ヘリコバクターピロリ感染症(H.pylori 感染症:Helicobacter pylori infection)とは、ヘリコバクターピロリ菌(ピロリ菌)という細菌が原因となる感染症です。
このピロリ菌は胃粘膜に定着し、長期間にわたって炎症を引き起こします。感染経路としては、主に家族内での感染や不衛生な環境から口を介して感染すると考えられています。
ピロリ菌に感染すると、胃炎や胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの症状が現れる場合があり、感染を放置した場合には胃がんのリスクが高くなることが明らかになっています。
ヘリコバクターピロリ感染症(H.pylori感染症)- 除菌療法の適応疾患
ヘリコバクターピロリ感染症には、ピロリ菌の除菌が強く勧められる病気と、ピロリ菌の感染との関連性が推測されている病気があります。
H. pylori除菌が強く勧められる疾患
疾患名 | H. pylori除菌の効果 |
H. pylori感染胃炎 | 胃炎の改善 |
---|---|
胃潰瘍・十二指腸潰瘍 | 潰瘍の再発予防 |
早期胃がんに対する内視鏡的治療後胃 | 胃がんの再発予防 |
胃MALTリンパ腫 | リンパ腫の消退 |
異過形成性ポリープ | ポリープの消失 |
機能性ディスペプシア | 症状の改善 |
胃食道逆流症(GERD) | 症状の改善 |
免疫性血小板減少性紫斑病(ITP) | 血小板数の回復 |
鉄欠乏性貧血 | 貧血の改善 |
これらの疾患ではピロリ菌の感染が直接的または間接的に関与しているため、除菌療法により、症状の改善や病気の進行を抑えられます。
例えば、胃潰瘍や十二指腸潰瘍では、ピロリ菌の除菌により潰瘍の再発を防止します。
また、早期胃がんに対する内視鏡的治療後の患者さんでは、ピロリ菌の除菌が胃がんの再発予防に有効であると考えられています。
H. pylori感染との関連が推測されている疾患
疾患名 | H. pylori感染との関連 |
慢性蕁麻疹 | 一部の患者で除菌により症状改善の可能性 |
---|---|
糖尿病 | 感染が発症リスクを高める可能性 |
パーキンソン病 | 関連性を示唆する研究結果あり |
アルツハイマー病 | 関連性を示唆する研究結果あり |
これらの疾患とピロリ菌の感染との因果関係は明確ではありませんが、いくつかの研究で関連性が示唆されています。
例えば、慢性蕁麻疹の一部の患者さんでは、ピロリ菌の除菌により症状が改善したという報告があります。
また、ピロリ菌の感染が糖尿病の発症リスクを高める可能性や、パーキンソン病やアルツハイマー病との関連性を示す研究結果も発表されています。
ヘリコバクターピロリ感染症(H.pylori感染症)の症状
ヘリコバクターピロリ感染症は、多くのケースで無症状であり、感染していても自覚症状がないのが特徴です。
ただし、ピロリ菌感染が胃炎、胃・十二指腸潰瘍、胃がんなどの疾患を引き起こす可能性があります。
ピロリ菌感染が原因で起こる可能性のある症状には次のようなものがあります。
上腹部痛
- 空腹時の上腹部痛
- 食後の上腹部痛
- 持続的な上腹部の不快感
胃もたれや膨満感
症状 | 特徴 |
胃もたれ | 食後に現れる場合が多い |
膨満感 | 持続的に感じる場合がある |
この症状は、胃酸分泌の増加や胃の運動機能の低下が関連していると考えられています。
吐き気や嘔吐
ヘリコバクターピロリ感染症によって胃粘膜に炎症が生じると、吐き気や嘔吐を伴うことがあります。この症状は、感染が進行した状態で現れる可能性が高くなります。
ヘリコバクターピロリ感染症(H.pylori感染症)の原因
ヘリコバクターピロリ感染症の主な原因は、ヘリコバクターピロリ菌への感染です。
ヘリコバクターピロリ菌とは
ヘリコバクターピロリ菌は、胃粘膜に生息するグラム陰性の微好気性らせん状桿菌であり、その感染が胃・十二指腸疾患の発症に密接に関係しています。
1982年にオーストラリアの研究者、バリー・マーシャルとロビン・ウォーレンによって発見されました。
感染経路
ヘリコバクターピロリ菌(ピロリ菌)の感染経路は、まだ完全には解明されていません。しかし、口から入った菌が胃に感染する経口感染が主な経路であると考えられています。
- 経口感染:汚染された水や食品の摂取、感染者の唾液や糞便などを介した口からの感染
- 家族内感染:食器やタオルの共有、口移し、同じコップやストローを使うなど家族間での感染が多いとされています
ピロリ菌は、主に乳幼児期に感染すると言われています。これは、乳幼児期の胃酸分泌量が少なく、胃粘膜に定着しやすいピロリ菌の特徴が原因と考えられています。
近年、先進国ではピロリ菌の感染率が低下していますが、日本では依然として高い感染率が維持されているのが現状です。
これは、日本が上下水道が普及するまで井戸水を飲用していた習慣や、家族間の密接な接触が多かった日本人の特徴などが原因と考えられています。
病原性
ヘリコバクターピロリ菌は以下のような病原因子を有しています。
病原因子 | 作用 |
ウレアーゼ | 胃酸耐性の獲得:尿素を分解してアンモニアを生成し、胃酸に対する抵抗性を獲得 |
運動性 | 上皮細胞への到達:胃粘液層を通過して上皮細胞に到達する能力 |
接着因子 | 胃粘膜への接着:胃粘膜上皮細胞への接着を可能にする因子の発現 |
細胞傷害性因子 | 上皮細胞の傷害:VacAやCagAなどの毒素による上皮細胞傷害作用 |
これらの病原因子が協調的に働き、ヘリコバクターピロリ菌は胃粘膜に持続感染して慢性胃炎や消化性潰瘍などの疾患を引き起こすと考えられています。
感染による病態
ヘリコバクターピロリ菌の感染は、以下のような病態を引き起こします。
- 慢性胃炎
- 消化性潰瘍(胃潰瘍、十二指腸潰瘍)
- 胃MALTリンパ腫
- 胃癌
ヘリコバクターピロリ菌の除菌により、これらの疾患の発症リスクを低減できることが明らかになっています。
ヘリコバクターピロリ感染症(H.pylori感染症)の検査・チェック方法
ヘリコバクターピロリ感染症を診断するためには、内視鏡検査や呼気試験、血液検査などの検査を行います。
内視鏡検査
内視鏡検査はヘリコバクターピロリ感染症の診断に最も信頼性が高い方法で、胃の内部を直接観察し、粘膜の状態を詳細に評価できます。
また、生検により組織を採取し、ヘリコバクターピロリの存在を確認することも可能です。
検査法 | 感度 | 特異度 |
迅速ウレアーゼ試験 | 90-95% | 95-100% |
鏡検法 | 90-95% | 95-100% |
培養法 | 80-90% | 100% |
呼気試験
呼気試験は、非侵襲的で簡便な検査方法です。ヘリコバクターピロリが産生するウレアーゼ酵素の活性を測定することで、感染の有無を判断します。
尿素を含む溶液を飲んだ後、呼気中の炭素同位体の比率を測定します。
血液検査
血液検査では、ヘリコバクターピロリに対する抗体を測定します。感染の有無を判断するための参考となりますが、現在の感染状況を正確に反映しない場合があります。
- 抗HP IgG抗体検査
- ペプシノゲン法
- 高ガストリン血症
ヘリコバクターピロリ感染症(H.pylori感染症)の治療方法と治療薬について
ヘリコバクターピロリ感染症の治療では、いくつかの抗菌薬を組み合わせた除菌療法が実施され、高い確率でピロリ菌を除菌できます。
除菌療法の種類
一次除菌療法としては、プロトンポンプ阻害薬(PPI)とアモキシシリン、クラリスロマイシンの3剤を1週間服用する方法が標準的です。
この3剤療法で除菌できない場合、二次除菌療法としてPPIとアモキシシリン、メトロニダゾールの3剤を1週間服用します。
除菌療法 | 使用薬剤 |
一次除菌 | PPI+アモキシシリン+クラリスロマイシン |
二次除菌 | PPI+アモキシシリン+メトロニダゾール |
除菌療法に用いられる薬剤
除菌療法で使われる主な薬剤は以下の通りです。
- プロトンポンプ阻害薬(PPI):胃酸分泌を抑制
- アモキシシリン:ペニシリン系抗菌薬
- クラリスロマイシン:マクロライド系抗菌薬
- メトロニダゾール:抗原虫薬
ヘリコバクターピロリ感染症(H.pylori感染症)の治療期間と予後
ヘリコバクターピロリ感染症の治療期間は通常2週間ほどで、治療後の見通しはとてもよい場合がほとんどです。
治療期間
通常の治療期間は、2週間前後です。この間、数種類の抗菌薬を組み合わせて内服し、ピロリ菌を除菌します。
治療法 | 内服期間 |
三剤併用療法 | 7〜14日間 |
四剤併用療法 | 10〜14日間 |
除菌判定
治療終了後、ヘリコバクターピロリ菌が除菌されたかどうかを判定するための検査が実施されます。検査は治療終了から4週間以上たってから行われるのが一般的です。
再感染の予防
一度除菌に成功したとしても、再感染する場合があります。再感染を予防するためには、次のような点に気をつける必要があります。
- 衛生的な環境を保つ
- 感染者との濃厚接触を避ける
- 不衛生な食品や水を避ける
予後
ヘリコバクターピロリ感染症の治療後の予後は、一般的に良好です。治療により除菌に成功すれば、胃炎や消化性潰瘍などの症状は改善し、胃がんのリスクも大幅に下がります。
胃炎、胃・十二指腸潰瘍などの症状の改善 | ピロリ菌は胃炎や胃・十二指腸潰瘍の原因菌であるため、除菌によりこれらの症状が改善する場合が多いです。 |
---|---|
胃がんのリスクの低下 | ピロリ菌は胃がんの発症リスクを高めることがわかっています。除菌により、胃がんのリスクを約半分に低下できます。 |
再発リスクの低減 | ピロリ菌除菌は、再発率が低い治療法です。治療により90%以上の人がピロリ菌を根絶できます。 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
ヘリコバクターピロリ菌感染症の治療には、副作用やリスクが伴います。
抗菌薬の副作用
ヘリコバクターピロリ菌感染症の治療では、複数の抗菌薬を組み合わせた除菌療法が用いられます。抗菌薬には、次のような副作用が報告されています。
副作用 | 症状 |
消化器症状 | 下痢、悪心、嘔吐、腹痛 |
皮膚症状 | 発疹、かゆみ |
味覚障害 | 味覚の変化や低下 |
薬剤耐性菌の出現リスク
除菌療法では、複数の抗菌薬を長期間使用するため、薬剤耐性菌が出現するリスクがあります。薬剤耐性菌が出現すると、治療が困難になる場合があります。
薬剤耐性菌 | リスク |
クラリスロマイシン耐性菌 | 除菌率の低下 |
メトロニダゾール耐性菌 | 治療期間の延長 |
治療後の再感染リスク
ヘリコバクターピロリ菌感染症の除菌に成功しても、再感染するリスクがあります。 再感染のリスク因子には以下のようなものがあります。
- 感染者との接触
- 不衛生な環境
- 免疫力の低下
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
ヘリコバクターピロリ感染症の治療は、条件を満たしていれば、健康保険の適用対象となります。
具体的には、次のような場合に保険適用が認められています。
- 胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療を目的とする場合
- 胃がんの発生リスクを下げるための除菌治療である場合
- 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の治療の一環として実施される場合
しかし、単なる感染予防や健康増進を目的とした除菌治療は、保険適用外となる可能性があります。
治療費(自己負担額)の目安
保険適用の場合、ヘリコバクターピロリ感染症の治療費はおおよそ以下のような自己負担額になります。
医療機関 | 自己負担額(目安) |
診療所 | 3,000円~5,000円 |
病院 | 5,000円~10,000円 |
ただし、上記はあくまで目安となります。治療費について詳しくは、担当医や各医療機関へ直接ご確認ください。
以上
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