胃潰瘍(Gastric ulcer)とは、胃の内壁を覆う粘膜に損傷が生じる病気です。 よくみられる症状は、胃の痛み、吐き気、嘔吐、胃もたれなどです。
胃潰瘍を引き起こす原因としては、ストレス、喫煙、アルコールの摂取、特定の薬の服用、ヘリコバクター・ピロリ菌への感染などが知られています。
症状が軽いうちは自然に治る場合もありますが、悪化すると出血や穿孔などの深刻な合併症につながるリスクが高まります。
胃潰瘍の病型
胃潰瘍は、潰瘍の深さや内視鏡像による進行ステージで分類されます。
潰瘍の深さによる分類
UL分類 | 潰瘍の深さ |
UL-1 | 粘膜層の浅いびらん |
UL-2 | 粘膜下層に達する潰瘍 |
UL-3 | 筋層まで及ぶ深い潰瘍 |
UL-4 | 漿膜下組織以深に達する潰瘍 |
潰瘍の深さが増すほど、穿孔や出血を起こすリスクが高まります。
内視鏡によるステージ分類
内視鏡検査では、胃潰瘍を活動期、治癒期、瘢痕期の3つのステージに分類し記載されることが多いです。
ステージ | 潰瘍の状態 | 周囲の炎症所見 |
A1期 | 活動性、辺縁隆起明瞭 | 軽度 |
A2期 | 活動性、辺縁隆起不明瞭 | 中等度~高度 |
H1期 | 治癒過程、白苔が厚い | 軽度 |
H2期 | 治癒過程、白苔が薄い | 消失 |
S1期 | 治癒後、赤色瘢痕 | なし |
S2期 | 治癒後、白色瘢痕 | なし |
潰瘍は、活動期(A1、A2)→治癒期(H1、H2)→瘢痕期(S1、S2)と推移します。
活動期(A1、A2)は潰瘍が活動性で、周囲に発赤や浮腫がみられる時期です。
潰瘍底が白苔で覆われ、周囲の炎症所見が改善してくる治癒期(H1、H2)を経て、瘢痕期(S1、S2)へと移ります。瘢痕期は潰瘍が治癒し、瘢痕化した時期です。
胃潰瘍の症状
胃潰瘍の主な症状として、上腹部の痛みや不快感、吐き気、食欲不振などが挙げられます。
また、突然の吐血(特にコーヒー残渣様)や下血(タール便)、貧血などがみられる場合、消化管出血の合併を疑います。
上腹部の痛み
胃潰瘍の最も典型的な症状は、上腹部の痛みです。痛みは空腹時や食後に悪化するケースが多く、食事や制酸剤の服用により一時的に軽減します。
痛みの程度は、潰瘍の大きさや深さによって異なります。
潰瘍の大きさ | 痛みの程度 |
小さい | 軽度 |
大きい | 重度 |
吐き気・嘔吐
胃潰瘍では、吐き気や嘔吐を伴う場合もあります。
潰瘍からの出血や胃酸分泌の亢進によって引き起こされ、吐物に血液が混じっている場合は重症である可能性が高いため、速やかな医療機関の受診が必要です。
食欲不振・体重減少
上腹部の痛みや不快感から食欲が低下し、体重が減少する場合があります。また、潰瘍からの出血によって貧血が生じ、倦怠感や体重減少を招くこともあります。
その他の症状
- 胸やけ
- ゲップ
- 黒色便(潰瘍からの出血を示唆)
胃潰瘍の原因
胃潰瘍の主な原因は、胃酸の分泌過多やピロリ菌の感染、ストレスなどによる胃粘膜の防御機構の破綻です。
胃酸分泌過多による胃粘膜の損傷
胃酸は消化に重要な役割を果たしますが、過剰に分泌されると胃粘膜を傷つける可能性があります。
特にNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の長期使用は、胃酸分泌を促進し、胃粘膜のバリア機能を低下させます。
- アスピリン
- イブプロフェン
ピロリ菌感染による慢性胃炎
ヘリコバクター・ピロリ菌の感染は、慢性胃炎を引き起こし、胃粘膜の防御機構を弱めます。
ピロリ菌は尿素を分解してアンモニアを生成し、胃酸を中和して生存しますが、この過程で胃粘膜に炎症を引き起こします。
持続的な感染により胃粘膜の萎縮や腸上皮化生が生じ、潰瘍形成のリスクが高まります。
ストレスによる胃粘膜の脆弱化
- 急性ストレス
- 慢性ストレス
- 心理的ストレス
- 身体的ストレス
強いストレスは、自律神経系を介して胃酸分泌を亢進させ、胃の運動を抑制する原因です。また、ストレス時には副腎皮質ホルモンの分泌が増加し、胃粘膜の修復機能が低下します。
その他の要因
喫煙は胃粘膜の血流を低下させ、粘液分泌を抑制するため、胃潰瘍のリスク因子です。また、アルコールの過剰摂取は胃粘膜に直接的な傷害を与え、胃酸分泌を刺激する作用があります。
そのほか、遺伝的素因も胃潰瘍の発症に関与している可能性が示唆されています。
胃潰瘍の検査・チェック方法
胃潰瘍は内視鏡検査や生検、血液検査などによって診断します。
内視鏡検査(胃カメラ検査)
内視鏡を使って、潰瘍の位置や大きさ、深さなどを直接観察します。
生検
内視鏡検査の際に、潰瘍の部位から組織のサンプルを採取し顕微鏡で詳しく調べます。
これにより、悪性腫瘍との区別や、ヘリコバクター・ピロリ菌感染の有無がわかります。
その他の検査
必要に応じて、以下のような検査も行います。
- 血液検査:貧血や炎症反応の有無を評価
- 便潜血検査:消化管出血の有無を確認
- 上部消化管造影検査:潰瘍の形態や周辺の変化を観察
胃潰瘍の治療方法と治療薬について
胃潰瘍の治療は、薬物療法が中心です。状態に応じて食事療法や手術療法が組み合わされることもありますが、多くのケースで薬による治療が第一選択となっています。
薬物療法の種類
薬物療法では、主に酸分泌抑制薬と粘膜保護薬が使われます。
薬の種類 | 代表的な薬の名前 |
酸分泌抑制薬 | プロトンポンプ阻害薬(PPI)、H2受容体拮抗薬 |
粘膜保護薬 | レバミピド、イルソグラジン |
酸分泌抑制薬は、胃酸の分泌を抑えて潰瘍の治癒を促します。特にPPIは強い酸分泌抑制作用を持つため、よく使用されています。
H2受容体拮抗薬もPPIほどではありませんが、酸分泌を抑える効果があります。
粘膜保護薬は、胃の粘膜を保護し、潰瘍が治るのを助けます。レバミピドやイルソグラジンなどが代表的です。
抗菌薬
ピロリ菌感染が胃潰瘍の原因である場合は、抗菌薬を使って菌を除去する治療(除菌療法)が行われます。
除菌療法の種類 | 使用される薬 |
三剤併用療法 | PPI + アモキシシリン + クラリスロマイシン |
四剤併用療法 | PPI + ビスマス製剤 + テトラサイクリン + メトロニダゾール |
除菌療法では、PPIと2種類以上の抗菌薬を組み合わせることで、高い除菌成功率が得られます。一次除菌がうまくいかなかった場合は、別の抗菌薬を用いた二次除菌を試みます。
胃潰瘍の治療期間と予後
治療により、ほとんどの胃潰瘍は完治させることができます。
治療期間
胃潰瘍の治療にかかる期間は、潰瘍の大きさや深さ、患者さんの全身の状態などによってさまざまですが、軽い潰瘍なら、2週間から4週間ほどの治療で治るのが一般的です。
しかし、深くて大きい潰瘍だと、治るまでに8週間以上かかるケースもあります。
潰瘍の程度 | 治療期間 |
軽度 | 2~4週間 |
中等度 | 4~8週間 |
重度 | 8週間以上 |
合併症のリスク
胃潰瘍を放置した場合は、以下のような合併症を引き起こす可能性があります。
合併症 | 症状 |
出血 | 吐血、黒色便 |
穿孔 | 激しい腹痛、発熱 |
狭窄 | 嘔吐、体重減少 |
これらの合併症は重症化する危険性があるため、早期発見と治療が大切です。
予後
胃潰瘍は治療により症状は徐々に改善し、潰瘍は治っていきます。ただし、再発を防ぐための生活習慣の改善や、定期的な検査が必要です。
- ストレス管理
- 規則正しい食生活
- 過度な飲酒を避ける
- 禁煙
薬の副作用や治療のデメリットについて
胃潰瘍の治療を行う際には、副作用やリスクが生じることがあります。
薬物療法の副作用
胃潰瘍の治療に使用されるプロトンポンプ阻害薬(PPI)は、長期使用により骨粗鬆症や肺炎のリスクが高まる場合があります。
また、H2受容体拮抗薬は、めまいや頭痛などの副作用を引き起こす可能性があります。
薬剤 | 主な副作用 |
PPI | 骨粗鬆症、肺炎 |
H2受容体拮抗薬 | めまい、頭痛 |
外科手術のリスク
胃潰瘍の治療では外科手術が必要になる場合があり、手術には以下のようなリスクが伴います。
- 感染症
- 出血
- 縫合不全
- 術後の疼痛
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
胃潰瘍の治療費は、症状の重症度や治療方法によって大きく異なります。
治療費の内訳
- 診察料
- 検査費用(内視鏡検査、血液検査など)
- 薬剤費(制酸剤、抗潰瘍剤、抗菌薬など)
- 入院費用(重症な場合)
治療費の目安
軽症の胃潰瘍であれば外来治療で済む可能性が高く、治療費は比較的低額に抑えられます。一方、重症な胃潰瘍の際は、入院治療が必要となり、治療費が高額になる場合があります。
治療方法 | 治療費の目安 |
外来治療 | 数万円~数十万円 |
入院治療 | 数十万円~ |
保険適用
胃潰瘍の治療は、原則として健康保険の適用対象です。ただし、先進医療に該当する治療を受ける際は、一部自己負担が発生する可能性があります。
以上
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