抗リン脂質抗体症候群(APS)(antiphospholipid syndrome)とは、血液中に抗リン脂質抗体という自己抗体が存在することで、血液が固まりやすくなり、血栓症を起こす自己免疫疾患です。
この病気では、深部静脈血栓症や肺塞栓症などの静脈血栓症、脳梗塞や心筋梗塞といった動脈血栓症が発症することがあり、若い方でこれらの症状が現れた際は本疾患を疑う必要があります。
また妊娠中の女性では、胎盤の血管に血栓ができることで流産や死産のリスクが高まります。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
こばとも皮膚科関連医療機関
抗リン脂質抗体症候群(APS)の症状
抗リン脂質抗体症候群(APS)は、血栓症や習慣性流産などの深刻な症状を起こし、多様な症状が全身に現れます。
血栓症に関連する症状
血栓症は抗リン脂質抗体症候群(APS)における最も重要な症状の一つで、静脈血栓症と動脈血栓症の両方が発症することが特徴です。
静脈血栓症では下肢深部静脈血栓症が多く見られ、患者さんは片側あるいは両側の下肢に痛みや腫れ、熱感を感じます。
動脈血栓症は、脳梗塞や一過性脳虚血発作などの脳血管障害として現れることが多く、突然の頭痛や意識障害、言語障害、運動障害などの神経学的症状を起こします。
心臓の冠動脈に血栓が形成されると狭心症や心筋梗塞などを起こす可能性があり、見られる症状は、胸痛や息切れなどです。
血栓症の種類 | 主な症状 | 好発部位 |
静脈血栓症 | 腫れ、痛み、熱感 | 下肢深部静脈 |
動脈血栓症 | 頭痛、麻痺、胸痛 | 脳血管、冠動脈 |
妊娠関連合併症
妊娠中の女性において、抗リン脂質抗体症候群は習慣性流産や妊娠高血圧症候群、胎盤機能不全などの深刻な妊娠合併症につながることがあります。
初期~中期の流産を繰り返す習慣性流産は抗リン脂質抗体症候群(APS)の特徴的な症状で、妊娠10週未満での流産が多いです。
また、妊娠後期では、胎盤機能不全による胎児発育不全や子宮内胎児死亡のリスクが高まります。
- 早期流産(妊娠10週未満)
- 中期流産(妊娠10-20週)
- 妊娠高血圧症候群
- 胎盤機能不全
- 子宮内胎児発育不全
血小板減少症と出血傾向
抗リン脂質抗体症候群(APS)では、血小板数が減少する血小板減少症を併発し出血しやすくなるので、注意が必要です。
皮膚や粘膜に紫斑や点状出血が現れたり、歯肉出血や鼻出血などの軽度な症状からまれに重度の出血症状まで、様々な程度の出血が見られます。
出血症状の種類 | 特徴 | 出現部位 |
表在性出血 | 紫斑、点状出血 | 皮膚、粘膜 |
自然出血 | 自然発生的な出血 | 歯肉、鼻腔 |
重度出血 | 止血困難な出血 | 全身の様々な部位 |
その他の全身症状
抗リン脂質抗体症候群では、血栓症や妊娠合併症以外にも、多様な全身症状が現れます。
中枢神経系の症状としてはてんかん発作や記憶障害、気分の変化などの精神神経症状が見られ、皮膚症状は網状皮斑やリベド血管症、皮膚潰瘍などが特徴的であり、四肢の末端部に好発。
肺高血圧症や弁膜症などの循環器症状、関節痛や筋肉痛などの筋骨格系症状も生じることがあり、症状は慢性的に持続します。
- 精神神経症状(てんかん、記憶障害、うつ症状)
- 皮膚症状(網状皮斑、皮膚潰瘍)
- 循環器症状(肺高血圧症、弁膜症)
- 筋骨格系症状(関節痛、筋肉痛)
- 眼症状(網膜血管閉塞、視力低下)
抗リン脂質抗体症候群(APS)の原因
抗リン脂質抗体症候群(APS)は、体内で産生される抗リン脂質抗体が血液凝固系に影響を与えることで発症し、遺伝的要因と環境要因が関連して発症します。
自己免疫応答のメカニズム
自己免疫応答は抗リン脂質抗体症候群(APS)の発症で最も重要な要素で、免疫系が自己のリン脂質やリン脂質結合タンパク質を誤って認識し、抗体を産生することで病態が進行していきます。
中心的な役割を果たしているのは、β2グリコプロテインⅠやプロトロンビンなどのリン脂質結合タンパク質に対する自己抗体の産生です。
自己抗体の種類 | 標的となる物質 | 主な作用 |
抗カルジオリピン抗体 | カルジオリピン | 血栓形成促進 |
抗β2GPI抗体 | β2グリコプロテインⅠ | 血管内皮障害 |
ループスアンチコアグラント | リン脂質複合体 | 凝固異常誘発 |
遺伝的要因と家族歴
遺伝的素因は自己免疫応答は抗リン脂質抗体症候群(APS)の発症リスク要因で、特定のHLA型(HLA-DR4、HLA-DR7など)を持つ人で発症率が上昇します。
家族内での発症例も報告されており、近親者に自己免疫疾患を持つ方は自己免疫応答は抗リン脂質抗体症候群(APS)を発症するリスクが一般の方と比べて高いです。
- HLA-DR4保有者での発症リスク上昇
- HLA-DR7との関連性
- 補体系遺伝子の多型
- 凝固因子関連遺伝子の変異
- 免疫調節遺伝子の変異
環境因子による発症誘発
環境要因は抗リン脂質抗体症候群(APS)の発症や増悪を起こす引き金として作用することがあり、感染症や薬剤、ホルモンの変化などが関与しています。
感染症に罹った後に自己免疫応答は抗リン脂質抗体症候群(APS)を発症するケースが報告されていて、また、薬剤性の要因は、プロカインアミドやキニジンなどの使用です。
環境因子 | 誘発メカニズム | 特徴的な例 |
感染症 | 分子模倣 | ウイルス感染後の発症 |
薬剤 | 免疫応答修飾 | 薬剤誘発性の一過性症状 |
ホルモン | 免疫系への影響 | 妊娠期での症状変動 |
二次性APSの原因となる基礎疾患
全身性エリテマトーデス(SLE)をはじめとする他の自己免疫疾患に合併して発症する二次性APSは、基礎疾患による免疫系の異常が誘発の原因です。
特にSLEとの関連性が強く、SLE患者さんの約30-40%に抗リン脂質抗体が検出されることが報告されていて、この場合、両疾患の相互作用により症状が複雑化します。
- 全身性エリテマトーデス(SLE)
- 関節リウマチ
- シェーグレン症候群
- 全身性強皮症
- 混合性結合組織病
抗リン脂質抗体症候群(APS)の検査・チェック方法
抗リン脂質抗体症候群(APS)の診断には、特徴的な臨床症状と複数の血液検査による抗リン脂質抗体の検出が必要です。
血液検査による抗体検査
抗リン脂質抗体の検査は最も重要な検査で、3種類の抗体検査を12週間以上の間隔を空けて2回実施することで、抗体の持続的な存在を確認していきます。
抗カルジオリピン抗体検査ではIgGクラスとIgMクラスの抗体を個別に測定し、それぞれの抗体価が基準値を超えているかどうかを評価することが大切です。
ループスアンチコアグラント検査は、血液凝固時間の延長を指標として間接的に抗体の存在を確認する方法で、複数の凝固検査を組み合わせることで精度の高い評価を行えます。
抗β2グリコプロテインI抗体検査は、比較的新しく確立された検査方法でありながら、高い特異性を持つことから診断における信頼性の高い指標です。
検査項目 | 測定方法 | 判定基準 |
抗カルジオリピン抗体 | ELISA法 | 40GPL/MPL以上 |
ループスアンチコアグラント | 凝固時間測定 | 基準値の1.2倍以上 |
抗β2GPI抗体 | ELISA法 | 99パーセンタイル以上 |
画像診断による血栓症の評価
血栓症の有無を確認するための画像診断は、症状や血栓の疑われる部位に応じて検査方法を選択します。
深部静脈血栓症が疑われる際には下肢静脈超音波検査を実施し、血管内の血流状態や血栓の有無を観察していき、脳血管障害が疑われる場合には、MRIやMRAによる脳血管の評価を行い、梗塞巣の有無や血管の狭窄・閉塞の状態を確認します。
心臓の評価においては、心臓超音波検査や冠動脈CT検査を実施し、弁膜症の有無や冠動脈の状態を調べることが大切です。
画像検査 | 対象部位 | 評価項目 |
超音波検査 | 下肢静脈、心臓 | 血流、血栓、弁機能 |
MRI/MRA | 脳血管 | 梗塞巣、血管狭窄 |
CT | 冠動脈、肺動脈 | 血管閉塞、塞栓症 |
妊娠関連検査
妊娠中の方に対しては、胎児の発育状態や胎盤機能を評価するための検査を定期的に実施することが重要です。
超音波検査による胎児発育評価で、胎児の体重推定や羊水量、胎盤の状態などを確認し、発育不全や胎盤機能障害の早期発見に努めます。
さらに、胎児心拍モニタリングで、胎児の健康状態を継続的に評価します。
- 妊娠初期の抗体スクリーニング検査
- 胎児超音波検査による成長評価
- 子宮動脈血流ドプラ検査
- 胎児心拍数モニタリング
- 臍帯動脈血流評価
その他の検査と経過観察
血液検査では血小板数や貧血の有無を確認し、また炎症反応の程度を評価することで、病態の活動性を把握することが可能です。
凝固・線溶系検査では、プロトロンビン時間やAPTTなどの凝固能を評価し、また、D-ダイマーなどの線溶系マーカーを測定することで、血栓傾向の程度を判断していきます。
- 血液一般検査(CBC)
- 凝固・線溶系検査
- 炎症マーカー測定
- 腎機能検査
- 肝機能検査
抗リン脂質抗体症候群(APS)の治療法と治療薬について
抗リン脂質抗体症候群(APS)の治療では、血栓症の予防と治療を目的として、抗凝固薬による治療が基本です。
血栓症の予防と治療における抗凝固療法
血栓症の予防ではワルファリンやヘパリンなどの抗凝固薬による治療が中心で、血液の凝固をコントロールすることで新たな血栓形成を防ぎます。
特に急性期の血栓症に対しては即効性のあるヘパリンを投与し、その後はワルファリンによる長期的な抗凝固療法へと移行することが大切です。
治療段階 | 使用薬剤 | 投与期間 |
急性期 | ヘパリン | 5-10日間 |
維持期 | ワルファリン | 長期(生涯) |
妊娠期 | 低分子ヘパリン | 妊娠期間中 |
合併症に応じた治療アプローチ
高血圧や糖尿病などの合併症がある患者さんでは、各疾患に対する治療も並行して行うことで、血栓症のリスクを総合的に低減することが不可欠です。
血小板減少を伴う場合には免疫抑制薬の使用を検討することもありますが、投与量や期間については慎重に判断する必要があります。
免疫抑制薬の主な種類
- グルココルチコイド
- シクロホスファミド
- アザチオプリン
- リツキシマブ
妊娠合併症への対応
妊娠中のAPS患者さんでは、胎盤での血栓形成を予防するため、低分子ヘパリンとアスピリンの併用療法が標準的な治療です。
妊娠時期 | 治療内容 | 投与量調整 |
妊娠初期 | 低分子ヘパリン+アスピリン | 体重に応じて |
妊娠中期 | 用量調整 | 定期的に確認 |
妊娠後期 | 分娩に備えた調整 | 慎重に減量 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
抗リン脂質抗体症候群(APS)の治療では、抗凝固薬や免疫抑制薬などの長期使用が必要となり、出血リスクの増加や感染症への抵抗力低下など、様々な副作用が伴います。
抗凝固薬による副作用
抗凝固薬は抗リン脂質抗体症候群(APS)の治療において最も重要な薬剤の一つですが、使用には慎重な経過観察が必須です。
ワルファリンによる治療では、軽度の出血から重篤な出血まで様々な出血性の副作用が生じる可能性があるので、消化管出血や脳出血などの重大な合併症には細心の注意を払う必要があります。
新規経口抗凝固薬(DOAC)の使用においても様々な出血性の副作用が報告されており、高齢者や腎機能障害のある患者さんでは、出血リスクが高まります。
抗凝固薬 | 主な副作用 | リスク因子 |
ワルファリン | 消化管出血、脳出血 | 高齢、腎障害 |
DOAC | 皮下出血、歯肉出血 | 併用薬、肝障害 |
ヘパリン | 血小板減少症、骨粗鬆症 | 長期使用、高用量 |
抗血小板薬による副作用
アスピリンなどの抗血小板薬の使用では、胃腸障害や出血傾向の増加などの副作用に注意が必要です。
胃粘膜障害による消化器症状は高頻度に現れ、重篤な場合には消化性潰瘍や出血性胃炎を起こし、長期服用による腎機能への影響も報告されています。
- 消化性潰瘍の発症
- 胃粘膜障害
- 腎機能障害
- アレルギー反応
- 出血時間の延長
免疫抑制薬による副作用
免疫抑制薬の使用は、感染症のリスク増加や骨髄抑制など、様々な全身性の副作用を伴います。
ステロイド薬の長期使用では、骨粗鬆症や糖尿病、高血圧などの代謝性疾患のリスクが高まり、また、満月様顔貌や体重増加といった容姿の変化が現れることも。
シクロホスファミドなどの免疫抑制薬では、悪心や嘔吐などの消化器症状に加え、脱毛や不妊などの深刻な副作用が生じることがあります。
免疫抑制薬 | 短期的副作用 | 長期的副作用 |
ステロイド | 不眠、食欲増加 | 骨粗鬆症、糖尿病 |
シクロホスファミド | 悪心、脱毛 | 不妊、二次発がん |
アザチオプリン | 肝機能障害、骨髄抑制 | 感染症リスク増加 |
妊娠中の投薬に関する特殊なリスク
妊娠中の投薬には特別な配慮が必要であり、胎児への影響を最小限に抑えながら母体の病態をコントロールすることが大切です。
ワルファリンは胎盤を通過して胎児に影響を与える可能性があるため、妊娠中は原則として使用を避け、代替薬としてヘパリンを使用することが推奨されています。
免疫抑制薬の中には催奇形性を有するものもあり、妊娠中の使用には特に慎重な判断が求められます。
- 胎児への薬剤移行
- 催奇形性のリスク
- 胎児発育への影響
- 早産のリスク
- 妊娠高血圧症候群の増悪
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
外来診療における一般的な費用
一般的な外来診療では、定期的な血液検査や画像検査が必要です。
診療項目 | 3割負担の概算費用 | 検査頻度 |
血液検査 | 4,000-8,000円 | 1-3ヶ月毎 |
抗体検査 | 2,000-3,000円 | 3-6ヶ月毎 |
MRI/CT | 5,000-15,000円 | 必要時 |
薬剤費用の内訳
治療薬には、抗凝固薬のワルファリン、新規抗凝固薬のDOAC、免疫抑制薬などがあります。
薬剤種類 | 月額自己負担(3割) | 備考 |
ワルファリン | 2,000-4,000円 | 長期使用 |
DOAC | 6,000-12,000円 | 新規薬剤 |
免疫抑制薬 | 5,000-15,000円 | 併用薬 |
妊娠期の特殊な医療費
妊娠中の抗凝固療法ではヘパリンの自己注射が必要となることがあり、1ヶ月あたり15,000円から30,000円です。
胎児の成長モニタリングや特殊な超音波検査など、妊娠特有の検査費用として、1回あたり5,000円から15,000円程度の自己負担が発生します。
参考文献
Ruiz-Irastorza G, Crowther M, Branch W, Khamashta MA. Antiphospholipid syndrome. The Lancet. 2010 Oct 30;376(9751):1498-509.
Schreiber K, Sciascia S, De Groot PG, Devreese K, Jacobsen S, Ruiz-Irastorza G, Salmon JE, Shoenfeld Y, Shovman O, Hunt BJ. Antiphospholipid syndrome. Nature reviews Disease primers. 2018 Jan 11;4(1):1-20.
Cervera R. Antiphospholipid syndrome. Thrombosis research. 2017 Mar 1;151:S43-7.
Levine JS, Branch DW, Rauch J. The antiphospholipid syndrome. New England Journal of Medicine. 2002 Mar 7;346(10):752-63.
Sammaritano LR. Antiphospholipid syndrome. Best Practice & Research Clinical Rheumatology. 2020 Feb 1;34(1):101463.
Garcia D, Erkan D. Diagnosis and management of the antiphospholipid syndrome. New England Journal of Medicine. 2018 May 24;378(21):2010-21.
Gezer S. Antiphospholipid syndrome. Disease-a-Month. 2003 Dec 1;49(12):696-741.
Lim W. Antiphospholipid syndrome. Hematology 2013, the American Society of Hematology Education Program Book. 2013 Dec 6;2013(1):675-80.
Hanly JG. Antiphospholipid syndrome: an overview. Cmaj. 2003 Jun 24;168(13):1675-82.
Khamashta M, Taraborelli M, Sciascia S, Tincani A. Antiphospholipid syndrome. Best practice & research Clinical rheumatology. 2016 Feb 1;30(1):133-48.