胃腺腫(Gastric adenoma)とは、胃の内壁を覆う粘膜に発生する良性の腫瘍を指します。
胃腺腫は、放置すると胃がんへと進行してしまう可能性がある、胃がんの前駆病変として知られているため、早期発見と対処が大切です。
胃腺腫の病型
胃腺腫は、がん化のリスクが低い腸型と、リスクが高い胃型に分類できます。
腸型腺腫と胃型腺腫の違い
腸型腺腫と胃型腺腫は、その形態学的特徴において違いがあります。
腸型腺腫は、小腸や大腸の腺腫と類似した組織像を示します。一方、胃型腺腫は、胃粘膜に類似した組織像が特徴です。
腸型腺腫 | 胃型腺腫 | |
---|---|---|
組織像 | 大腸のポリープに似た組織像を示す | 胃の粘膜に似た組織像を示す |
病変 | 隆起性の病変で、表面は平坦または陥凹している | 隆起性の病変で、表面は滑らか |
特徴 | 胃底腺ポリープを合併することが多い ピロリ菌感染や慢性胃炎との関連が強い | 腸上皮化生を伴わない |
癌化のリスク | 低い | 高い |
ただし、がん化のリスクについては、見た目だけでは正確に診断できません。
胃型腺腫の亜分類
胃型腺腫は、さらに腺窩上皮型と幽門腺型に細分化できます。
腺窩上皮型は、胃の腺窩上皮と類似した組織像を示します。一方、幽門腺型の特徴は、幽門腺に類似した組織像を示すのが特徴です。
腸型腺腫の亜分類
腸型腺腫は、小腸型(扁平腺腫)と大腸型腺腫に細分化されます。
小腸型(扁平腺腫)の特徴は、細長い絨毛状の構造です。これに対して、大腸型腺腫は、管状あるいは絨毛状の構造を示すことが分かっています。
腸型腺腫の亜分類 | 特徴 |
小腸型(扁平腺腫) | 細長い絨毛状構造、低異型度 |
大腸型腺腫 | 管状・絨毛状構造、比較的高異型度 |
胃腺腫の症状
胃腺腫の多くの患者さんは無症状ですが、症状が現れるケースもあります。
胃部不快感や胃もたれ
胃腺腫があると、胃部に不快感や重苦しさを感じる場合があります。食後に胃がもたれる感覚が続く場合は、胃腺腫の可能性を考慮する必要があります。
症状 | 詳細 |
胃部不快感 | 胃に違和感や重苦しさを感じる |
胃もたれ | 食後に胃の内容物が停滞している感覚が続く |
胃痛や心窩部痛
胃腺腫が大きくなると、胃壁を圧迫し、胃痛や心窩部痛を引き起こします。痛みの程度は様々ですが、持続的な痛みを感じる場合は注意が必要です。
吐血や黒色便
稀ではありますが、胃腺腫から出血し、吐血や黒色便を認めるケースがあります。
症状 | 詳細 |
吐血 | 血液を吐く |
黒色便 | 黒色のタール状の便が出る |
体重減少や貧血
- 食欲不振
- 全身倦怠感
- 顔色不良
胃腺腫が大きくなると、食事の摂取量が減少し、体重減少を来す場合があります。また、出血により貧血を来す可能性もあります。
胃腺腫の原因
胃腺腫の原因は多岐にわたり、遺伝的要因、環境要因、感染症、加齢など、様々な要因が複雑に絡み合って発症につながると考えられています。
遺伝的要因
特定の遺伝子の変化や多型が、胃腺腫になるリスクを上げる場合があります。
家族性大腸腺腫症やLynch症候群などの遺伝性の病気では、胃腺腫のリスクが高くなることが分かっています。
環境要因
下記のような生活習慣は、胃の粘膜に慢性的な刺激を与え、胃腺腫のリスクを高める可能性があります。
- 高塩分食
- 喫煙
- アルコールの多飲
感染症
特にピロリ菌の感染は、胃腺腫の大切な危険因子の一つだと考えられています。
ピロリ菌は、胃の粘膜に慢性的な炎症を引き起こし、長期間の感染により胃腺腫のリスクを高めることが知られています。
加齢
胃腺腫のリスクは、年齢とともに高くなる傾向です。
高齢者では胃の粘膜の防御機能が低下し、様々な要因による胃の粘膜の傷害を受けやすくなります。また、長年の生活習慣の積み重ねにより、胃腺腫のリスク増加も示唆されています。
胃腺腫の検査・チェック方法
胃腺腫の検査では、内視鏡で胃の内側を直接観察し、腫瘍の形や大きさ、色などの特徴を評価します。
内視鏡検査
内視鏡検査(胃カメラ検査)は、胃腺腫の診断に欠かせない検査方法です。
胃腺腫は、多くの場合、内視鏡で見ると隆起した病変として認められます。内視鏡では、腫瘍の表面の構造や色の変化などを詳細に評価できます。
内視鏡所見 | 特徴 |
表面構造 | 平滑または顆粒状 |
色調 | 周囲粘膜と同色調または発赤 |
生検
内視鏡検査で怪しい病変が見つかった際には、生検を行って組織を採取し、顕微鏡で調べます。
細胞の異常や構造の異常を評価し、胃腺腫の確定診断を行います。
画像検査
胃腺腫の診断には、内視鏡検査だけでなく画像検査も用いられます。
上部消化管造影検査では、バリウムを飲んで胃の形を評価し、腫瘍性の病変がないかを確認します。また、CTやMRI検査も、胃腺腫が周りにどの程度広がっているのか、近くの臓器に入り込んでいないかを評価する上で役立ちます。
画像検査 | 役割 |
上部消化管造影検査 | 胃の形態評価、腫瘍性病変の確認 |
CT検査 | 腫瘍の広がりや周囲臓器浸潤の評価 |
MRI検査 | 腫瘍の広がりや周囲臓器浸潤の評価 |
臨床診断と確定診断
胃腺腫の臨床診断は、次のような点を総合的に考えて行われます。
- 内視鏡検査で直接目で見た所見
- 生検組織を顕微鏡で調べた所見
- 画像検査の所見
これらの所見を基に、胃腺腫の可能性が高いと判断された場合、臨床的に胃腺腫と診断されます。
胃腺腫の治療方法と治療薬について
胃腺腫の治療方法は、病変の大きさ、位置、深達度などを考慮して選択されます。内視鏡的治療が第一に選ばれるケースが多いですが、必要に応じて外科的切除も行わます。
内視鏡的粘膜切除術(EMR)
内視鏡的粘膜切除術(EMR)では、内視鏡を使って病変部位の粘膜を切除します。
内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)
内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)は、より大きな病変や、粘膜下層への浸潤が疑われる場合に適している手法です。腫瘍の周囲にある粘膜下層を剥離し、病変を切除します。
外科的切除
以下のようなケースでは、外科的切除が検討される場合があります。
- 内視鏡的治療が難しい大きさや位置の病変がある場合
- 粘膜下層よりも深い層への浸潤が疑われる症例の場合
- リンパ節転移の可能性がある症例の場合
代表的な外科手術は、幽門側胃切除術や胃全摘術などです。
手術名 | 適応 |
幽門側胃切除術 | 幽門側の病変 |
胃全摘術 | 広範囲の病変やリンパ節転移が疑われる症例 |
胃腺腫の治療期間と予後
胃腺腫の治療に要する期間と予後は、腫瘍の大きさや位置、浸潤の程度などによって異なります。
治療期間
内視鏡的粘膜切除術(EMR)や内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)などの内視鏡治療では、通常1〜2日の入院が必要です。
一方、外科的切除が必要な場合は、入院期間が1〜2週間程度になる場合があります。
治療法 | 入院期間 |
EMR/ESD | 1〜2日 |
外科的切除 | 1〜2週間 |
予後
胃腺腫の予後は一般的に良好です。治療により、ほとんどの場合完治が期待できます。
ただし、腺腫の大きさや異型度によっては、胃がんへの進行リスクがあるため、定期的な経過観察が重要です。
- 低異型度腺腫:がんへの進行リスクは低い
- 高異型度腺腫:がんへの進行リスクが高い
経過観察
治療後は、内視鏡検査による定期的な経過観察が必要です。
通常、治療後1〜3ヶ月で初回の内視鏡検査を行い、その後は6〜12ヶ月ごとの検査が推奨されています。
経過観察間隔 | 対象 |
1〜3ヶ月 | 治療後初回 |
6〜12ヶ月 | 定期的な観察 |
※経過観察の間隔は、腺腫の異型度やサイズ、切除断端の状態などによって異なります。
再発予防
胃腺腫の再発を予防するためには、生活習慣の改善が大切です。
禁煙、節酒、バランスの取れた食事、適度な運動などが勧められます。また、ヘリコバクター・ピロリ菌の感染が確認された際には、除菌治療を行うことで再発リスクを下げられます。
薬の副作用や治療のデメリットについて
胃腺腫の治療では、選択した治療法によって副作用やリスクが生じる可能性があります。
内視鏡的粘膜切除術(EMR)の副作用とリスク
内視鏡的粘膜切除術(EMR)では、以下のような副作用やリスクが生じる可能性があります。
出血 | 切除部位からの出血が起こる場合があります。多くの場合、自然に止血しますが、止血処置が必要になることもあります。 |
---|---|
穿孔 | まれに、内視鏡操作中に胃壁に穴が開いてしまう穿孔が発生する可能性があります。緊急手術が必要になる場合があります。 |
内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の副作用とリスク
内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)では、EMRと同様の副作用・リスクに加え、以下のような点にも注意が必要です。
- 術後の狭窄:広範囲に切除した場合、胃の出口や十二指腸に狭窄が生じる可能性があります。
- 長時間の鎮静:ESDはEMRと比べて手技に時間がかかるため、より長時間の鎮静が必要になります。
外科的切除の副作用とリスク
外科的切除では、以下のような副作用やリスクが伴います。
術後の疼痛 | 手術創の痛みが生じます。鎮痛薬で対応しますが、一時的に日常生活に支障をきたす可能性があります。 |
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術後感染 | まれに、手術部位の感染が起こる場合があります。抗菌薬による治療が必要になります。 |
リンパ浮腫 | リンパ節郭清を行った場合、リンパ液の流れが滞ってむくみが生じることがあります。 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
胃腺腫の治療費は、治療方法や患者の状態によって大きく異なります。
治療方法による治療費の違い
内視鏡的粘膜切除術(EMR)や内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)などの内視鏡治療は、開腹手術と比べて身体への負担が少なく、治療費も比較的安価です。
一方、進行した胃腺腫や合併症がある場合は、開腹手術が必要となる場合もあり、治療費は高額になる傾向にあります。
治療方法 | 概算費用 |
内視鏡治療 | 50万円〜100万円 |
開腹手術 | 100万円〜200万円 |
上記の費用は目安となり、実際の治療費は異なる場合もあります。詳しくは各医療機関へ直接ご確認ください。
保険適用の有無
胃腺腫の治療は、基本的に健康保険が適用されます。ただし、先進医療や自由診療など、保険適用外の治療を選択した際は、全額自己負担となります。
患者の状態による治療費の違い
胃腺腫の大きさ、位置、進行度などによって、必要とされる治療が異なります。また、合併症の有無や全身状態なども治療方針に影響を与え、治療費に差が生じる可能性があります。
- 早期発見の小さな胃腺腫:内視鏡治療が主流で医療費は低額で済みます。
- 進行した大きな胃腺腫:開腹手術が必要となり高額になる傾向です。
- 合併症がある場合:追加の治療が必要で費用増加の可能性があります。
以上
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