプリメント
- (女性の場合)妊娠・出産歴、月経周期、ピルの使用状況
視診とダーモスコピー検査
医師は頭皮と毛髪の状態を直接観察します。脱毛の範囲やパターン、頭皮の炎症や湿疹の有無、毛髪の太さや密度などを確認します。ダーモスコピー(拡大鏡)を用いて毛穴や毛髪の状態を詳細に観察することもあります。

これにより、休止期脱毛症に特徴的な所見や、他の脱毛症を示唆する所見がないかを確認します。
血液検査
全身的な原因(栄養障害や内分泌異常など)が疑われる場合には、血液検査を行います。これにより、休止期脱毛症の誘因となりうる隠れた疾患や状態を明らかにすることができます。
血液検査で調べる項目例
検査項目 | 目的 | 関連する可能性のある状態 |
---|---|---|
血算(CBC) | 貧血の有無を確認 | 鉄欠乏性貧血 |
血清鉄・フェリチン | 体内の鉄貯蔵量を確認 | 潜在的な鉄欠乏 |
甲状腺ホルモン(TSH, FT4, FT3) | 甲状腺機能を確認 | 甲状腺機能亢進症・低下症 |
亜鉛 | 亜鉛不足の有無を確認 | 栄養障害 |
毛髪検査(引き抜き試験など)
引き抜き試験(Hair pull test)は、医師が数十本の毛髪を軽く引っ張り、抜ける毛髪の本数や毛根の状態を調べる簡単な検査です。休止期脱毛症では、休止期毛(棍毛)の割合が増加しているため、容易に抜ける毛髪の本数が多くなります。
抜けた毛髪の毛根を顕微鏡で観察し、休止期毛の割合を評価することもあります。
休止期脱毛症に関するよくある質問(Q&A)
ここでは、休止期脱毛症に関して患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
- 抜け毛はどのくらい続きますか?
-
誘因が取り除かれれば、脱毛は通常3~6ヶ月程度で自然に治まることが多いです。ただし、誘因が持続している場合や、複数の誘因が関与している場合は、脱毛期間が長引くこともあります。
新しい毛髪が生え始め、毛量が回復するには、さらに数ヶ月から1年程度かかる場合があります。
- 髪は元通りになりますか?
-
はい、休止期脱毛症は多くの場合、一時的な脱毛であり、誘因が解決すれば毛周期は正常に戻り、毛髪は再び生えてきます。
毛量が完全に元通りになるまでには時間がかかることがありますが、毛包自体が破壊されるわけではないため、回復が期待できます。
- 検査費用はどのくらいかかりますか?
-
検査内容は症状や疑われる原因によって異なります。基本的な問診、視診、ダーモスコピー検査は保険診療の範囲内で行われることが一般的です。
血液検査などを行う場合、検査項目によって費用は変わりますが、多くは保険適用となります。ただし、原因特定のために特殊な検査が必要な場合や、美容目的と判断される場合は、自費診療となることもあります。
詳細は受診する医療機関にご確認ください。
検査費用の目安(保険適用3割負担の場合)
- 初診料+基本的な診察 約1,000円~1,500円
- 血液検査(項目による) 約1,500円~4,000円
※上記はあくまで目安であり、医療機関や検査内容によって異なります。
- 自分でできる対策はありますか?
-
休止期脱毛症の直接的な治療法は確立されていませんが、誘因を特定し、それを取り除くことが重要です。
バランスの取れた食事、十分な睡眠、ストレス管理など、生活習慣を見直すことが、毛髪の健康な成長環境を整える上で役立ちます。
ただし、自己判断せずに、まずは皮膚科医に相談し、正確な診断を受けることをお勧めします。
休止期脱毛症の原因と検査についてご理解いただけたでしょうか。原因に応じた適切な治療法や、ご自身でできる予防策については、休止期脱毛症の治療と予防の記事で詳しく解説しています。合わせてご覧ください。
参考文献
MALKUD, Shashikant. Telogen effluvium: a review. Journal of clinical and diagnostic research: JCDR, 2015, 9.9: WE01.
GROVER, Chander; KHURANA, Ananta. Telogen effluvium. Indian journal of dermatology, venereology and leprology, 2013, 79: 591.
ASGHAR, Fahham, et al. Telogen effluvium: a review of the literature. Cureus, 2020, 12.5.
HARRISON, S.; SINCLAIR, R. Telogen effluvium. Clinical and experimental dermatology, 2002, 27.5: 389-395.
OBAIDAT, Nidal A., et al. A potential relation between telogen effluvium and iron deficiency in adult females. Jrms, 2005, 12.1: 62-66.
WERNER, Betina; MULINARI-BRENNER, Fabiane. Clinical and histological challenge in the differential diagnosis of diffuse alopecia: female androgenetic alopecia, telogen effluvium and alopecia areata-part I. Anais brasileiros de dermatologia, 2012, 87: 742-747.
REBORA, Alfredo. Telogen effluvium: a comprehensive review. Clinical, cosmetic and investigational dermatology, 2019, 583-590.
LIYANAGE, Deepa; SINCLAIR, Rodney. Telogen effluvium. Cosmetics, 2016, 3.2: 13.
ALOTAIBI, Moteb Khalaf. Telogen effluvium: a review. Int. J. Med. Dev. Cties, 2019, 3: 797-801.
YORULMAZ, Ahu, et al. Telogen effluvium in daily practice: Patient characteristics, laboratory parameters, and treatment modalities of 3028 patients with telogen effluvium. Journal of Cosmetic Dermatology, 2022, 21.6: 2610-2617.