尋常性天疱瘡(てんぽうそう)(pemphigus vulgaris)とは、皮膚や粘膜に水ぶくれ(水疱)ができる自己免疫疾患です。
この病気では、体の免疫システムが誤って自身の皮膚細胞を攻撃して、その結果、皮膚細胞同士のつながりが失われ、皮膚の表面に痛みを伴う水疱が形成されます。
水疱は簡単に破れやすく、痛みを伴う開放性の傷となることも。
口腔内粘膜に症状が現れることが多く、食事や会話に支障をきたす場合もあります。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
こばとも皮膚科関連医療機関
尋常性天疱瘡(てんぽうそう)の病型
尋常性天疱瘡は、粘膜優位型、粘膜皮膚型、皮膚優位型の3つの主要な病型に分類されます。
尋常性天疱瘡の病型分類
尋常性天疱瘡の病型分類は、病変の主な発生部位と進行パターンに基づいて行われます。
病型 | 主な特徴 |
粘膜優位型 | 口腔内病変が主体 |
粘膜皮膚型 | 粘膜と皮膚の両方に病変 |
皮膚優位型 | 皮膚病変が主体 |
粘膜優位型
粘膜優位型は、尋常性天疱瘡の中で最も一般的な病型です。
口腔内粘膜に最初の病変が出現することが多く、その後徐々に他の粘膜や皮膚に広がります。
粘膜優位型の特徴:
- 口腔内病変が主体
- 他の粘膜(食道、鼻腔、咽頭、喉頭、生殖器)にも病変が見られることがある
- 皮膚病変は比較的軽度または遅れて出現する
粘膜優位型は、早期発見が難しく、診断が遅れる可能性があります。
粘膜皮膚型
粘膜皮膚型は、粘膜と皮膚の両方に病変が見られる病型です。
粘膜病変と皮膚病変がほぼ同時期に出現するか、短期間のうちに両方の部位に病変が広がります。
特徴 | 粘膜病変 | 皮膚病変 |
発症時期 | ほぼ同時 | ほぼ同時 |
重症度 | 中等度~重度 | 中等度~重度 |
粘膜皮膚型は、全身性の症状を呈することが多く、診断が比較的容易です。
皮膚優位型
皮膚優位型は、尋常性天疱瘡の中では比較的まれな病型です。
皮膚病変が主体で、粘膜病変はごく軽度であるか、まったく見られないことがあります。
皮膚優位型の特徴
- 皮膚病変が主体
- 粘膜病変は軽度またはない
- 体幹や四肢に水疱やびらんが多発
皮膚優位型は、他の水疱性疾患との鑑別が重要です。
病型の移行と予後
尋常性天疱瘡の病型は、経過とともに変化することがあります。
例:粘膜優位型として始まった症例が、時間の経過とともに粘膜皮膚型に移行することも少なくありません。
初期病型 | 移行の可能性 |
粘膜優位型 | 粘膜皮膚型へ移行することがある |
粘膜皮膚型 | 比較的安定 |
皮膚優位型 | まれに粘膜病変が出現することがある |
尋常性天疱瘡(てんぽうそう)の症状
尋常性天疱瘡は、各病型によって症状の出現部位や程度が異なるため、早期の正確な診断が大切です。
粘膜優位型の症状
粘膜優位型は、主に口腔内や食道、喉などの粘膜に症状が現れます。
- 口内炎のような痛みを伴う潰瘍
- 飲食時の痛み
- 嚥下困難
- 体重減少(食事摂取が困難になるため)
粘膜皮膚型の症状
粘膜皮膚型は、粘膜と皮膚の両方に症状が現れる最も一般的な型です。
粘膜症状 | 皮膚症状 |
口腔内潰瘍 | 水疱形成 |
嚥下痛 | かゆみ |
声のかすれ | 痛み |
粘膜症状が先行し、その後皮膚症状が現れることが多く、皮膚症状は主に体幹や頭部、顔面に現れやすい傾向があります。
皮膚優位型の症状
皮膚優位型は、主に皮膚に症状が現れ、粘膜症状はほとんど見られないか軽度です。
症状 | 特徴 |
水疱 | 柔らかく、破れやすい |
糜爛 | 水疱が破れた後に形成 |
痂皮 | 糜爛が乾燥して形成 |
皮膚症状は体のどの部位にも現れる可能性がありますが、特に圧力や摩擦がかかりやすい部位に発症しやすくなります。
共通する症状と注意点
全ての病型に共通する症状や注意点
- 水疱は容易に破れ、痛みを伴う開放創となることがある
- 二次感染のリスクがある
- 症状の進行により日常生活に支障をきたす場合がある
- ストレスや環境因子により症状が悪化することがある
尋常性天疱瘡(てんぽうそう)の原因
尋常性天疱瘡は、デスモグレイン3(Dsg3)に対する自己抗体が産生されることで発症する自己免疫疾患で、この自己免疫反応は、遺伝的素因と環境因子の相互作用によって引き起こされます。
自己免疫反応のメカニズム
尋常性天疱瘡の主な原因は、皮膚や粘膜の細胞接着に重要な役割を果たすデスモグレイン3(Dsg3)に対する自己抗体の産生です。
これらの自己抗体がDsg3と結合することで、表皮細胞間の接着が阻害され、水疱やびらんが形成されます。
自己抗原 | 主な機能 | 自己抗体の影響 |
Dsg3 | 表皮細胞間接着 | 細胞接着の阻害 |
Dsg1 | 表皮細胞間接着 | 細胞接着の阻害 |
自己抗体の産生メカニズムは完全には解明されていませんが、T細胞とB細胞の異常な活性化が関与している可能性が高いです。
遺伝的要因
尋常性天疱瘡の発症には、HLA(ヒト白血球抗原)遺伝子の特定のタイプが、発症リスクと関連しています。
主な関連HLA遺伝子:
- HLA-DRB1*04:02
- HLA-DQB1*05:03
- HLA-DRB1*14:01
これらのHLA遺伝子は、自己抗原の提示や免疫応答の調節に関与しており、特定のHLAタイプを持つ個人では、Dsg3に対する自己免疫反応が起こりやすい可能性があります。
環境因子
遺伝的素因に加えて、尋常性天疱瘡の発症や増悪に関与している可能性があるのは、環境因子です。
関与する要因
- 薬剤:ペニシラミンやACE阻害薬など
- ウイルス感染:ヘルペスウイルスなど
- 紫外線暴露
- ストレス
- 食事因子:特定の食品やサプリメント
環境因子は、免疫系の活性化や自己抗原の露出を促進することで、自己免疫反応を誘発または増強することがあります。
年齢と性別の影響
尋常性天疱瘡は、特定の年齢層や性別で発症リスクが高くなり、ホルモンバランスの変化や加齢に伴う免疫系の変化が関係している可能性があります。
要因 | 特徴 |
年齢 | 40~60歳代に好発 |
性別 | やや女性に多い |
人種の差
尋常性天疱瘡の発症率には人種差があり、ユダヤ系やインド系の人々で発症率が高いことが知られています。
免疫調節機構の破綻
尋常性天疱瘡の発症には、免疫調節機構の破綻が関与しています。
通常、自己抗原に対する免疫寛容が維持されていますが、何らかの理由でこの機構が破綻することで、自己抗体の産生が誘導されます。
関与している要因
- 制御性T細胞の機能異常
- サイトカインバランスの乱れ
- B細胞の異常な活性化
尋常性天疱瘡(てんぽうそう)の検査・チェック方法
尋常性天疱瘡の正確な診断には、複数の検査とチェック方法を組み合わせます。
問診と視診
診察の際は、まず、患者さんの症状や経過、既往歴などを詳しく聞き取り、その後、皮膚や粘膜の状態を観察します。
確認項目 | 内容 |
症状の発現部位 | 皮膚、口腔内、その他粘膜 |
水疱の特徴 | 大きさ、形状、破れやすさ |
発症時期 | 最初の症状出現から現在まで |
ニコルスキー現象のチェック
ニコルスキー現象は、尋常性天疱瘡の特徴的な所見の一つです。
- 健常に見える皮膚を指で軽くこすると表皮が剥がれる
- 水疱の周囲を押すと水疱が拡大する
この現象が陽性の場合、尋常性天疱瘡の可能性が高まります。
皮膚生検
確定診断のために、皮膚生検が行われることがあります。
- 水疱周囲の皮膚を局所麻酔下で採取
- 採取した組織を顕微鏡で観察
- 表皮内水疱や棘融解(きょくゆうかい)の有無を確認
この検査で、水疱の形成位置や細胞の状態を詳細に調べられます。
免疫蛍光染色検査
免疫蛍光染色検査には、直接蛍光抗体法(DIF)と間接蛍光抗体法(IIF)の2種類があり、表皮細胞間の抗デスモグレイン抗体の存在を確認します。
検査方法 | 特徴 |
直接蛍光抗体法 | 患者の皮膚組織を使用 |
間接蛍光抗体法 | 患者の血清を使用 |
ELISA法による抗体検査
ELISA(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay)法を用いて、血清中の抗デスモグレイン1抗体と抗デスモグレイン3抗体の量を測定します。
- 抗デスモグレイン1抗体:主に皮膚の症状と関連
- 抗デスモグレイン3抗体:主に粘膜の症状と関連
抗体の量や比率により、病型の判別や症状の重症度を推測できます。
その他の検査
必要に応じて、追加検査が行われることがあります。
- 血液検査:炎症マーカーや自己抗体の確認
- 画像検査:合併症の有無や全身状態の評価
尋常性天疱瘡(てんぽうそう)の治療方法と治療薬について
尋常性天疱瘡の治療は、免疫抑制療法を中心に、病態の進行度や患者さんの状態に応じて段階的に行われます。主な治療法は全身性ステロイド療法、免疫抑制薬、生物学的製剤などです。
全身性ステロイド療法
全身性ステロイド療法は、初期治療として広く用いられます。
主に経口プレドニゾロンが使用され、高用量から開始し、症状の改善に応じて漸減していきます。
投与方法 | 初期用量 | 漸減スケジュール |
経口 | 0.5-1.0 mg/kg/日 | 2-4週ごとに10-20%減量 |
パルス療法 | 500-1000 mg/日 | 3日間連続投与後、経口に切り替え |
ステロイド療法は迅速な効果が期待できますが、長期使用による副作用のリスクがあるため、慎重な管理が必要です。
免疫抑制薬
ステロイド療法と併用または単独で使用される免疫抑制薬
- アザチオプリン
- ミコフェノール酸モフェチル
- シクロスポリン
- メトトレキサート
これらの薬剤は、ステロイドの減量や長期的な寛解維持に有効です。
薬剤名 | 主な作用機序 | 一般的な用量 |
アザチオプリン | プリン代謝阻害 | 1-3 mg/kg/日 |
ミコフェノール酸モフェチル | リンパ球増殖抑制 | 2000-3000 mg/日 |
免疫抑制薬の選択は、患者さんの年齢、合併症、薬剤の副作用などを考慮して決定されます。
生物学的製剤
近年、尋常性天疱瘡の治療に生物学的製剤が導入され、従来の治療法に抵抗性の症例にも効果を示しています。
主な生物学的製剤
- リツキシマブ(抗CD20モノクローナル抗体)
- IVIg(静注用免疫グロブリン)
特にリツキシマブは、B細胞を選択的に除去することで自己抗体産生を抑制し、高い有効性が報告されています。
局所療法
全身療法と並行して、局所療法も行います。
主な局所療法
- ステロイド外用薬
- タクロリムス軟膏
- 抗生物質含有軟膏(二次感染予防)
局所療法の目的は、粘膜病変や皮膚病変の局所的なコントロールです。
治療戦略と経過観察
尋常性天疱瘡の治療は、段階的アプローチで行われることが多いです。
- 寛解導入療法(高用量ステロイド±免疫抑制薬)
- 寛解維持療法(ステロイド漸減+免疫抑制薬)
- 長期管理(最小有効量での維持療法)
定期的な経過観察と検査(血中抗体価、一般血液検査、生化学検査など)を行い、治療効果の評価と副作用のモニタリングを行います。
尋常性天疱瘡(てんぽうそう)の治療期間と予後
尋常性天疱瘡は慢性疾患であり長期的な治療と経過観察が必要ですが、早期診断と治療により、多くの患者さんで症状のコントロールが可能となり、良好な予後が期待できます。
治療期間の概要
治療段階 | 期間 | 目標 |
急性期 | 数週間〜数か月 | 症状の急速な改善 |
維持期 | 数か月〜数年 | 寛解状態の維持 |
経過観察期 | 生涯 | 再発の早期発見 |
治療開始後、多くの患者さんで2〜3週間以内に新たな水疱の形成が止まり始めますが、完全な寛解に至るまでには数か月を要します。
寛解までの道のり
寛解とは、症状がほぼ消失し、最小限の治療で安定した状態のことです。
- 部分寛解:新たな水疱形成が止まり、既存の病変が治癒傾向にある状態
- 完全寛解:すべての症状が消失し、最小限の治療で維持できる状態
寛解には、多くの場合、治療を継続することで1〜2年以内に達成されます。
長期的な予後
近年の治療法の進歩により、尋常性天疱瘡の予後は大きく改善しています。
予後指標 | 過去 | 現在 |
5年生存率 | 約50% | 90%以上 |
寛解率 | 低い | 50-80% |
ただし、完全寛解後も再発のリスクがあるため、生涯にわたる経過観察が必要です。
再発リスクと予防
再発は治療終了後数か月から数年経ってから起こることがあります。
再発のリスク因子
- ストレス
- 感染症
- 特定の薬剤の使用
- 紫外線曝露
再発予防のためには、リスク因子を避けるとともに、定期的な受診と自己観察が必要です。
薬の副作用や治療のデメリットについて
尋常性天疱瘡で用いられるステロイド薬や免疫抑制薬には、長期使用によるリスク、また、生物学的製剤の副作用があります。
全身性ステロイド療法の副作用
全身性ステロイド療法は尋常性天疱瘡の主要な治療法ですが、長期使用に伴う副作用が問題です。
主な副作用
- 骨粗鬆症
- 易感染性
- 糖尿病
- 高血圧
- 消化性潰瘍
- 白内障・緑内障
副作用 | 発生頻度 | 重症度 |
骨粗鬆症 | 高 | 中~高 |
易感染性 | 中~高 | 中~高 |
糖尿病 | 中 | 中~高 |
免疫抑制薬の副作用
ステロイド療法と併用または単独で使用される免疫抑制薬にも、副作用があります。
薬剤名 | 主な副作用 |
アザチオプリン | 骨髄抑制、肝障害 |
ミコフェノール酸モフェチル | 消化器症状、骨髄抑制 |
シクロスポリン | 腎障害、高血圧 |
メトトレキサート | 肝障害、間質性肺炎 |
これらの副作用は、定期的な血液検査や臓器機能検査によるモニタリングが必要です。
生物学的製剤のリスク
生物学的製剤、特にリツキシマブは効果的な治療法ですが、次のようなリスクがあります。
- 過敏反応(特にinfusion reaction)
- 重篤な感染症(特に日和見感染)
- B型肝炎の再活性化
- 進行性多巣性白質脳症(PML)
薬剤耐性と再発のリスク
長期の免疫抑制療法は、薬剤耐性の発現や再発のリスクを伴います。
- ステロイド依存性の獲得
- 免疫抑制薬の効果減弱
- 治療中断後の再発
リスクに対しては、慎重な薬剤調整と長期的なフォローアップが欠かせません。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
難病指定による医療費助成制度
尋常性天疱瘡は、厚生労働省が指定する難病の一つです。この指定により、患者さんは特定医療費(指定難病)助成制度を利用することができ、医療費の自己負担額が軽減され、経済的な負担が軽くなります。
一般的な治療費の目安
尋常性天疱瘡の治療費の目安
治療内容 | 概算費用(月額) |
外来治療 | 1〜5万円 |
入院治療 | 10〜30万円 |
薬剤費 | 5〜20万円 |
費用は、難病指定による医療費助成を受けることで、大幅に軽減されます。
その他の利用可能な支援制度
尋常性天疱瘡の患者さんが利用できる支援制度には、他にも、次のようなものがあります。
- 高額療養費制度
- 障害年金(症状が重度の場合)
- 身体障害者手帳(症状が重度の場合)
- 医療費控除(確定申告時)
以上
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