NSAIDs潰瘍(エヌセイズかいよう)

NSAIDs潰瘍(NSAIDs ulcer)とは、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の服用が原因で胃や十二指腸に潰瘍ができる病気です。

NSAIDsには痛みや炎症を抑える効果がある反面、胃粘膜の防御機能を低下させてしまう特徴があり、長期間の使用や大量服用により潰瘍が発生する危険性が高くなります。

NSAIDs潰瘍の症状としては、上腹部の痛みや不快感、吐き気、食欲不振などが見られることが多いです。

場合によっては大量の吐血や黒色便(下血)が出るケースもあるため、注意が必要となります。

目次

NSAIDs潰瘍の病型

NSAIDs潰瘍は、大きく急性潰瘍、慢性潰瘍に分けられます。

急性潰瘍

NSAIDsの短期間使用により発生する潰瘍で、比較的浅い潰瘍が多発するのが特徴です。

NSAIDsの使用を中止すれば、比較的速やかに治癒するケースが多いとされています。

特徴説明
発生時期NSAIDsの短期間の使用により発生
潰瘍の深さ比較的浅い潰瘍が多発
治癒速度NSAIDsの中止により、比較的速やかに治癒

慢性潰瘍

一方、NSAIDsを長期間使用し続けたことで発生する潰瘍を慢性潰瘍と呼びます。

慢性潰瘍は深い潰瘍になる傾向があり、NSAIDsの使用を中止するだけでは治癒が難しいケースもあります。

特徴説明
発生時期NSAIDsの長期間の使用により発生
潰瘍の深さ深い潰瘍
治癒の難易度NSAIDsの中止のみでは治癒が困難な場合あり

合併潰瘍

NSAIDsの使用に加えて、ヘリコバクター・ピロリ感染などの他の要因が関わって発生する潰瘍もあります。

  • NSAIDsの使用に加え、他の要因が関与している
  • 複数の潰瘍が同時に存在する場合もある
  • 治療には、NSAIDsの中止だけでなく、他の要因への対応も必要

潰瘍ができる場所

潰瘍は、主に胃や十二指腸に起こります。そのほか、小腸や大腸にも潰瘍が形成される場合もあります。

NSAIDs潰瘍の症状

NSAIDs潰瘍の主な症状としては、上腹部の痛み、吐き気、胸焼けなどの消化器症状が挙げられます。

上腹部痛

最もよくみられる症状が上腹部の痛みで、食事の後に悪化し、空腹時には軽減します。痛みの強さは人によって異なり、軽度のものから重度のものまで様々です。

吐き気

NSAIDs潰瘍では吐き気がみられる場合もあり、食欲不振が伴うこともあります。吐き気の原因としては、潰瘍からの出血が考えられます。

胸焼け

胃酸の食道への逆流により、胸やけが生じる方もいます。食後や就寝時に悪化しやすいのが特徴です。

その他の症状

  • 黒色便や血便
  • 貧血症状(疲労、息切れ、動悸など)
  • 体重減少

NSAIDs潰瘍では、黒色便や血便がみられる方もいます。これは潰瘍からの出血を示唆しています。

また、疲労や息切れ、動悸などの貧血症状や、体重減少もNSAIDs潰瘍の症状として現れる場合があります。

NSAIDs潰瘍の原因

NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は、痛みや炎症を和らげるために広く使用されている薬剤です。

しかし、胃潰瘍などの消化器障害のリスクを高める副作用もあります。

NSAIDsが胃潰瘍を引き起こす主なメカニズム
  • NSAIDsの直接的な粘膜傷害作用
  • プロスタグランジンの合成阻害による粘膜防御機構の破綻

NSAIDsの直接的な粘膜傷害作用

NSAIDsは酸性の薬剤であるため、胃内の酸性環境下で非イオン化型となり、粘膜内に移行します。そして、細胞内で再びイオン化することにより、粘膜上皮細胞に直接的な傷害を与えてしまうのです。

この作用により粘膜バリア機能が低下し、胃酸やペプシンなどの攻撃因子による傷害を受けやすい状態になります。

NSAIDsの種類非イオン化型の割合
アスピリン高い
イブプロフェン中程度
セレコキシブ低い

プロスタグランジンの合成阻害による粘膜防御機構の破綻

プロスタグランジンは、胃の粘膜を保護し、酸の分泌を抑制する役割を持っています。

NSAIDsは、シクロオキシゲナーゼ(COX)の阻害により、このプロスタグランジンの合成を抑制します。結果、胃粘膜の防御機能を低下させ、胃酸による刺激を受けやすくなります。

NSAIDs潰瘍のリスク因子

リスク因子影響
高用量のNSAIDs使用潰瘍発生リスクが増加
長期間のNSAIDs使用潰瘍発生リスクが増加
高齢者粘膜防御機構の低下により潰瘍発生リスクが高い
潰瘍の既往歴再発リスクが高い

NSAIDs潰瘍の検査・チェック方法

NSAIDs潰瘍が疑われる場合は、内視鏡検査で潰瘍の存在や範囲、深さなどを直接観察します。

問診と身体所見

問診項目確認内容
NSAIDs使用歴服用薬剤名、服用期間
症状上腹部痛、吐血、黒色便など

内視鏡検査

NSAIDs潰瘍の確定診断には内視鏡検査が必要です。内視鏡検査では、以下の所見を確認します。

  • 潰瘍の存在
  • 潰瘍の部位(胃または十二指腸)
  • 潰瘍の数
  • 潰瘍の大きさ
  • 潰瘍の深さ(浅い潰瘍か深い潰瘍か)
  • 潰瘍底の性状(清浄か汚染しているか)
  • 周囲粘膜の炎症所見

生検と病理検査

内視鏡検査時に潰瘍部位から生検を行い、病理検査を行う場合があります。

生検により、潰瘍の悪性化の有無や、ヘリコバクター・ピロリ菌感染の有無を確認できます。

鑑別診断

NSAIDs潰瘍と鑑別が必要な疾患には、胃癌や十二指腸癌などの悪性腫瘍、ストレス潰瘍、感染性潰瘍などがあります。

内視鏡所見や病理検査結果を総合的に判断し、鑑別診断を行います。

NSAIDs潰瘍の治療方法と治療薬について

NSAIDs潰瘍の治療は、NSAIDsの中止を基本とし、胃酸分泌抑制薬、粘膜保護薬、止血薬、抗菌薬などの薬物療法を行います。

原因薬剤の中止

NSAIDs潰瘍の治療で最も大切なのは、原因となったNSAIDsの使用中止です。

NSAIDsを継続して使用していると潰瘍の治癒が妨げられるため、できる限り中止するのが望ましいです。

しかし、患者さんよってはNSAIDsの使用が避けられない場合もあり、そのようなときは、潰瘍の治療と並行してNSAIDsの減量や他の鎮痛薬への変更を検討します。

胃酸分泌抑制薬の投与

プロトンポンプ阻害薬(PPI)やH2受容体拮抗薬などの胃酸分泌抑制薬の服用により、胃酸の分泌を抑制し、胃粘膜への刺激を軽減します。

これにより、痛みを軽減し、潰瘍の治癒を促進できます。

薬剤名作用機序
PPI胃酸分泌の最終段階を阻害
H2RAヒスタミンによる胃酸分泌を阻害

PPIは現在、NSAIDs潰瘍の第一選択薬として広く使用されています。H2RAと比較して、より強力かつ持続的な胃酸分泌抑制作用を示すことがその理由です。

PPIの代表的な薬剤

  • オメプラゾール
  • ランソプラゾール
  • ラベプラゾール
  • エソメプラゾール

通常、これらの薬剤を4〜8週間投与し、潰瘍の治癒を図ります。

粘膜保護薬の併用

胃酸分泌抑制薬に加えて、粘膜保護作用を持つ薬剤の併用によって粘膜の修復を促進させます。

代表的な粘膜保護薬

薬剤名主な作用
レバミピド胃粘膜のバリア機能を亢進
テプレノン胃粘液の分泌を促進
スクラルファート潰瘍部位に保護被膜を形成

これらの薬剤は、胃粘膜を物理的・化学的刺激から保護し、潰瘍の治癒を助ける働きを持っています。胃酸分泌抑制薬との併用により、相乗的な効果が期待できます。

NSAIDs潰瘍の治療期間と予後

NSAIDs潰瘍の治療期間は、潰瘍の重症度によって異なります。

治療期間の目安

潰瘍の重症度治療期間
軽度4~8週間
中等度8~12週間

軽度の潰瘍なら、4~8週間ほどの治療で治る場合が多いです。一方、中等度以上の潰瘍では、8~12週間以上の治療が必要になるケースもあります。

予後

NSAIDs潰瘍の予後(病気の経過や転帰)は、一般的に良好です。治療を受ければ、80~90%の患者さんが数週間から数ヶ月で治癒します。

しかし、以下のような場合には、予後が悪くなる可能性があります。

  • 高齢者
  • 糖尿病
  • 肝臓・腎臓機能障害
  • ステロイド薬服用
  • 抗凝血薬服用
  • ヘリコバクター・ピロリ菌感染
  • 深部潰瘍
  • 巨大潰瘍
  • 穿孔
  • 出血

再発予防

NSAIDs潰瘍は、一度治癒しても再発する可能性があります。再発予防のためには、NSAIDsを慎重に使用する、ヘリコバクター・ピロリ菌を除菌する、喫煙や飲酒を控える、ストレスを溜めないことなどが大切です。

どうしてもNSAIDsを使うような場合は、プロトンポンプ阻害薬などの粘膜保護薬を一緒に使い、潰瘍の再発がないかどうか定期的な検査を受けましょう。

薬の副作用や治療のデメリットについて

NSAIDs潰瘍の治療に使用される薬には、それぞれ以下のような副作用やデメリットがあります。

プロトンポンプ阻害剤(PPI)の副作用

プロトンポンプ阻害剤(PPI)は、NSAIDs潰瘍の治療において第一選択薬として使用されますが、長期使用による副作用のリスクがあります。

副作用頻度
骨粗鬆症0.1〜1%
肺炎0.1〜1%
腎機能障害0.1〜1%
  • PPIの長期使用により、骨密度の低下や骨折のリスクが高まる場合があります。
  • 胃酸分泌抑制による細菌感染のリスク増加から、肺炎の発症率が上昇することも報告されています。
  • まれですが、腎機能障害が起こる可能性があります。

H2受容体拮抗薬の副作用

H2受容体拮抗薬は、PPIと比較すると副作用の頻度は低いですが、以下のような副作用が報告されています。

  • 頭痛
  • 便秘
  • 下痢
  • 皮疹

これらの副作用は一般的に軽度であり、治療を中止すると改善します。

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

NSAIDs潰瘍の治療は、基本的に健康保険の適用です。

PPIやH2ブロッカーなどの酸分泌を抑える薬は長期間服用する必要があるため、治療費の合計額が大きくなります。

治療費の目安

薬剤名1ヶ月あたりの費用目安
PPI5,000円~10,000円
H2ブロッカー3,000円~5,000円

医療費控除

NSAIDs潰瘍の治療費は医療費控除の対象となり、確定申告をすれば、一定額を超えた医療費について所得税が戻ってきます。

一年間の医療費が10万円を超えた場合が対象で、申告には領収書が必要となりますので、保管するようにご注意ください。

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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